イタリアの小さなスラム街。


そこをゆっくりとした足取りで銀髪の少年が歩いている。


買い物だろうか手には小さなメモ。片手は荷物で塞がっていた。


通常人にとってはスラム街なんて縁がなく足早に去ってしまいそうなのに。彼はまるで懐かしむように歩いていた。


それもそのはずで。彼は数年このスラム街に住んでいたことがあるのだ。


決して良いことばかりではなかった。毎日が命懸けだった。比喩でも例えでもなく。


彼はマフィアになるのを望んで。自分を売り込んで。たった数年で知らぬ者のいないボンゴレファミリーに入ったのだから。


彼の名前は獄寺隼人。二つ名は悪童 スモーキン・ボム。年端も行かない少年だがイタリアでは少しばかり名の知れたマフィアだ。



スラム街の片隅で



…けれど名の知れたといっても決して良い事ばかりを運んではこない。


例えば―――実力のあるとされてる彼を倒して。自分の名を上げようとする者、とか。


(―――またかよ…)


獄寺はややうんざりした表情をしながら。背後にいるであろう子悪党の力量を測る。


獄寺は今ダイナマイトの補充にイタリアに戻っていた。そのついでにボンゴレから買い物も頼まれたのだが…


朝からこの手の連中に付き合わされていい加減鬱陶しく感じ始めていた。


(まいったなー…割れたら危険な薬品もう買っちまったよ。オレ荷物守りながら追っ払うの出来るかなー…)


けれどこいつらを放っておいてもなんの意味もない。さっさと自分の陣地に連れ込んで適当にのしてしまおう。


そう獄寺が思ったとき。


(―――――ん?)


気配が。消えた。途切れた。………いなくなった。


不審に思いながらも荷物を心配する必要のなくなった獄寺は次の買い物に行くことにした。



「………行ったか」


そんな獄寺を路地の裏から見送る人物が一人。


「ったく、やっぱりあいつ有名人なんだなー…まさか街を歩いただけで…」


言ってその人物は足元に転がるものを蹴り付ける。


「――こんな馬鹿共に着けられるなんて」


「…やー、ディーノ先輩って結構残酷っすねー」


その暗い路地の裏からまた一人誰かが現れた。


この場に似合わない明るい雰囲気を漂わせている彼。けれど彼はその表情を一気に黒く。暗く。一転させて。


「…でも。爪は甘いっすね」


ざしゅっと。


どこに隠し持っていたのかその少年は銀色に光るナイフを倒れていた男に投げて刺した。


一瞬痙攣をして。その男は絶命した。


「ちゃんと死んだかどうか確認しないとっ」


先ほどまでの闇の顔はどうしたのか。


振り向くと彼の顔はまた明るくなっていて。あー、このナイフ獄ちゃんの髪の色に似ていて気に入ってたのにー、とそんな暢気なことを言っていた。


「…いつもの馬鹿面は演技か? だとしたらえらい狸だな」


「先輩こそ。その顔獄ちゃんに見せてあげたい」


二人のボスはお互いに牽制し合う。一人の彼を想うが故に。


「「……………」」


二人の間にピリッとした殺気とさえ言えるものが走る。



「…やめた。先輩の顔よりも獄ちゃんの顔見たい」


「…ま、それは同感だな。これ以上悪い虫が寄ってこないように周りに牽制しておくか」


言って。二人は表通りに姿を現す。先ほどまでのマフィアのボスとしての気迫は霧散していた。


二人が辺りを見渡すと獄寺はすぐに見つかった。あの銀髪が目立つのは日本でもイタリアでも変わらない。


「スモーキーン」


「獄ちゃーん!」


二人が獄寺に声をかける。何事かと獄寺が振り向くと獄寺は驚いた顔をした。けれど声をかけた二人はもっと驚いたようだった。


「あれ? ディーノはまぁともかく…なんで内藤まで?」


「何言ってんのよー! マフィアなんだからイタリアにも来るって!!」


「はぁ? 何だよその理論は」


呆れながらにも獄寺は笑いながら応えてくる。けれど内藤の方は内心は笑っていないようだった。


「そ、そんなことよりもスモーキン。そいつは…」


ディーノが引きついた笑いをしながら指差す"そいつ"。


「ん? ああ、さっきオレが馬鹿共に絡まれていたらこいつがビクつきながらそいつらに立ち向かってなー」


獄寺が嬉しそうに笑いながら指差す"こいつ"。


「び、ビクついてなんかないもん!」


はいはいと獄寺に言われながらも持ってる飴を手放さない仔牛が一匹。


ボヴィーノのマフィアランボが獄寺に抱きかかえられていた。


「…獄ちゃんって子供好きだったっけ?」


「あ…? いや別に。普通だけど」


「そ、そのわりには仲が良さそうじゃねぇか…」


「うるせぇなー、あほ牛が啖呵切ったあと腰が抜けて動けなくなったんだよ! 悪いか!!」


「こ、腰なんか抜けてないもん!」


「はいはい…」


呆れ顔になりながらも獄寺のランボを持つ手にはどこか労わりのようなものが見える。


何があったか知らないが獄寺の中でランボの株はそれなりに上がったようだ。


獄寺の胸の中にいるランボに二人は少なからず切望の念を覚えたが相手は子供だと無理矢理自分に言い聞かせる。


――そこにランボが二人を見据えて。


…ニヤリ。


ランボは勝ち誇るように五歳に似合わない邪悪な笑みを浮かべた。


―――こ、こいつ…!


二人は悟る。この五歳児は…全て計算付くで行動を起こしたと。


子供だからと誤解していた。奴とて獄寺を狙う好敵手なのであった。


―――三人の間に眩しいほどの火花が散る。


ああ、いい。上等だ。


誰のものとも知れぬ聞こえない台詞にまた時は動き出す…


「獄ちゃん! オレさーイタリアに来たばっかでこの辺の事知んないのよね〜☆ どこか良いとこ知らない?」


「…はぁ? お前本当に何しに来たんだよ。…ったく仕方ねぇな。あとで安いホテル教えてやるよ」


「やったね! 晩飯付き合ってよ! お礼に奢るからさ!!」


獄寺ははいはいといった感じで適当に了承した。契約成立。


「だったらスモーキン。オレが迎えに来てやるよ。お前もう一週間も日本に戻ってないだろ? ツナたちの近況を聞かせてやる」


「10代目の? …そういうことならまぁ世話になるかな」


口ではそう言いながらも獄寺は嬉しそうだった。くそぅ。可愛い。


とにかく獄寺の送迎も決まった。ロンシャンの口車に乗せられて同じホテルに泊まるという暴挙も止められた。


「ゴクデラー」


「ん? なんだよランボ」


「ランボさん…ボヴィーノの場所分かんない……」


「はぁ? おいおいマジかよ…仕方ねぇな。じゃ、オレの部屋に来い」


「な、スモーキン!?」


「獄ちゃんっ!?」


「…な、何だよ二人して…別に良いだろ。ボンゴレがボヴィーノにこいつを届けるのもあれだし……」


いきなり様子が急変して戸惑う獄寺。ランボがまた邪悪な笑みを浮かべている。…獄寺には見えてないが。


トマゾファミリー8代目。内藤ロンシャン。


キャバッローネファミリー10代目。跳ね馬のディーノ。


そしてボヴィーノファミリーの刺客。ランボ。


そんな彼らが狙うボンゴレファミリー10代目の自称右腕。悪童スモーキン・ボムこと獄寺隼人。


獄寺を狙う三人はお互いの牽制に気を取られ。


獄寺はそもそも最初から気付いておらず。


このイタリアンマフィアの四人組はマフィア界でちょっとしたニュースになりこれを気に獄寺を狙う輩がまた増えたのであった。





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「スモーキンは」

「獄ちゃんは」

「ゴクデラは…」


「「「「オレのもの!!!」」」