瞑られた眼は まるで



ある日。ツナが獄寺の家にやってきた。


「―――やっ獄寺くん。近くまで来たから、寄ってみたけど…」


「え…あ、10代目っ!?」


何の心の準備もないままツナを迎え入れた獄寺は、かなり慌てて部屋を片付けに走る。


「す、すみません10代目…今ダイナマイトの手入れをしていたところで…すぐに場所を開けますから!!」


「あ、お構いなく…」


そう断りを入れて、部屋に入るツナだったが。


(うわ…これは確かに……)


足の踏み場もないとはこのことか。リビングはダイナマイトといわれる筒で埋め尽くされていた。


唖然と立ち尽くすツナを背後に、獄寺はかなり危なっかしいような手付きでダイナマイトを片付けて。


「獄寺くん、もっとゆっくりでもいいから…」


「何言ってるんですか! 10代目をお待たせしてるってだけで申し訳がないってのに…!」


ばたばたと獄寺はダイナマイトを仕舞って。どこからかクッションを持ってきて。


「すみません10代目、わざわざ来て下さったのにお待たせしてしまって…お飲み物は何がいいですか?」


このままだと外まで買いに行きそうな獄寺をツナは慌てて引き止める。


「いやいいよ! オレのことは気にしないで!」


「気にしないなんて出来る訳ないじゃないですか!」


「いいから! オレは獄寺くんに会いに来たんだから、外になんか行かないでよ!」


ツナのその言葉に、獄寺の動きが止まる。一息遅れて、顔が赤く染まった。


「え…あ、その……」


「…だからさ、ダイナマイトの手入れしててよ。オレの事は気にしないでいいからさ」


「え…しかし……」


渋る獄寺。獄寺にしてみてば、いつでも出来るダイナマイトの手入れよりもツナとの一時を楽しみたかった。


そのことに気付いているツナは笑って。


「…じゃあさ、オレが獄寺くんのダイナマイトを手入れしているところ見たい。…だから、して?」


そこまで言われてしまっては、流石の獄寺も嫌だとは言えず。


獄寺はツナに紅茶を入れてから、作業を再開した。



二人きりの一室で、音はほとんど聞こえない。


ツナは紅茶を飲み終わったあとも、ずっと獄寺の手元を見ていた。


細い筒をくるくる回して。…どうやら、火薬の量とか、湿り気などを確認しているようだった。


どんな顔をして作業しているのか、ツナは少し気になって。獄寺の顔を覗き見た。


―――獄寺の眼は、瞑られていた。


くるくる。くるくる。


なのに、作業は続けられている。ずっと獄寺の手元に注目していたが、一体いつからその眼は瞑られていたのだろう。


ツナが、ゆっくり身を起こす。音も立てずに。けれど。


「……やっぱり、退屈…でしょう?」


獄寺はツナが身を起こすのが分かっていたかのように、そう言ってきた。


「いや…退屈じゃ、ないけど…獄寺くん眼を閉じたまま手入れしてるから」


ああこれですか、と獄寺は穏やかに笑いながら、ゆっくりと眼を開ける。


「ドライアイなんです。手入れしている時って、ずっと眼が開きっぱなしになるから。…だから、暫くすると眼を瞑って作業するんです」


「へぇー…見えなくても分かるの?」


「分かりますよ。最後に、一目見て確認する程度です」


獄寺はまた眼を瞑って。ダイナマイトをくるくる回す。


くるくる。くるくる。


その一連の作業がとても綺麗で。ツナは思わず見惚れてしまった。


その流れるような指先に釘漬けになりながら。ツナは獄寺に近付く。


「…? 10代目?」


「眼、開けないで」


「は、はい」


いきなりの命に、獄寺は素直に従う。ツナは一歩、また一歩と近付いていく。


やがてツナは獄寺の眼と鼻の先に来て。獄寺もそれが気配で分かるのかけれど眼は瞑ったまま。戸惑ったようにツナを見上げて。


ぎゅ…っ


ツナは獄寺を包み込むように抱きしめた。


「え…、10、代目?」


流石に眼を開けてツナを見上げる獄寺。ツナは困ったように笑って。


「なんかね…眼、瞑ってる獄寺くん見てたら抱きしめたくなった」


そう言っては、抱きしめる力を強めた。獄寺は緊張しているのか、身を強張らせて。それに気付いたツナは困ったようにまた笑って。


「―――迷惑、かな?」


「い、いえっとんでも…ただ……」


獄寺は俯いて。小さな声で。一言、恥ずかしいですなんて言って。


「くぁー…っ、獄寺くん可愛いーっ」


ツナはそんな獄寺をさらにぎゅっと抱きしめて。…でも。ツナの表情は少し暗かった。


―――無数のダイナマイトに囲まれて、眼を瞑る獄寺は。ツナにある幻想を抱かせた。


…まるで、墓の中で眠る、死人のようだと。


けれど動き続けるその手が、死してなおツナを護るために働き続けているようで。


そんな幻想を抱いたツナは、怖くなった。


自分はマフィアになる気なんてないけど。でも、彼とずっと一緒にいるためには、その道も考えなくてはいけなくて。


―――そうなったら…その道を選んだら。ツナはマフィアの、ボンゴレのボスになる。


マフィアなんて怖いイメージしかないツナには、その道を選ぶのには勇気のいる事だ。


…マフィアになるということは、きっと命の危険も出るのだろう。


そうなったら、彼は、獄寺は。ツナの命を護るよう動くのだろう。


それが、ツナには怖かった。


自分が死ぬのも。そしてもちろん、彼が、獄寺が死ぬのも。ツナは怖かった。


けど…獄寺はもう既にマフィアで。自分が彼と同じ道を選ばなくとも、そんな世界に身を置いていることには変わりなくて。


…ならば。自分はどうすればいいのだろうか。何が最良の選択になるのだろうか。


ツナは最近そんなことばかりを考えて。そして―――どうしようもなく、不安になる。


―――それを、察知したのだろうか。


「10代目」


気付けば、獄寺はツナを見上げていて。その顔は笑みに彩られていて。


「大丈夫ですよ」


そう言っては、ツナをぎゅっと抱き返して。


たったそれだけなの事なのに、ツナは安心してしまう。悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。


(オレがなんで悩んでいるのか、分かってないくせに…)


けれど、とツナは思う。


(オレ、きっともう獄寺くんから離れられない…)


ならば。だったら。自分はマフィアに、ボンゴレの10代目になるしかないのだろう。…けれど。


(そうなったら、オレは毎日毎日獄寺くんの安否を心配する羽目になるのか…)


それは、思っただけで気が狂いそうだと。ツナは思った。


「…獄寺くん」


だから、ツナは願う。彼の名を呟いて。


「はい」


獄寺は受け応える。その意味を知らず。


「獄寺くん」


もう一度言う。彼の名を。願いを込めて。


「はい」


獄寺はまた応える。その意味を理解せず。


「獄寺くん…」


ツナは言う。彼の名を。たった一つの願いと共に。


―――死なないで。なんて。


そんな決して本人には言えないような、願いを込めて。





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言えたらきっと、自分は楽になる。

言ったらきっと、彼は気にする。