暗い空間。


音のない世界。


光はない。


…いや、一つだけあった。


遠い遠い遥か彼方に。一つだけ光るものがあって。


そちらの方へと歩いていくと。足場が悪いことに気付く。


暗いから分からないけど。何かが足元に大量に放置されているようで。


気にせず。足を進める。光の差すその場所には…彼がいた。


彼は血塗れで、その場に座り込んでいて。


「………、」


名を、呼ぼうとする。けれど何故だか上手く声が出ない。


彼が、俯いていた顔を上げて。こちらを見てくる。


その顔は血に塗れていて。…それはきっと、返り血だけではなくて。


彼は惚けた様子でこちらを見ている。きっと僕も、似たような顔で見ていると思う。


「…あれ? なん、で…雲雀が……ここに?」


そういう間にも、彼の身体から血が溢れて。止まらない。


「ぁ――…そっか。これ夢か」


お前ここにいるはずねぇもんなと、彼は笑う。


「夢なら――…何言っても。いいかな」


彼は独り言のように呟いて。


「雲雀」


僕を、呼んで。


「内緒だったけど。好きだった」


そう言うと、笑って。


「じゃあな」


彼の身体が崩れる。


僕は手を伸ばす。


そして―――


その手に触れるぎりぎりのところで。目が覚めた。




手遅れ




そこは何の変哲もないあるホテルの一室で。


…はて。なんで僕は天井へと向けて手を伸ばしているのだろうか。


伸ばした手を戻して見てみるが、そこには何も掴んでおらず。


「……?」


何か夢でも見ていたのだろうか。しかし思い出せない。


時計を見るとそろそろ起きださなくてはいけない時間で。


僕は思考を打ち切り部屋を後にした。


今僕はボンゴレの命により出張に出ている。だからここはボンゴレと、…彼と遠く離れた地で。


いや、そういえば彼とは近いか。彼もまたここではないが遥か彼方の地へと任へ出ていて。


―――今彼は、どうしているだろうか。


ふっと笑みが零れる。きっと今日も頑張っているのだろう。


10代目の為に、とは彼の口癖だ。それが憎らしい時もままあるけど。


まぁ、彼が頑張るほどアジト中を駆け巡ったり、今回のように各地を飛び回ったりとあいつと二人の時間は…特にプライベートでの時間なんてないに等しいから。


それを思うとちょっと…かなり。いい気味だと思う。


さて、そろそろ僕も出るか。仕事に。


予定の時間よりも速く片が着いたら。彼に逢いに行こう。きっと驚く。


僕を見て。彼が慌てふためく姿が目に浮かぶ。それだけで愛おしく想う。


…そう、愛おしい。まさか人間嫌いのこの僕がそんな感情を抱く日が来るなんて夢にも思ってなかったが、どうやらそれは現実らしくて。


まぁなんでもいい。…そう思えるほど、僕は―――…



彼を、愛しているのだから。











敵対ファミリーへと赴く前に一服味わう。…さて、ここからが正念場だ。


今一度気を引き締めて。オレはアジトに乗り込んだ。


影に身を隠し、独り。また独りと敵を屠って行く。焦りは禁物。油断も大敵。


相手が集まってきたと思ったら予め仕掛けておいたトラップを発動させて敵を錯乱させる。


その錯乱の隙を突いてまた独り。更に独り。


敵の数が減っていく。血の海が広がっていく。


敵はまだまだ涌いてくる。血の海は波を引くことを知らない。


響き渡るは怒号、そして銃声。煙はあちこちから上がっていて誰の足元にも死体が転がっていた。


火薬を投げる。その間に銃弾を装填。敵意も殺意も最早誰を狙っているのか分からない。


冷静さを失い正気を忘れたものから死んでいく。…殺してく。飛び散る血潮は果たして誰の血の気を減らすのか。


やがてぽつりと…頬に。髪に。なにかの雫が濡れ堕ちて。


ふと目に空を捉えればそこには雲。


そして、雨。


…どうするかと、自身に問い掛ける。


このまま外にいて武器を捨てるか。


敵アジトへと入り込んで地の利を捨てるか。


オレは―――…











僕の仕事は呆気なく。…本当に呆気なく終わってしまった。


やれやれ。これは彼の元へ急げって言う神の啓示なのかな。そう自身に都合よく解釈してしまう。


そういえばここ数週間逢ってなかった。最後に逢ったのはいつのことだっただろうか。


思えば想うほど。逢いたくなって。居ても立ってもいられずにその場を後にして彼のいる国へと急いだ。


彼が今持ち受けている仕事は確か敵対ファミリーの壊滅…だっただろうか。


全く、甘い彼のこと。また生傷を大量に受けてくるのだろう。


…急いで彼の元にいこう。それでも既に怪我をしていたら問答無用で持ち帰ろう。


彼が何を言おうと構うものか。


そのときまでは。そんなことを―――暢気にも思っていた。





分厚い雲が空を覆い隠していた。


星も月も出られない。辺りの街の明かりも消え失せてしまっているかのように見当たらない。


光のない中、音もない。


彼も仕事を終わらせてしまったのだろうか? そしてもう引き上げたのだろうか。


しかし…それにしては…どこか違和感が。


…少しだけ、辺りを見てみようと思った。何もなければそれもまた良し。自分も帰れば良い。


そう思って、暫く辺りを歩いてみると…足元の何かに掬われそうになる。


それは…恐らく数時間前までは動いていたものだろう。けども今は硬くなって。僕の行く末を邪魔している。


…この道の先に、一体何があるというのか。


何もない…そのはずだ。


けれど何故。


僕はこの光景をどこかで見たことがある…と、そう思ってるんだろう。


この地は初めて来たはずだ。


だから身に覚えなんてあるはずないのに。


歩く。進む。


何もないことを確かめに歩きにくい道を進んでいく。


踏み出した右足が、何かを踏んで。それがぶちゅりと不快な音を出した。


それすらも気にせず。ずっとずっと先を進んでいくと―――


どこかで見た覚えがあるような、小さな光が。


その光の先に、彼がいた。


彼は血塗れで、その場に座り込んでいた。


「………、」


名前を呼ぼうとして、気付く。


やっぱり自分は、この光景をどこかで見たことがあると。


けれどそれを…いつ見たのか。どうしても思い出せない。


そうしている間に、彼はこちらの気配に気付いたのか…ゆっくりと顔を上げた。


口元に揺れる煙草。どうやら先程の光はこれだったらしい。


それを咥える力すらないのか、煙草は彼が顔を上げると同時に落ちた。



「…あれ? なん、で…雲雀が……ここに?」



思ったよりも掠れた、小さな声だった。


ぼたぼたと、彼の体内から溢れた血が零れる。地に落ちる。彼の身体から逃げていく。



「ぁ――…そっか」



…いけない。



「これ夢か」



…言わせては、いけない。



「お前がここにいるはず…ねぇもんな」



止めないと。



「夢なら――…何言っても。いいかな」



どうにかして止めないと。



「雲雀」



なのに、僕の身体は固まってしまったかのように動かなくて。



「…内緒だったけど、」



ここでようやく身体が動く。僕は必死に手を伸ばして。



「―――好きだった」



だけど彼には届かなくて。



「じゃあな」



彼の身体は崩れて。


僕の手はそこで彼に届いたけど。


彼の身体はぞっとするほど冷たくて。


彼の口からはもう言葉は出てくれなくて。


彼の瞳はもう何も映してなくて。





そして夢は。二度と醒めなかった。





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二度も見たくないものを見てしまったよ。