ボンゴレ10代目の右腕、獄寺隼人を捕らえた。
という情報が、ミルフィオーレの幹部である入江正一の下に入った。
「…獄寺…隼人」
聞くところによると、10年前の世界から来たらしい。
自分よりも若く幼い、何の事情も把握してない獄寺隼人。
「やはり…一度会って。話をすべきでしょうね…」
ぼそりと呟くと、背後から声が。
「隼人ちゃんのところまで行くの? 僕も行くー」
「白蘭様…あまり楽しくはないかも知れませんよ」
「良いのー! 若くて可愛い隼人ちゃんに会いたいだけだからー!」
見た目よりも幼い口調でケラケラと笑いながら彼は…白蘭は言う。
「はぁ…分かりました。では…一緒に行きましょうか」
「うん」
こうして白蘭は、部下である入江正一と一緒に獄寺隼人のところまで赴いた。
こうして白蘭は、自ら惨劇の下へと足を踏み入れた。
その選択が、全ての過ち
「獄寺隼人氏は酷く暴れていたので…薬を打って強制的に大人しくさせました」
そう言ってくるチェルベッロを尻目に、入江と白蘭は獄寺の前に立つ。
近づいてくる影に気付いたのか、獄寺は緩慢な動きで俯いていた顔を上げた。薬のせいか、その目は少し濁っていた。
…が、それも目の前の人物を見ることにより直ぐに色を取り戻す。それは鋭利な刃物のような殺意の目。
「入江…正一・・・!!!」
「…初めましてですね。獄寺隼人さん」
身体の自由を奪われているにも構わず、獄寺はそんなもの関係ないといわんばかりに今にも攻撃せんとばかりに入江を睨みつける。その気迫に、入江は内心冷や汗を掻いていた。
「お前さえいなければ10代目も…そしてリボーンさんも・・・!」
「何の事情も知らないあなたに殺されたくはありませんけどね」
「うるさい! お前だけは…絶対に!!」
「ククク。怒った顔も美人で可愛いー」
「ああ? 誰だてめぇ」
「僕? 僕は白蘭。…以後、よろしく」
「白蘭…? …そんな奴はどうでも良い! オレが用があるのは入江正一だけだ!!」
「どうでも良い!?」
ガーン! とそんな大きな効果音が聞こえたような気がした。
「ど…どうでも良いってなに!? どうしよう正ちゃん! 僕どうでも良いって言われた!!」
「事実どうでも良いでしょう白蘭様。…今、この世界において生存権が認められているのはこの僕と! 獄寺隼人だけです!!」
「あれー!? なんて冷たい言われよう!? なんで!? 何事!? ていうか下克上!?」
「お前さっきからうるさいな…。てめーに用はねーんだよ。なんだお前。入江の部下か? 消えろ」
「上司! 僕正ちゃんの上司!! ていうかここの総大将僕だから!!!」
「知るか」
「またあっさりと哀しいこと言われたー!! なんで!? 隼人ちゃんのこの正ちゃんと僕との扱いの差は何!?」
「つーか…白蘭ってあれだろ? 10年後のオレ曰く、入江がいなかったら何の問題でもなかった、言わばヘタレ」
「ヘタレ!? エイチ・イー・ティー・エー・アール・イー即ちHE・TA・RE!?」
「うぜー」
「酷!」
「…白蘭様、今のは僕も正直うざいと思いましたよ」
「えぇ!?」
ガガーン!! 更に白蘭の頭上でそんな効果音が響いた。
「ていうか僕ヘタレじゃないよ!? えーと、ほら!! 骸くんだって倒したし!!!」
「あれは白蘭様の実力って言うより、周りの幻覚遮断装置の働きの方が大きかったですよ」
「えー!?」
「ったく…お前さっきからなんなんだよ。緊迫した雰囲気ぶち壊しだ。邪魔」
「全くですね。白蘭様、邪魔です」
「せ…正ちゃん!?」
二人から一様に冷たい視線を受けて白蘭はたじろいた。
「…はぁ、何のためにこの僕が10年も前からこつこつ地味地味彼とのフラグを立ててたと思ってるんですか。本気で邪魔ですよ白蘭さん」
「フ、フラグ!? なに!? 何を言ってるの正ちゃん!? ていうか目が怖いよどうしちゃったの正ちゃん!!」
「砂糖の塊のように甘い洋菓子の名称もはっきりと言えない方は黙ってて頂きたく」
「正ちゃーん!!!」
今更ながらのような攻撃の矛先に冷や汗だらだらな白蘭。
確かに、未だ正しく言えない。
「…洋菓子の名称…?」
獄寺が怪訝ながらも視線を白蘭に向けてきた。それだけで白蘭はちょっとどきどきしてしまった。
ここで正しくあれの名前が言えれば、獄寺の株も上がるんじゃないのか? そんな声が白蘭の脳内から聞こえてくる。幻聴だ。
「い、言えるさ…! 言えるもん!!」
「じゃあ言ってみて下さいよ」
「ま、まし、ましゅ、まし………」
意気込んではみたものの、ああ、彼はやっぱり言えない。どうにもこうにも舌が回らなくていつも通りにすら言えない。
「ま、ます、まし、ましめろ! …じゃなくて、えと…ましゅ、まし………ぅ、ぅぅうあああん! 良いもん言えなくても良いんだもん!! マシマロとも言うんだもんあれは!!」
「はいはい」
「正ちゃんお願い! そんな冷めた目で見ないで!! 辛いから! 僕かなり辛いから!!」
「…なんだお前…マシュマロも言えないのか…?」
「う………、うん」
やや涙目ながらに項垂れる白蘭。その姿には哀愁すら漂っていた。
何の事情も知らない人間が見たならば、彼が一つのマフィアの総大将だとは誰一人として思わないだろう。それぐらい彼には覇気がなかった。
そしてそんな白蘭に更に追い討ちをかけたのが…拘束されている獄寺隼人。
獄寺は白蘭に見下すような視線を向けると…一言。
「…だっさ」
「う…うわぁぁあああああん!!!」
ああ、なんとも酷で、なんとも無情。舌っ足らずというのはそれほどまでに罪でいけないことなのか。
想い人である獄寺隼人にどうしてこんなにも見下されなければいけないのか!
「ひっく…馬鹿! 馬鹿ー! 隼人ちゃんの馬鹿ー!!!」
「ああ? なんでてめぇごときにちゃん付けで呼ばれなきゃなんねぇんだ?」
「うるさい! ばかー!!」
「………うるさいのは」
「白蘭様の方です」
「え…? チェルベッロ?」
きーきーと喚く白蘭の肩に手を置いて制したのは…二人のチェルベッロ。
「全くもう」
「さっきから」
「叫んだり泣いたり喚いたり…」
「少しは」
「ボスとしての」
「自覚を」
「持って下さい」
二人のチェルベッロは口々に白蘭に向けて言葉を放つ。感情は相変わらず稀薄で、気味が悪い。
「な…なんだよ! ボスに口出ししてー! 僕は一番偉いんだぞ! 総大将なんだぞー!!」
少したじろぎながらも、白蘭はそう言い放った。…言い放ってしまった。
「そうですか」
きっぱりとした、チェルベッロの声。
「え?」
「なら、仕方ありませんね」
チェルベッロは一歩。また一歩と白蘭に近付いていく。
「口で言っても分からない仔には…」
「身体で分からせるしかないですね」
「ちょ、ま、あ、だめ…ぎにゃーーー!!!」
………数時間後。
「獄寺くん! 無事!?」
獄寺救出に若きボンゴレ10代目が目撃したのは…チェルベッロに卍固めを決められている白蘭の姿だった。
教訓。
チェルベッロの言うことは、素直に聞く。
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ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。