「10代目!」
「ん? 何? 獄寺くん」
「オレ、骸のガールフレンドになりました!!」
オレがトイレ休憩に行っている間に、オレの獄寺くんが他の男のものになっていた。
なんということだ。
とび出セ☆ツナ父
「…クフフ。そういうわけですボンゴレ。貴方の愛しの娘は頂きましたよ」
「骸…お前他校生徒だろうなんで並盛に普通にいるんだよっていうか敵として現れただろお前馴染みすぎだろていうかどういうことだ!!」
「クフフフフ。いい感じに混乱していますね」
「10代目! しっかりして下さい!!」
ああ、獄寺くんがオレを心配している。それが嬉しかったり大丈夫だよと微笑んで見せたり。
そうしている中でもオレの思考回路は先程の獄寺くんの言葉でいっぱいになっていた。
………骸の彼女になった?
獄寺くんが?
「はい、骸がオレに「僕のガールフレンドになって頂けませんか?」と言ってきましたので」
「それに…頷いちゃったわけ?」
そんな。獄寺くんが。あの。オレの。獄寺くんが………そんな。
オレの涙ぐんでるであろう表情にも気付かないのか、獄寺くんは満面の笑みを携えたまま頷く。
「はい! ガールフレンドって女友達ってことですよね! それぐらいお安い御用ですから!!」
「………」
「………」
「………? 10代目?」
そうか…その発想できたか。
その発想はなかったわ。流石オレの獄寺くん。天然にも程があるって言うかそんな昔のギャグとか完璧に意表を付かれたよ。
まぁ…恋人としての付き合いじゃなくてほっとした…
「そうか…女友達ね。骸? 早合点しちゃ駄目だよ? 獄寺くんはあくまで「友達」として付き合ってもいいって言ったんだからね」
友達の部分を大きく主張して言ってやる。
そうでもしないとすぐに付け上がりそうだからね。
「クフフ…その発想はありませんでしたがでも友達としてならお付き合いを認めて下さるってことですよね?」
こいつも…転んでもただでは起きないらしい。
友達から徐々に関係を深めていくつもりなのだろうか。そうは問屋が卸さないが。
そんな決意を固めつつオレが頷くと、骸は爽やかな笑みを浮かべて。どこから出したのかでっかいメガホンその手に持って。
「クフフー! そうですかー! 隼人くんは僕のガールフレンドだと父親である貴方が認めて下さると! 親公認で僕は隼人くんのガールフレンドになったというわけですねー!!」
そう、大声で叫びやがった。
こいつ…しまったその手できたか…!
「ちょ、この、骸…!」
「クーフーフー! ありがとうございますー! 父親である貴方に認められるとは嬉しいですねー!! 隼人くんは今日から僕のガールフレンドですよーーー!!!」
ああもう煩い! 校内中に広がってるぞこの声は!!
と、背後から骸に向かれてすっ飛んでくる鈍器物。それは思いっきり窓から身を乗り出し叫んでいる骸の後頭部にぶつかった。
「あぅちっ!!」
その叫び声もメガホンで校内中に広がる。そして教室の入り口からも。声。
「そこの中身の熟れたパイナップル! 自己の妄想を大声で叫ぶんじゃない!! 実に不愉快だ!!!」
声の主はこの学校の風紀委員長の雲雀さんだった。ということは投げられたあれはトンファーか。
「クフフフフ…酷いじゃないですか雲雀くん。客人に向かって物を投げるだなんて。それにあれは妄想じゃないですよ」
中身の熟れたパイナップルについては否定しないのか。骸。
「キミは客人じゃなくて不法侵入者って言うの。…って、あれは間違いなく妄想でしょ。―――誰が誰の何だって?」
「隼人くんが。僕の。ガールフレンドです」
にっこり笑顔で言い放つ骸。あ、なんか殺したい。
「だから…そんなわけないでしょ。…違うよね? 隼人」
雲雀が獄寺くんに問いかける。ああ、なんか可哀想な雲雀さん。
「ん? 本当だぞ?」
ガーン!
すげぇショックを受けてる雲雀さん。どのくらいかって言うとなんか本当にあのガーンて効果音が聞こえた気がするぐらい。
…本当、音楽室で生徒がベートーベンの運命でも思いっきり失敗したんじゃないかってぐらいリアルに聞こえた。すげぇ。
まぁ真相を教えるのはいいや。邪魔虫が一匹潰えるし。
「…はあ、獄寺くん? そろそろ帰るよ? なんか放課後でどっと疲れた…」
「あ、はい10代目!!」
「クフフ、僕も途中までご一緒しても構いませんか?」
「な…!」
「いいぞ?」
「獄寺くん…!?」
「? なんですか10代目。何か問題でも?」
あまりにも無垢すぎる瞳で問いかけられる。あ…ああ、そうか…
獄寺くんにとって骸は「友達」なんだった。なら下校を一緒にすることぐらい特に抵抗はないのか…
いや、この子にとっては誰と帰ることにも抵抗はなさそうだけど。
まぁ…なんかここで断っても普通に憑いて着そうだし。いいか。
「仕方ないな…特別に同行するこを許可してあげるよ」
「クフフ、それはそれはありがとうございますボンゴレ。いえお父義さん」
「―――やっぱり駄目だ。獄寺くん。二人っきりで帰ろう」
「? まぁ…10代目がそう仰るなら…」
「すいません願望と希望を込めた限りなく本気に近い冗談です」
それもう冗談っていわねぇよ。
結局オレと獄寺くんと骸とで途中まで帰った。ただし骸には半径五メートル以内に近付けさせず、オレと獄寺くんは手を繋いで帰った。
「では僕はこっちですから。隼人くん、また明日」
「うん。明日なー」
骸はにこやかな笑顔で去っていった。
ふぅ…ララバイお邪魔虫。そしてウェルカム獄寺くんとの二人っきりの時間。
といっても、そんな幸福な時間も翌日までだったけど。
それは日曜の午前。幸せな獄寺くんとの時間を楽しんでいた時。
ピンポーン
備え付けのチャイム音が家中に広がった。獄寺くんが出ようとしたが、オレはそれを止めて。
「いいよ獄寺くん。オレが出るから」
「そうですか? なら、お願いしますね」
さて。我が家に誰が一体何の用だろう。
オレは扉を開けた。
「おはようございますボンゴレ。隼人くんいますか?」
来訪者は骸だった。
オレはにっこりと笑顔を浮かべて。
「いません♪」
バタン。ガチャ。
即行で答えて扉を締めて鍵を掛けた。あとチェーンも。
「隼人くーん! はーやーとーくーん! いーまーせーんーかーーー!!!」
ええい、だからいないというに!!
「あれ? 骸?」
って獄寺くん出てきちゃ駄目でしょーーー!!!
「クフフ、隼人くんおはようございます。今日はお暇ですか?」
玄関の外から。骸。
「え? うん。別に用はないけど」
オレの隣から。獄寺くん。
「なら、もし宜しければ今から僕と遊びに行きませんか?」
「オレはいいけど…」
ちらり。とオレの方を見てくる獄寺くん。
「いいですか? 10代目」
「駄目」
即答だった。
「………クフフ、そうして己のエゴで隼人くんを縛り付けるのはどうかと思いますよボンゴレ。貴方の我侭でどれだけ隼人くんが傷付き、我慢しているかも分かりませんか?」
「骸…別にオレは我慢とかは…」
ちょっとおろおろしている獄寺くんに少し罪悪感が芽生える。
…む。確かに骸の真意は並盛圏外に飛ばすとして獄寺くんの望みは出来る限りに尊重したい。彼女はただ「友達」と遊んでいいかと聞いてるだけだ。
「………獄寺くんは…遊びに行きたいの?」
「えーと…」
獄寺くんは少し迷って。悩んで―――
「はい」
小さく答えてきた。ああもう可愛いなぁ子の子は。思わずぎゅーってしちゃうよ。ぎゅーっ
「ふわわ、じゅ、10代目?」
「クフフ、何が起っているかはあまり知りたくありませんけど僕のことを忘れないで下さいね」
ドアの外から骸。ていうかまだいたのか。帰ればよかったのに。
「…まったく、仕方ないなぁ。じゃあいいよ。遊んで来ても」
「すいません、10代目…」
「謝らないで。獄寺くんは獄寺くんのしたいことをしていいんだからね」
にこりと微笑み獄寺くんの頭を撫でながらそう言ってあげる。
締めてた鍵を開けて外と中を繋ぐ。外にはまだいた骸が一人。
「クフフ、おはようございますボンゴレ。隼人くん」
「うん。おはよう骸」
「骸。オレの大事で可愛い獄寺くんに何かしたら………潰すよ?」
「おやおやそれは怖い。それなら是非とも丁重に扱わせて頂きますよボンゴレ。…さて、では参りましょうか隼人く…」
オレは獄寺くんの肩に手を掛けようとしていた骸の手を弾いた。
「そこまでは許してねぇ!!!」
「クフフ…なんかもう本当に父親ですね貴方」
「まったく、油断も隙も作れないね」
と。言いながらオレは獄寺くんと手を繋ぐ。
「あと。オレも一緒に行くからね。いいよね? 友達と遊びに行くだけなんだし。獄寺くんもそれでいい?」
「オレはいいですよー」
「じゃあ大丈夫だね。骸の意見は最初から聞いてないし」
「クフフ。何気に酷いですねボンゴレ…」
骸が何か言っているけど気にならない。
オレにとって、獄寺くんはオレの全てなのだから。
「それで、まずはどこに行くの?」
「クフフフフ…そうですねー…まずは当たり障りなく近くの公園等はどうでしょう」
「は、今この時間に公園までわざわざ行く必要性が一体何処にあるっていうの?」
「公園は可愛い鳩がたくさんいて好きですよ」
「じゃあ即行で行こうか。ポン菓子持ってこポン菓子」
「クフフフフ…本当に貴方いっそのこと清々しいまでに隼人くんのことしか見てませんねぇ」
とりあえず骸は無視してオレたちは公園へ。
今日は休日。お昼前の公園にはオレたちの他にも何人かの家族連れやアベックが来ていた。
…オレたちは客観的にはどう見えるのだろうか。
オレと獄寺くんは親子関係に当たるけど。そこに骸がプラスされている今。
………兄妹+保護者?
―――失礼な。オレはあんな熟れたパイナップルを世に召喚した覚えはない。
「クフフ、すっごい失礼なこと考えてません? ボンゴレ」
熟れたパイナップルの発言は無視。
まぁ、天気はいいし。家でごろごろしているよりはましかな…
などと思っていたら、耳に入ってくるどこかからの声。
お。あの銀髪の子かわいー。
銀髪…獄寺くんか。ふふん、それはそうだろう。なんて言ったってオレの娘なんだからね。
でも男連れだぜ。しかも二人。
そうそう。獄寺くんには既にオレという予約が付いてあるので変な虫はお断りなのでした。
まぁ一見清楚そうに見えるけどその実夜は真逆だったりするんだよ。うん。
………。
ぎゅ。
オレはグローブを身に付けた。
「あれ? 10代目どこに行くんですか?」
「うん。ちょっと肉を抓みにね」
「クフフ。それを言うなら花を摘みにじゃないですか?」
「はい、それではいってらっしゃいませ10代目!」
「あれ? 無視? 無視は少し酷くないですか?」
そんなことを言ってる骸は無視してオレは宣言通りに肉を抓みにと赴いた。
暗転。
「…ふぅ」
暫くしてオレは一仕事終えた表情で戻ってきた。
さて、獄寺くん分が減ってしまったから補充しなければ。
「クフフ、はい隼人くん。あーん」
「あ…あーん…」
「はいストップー。なにめくるめくる二人だけのときめきワールド展開しているかなー?」
「あ、10代目! 戻ってきたんですね…あ。頬にトマトケチャップが付いてますよ」
「あ。本当だ。やだな、全部拭ったと思ったのに」
「もう、10代目ってば」
「あはは」
「なんで花を摘みに行って赤いモノが頬に付着して戻ってくるんですか?」
「そんなことよりもてめぇこの野郎。オレの獄寺くんに一体なにをしようとしてたのかな? 削るよ?」
「クフフ。何処をどう削られるか少々気になりますがとりあえず隼人くんにカロリーメイトを食べさせてただけですよ」
「カロリー…メイト?」
はて。どうしてそこで固形栄養摂取食物が出てくるのだろうか。
「あ、10代目が留守にしている間カロリーメイトの話題になってですね。オレが食べた事ないって言ったら骸が出してくれたんです」
そういえば獄寺くんにはそういったものは食べさせてなかった。
そういうものよりも手料理の方がいいだろうって。最近オレの料理の腕も上がってきたしね。
「…その、いけませんでしたか…?」
「ううん、そんな事ないよ。確かにそれだけで三食を補おうってするなら優しく駄目だよって言うけどおやつや小腹に入れるぐらいなら全然構わない。もう獄寺くんは可愛いなぁー」
思わず獄寺くんをむぎゅー。
だって獄寺くん、おどおどとした表情プラスの上目遣いなんだもん。ああもう可愛いなぁ…
でも。
「で。なんでそれではい、あーんなんて状況に陥ったのかな?」
「クフフ。ワントーン下がった声がなんとも言えずドスが効いていますが。あれです。隼人くんが上手く食べられなくて…」
?
上手く?
カロリーメイトってそんなに食べるのに技術を要するようなものだっけ?
「あ…あの」
獄寺くんが挙手。
「その…袋から出したらですね。思った以上に大きくて…一口サイズに千切ろうかと思ったんですけど上手く出来なくて…」
まぁ確かにあれは少し獄寺くんの口には大きいかな。獄寺くんにはあまり大口開けて食べるのははしたないからしちゃ駄目だよって言ってあるし。
いや、それよりも…カロリーメイトを上手く千切れずぼろぼろ崩して困る獄寺くん。か…
「ちょ、萌えんなぁ…!」
「もえ? 10代目、なんのお話ですか?」
おっといけない声に出してた。
「なんでもないよー。…で、見かねた骸が変わりに千切ってあげたわけか…」
「そういうことです。誤解が解けて何よりですよボンゴレ」
「うん。まぁだからってはい、あーんをしていいことにはならねぇけどな」
オレと骸の視線がバチバチ弾け合い。一触即発…って所で。
きゅー…
うさぎ…? の鳴き声がすぐ近くから聞こえてきた。
ふと獄寺くんを見ると、顔を真っ赤にしてお腹を押さえてた。
うさぎじゃなくて獄寺くんのお腹だったか…。いや、それよりも。
「ご…」
「おっとこれは大変ですね。もうお昼時ですしご飯にしましょうか」
と言って骸はどこからともなく巨大なバスケットを取り出した。何処から出したんだろうあれ。ていうかレジャーシートも出てきたし。
「さぁ、隼人くんどうぞ。ボンゴレも是非に」
「…毒とか入ってないだろうね」
「クフフ、本人に確認を取る当たりかなり大物具合が覗けますがご心配なく。少し迷いましたけど今日は正攻法でいきますから」
こいつもこいつで大物だ。ていうか迷ったのかよ。
「美味しそうですね」
「うんまぁ…見た目は悪くはないかな…。でも獄寺くん。気分が悪くなったり身体が火照ってきたり変な気分になったりしたらすぐにオレに言うんだよ? 分かった?」
「はい分かりました!」
「クフフ…僕全然信頼されてませんねぇ…」
まぁお弁当は普通に美味しかった。
「10代目! このおかず美味しいです!」
「ん? どれ?」
「これです! はい10代目、あーんして下さいっ」
「あーん…。うん。美味しい。あ、獄寺くんにもあげるね。はい、あーん」
あ。これいつも通りの光景ね。
「クフフ…羨ましいですね。僕もその位置代わってほしいですよボンゴレ」
「ん? 骸が代わるか?」
とは獄寺くん。
…獄寺くん…?
「え? 宜しいんですか?」
「ああ、いいぞ!!」
いやそんな獄寺くん。そんないい笑顔でポジを代えないで! 頼むから!!
そんなオレの願いも虚しく獄寺くんは骸に席を譲って。
「よし、じゃあこのおかずを10代目に食べさせる役は骸に頼んだ!!」
「って、へ?」
「ん?」
………そっちか。そう取ったか…流石だよ。獄寺くん。
獄寺くんに促されるままにオレの隣に座る骸。何処となく笑みが引きついている。
「………えーと、ボンゴレ…はい、あー…」
「って待たんかい! この構図は誰も求めてないから! オレには獄寺くんだけだから!!」
「クフフ…確かに僕だってターゲットはあくまで隼人くん。…まぁ別の意味でボンゴレもターゲットなんですけど今はなんの関係もありません」
オレも狙われてんのかよ。マジかよ。
「ていうか嫌ならやめろよ…ていうかやめろよ」
「僕だってしたくはないのですが……隼人くんのあの顔を見てると…」
「え?」
獄寺くん…?
オレが獄寺くんの方に顔を向けると。
おおう…すごいにこにこしながらこっち見てる…
「10代目が他の方とも仲良くなったらきっと素敵だと思うんです!」
そうか…獄寺くん、そんなにもオレの事を…嬉しいなぁ…
でもオレ…ぶっちゃけ獄寺くんが隣にいてくれればもうそれでいいのに…!
ああでも獄寺くんがオレのために…! それ考えると無下には……でも骸かよ…なんでだよ。獄寺くんがいいよ切に!
「クフフ…ボンゴレ、覚悟を決めて下さい。僕はもう決めました」
決めるなよ。ていうか迫ってくるなよ。
「さぁボンゴレ、早く口をお開けなさい! そしてこのだし巻き卵をかっくらいなさい! それともこのたこさんウィンナーがいいですか? うさぎさんりんごもありますよ!?」
なんでそんな無駄にファンシーな弁当なんだよ! ていうかも、あ、やめ、あ、ああーーーーー…
「…ごちそうさま。美味しかった! ありがとな骸!」
「クフフ。いえいえ。お気に召して頂けたのなら幸いですよ」
「…ううう…っく…」
「10代目? どうしましたか?」
「ううう…なんでもない…。だから暫くこのままでいさせて…」
「それは構いませんが…」
「クフフ、まさかショックのあまりに隼人くんの膝に逃げるとは思いませんでしたよ…」
「…ふふん。羨ましい?」
「ええ、まぁ。…っと、そんな羨ましいボンゴレは放って置いて…少し休んだら今度は町まで行きましょうか」
「えー。もういいだろー。帰ろうよー」
「はいそこ。せめて進言は隼人くんの膝から離れてから申して下さい」
「じゃあいいや…」
「どれだけやる気がないんですか貴方は」
うるさい…獄寺くん以外の…しかも男からのはい、あーんは精神的拷問以外のなんでもないよ畜生…
「…10代目? ご気分が悪いのでしたらもう帰りましょうか…?」
「ん? んー…平気。今日は獄寺くんの好きにしていいんだよ」
言って起きて、伸びをしてみせる。獄寺くんはそれでも心配そうにオレを見ているけれど。
「オレは大丈夫だから。ね?」
「はい…じゃあ、もう少し外にいてもいいですか?」
「うん。いいよー」
「クフフ、ではそろそろ…」
「あれ骸。お前まだいたの?」
「貴方もいい加減しつこいですねぇ」
それから、オレは獄寺くんと一緒に骸もおまけにつけて一緒に町を練り歩いてた。
久々の外出が楽しかったのか、獄寺くんは笑っていて。
オレはそんな獄寺くんを。ずっと眺めていた。
獄寺くんが幸せなら、オレも幸せ。
獄寺くんが望むことなら、なんでも叶えてあげたい。
それは紛れもない、オレの本心。
「おや…気が付けばもうこんな時間ですか。時が経つのは本当早いものですねぇ…」
「あ…そうだな。そろそろ暗くなるから帰らないと…」
「そうだねー。残念だねー。じゃあ帰ろうか獄寺くん。あ、骸ばいばい?」
「クフフ…まぁまぁそう言わず。世は物騒ですからおうちまで送っていきますよ」
骸ものこの数時間で逞しくなったなー…ちょっと遠い目。
そんなわけで三人で帰ってて。でも自宅付近に近付いてくると唐突に雨が降ってきた。
ああもう、今日の天気は晴れだったはずなのに! 天気予報役に立たねぇ!!
「わ…あ、いきなり激しいです! 走りましょう!!」
「うん、獄寺くん転ばないようにね!」
「はい…! 骸もほら、早く!!」
ああもう獄寺くんってば! 骸まで家に呼んでー! 仕方ないなぁもう!!
三人で玄関に駆け込む。数十秒の出来事なのにもうみんなずぶ濡れだった。
「はぁ…酷い目にあった…」
「そうですねー…あはは。服の下まで濡れちゃってます…」
苦笑いしながら獄寺くん。
………ていうか。
「ちょ、獄寺く…!」
「はい?」
いや、はいじゃないよ!
ご…獄寺くんの服が、あ…雨に濡れて…透け…
「―――獄寺くんお風呂! 今すぐお風呂に入ってきて!」
「え? でもそんな10代目よりも早く入るわけには…」
「いいから早く! 女の子は身体冷やしちゃいけないんだからね!!」
「は、はい…? 分かりました…」
戸惑いながらもぱたぱたとお風呂場へと獄寺くんは走っていった…
…さて。
「………見た?」
「それはそれは良い物を」
「あはは。選ばせてあげるよ。今すぐ忘れるか死ぬかをね!」
「クフフ…どちらもお断りですねボンゴレ…! 今日一日でかなり隼人くんとも親密な関係になれましたし!」
「無駄な夢を見るのは勝手だけどね! でも獄寺くんは誰にも渡さないんだよ! どれだけ骸が足掻いても獄寺くんはオレのだ!!」
「そうやって自分のエゴを隼人くんに押し付けるのはいい加減やめたらどうです? 隼人くんが可哀想じゃないですか」
「獄寺くんは…それでもいいって言ってくれたよ」
「それはいつの話です? 人の心も気持ちも移れゆくもの…いつまでも過去の言葉で縛ってしまってはますます隼人くんが可哀想だ」
「く…!」
不味い、いつになくオレ押されてる…!
このままだと…押し負けるか…!?
「10代目! 獄寺隼人、ただいま帰還致しました!!」
「うゎぁ!?」
いきなりの声に思わず声が上がった。
「え!? あ、す、すいません10代目! まさかそこまで驚くとは思わなくて…!」
「い、いやいいんだよ獄寺くん…ていうか、やけに早かったね。って…」
「はい、10代目と骸をいつまでもお待たせするわけにはいきませんから! ぱぱっと済ませてきました!!」
「そんなことよりー! よりにもよってその格好で来ますかー!!」
「えぇ!? 何かいけませんでしたか!?」
「おやおや…隼人くんのパジャマ姿を拝めるとは僕も大層運がいい…」
そう。骸の言うとおりに獄寺くんはパジャマ姿で戻ってきた。オレたちのためにタオルを持ってきて。
ああ…そうか。お風呂→パジャマに着替えるだよね…獄寺くんの思考回路でいくとそうなるか…あああ…
「ささ。10代目も早く風呂場へ! そのままだと風邪を引いてしまいます!」
「うん…」
………って。ちょっと待った。
その間。骸と獄寺くんは二人っきり…?
「………獄寺くん。オレと一緒にも一回お風呂行かない?」
「そこの馬鹿親父。なにを考えておりますか」
「そんな、お客人をひとり残してオレまで風呂へと戻るわけには参りません! …あ、そうだ! 10代目と骸が一緒に入ったら如何ですか!?」
何言っちゃってるかなこの子はーーー!!!
それお断りだよ! だからそういう描写は誰も求めてないって! だからオレには獄寺くんだけなんだってーーー!!!
「クフフ…流石の僕もそれはちょっと…」
「でも…このままだと10代目も骸も風邪を引いちゃうし…」
ああ待って獄寺くん! そんなに哀しそうに俯かないでー! なんか悪いことしている気分になるから!!
でも…骸と獄寺くんとを同じ部屋に置いておくわけにはいかない。オレと獄寺くんが風呂に入っている間、骸が獄寺くんの私物を漁らないとも限らない…
「失礼な。そんなことしませんよ」
無視。ああ…どうしよう…。もう骸追い出そうかなー…
「あ、10代目。今お天気お姉さんが今突然の豪雨の為自宅待機警報が出てるから外に一歩も出ちゃ駄目だそうです」
なんてこと言ってくれるんだお天気お姉さん…! 何も今言わなくてもいいじゃん! 馬鹿!!
「うー…うー…うー…!」
オレの出した決断は…
「う…」
「あ、10代目! 骸が目を覚ましました!!」
「そうか残念…別に目を覚まさなくともオレはよかったのに」
「あれ…? 何故か頭が無駄に痛いんですけど。あと雨が降ってきてボンゴレ宅に着いてからの記憶が曖昧なんですけど」
そりゃあいい。朗報だ。
「ごめんな骸ー。ちょっと手が滑って自室にあった木刀に手がいって思いっきり骸のどたま殴っちゃった」
「うわぁー、滅茶苦茶嘘くさいですねー」
「ごめんなー。ほら、オレ運動音痴だからさ☆」
「そこまでいくと運動音痴はあまり関係がないかと思いますけどね」
「それより骸…今日はもう外に出たらいけないらしいぞ。自宅に連絡したらどうだ?」
「それよりですか。人一人気絶させてそれよりですか。隼人くんもボンゴレの娘ですねぇ…って今日はもう出れない?」
「そ。雨音がまだ聞こえるでしょ? 朝には出れるようになるだろうけど今晩は駄目だって」
「おやおや。…ということは?」
この野郎…勝ち誇ったように聞いてきやがって…
「…はぁ、ま。仕方ないからうちに泊めてあげるよ。獄寺くんの寝込みとか襲ったら警察とマフィアに突き出すからね」
「それしたら多分警察とマフィアが抗争を起こすだけのような気もしますが、分かりました。では少し自宅に連絡してきますね」
言って骸は携帯電話を取り出してボタンを打つ。
「…もしもしクロームですか? 骸ですー…ええ。この豪雨の為今日は帰れないかと。ええ。明日には戻りますから。はい、クロームもお気を付けて。よい夢を…」
「…クローム?」
「僕の妹ですよ。そのうち紹介しますね。少しぼんやりしている子ですけど悪い子ではないですから」
どうやら骸にはクロームという妹がいるらしい。
…ってなんでオレは骸と交流を深めてるんだ…
…あ。なんか獄寺くんがうきうきしてる。
「なんかみんなで寝るって修学旅行みたいですよね!」
そうだねー…獄寺くんにぎやかなの好きだからねー………って。
みんなで? 寝る?
「って駄目ーーー!!!」
「はぃ!? え? え? ごごご、ごめんなさい?」
「謝らないでもいいけど、みんなで寝るとか駄目! 絶対駄目! 獄寺くんのあの天使のような寝顔を…骸に見せるだなんて言語道断!!」
「おー…天使ですかー…それは是非とも見てみたいですねー」
「駄目だっつってんだろ!」
「う…」
「え? 獄寺くん?」
「うう…う、ごめんなさい10代目…10代目がそこまで怒るほど駄目なんてオレ…考えもしなくて…」
「いや、いいんだよ獄寺くん? 泣かないで…」
「ひっく…なんだか今日、オレ怒られてばかりですね…10代目に気を遣って頂いてるのに、オレ…オレ…」
「ご―――」
「…ごめんなさい! 今日は…一人で寝ますね。おやすみなさい…!」
「あ、獄寺くん!」
止める間もなく…行ってしまった獄寺くん。
ああー…違うのにー…泣かせるつもりはなかったのにー…
「…行ってしまわれましたね…」
「うう…。仕方ないか…明日朝一に謝ろう…。ほら、骸行くよ…」
「はい? 行くというと、どこへ?」
「オレの部屋…こうなったらオレの部屋で寝るしかないでしょ…この家客間ないし…」
「あっはっは。何言ってるんですかボンゴレ。貴方の部屋で寝るぐらいなら廊下で寝ますよ」
「オレだってそうしたいけど…獄寺くんが夜中起きたときそんな骸見たら今多分被害妄想モードだからまた自分のせいだって思っちゃう…それは避けたいからね。だから骸の意思は無視」
骸を一人にして獄寺くんの部屋に行かれたら本末転倒だしね…
ああ…獄寺くん…落ち込んでるその心が早く治りますように。
「ひっく…ぐす、ぐす…」
獄寺は自室でひとり泣いていた。
「うっく…えぐ、うう…」
自分は父である綱吉のために生きているのに。綱吉のことだけを考えていればいいのに。
なのに…自分は綱吉に迷惑ばかりを掛けてしまって。怒らせて…
そんな自分が不甲斐なくて。情けなくて。獄寺は泣いていた。
そんな獄寺の下に、現れたのは小さな小さな影一つ。
「なに泣いてんだ?」
「リボーンさん…」
リボーンが近付いてくる。獄寺のすぐ近くまで。
「…ん? ツナがいないな。どうしたんだ?」
「あは、はは…オレ…10代目に迷惑を掛けてばかりでですね。反省中です」
「…そうか」
リボーンは小さな身体で獄寺の頭を撫でて。涙を拭ってやる。
「おめーはもっと我侭になってもいいんだぞ」
「リボーンさん…?」
「取り合えず今日は寝とけ。オレも一緒に寝てやるから寂しくもねーぞ」
「…ふふ。リボーンさんにはなんでもお見通しなんですね」
「当たり前だ」
獄寺はリボーンをぎゅっと抱き締めて。微笑んだまま眠りに着いた。
穏やかな寝息が聞こえてくる。リボーンは獄寺の目尻にまだ残っていた涙を拭って。
「…今まで全然我侭言わなかったんだから。今ぐらい我侭言ってもかまわねーんだぞ。獄寺」
そう呟かれた、獄寺が母と慕うヒットマンの言葉は…無論眠っている獄寺の耳には届かなかった。
翌日。ツナが目を開けるとそこにはいつも通りの愛娘の寝顔ではなく。愛娘の彼氏の寝顔だった。
「………あー、朝っぱらから萎えるもん見た…なんかもう今日駄目だ。オレ駄目だ。もう疲れたよ獄寺くん…」
「クフフ、朝一のテンションがそんなんでどうするんですかボンゴレ。隼人くんに謝るのでは?」
「そうだった…って骸…起きてたの」
「今起きました。おはようございます。ボンゴレ」
「あーうん。おは…」
「おはよーございます! 10代目!!」
「おおうおはよう獄寺くん! 元気だね!?」
「はい、あ…10代目、昨日は勝手に自室に戻り…すいませんでした…」
「いや、いいんだよ。オレの方こそ…ごめんね怒鳴って…」
「そんな、10代目は悪くないです! 悪いのはオレで…」
「クフフ、そんな不毛な親子喧嘩はその辺にしておいたらどうです?」
「あ、骸おはよう。よく寝れたか?」
「ええまぁ。おはようございます、隼人くん」
どうでもいいが同室で寝ている父親と自分の彼氏を起こしに来る娘。なんだか凄い図だ。
「まだ少し雨も降ってますけど、自宅待機警報はもう解けたみたいです。学校にも行けるみたいですよ」
言われて二人が窓の外を見てみれば、確かに雨は昨日に比べて小降りになっていた。
「クフフ、すいませんねぇボンゴレ。朝ごはんをご馳走になりまして」
「いいよもう…。ここまで来て何も食べさせずに返すのもあれだしね。…はい、獄寺くん、あーん」
「はい。あーんです。10代目」
「貴方達何処でも相変わらずですか」
骸の突っ込みは誰にも届く事なく風に流れて溶けて消えていった。
「そんなことがあったんだ」
「そうなんだよ…もう大変だったんだから」
「あの、その…すいません…」
「いや、いいんだよ獄寺くん」
並中の昼休み。いつものようにお弁当タイムの中の雑談。
本日の話題は無論…獄寺の彼氏こと六道骸のことである。
まさか彼氏彼女認定の翌日にデート。しかもその後お泊りがあったなんて当たり前のことだが誰も予測出来ず驚きと動揺をみなに提供していた。
「六道さんもやりますね…」
「沢田も一緒だったって辺りがまたなんとも言えないけど」
あまりにもの親馬鹿具合にため息。気持ちは分かるがどうも行き過ぎている。
「…そうだ。ね、獄寺くん。今日何か用事あるかな」
骸の話も数十分で尽き、今度は京子が獄寺に話しかける。
「ん? 何もないけど?」
獄寺がそう応えると京子は花が咲くように笑って。
「よかった。なら、放課後一緒にお買い物しない?」
「オレはいいけど…」
言葉を切って、伺うようにツナを覗き込む獄寺。ツナは笑って、
「ん? うんもちろんいいよ。丁度オレも色々買い足したいものが…」
「あ。ツナくんは来ないでね」
………。
有無を言わせない笑顔。そして威圧感。更に拒絶の言葉。
見事な三連今後にツナの頬を冷や汗が一筋垂れた。
「…いや、あの。女の子二人だけって…危ないし」
しかも二人ともかなりの美貌だ。あの風紀委員長がいる限り起りえないだろうが、もしも学校でミスコンなどしたらこの二人が一位と二位を争うことは目に見えている。それほどだ。
「女の子だけで楽しみたいの。だから、男の子のツナくんは邪魔」
容赦なくきっぱりと言い放つ京子。どんな相手であろうとも我が道を行くツナだが、何故か今回京子の前だと強く出れない。
「………いや、えと…はい」
なんと、ツナ敗北。
勝者。京子。いや、京子様。
流石だった。
それから時間はあっという間に過ぎ、放課後。
ツナが心配そうに獄寺と京子を見ている。その視線に気付いた獄寺がツナの所へと近付いてきて…
「あの。10代目…」
「う、うん…」
獄寺はちょっと頬を紅潮させて。
「い…い、行ってきます…!」
どうやらなんだかんだで楽しみな様子の獄寺。ツナの視線の意味にも気付いてないようだ。
「…ウン、イッテラッシャイ。ゴクデラクン…」
ツナは思わず一筋の涙を流していた。
「獄寺くん、準備出来た?」
「あ、笹川…」
ぴょんと京子が獄寺の背に飛びついて来た。女の子同士の軽いじゃれあい。誰も咎めるものはいない。
「出来てるみたいだね。じゃあ行こうか。…じゃあねツナくん。また明日」
「では10代目、またあとで」
可愛い可愛い女の子二人ににこやかに別れを告げられぽつんとひとり教室に残るツナ。
(…そうだよね…獄寺くんにも…たまにはオレから離れて遊んでみたいよね…)
三秒経過。
(女の子同士か…流石にそれはオレも強く言えないし、仕方ないのかな…)
八秒秒経過。
(まぁ夕方には帰ってくるだろうし、それまでに獄寺くんの好きなおかずでも作って待ってて…)
十五秒経過。
「あ。無理」
ツナはてってかと歩き出した。獄寺と京子が出て行った方向へと向かって。
…どうやら獄寺をひとりにするのが心配だとか嫌とかそれ以前に自分自身が獄寺から離れられないようだった。
しかし。
ツナくんは来ないでね。
教室を出たと同時に思い出されるあの言葉。威圧感。
何故か重い。一歩を踏み出せない。あの言葉だけにどれだけの力が込められているのだろうか。もう威力的には固有結界じゃないかとすら思う。
「ちょ…えー! なんで進めないのー!? 獄寺くんー!!」
目に見えない巨大な壁に遮られ。獄寺の所へと行けないツナはただ叫ぶしかなかった…
そんな父親の心情も知らず。まさに親の心子知らずな獄寺くんは、今。
「それで、何を買うんだ?」
「下着。ちょっと新しいのが欲しくなって」
というわけで二人してランジェリーショップへと来ていた。
淡い色合いから縞々チェック。フリルからアニマルプリントなどなどなんでも揃っている。
確かにここには男性であるツナを連れてはこれない。
「獄寺くんも買っちゃう?」
京子が朗らかな笑みを浮かべながら聞いてくる。が。
「んー…オレは10代目が買ってきて下さったのがまだあるから…」
「待って」
流石の京子もストップサインを出した。今。彼女は。獄寺隼人はなんと言った?
10代目が買ってきたものがある?
「獄寺くんの…下着って。ツナくんが買ってくるんだ…。危ないものじゃないよね…?」
「危ない? とりあえず白ばっかりだけど」
じーさす。なんと言うことだ。どこの世界に年頃の娘の下着を買ってくる父親がいるというのだろうか。
「あはは…じゃあ折角の機会だし、可愛いのがあったら買ってみる?」
「でも…10代目が…」
「…ツナくんて、獄寺くんの下着を毎回チェックしてるの?」
もしもしてたら問答無用で警察に連絡しようと思っている京子。
「いや、そんなことはないけど」
ツナ、命拾い。
「じゃあいいと思うよ。それぐらいの自由は獄寺くんにもあるって」
「そう…かな。じゃあ少しだけ見てみよう…かな?」
「うん、じゃあ向こうのコーナーから…」
そうして女の子二人は店の奥へと消えていった。
そんな感じに獄寺が未知の世界へと羽ばたいている頃。我らがツナ父は。
「あああ…獄寺くん獄寺くん…心配だけど大丈夫かな…」
そんなこと延々ぶつぶつ呟きながら帰路に着いていた。
「ただいま…」
我が家に足を踏み入れる。いつもなら隣にいるはずの獄寺が同じくただいまと言ったあとお帰りも自分に言ってくれるのに今日はそれがない。
代わりに…
「遅かったな」
「え?」
投げられたぶっきらぼうな声。顔を上げるとそこには小さな影が。
「リボーンじゃん。ここに来るなんて珍しいね」
「獄寺は一緒じゃないのか?」
リボーン。ツナの言葉を聞く気ゼロ。
「…獄寺くんは京子ちゃんと遊びに行っちゃったよ」
「そうか。つまらんな。帰るか」
「お前本当にオレのことはどうでもいいんだね」
「お前なにを馬鹿なことを言ってるんだ? 当たり前じゃないか」
「ひでー!!」
ああ、愛しの愛娘の代わりに扱い辛い鬼嫁だなんて。がっくりとツナは脱力する。
「おい。そんなところで項垂れてんじゃねーぞ」
「ん…?」
「客が来てんだ。茶の一杯でも寄こせ」
「結局居座るんかい!!」
ツナの突っ込みが玄関に広がった。
ツナが渋々ながらお茶を注いでいる頃。獄寺は京子とともに街を歩いていた。
片手にはクレープ。もう片手には先程の店で買った下着が数点入った袋を持って。
「今度着た姿見せてね」
「いや…見せないだろう普通」
「体育の授業で体操着に着替える時」
「ああ…。そうか。じゃあ体育があるときにはこれ着ていくな」
「うん。私もその日には今日買ったの着ていくねー」
そんな会話をしながら手にしているクレープをぱくり。甘い香りに包まれる。
「おいしいねー」
「ああ。10代目の分も買えばよかったかな…」
「うーん、でもこういうのは何故か買ってすぐ食べるのがおいしいんだよねー」
「そうかもな」
クレープを食べ終わると今度は雑貨店巡り。
可愛い小物を見て回る。獄寺がストラップを買っては鞄に括り付けていた。
普通の日常を味わう二人。獄寺も京子も笑いながら次の店へと歩いていく。
そんなほのぼの空気を獄寺が全身に身に纏っているとき、ツナ父宅ではシリアスな空気が流れていた。
「…で、何しに来たのさ。リボーン」
「お前が定期連絡を怠るからオレがわざわざ聞きに来てやったんだ」
「ああ…そっか。忘れてた」
わざとらしい。と憤慨するリボーン。
「―――少しずつ」
「ん?」
「少しずつだけど…外の世界に興味を持ち出してきているよ…」
「そうか…」
「どうにかオレの所に引き止めているけど…そろそろ限界…なのかな…」
「………」
沈黙が降りる。そして。
「…昨日」
「ん…?」
リボーンが沈黙を破った。
「昨日の夜…獄寺は自室でひとり。泣いていたぞ」
「え…あ、」
昨日の最後を思い出すツナ。
正直、忘れていた。今朝の獄寺があまりにも元気だったから。
「お前に迷惑を掛けたって。泣いてたぞ」
「………」
「いくら獄寺が外に興味を持とうと友を作ろうと、お前が獄寺を想う心も今日までの生活も消えるわけでもない」
もう少し自信を持つべきだな。
そう言って、笑みを浮かべ茶をすするリボーン。
「うん。…ありがと。なんだかリボーンに元気付けられるなんて変な感じ」
「お前がしょげてると獄寺が落ち込むからだ」
「あー、そうですか。そうともリボーンはそういう奴だよ」
そうしてまたも沈黙。けれどもそれは居心地の悪いものではなくて。暫し二人してそれを味わう。
「…ってそういえば」
その沈黙を次に破ったのは。ツナ。
「なんで昨日獄寺くんが泣いてたって…知ってるのさ」
「ああ。昨日獄寺と一緒に寝たからな」
「待て」
ストップ。ていうかなんということだ。そんな事態に陥っていたのかよ。
「待つのはお前だぞ。獄寺をひとり泣かせて、お前はなにをしてたんだ?」
「え…ああ…骸と寝てたけど」
「―――」
おっと珍しい。リボーンが言葉を失った。
「あ。リボーン少し誤解してる?」
「………お前…自分のことを想ってくれてる娘ひとり放置してなにを…」
「だからそれ誤解が生まれてるから!!」
「ていうか骸は敵じゃねーか」
そういえば少し前、「ボンゴレ」を狙う刺客として骸の事を報告していたのだった。あれからすっかり毒気の抜けたような骸にそんな印象はきれいさっぱり消えていたが。
「敵…そうだね。そういえば聞いてよリボーン。獄寺くんてばなんかいきなり彼氏作っちゃって…」
「彼氏…?」
「そう。彼氏」
「………」
「………」
「………そうか。鬱だな。死ぬか」
「ちょっと待てーーー!! なんだその結論! ていうか、ちょ、え、駄目だってばそのロープ仕舞えーーー!!!」
あまりのショックのあまりに自殺を図ろうとするリボーンをツナは必死で止めていた。
そんな愛が痛くも苦しい二人を親として慕う獄寺はその頃。
「あー…もうこんな時間だね。そろそろ帰ろっか」
「そうだな。じゃあまたな笹川。今日は楽しかった」
「あはは。そんなに楽しかったなら、また一緒に放課後デートしようね」
「ああ。楽しみにしてる」
獄寺と京子は分かれ道で別れた。
さて、時間を忘れはしゃいでしまったためか思ったよりも遅くなってしまった。早く帰らなければ。
そう意気込む獄寺に掛けられる声一つ。
言葉の内容はこれからどこかへと遊びに行かないか。というもの。
俗に言うナンパという奴だ。獄寺の美貌を考えればそんな命知らずがいくらいてもおかしくはない。
けれど…残念ながら今回、獄寺はひとりだ。今まで主にツナが一緒にいてくれてその手の輩を追い払ってくれていたのだがそのツナは今はいない。
というか、獄寺がこうしてナンパを体験したのは初めてだ。それだけひとりという時間が獄寺には与えられてはなかった。
なので獄寺にはこれがナンパなのだとは分からなかった。いや、それよりも前の問題として獄寺はナンパと言う言葉すら知らない。
よって、獄寺には無視して立ち去るという選択肢は出てこず。代わりに丁重にお断りを入れるという選択を取ってしまった。
けれどもそんな手法がナンパ男に通用するはずもない。むしろ丁寧な口調に自分に気があるとすら変換してしまう低俗な奴だった。
無理矢理獄寺の手を掴むナンパ男。
「え…? あの、いた…」
そんな獄寺を気にせず街へと歩き出すとする男に、流石の獄寺も抵抗の意を見せる。
「ちょ…や……止めろってば! 手を離せ!」
それでも獄寺の言うことを聞かない男に怒りが湧いてくる。けれど最早まるで引き摺られているような状態。
何とか足を踏ん張るがそれも無駄な抵抗で。獄寺に危機感が募る。
(10代目…!)
獄寺は心の中で父親を呼ぶが助けは来ない。
愛娘がピンチの時。今まさに呼ばれているツナはというと。
「だーかーらー! 彼氏は彼氏でも獄寺くんにしてみれば友達感覚でしかないっての!!」
「いや。もうその彼氏って単語だけで充分致死量に当たる。よって…」
「致死量ってなんだよ! ていうかだから首を吊ろうとするな! あーストップストップストップーーー!!!」
こっちはこっちで別のピンチな状況に陥っていた。
親子揃ってピンチとはそう言うと中々微笑ましいものを感じるがそれは後日談。しかも二人とも無事だった場合にのみ適応される。
「ゃ…!」
拒絶の意思を見せる獄寺。そこに。
「おい」
知らぬ声が掛けられた。
ドスの効いた声に思わずびくりと震える。
「そこのお前。嫌がる女捕まえてなにしてるんだ?」
鋭い目付きと威圧感を惜しげもなく男に注ぎながらそういうのは、見知らぬ女性。
いや、女性というにはまだ彼女は幼いかもしれない。けれども女の子。と呼ぶにしては違和感があった。
吹く風に黒髪を攫われながら、その女性は男の行く手を遮るように立っている。
獄寺の手を掴んだまま逃げようとする男。そこに。
ゴッ
その女性の手加減の一切無い拳が振舞われた。反動で思いっきり壁に叩きつけられる男。
しかしそれでも獄寺の手を離そうとはしなかったのは関心に値するかもしれない。
けれど獄寺の身体は硬い壁にぶつかることなく温かくて柔らかいものに包まれていた。
気付けば獄寺はその女性の胸の中にいて。
獄寺が男と一緒に壁に激突する前にその女性が男の手を無理矢理引っぺがしてくれたのだと分かった。
「大丈夫か?」
「あ…はい。助けてくれて、その…」
「なに、当たり前の事をしただけのことだから気にするな」
そう言って。その女性は獄寺の頭をぽんぽんと撫でて。
「じゃあな」
「あ…、ま、待って!」
すぐに身を翻し、立ち去ろうとする女性に思わず声を掛ける獄寺。
なんだ? と女性が振り返る。
「ぁ…えと…その、名前…そう、名前は…!?」
名を聞く獄寺に、女性はふっと笑って。
「名乗るほどのもんじゃない。それじゃあ、早く帰るんだぞ」
そう言って今度こそ立ち去ってしまった。
振り向き際に見えた、顔半分の傷痕が酷く印象に残った。
「…ただいまです10代目! 遅くなりました!!」
その後獄寺は女性に言われた通りにすぐに帰宅した。見知ったドアを潜ってやっと安心出来る。
「ああ…ご、獄寺くん…お帰り…」
出迎えに現れたツナは何故か満身喪失だった。その事を獄寺が問いかける前に。
「戻ったか。獄寺」
「あれ? リボーンさんじゃないですか。どうなさったんですか?」
「お前の様子を見に来たんだ」
軽くそう言い放つリボーン。
そこにはつい数十分前まで自殺を図ろうとしていたとかそんな影は微塵も見えない。
「あはは。ありがとうございます、リボーンさん」
「楽しかった? 変な奴に絡まれたりしなかった?」
「あ、楽しかったです! でも帰り際にですね…」
その後。
京子との放課後デートから帰宅までを事細かに親二人に話した獄寺。
その結果として運悪く獄寺をナンパしてしまった男の行方は…誰も知らない。
「…さて、それじゃあそろそろ寝ようか」
「あ。はい」
「オレも今日は泊まって行くぞ」
「そうなんですか? じゃあ…」
獄寺が何かを言いかけて。止まる。
「…ん? 獄寺くんどうしたの?」
「あ…いえ、その…」
なんとなく獄寺の言いたいことを察したツナが優しく獄寺に問いかける。
「なぁに? 獄寺くんのしたいこと。言ってくれないとオレわかんないよ」
「え…あ、その…」
「うん」
「その…その、―――三人で一緒に…寝たいなって、その…」
それはほんの先日。骸との時も似たようなことを言って…そしてきっぱりと断られた獄寺。
願望を言うと同時に、そのときの苦い記憶が戻ってきたのか顔をしかめる。
「えと…その、だ、駄目ですよ、ね。あはは…」
「いいよ」
「え?」
「リボーンならまぁ、獄寺くん相手に変な気も起こさないだろうしね。ぎりぎりおっけーだよ」
「本当ですか!?」
ぱぁあ…っと顔を輝かせる獄寺。嬉しそうだ。
「川の字! 三人で川の字で寝てみたいです! いいですか!?」
「いいよ。リボーン相手だとたぶん川の字には見えないと思うけど」
「嬉しいです! ありがとうございます、10代目!!」
「うん。…そんなに嬉しい?」
「はい! あ、オレ準備してきますね!!」
ぱたぱたと走り去る獄寺。
それを見送るツナとリボーン。
「…まさかあんなにも喜んでくれるとは…」
「おめーもまだ獄寺の理解が出来てねーな」
「む…どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だ」
「だから…」
追及しようとするツナだったが、それよりも前に準備を終えたらしい獄寺が戻ってきたのでお預けとなった。
暗い室内。部屋の中には三つの影。
明かりは窓から差し込む淡い月明かりのみで。ベッドの中で三人は穏やかな休息についている。
獄寺はリボーンをぎゅっと抱いて。その獄寺は後ろからツナに抱き締められて。
最初は少し暑がっていた獄寺だが、今は幸せそうに眠っている。
「…なぁ、リボーン」
「なんだ」
獄寺を起こさないように、小声で話す二人。
「オレは…オレはさ。獄寺くんを守っていきたいよ…?」
小さく呟いて。その身に収まっている獄寺をぎゅっと抱き締めるツナ。
「この想いは紛れもない本物…なんだよ?」
「ああ、そうだな」
「でも…さ。この想いは…獄寺くんにとっては邪魔でしかないのかな…」
「………もしそうなら」
「ん?」
「もしもそうなら、少なからず獄寺は態度に表すだろ」
「そうかな…」
「そうだ。言っただろう。もう少し自信を持てと」
「ん…うん。そう…だね。ありがと。リボーン」
「まったく。馬鹿が馬鹿なことで悩むんじゃねぇよ」
「あはは、ひでー」
…それから暫くして。二人も眠りに着いた。
「ん…」
朝。一番に目が覚めたのは獄寺だった。
なんだか夢を見ていた気がする。
すぐ隣で眠っているツナが何かで悩んでいたような。そんな夢。
「…?」
ツナを起こさないように獄寺は身を起こす。しかし代わりにリボーンが起きてしまった。
「早いな。獄寺」
「あ、ごめんなさいリボーンさん。起こしてしまいまして」
「それはかまわねぇが…まだ朝早いんじゃねーのか?」
「いえ、やりたいことがありますので…この時間でいいんです」
「やりたいこと?」
「ええ。…実は―――」
………。
「んー…よく寝たーってあれ。誰もいないし…」
カーテンの隙間から差し込む朝日の光を当てられて、まどろみの世界から這い上がってくるツナ。
しかし目を開けるとすぐ隣にいたはずの愛娘の姿が見えない。はて。一体どこへ行ってしまったのだろう。
未だ眠気を振り払えない、そんなぼんやりとした思考でうつらうつらとしていると…
「おはよーございます! 10代目!!」
元気な声。聞こえてきたドア方面に目を向けるとそこには…捜し求めていた愛娘こと獄寺隼人の姿が。
…何故か淡いピンクのふりふりエプロンを着けての登場だった。
無論そのエプロンはセーラー服の上から着けられている。
「…あー、いかん。いかんぞオレ。まだ夢見てる。早く起きろー、オレ。多分そろそろ遅刻するから。ああでももう少し見ていたいかも…」
「あああ! なんだか何故だか10代目が遠い目を! どうしましょうリボーンさん!!」
「お前がエプロンを脱いでツナに時計でも突きつければ急いで学校へ向かうんじゃねーか? いい感じに時間ぎりぎりだぞ」
「え…? 時間ぎりぎりって…うわなんだこの時間! 今から走らないと間に合わないじゃん!? なんで起こしてくれなかったの!?」
「ぁ、その………ごめんなさい…」
しょぼん、と悲しそうに顔を俯かせる獄寺。
目尻には涙すら浮かべて…しかもエプロンを半脱ぎ状態で何故か何処からどう見てもツナが悪役な立地が完成していた。
「あーあ。ツナが泣かせたー」
「うるさい黙れリボーン! ていうか獄寺くんごめん! むしろオレが悪かったから許してって言うかとりあえず準備するから少し待ってて!!」
そう言うとツナは獄寺を追い出して着替える。朝食を抜くのはいいことではないが、残念ながら本日は昼までお預けのようだ。
「お待たせ、獄寺くん! さぁ行こう! 行ってきます!!」
「あ、わ、い、行ってきますリボーンさん!!」
一人残されたリボーンが答える声を聞く間すらなく、二人は出掛けていった。
「…やれやれ」
嵐のように行ってしまった二人にリボーンはため息を吐く。
どうやらツナは獄寺が鞄と共にもう一つ。大きなバスケットを持っていたことには気付かなかったようだ。それほど慌てていたのだろう。
「…今回はツナも死ぬかもしれねーな」
リボーンは小さくそう呟くと、大惨事となっている台所を片付けに向かって行った。
「あああああああー! 遅刻遅刻遅刻ー!!!」
「じ…10代目…! もう少し速度を緩めて…下さい!!」
ツナの後ろで獄寺の声が聞こえる。
手を繋いだまま走っているから、二人で走っているというよりもツナが獄寺を引き摺っているという感じだ。
「え…あ、ごめん獄寺くん…」
足を緩めると途端にやってくる疲労感。朝っぱらからいきなり疲れてしまった。
「はぁ…ぜぇ、何とか間に合った…」
ちらほらと並中の制服の後姿が見えてきた。どうやら安全県内には入ったようだった。
「はふ、はふ…疲れました…」
「う、ん…だね…ぜぃ、けほ…」
二人が息を整えながらまた歩き出す。急いで走ったから服装も少し乱れてしまった。
それが、一体なんのフラグだったのか―――
どん、
「あっ」
「っと…」
獄寺は並中の生徒とぶつかってしまった。相手の方が身体が大きかったらしく獄寺が少し衝撃を受けていた。
それでもツナが然程怒らなかったのは、相手が女性だったからだろうか。
「いたた…」
「悪いな。大丈夫か?」
その声にどこか聞き覚えがあるような気がして、獄寺は顔を上げる。
するとやっぱりどこかで見たような風貌の顔が現れて。
「……ん?」
しかしその女性は獄寺の視線には気付かないようで。代わりに獄寺の制服に手をやって。
「リボンが曲がっているぞ」
そう言って。獄寺のリボンを正し始めた。
………並中の庭に集う獄寺くんが、今日も天使のような無垢な笑顔で背の高い校門を潜り抜けていく。
穢れを知らない心身を包むのは淡い色の制服。
ツナの脳裏に何故かそんな文の陳列が光速の勢いで流れた。
ツナは慌てて首を振ってその文の洪水を頭から追い出す。
「…今のは一体…いや、それよりもそこの人! 獄寺くんの服装の乱れならオレが直しますから!!」
ツナ。相変わらずてんぱると問題発言をしまくりなのであった。
「あ? なんだお前」
「10代目…ていうか、あ! やっぱり昨日の…!」
「ん?」
彼女が獄寺を見る。すると彼女もどこか合点がいったように頷いた。
「ああ…どこかでと思ったら昨日の。奇遇だな」
「あれ…? 獄寺くん? 知り合い?」
「何言ってるんですか! 昨日話した、オレを助けて下さった方です!!」
「あー…いや、獄寺くんに声を掛けたって言う男をどうしようかって考えてたからすっかり聞いてなかったよ…」
「なんか知らんが賑やかだな」
「あ! 昨日はどうもありがとうございました!」
「いいって。別に礼を言われることはしてない」
「でも…あ、そういえば名前! 今度こそ名前を…! …あ、オレは獄寺隼人って言って…」
「獄寺…? そうか…。オレはラルだ。ラル・ミルチ。今日から並中に通うことになった。また会うことがあればよろしくな」
どこかで見たことのあるような笑みを浮かべてラル・ミルチは去った。
「クフフ。おはようございます。隼人くん」
獄寺がラルの去った方向をぼんやりと見ていると、また背後から聞きなれた声が聞こえた。
振り向くとそこには思った通りの人物。六道骸の姿があった。
「おはよう骸。あ。獄寺くんの半径五メートル以内に近付かないでね?」
「相変わらずですねぇボンゴレ。少しぐらいは僕たちのこと認めて下さいよ」
「認めねぇよ。調子に乗るなこの野郎」
ツナは男には厳しかった。
そんなツナから辛辣な言葉を浴びる骸の背から、小柄な身体がぴょこりと顔を出した。
「………」
「え? 女の子? 誰…?」
予測してなかったツナは不意を突かれて。骸の背から出てきた女の子はツナを真っ直ぐに見ながらぽつりと呟いた。
「…兄さんを。虐めたら。駄目」
「へ? 兄さんって………骸が?」
「おやおや。僕を庇ってくれたんですか? ありがとうございますクローム。でも僕は別に虐められていたわけではないですよ」
「…本当?」
無垢な表情で骸を見上げる少女。それに骸はにこやかな笑みで答えた。
「ええ。あの程度で虐めとか騒いでいたらボンゴレとは付き合っていけませんからね」
「ふーん…」
理解したのかしてないのか。クロームと呼ばれた少女はまた骸の背に戻った。
「では改めまして。おはようございます。隼人くん。ボンゴレ」
「ああ。おはよう骸」
「おはよ」
三者三様の挨拶のち。骸の背後の少女がお辞儀を一つ。
「骸…その子、前に言ってた妹?」
「ええ。そうですよ。折角なので紹介しておきますね。僕の妹のクロームです」
ぺこり。
片目を眼帯。身を緑の制服で包んだ少女が頭を下げる。
その口元は言葉を出すのを拒むようにへの字にきゅっと閉じられていた。
「おやおや…もう少し愛嬌があるともてると思うんですけどね。で、こちらが僕のガールフレンドの隼人くんとそのお父上のボンゴレです」
「…せめて名前で紹介してくれないかな」
ツナがそうぼやいていると、クロームは顔を上げてじっと獄寺を見ていた。
「…? なんだ?」
「…兄さんの。ガールフレンド…?」
「? ああ…それが?」
その言葉に何故かツナがガンガンと校門をぶん殴り始めた。
友達感覚なんだと分かっていたとしてもやはり娘の口から同意の言葉が漏れると堪えるらしい。
ともあれ。そんなツナの奇行をまったく気にも留めないクロームは更にじっと獄寺を見つめて。
「………お姉さま?」
―――スカートのプリーツは乱さないように。
白いセーラーカラーは翻さないように。
ゆっくりと歩いていくのがここでの嗜み。
並盛中学校。………ここは獄寺の通う学校。
「…だからなんなんだこの脳内を侵食するような文の洪水はーーー!!」
ツナが更にガンガンと校門を殴っていた。あとで風紀委員から苦情が来ないか心配だ。
「クフ…クフフフフ。クローム。貴方も中々面白いことを言いますね…」
「そうですか…? でも…兄さんのお嫁さんは…お姉さん」
「お嫁さん?」
正論といえば正論を言うクロームに、一人着いていけてない獄寺。
「…おっと。そういえば隼人くん。時間は宜しいのですか?」
「時間…? あ! 10代目!! なんだかもう現在時刻がどれだけ急いでもHRには間に合わないような時間になってます!!」
「げ! やばい本当だ!! じゃあオレたちはもう行くから! じゃあね骸! クローム!! ほら獄寺くん急いで!!」
ツナは獄寺の手を引いて走っていった。
骸とクロームはそんな二人を見送ったあと…
「クフフ…相変わらず元気ですね。では、僕たちも行きましょうか」
「…はい。骸様…」
そうして二人もまた吹く風に身を任せながら去っていく。
「…骸様」
「なんでしょう」
「お姉さまが…手に持ってたあの大きなバスケットは…なんでしょう」
「恐らくお弁当ですね。きっとボンゴレのために隼人くんが作ったんですねー、羨ましいです」
「…手作りのお弁当。嬉しいですか?」
「嬉しいですねー。僕も是非食べてみたいものです」
「………私で…」
「はい?」
「私でよければ…作りますが……」
「え?」
「お弁当……」
「………」
「………」
「クフフ…ありがとうございますクローム。嬉しいですよ」
「骸様…では…」
「ええ。今度お願いしますね。…って、そういえばクローム。貴方は料理が出来ましたっけ?」
「はい。自慢ではないですが包丁を持ったこともありません」
「………今度一緒に作りましょうね。クローム」
「? はい分かりました。骸様」
少し疲れた表情の骸のあとを、クロームがいまいち理解し切れてない表情で着いていく。
そうしてそのまま二人は風に溶けるように消えていった。
所変わって並中。時変わってお昼。
いつものようにお昼ご飯タイムが今。始まろうとしていた。
「んんー…やっとお昼だお腹空いたー!」
「ツナくん、ずっとお腹鳴らしていたものね」
京子がくすくすと笑いながらお弁当を取り出している。
「朝起きてから食べてないんだ…遅刻ぎりぎりに目が覚めたからね。さて購買にでも…」
「あ、10代目! 今日はオレがお昼を作ってまいりました!!」
「―――え? 獄寺くんが?」
一瞬きょとんとなるツナ。そして。
「大丈夫!? 指とか怪我してない!?」
大慌てで獄寺の所へと駆け寄り、手の平を見る…が、何処にも怪我は見当たらなかった。
「よ…よかったぁ…」
「10代目心配しすぎです! オレだってやる時はやるんですから!!」
えっへんと胸を張る獄寺。そしてバスケットをずいっとツナの前に突き出してくる。
「というわけで10代目! どうぞオレの弁当を召し上がって下さい!!」
「う、うん。…そうか…獄寺くんの手料理か…うわ、なんか緊張するなぁ…!」
恐る恐る。といった感じにバスケットの蓋を開けるツナ。そして。
ぶじょわぁぁああああ…
「うわっ」
パタン。
思わず蓋を締めてしまったツナ父。だってなんか煙が。黒い煙が。瘴気とかカオスとかそんな感じの煙が。
「10代目、どうされたんですか?」
どうされたもなにも。ツナが泣きそうな目で獄寺を見ている。
「え…いや、どうしたっていうか………ナンデモナイヨ?」
明らかに何かありそうだったがツナは愛する娘のために我慢するのだった。
意を決して、蓋を開ける。
やっぱりというかなんか黒い煙が上がるが、ツナは見えない振りをした。
だってお弁当から湯気とか…まぁそんな生優しい代物じゃないけど上がるわけがないから。見えない見えない。見えないったら見えない。
「さ、10代目、どうぞ!!」
気遣いの回ることに箸を渡してくれる獄寺。それをツナはいつものように受け取って。バスケットの中身の何かを掴む。
ていうかバスケットの中身がなんかなにやら。黒の塊しかない。黒い固形物の集まりしかない。炭だろうかこれは。
「卵焼きですっ!!」
そうか卵焼きか。ツナは普通に感心した。確かに形は卵焼きだ。あれは中々難しいのによく頑張ったなと思った。見た目はあれだけど。
「リボーンさんも褒めてくれたんですよっ」
「ああ…獄寺くんの料理中リボーンもいたんだね…リボーンはなんだって?」
「一言、「すげーな」って言って下さいました!!」
それは褒めてない。
そう突っ込みたかったがツナはぐっと堪えた。ていうか今は突っ込みとかそんな場合ではない。
だって今からこれを口の中に放り込まねばならないのだ。彼女の。獄寺の前で。
獄寺は先程からずっときらきらと目を輝かせて、自分の手料理を食べてくれる父親をずっと待っている。
これに応えなければ男ではない。父親ではない。彼女の隣にいる資格はない。
ツナは震える手を押さえ…覚悟を決めたかのようにかっと目を見開いた。
「南無阿弥陀仏!!」
本来ならいただきますだろうがツナの心理的状態においてはこれが一番正しかったようだ。
ツナは異様に硬い卵焼きを努力と根性で噛み砕き…飲み込む。ちなみに教室のみんなは固唾を呑んでツナの戦いを見守っていた。
「じ…10代目…。どうですか…?」
そんな中ただ一人分かってない獄寺はやや緊張したような面持ちでツナに感想を聞いた。ツナはこの数十分の間にすっかりと青褪めてしまった顔で。
「お…」
「お?」
「おいしかったよ…獄寺くん」
パタリ。
漢の顔でそう言い放ったあと…ツナはその場で倒れた。
「じ、10代目、10代目ーーー!?」
慌てて獄寺はツナに駆け寄るが、ツナは最早ぴくりとも動かない。
クラスメイトが気を利かせて予め呼んでおいた救急車がやってきて、ツナは担架で運ばれ…
数日間の生死を彷徨ったあとに目を覚ますのは…かなり先のことである。
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そして彼は、伝説を作った。
リクエスト「「ツナ父健闘記」続編」
リクエストありがとうございました。