大の字に横になって。大きな空を見上げる。


どんなに血みどろの世界でも、見上げる空だけは。どこでも同じで。


オレみたいな人殺しでも…幻想だって分かってるけど、一瞬だけ何もかも許されるような、そんな気がして。


…けれど。


そんなオレを嘲笑うかのように、立ち上る煙が。咽返るような血潮の匂いが。


―――まるで、全てを縛り付ける檻のように見えて。


それから目を背けたくて。オレは目を瞑った。



手のひら



どれほど、そうしていたのだろうか。


気が付くと、辺りは肌寒く感じるほど気温が下がっていて。


薄っすらと目を開けると。辺りは暗くて。


…どうやら、目を瞑るだけのつもりだったのが、いつの間にか眠っていたらしい。


目を閉じる前と違い、煙も。血の匂いも。何もかもが消えていて。


ぼんやりと、空を見上げる。そうするとオレの視界には満天の星空と。大きな満月が飛び込んできて。


空を見るのなんて…それどころか、星を見るのも本当に久し振りで。


……こんなのも、たまには悪くないと。オレはまたも目を瞑る。


柔らかな夜の光が、目蓋越しに届いて。それが心地良くて。


―――――と。


「やぁ」


ぬっといきなり現れた影に。その聞き慣れた声に。オレの意識は一気に現実に引き戻される。


「………なんだよ」


目を開けて、不機嫌そうにそう答えてやる。


「いや、キミが寝そべってまで見る月は、そんなに綺麗なのかなと思って」


オレの不機嫌な声も。こいつには何の効果もないようで。


…てか、別に月が見たかったから横になったわけじゃねぇよ。横になってから月が昇ったんだ。



確かに空にある月は綺麗だけど。



オレはまた目を瞑る。


「寝ちゃうの?」


ああそうだよ。ねみいんだよ。悪いか。


「帰ってあげないの? あの子のところに」


10代目のところ…帰りたかったけど。帰りたいけど。もう無理だ。


「悲しむよ。みんな」


オレがいなくなっても。大丈夫だよ。あそこにいる連中は、オレとは違って皆強いから。


「…月は、もう見なくていいの?」


うるせぇな。もう目蓋を開ける気力もねぇんだよ。分かれ。


てか、目を開けても視界に入るのは月じゃなくてお前の顔だろうが。誰が見るか。


ああ、もう、最悪だ。


最後に見ていくのが月じゃなくて。よりにもよってこいつの顔だなんて。


「ねぇ」


あ? なんだよ。


「死ぬの?」


………。


―――そらな。


この状態で、生き延びるっていう方がおかしいだろうしな。


分かってんだろ、見えてんだろ。オレのこの傷がよ。


どてっぱらに穴がいくつも空いてて、オレの背にはそこから流れ出た血の絨毯が出来てんだろーが。


…そんで、その出血量からもう助からないことは確定していて、いつ死んでもおかしくない、そんな状態なんだろ? オレはよ。


そんな悪態を、頭の中で吐いてやる。声には出さない。…もう、声が出ない。


「…根性なし」


うっせーよ。根性どうこうでどうにかなるものじゃねーだろこれは。


「そんな状態なのに、どうしてキミはまだ生きたがってるのさ」


………あ?


「弱いくせに、強い奴に立ち向かって。一人がいいくせに、群れて。―――世の絶望を知ってるくせに…生きたがって」


なに、言って…


「その傷ではもう助からないって自覚しているのに。それでもまだ生きてるのは……何故?」


はぁ…?


「その傷では激痛を味わうぐらいしか出来ないって分かってるのに。それでも生きたがっているのは……何故?」


…随分な言いようだな。確かにオレはもう死ぬだろうし…身体も、滅茶苦茶痛いけど……


なんで生きてるって、生きたがってるって。そりゃ、お前…


………あれ?


本当だ…なんで、オレ―――生きてるんだろう。


オレは気を失った。傷を負って。…たしか、夕時だった。


そして…気付いた時には、起きた時には。月が出ていた。


普通…死なないか? そんなに寝てたら。出血多量か何かで。


「そうまでしても生きたいの?」


そう…なるだろうな。身体はいつ死んでもおかしくないのに、でも生きているのだから。


「もう、休めばいいのに」


―――って、いきなり何言い出しやがるこの野郎。必死で生きようってしてる奴に死ねってか。


「キミ、働きすぎなんだよ」


…いいんだよ、オレがやりたくて、やってるんだから。


「少しぐらい怠けてもいいのにって。綱吉愚痴ってたよ」


…10代目がそんなことを?


「それどころか、一度ぐらいは任務に失敗したキミを慰めてみたかったって」


………。


「ねぇ」


あ…?



「キミはそれほどまでに想われているんだよ?」


「たとえキミが死んだとしても。その想いも死ぬ訳じゃないんだよ?」


「…キミの居場所は、決して消えはしないよ?」



「―――キミの屋敷は、どうだったのかは知らないけど」



…こいつ、一体どこまで知ってるんだ?


「だから」


すっと。目蓋の上に何かが乗せられる。…手のひらだ。


「もう休みなよ。…見ているこっちが痛々しい」


―――けっ


言われなくても。すっげぇねみぃんだよ。オレは。


両手足の感覚もないし。動かないし。


…だから、これは別にお前に言われたからじゃないからな。


一瞬だけ気を抜くと、どっと何かに引き摺り込まれるような感覚が身を襲う。


それに抗う事も、もうオレには出来ず。そんな中思い出されたのは昔の…あの屋敷での出来事。


―――成功する事でしか己の理由が見つからなかったあの屋敷。


………失敗すると、己の存在価値が消えてしてしまうあの屋敷。


オレが失敗したのは、ただの一回。それで失敗する、という事を知ったから。


あの眼は。今でも忘れられない。



まるで壊れた玩具を見るような、あの眼は―――



きゅっと、オレの思考を遮るように目蓋の上の温かいものが動く。続いて声が降ってきた。


「余計な事考えない」


そう言われただけで思いが霧散する。沈むような感覚が消える。


……情けねぇ。こんな弱いところ、よりにもよってこいつに見られるなんて。


沈む代わりに、今度は浮き上がるような、身体が軽くなっていくような感覚に身を包まれて。


あーオレ、そろそろ本気でやばい?


消え行く思考に、薄れ行く感覚に、けれど恐怖は覚えない。


こいつの手で作られた暗闇の中、オレはその温かな感覚を追い掛けて―――…





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きっと子供の頃から、休む事を知らなかったキミ。でもようやく眠れるね。

もう目覚めなくともいい。この醜い、汚い世界で。キミはよく生き抜いた。


御休み為さい、獄寺隼人。…柄じゃないけど、キミの為に願ってあげる。



―――――どうか、良き夢を。