泣いている声が聞こえる。
誰の、なんて聞くまでもない。誰よりも大事で、幸せになってほしい人の泣き声。
…ああ、泣かないで。
お願いだから、笑って。
オレはキミが好きだから。
ずっとずっと………昔から。
キミがオレの娘になる前から。
キミのことが、大好きなんだから。
「ひっく…う、ぅう、10代目…じゅうだいめ…っ」
「―――獄寺くんを泣かすのは誰だーーー!!!」
ガバッとツナが起き上がった。怒鳴りつつ。
ツナが寝ていたベッドの横の椅子に腰掛けていたセーラー服の少女…獄寺はその大声にびくりと肩を震わせて。けれども涙を止めて。
「10代目!!」
「獄寺くん何があったの!? 痴漢!? 悪漢!? 暴漢!? 何でも言って! そいつ血祭りにするから!!」
「お前寝惚けてんのか? まず落ち着け」
そう冷静に突っ込んだのは獄寺にむぎゅーと抱きしめられているリボーン。ツナはリボーンをキッと睨みつける。
「なに!? まさかリボーンが獄寺くんの涙の正体か!? リボーンてめぇ獄寺くんになにした! 罪を全て告白してから死ね!!」
「落ち着けって言ってんだろ!!」
「ごめんなさい10代目!!」
最後の大声は獄寺だ。そしてその声で辺りが急に静まり返る。
「…ごめんなさい…ごめんなさい、10代目…」
ツナもリボーンも口を噤み、狭い室内に獄寺の謝罪だけが小さく響く。やっとの思いでツナが制止を掛けた。
「あの…なんで獄寺くんが謝るの…? てか、ここどこ? なんでオレ寝てたの?」
ツナとしては状況把握の情報がほしくての発言だったのだが、獄寺にとっては地雷だったようだ。途端に涙があふれる。
「…え…え!? ちょ、獄寺くん!? 獄寺くん泣かないで!? …リボーン!!」
このままだと埒が明かないと判断したツナはリボーンに助けを求めるように視線を寄越す。リボーンはため息を吐いて、
「…獄寺。お前あまり寝てないだろ。少し休め」
「ぐす…しかし……」
「獄寺」
「………はい」
獄寺はリボーンから手を離しとぼとぼと退室した。
「って、獄寺くん一人にして平気かな…」
こんな時でもどんな時でも我らがツナパパは最愛の愛娘の心配をするのだった。そんなツナにリボーンは言葉を放つ。
「心配ない。ラルに任せてある」
「ラル?」
その名前には聞き覚えがあった。確か…いつぞやの朝。知り合った女性だ。何故か獄寺が懐いていた。
「あいつはオレの知り合いだ。まさか並盛に来ると同時に獄寺と知り合うとは思わなかったけどな」
「ふーん…ま、リボーンの知り合いなら大丈夫か…それで…この状況はなに」
「お前なにも覚えてないのか?」
「………何を?」
そんなツナの返しにやれやれとため息をもう一つ吐くリボーン。
「じゃあ、最後に覚えているのはどこだ? ラルは覚えていたな」
「最後…」
呟いて、ツナは回想する…最後に覚えていたのは。
「えーと…獄寺くんが京子ちゃんと二人で出掛けちゃって…オレが一人で家に帰ったらリボーンがいて。獄寺くんの話したら自殺しようとして」
「そこは別に忘れても構わない」
何気に地雷を踏んでしまったようだ。
「…そうしていたら獄寺くんが帰ってきて、獄寺くんがナンパされたこと知って…しかも無理矢理引っ張られたって……………あの野郎」
ぎりぎりぎりと歯を食いしばるツナ。あああ今度から偶然街をうろついておこう。そして獄寺くんが京子ちゃんから別れたら偶然落ち合おう。
「変なこと考えてねぇで、さっさと続き思い出せ」
続き………
「…朝起きたら獄寺くんが夢のセーラーエプロンでさぁ!!!」
「飛んだな、おい」
「だってエプロンだよ!? セーラーで、エプロンだよ!? これやばくない獄寺くんやばくない!? 写真撮っておけばよかったー!!!」
「…そんで? 続きは?」
「え? …っと、そのあと…獄寺くんと登校して、そう、そこでラルって人と会って…骸と…会って。骸の妹にも会って」
「お前なに敵と交流深めてんだよ」
うん。ごめんリボーン。ツナは素でそう思った。
「そんで…いつも通り授業受けて…オレは獄寺くん見てて」
「真面目に勉強しろ」
「そんで………」
……………。
何故かツナはいきなり沈黙した。心なしか顔が青褪めている。
「思い出したか?」
「いや…なんも思い出せないけど、なんか…なんか………悲しいことがあったような気がする」
「獄寺の手料理を喰ってぶっ倒れたんだ。お前は。以上」
そう、言われた途端ツナはカッと目を見開いた。そして全てを思い出す。
「あああああ! そうだった…思い出した。獄寺くんの作ったヘドロ………もとい、卵焼きを………うっ」
急に胃から込み上げるものが来て咄嗟に口を押さえるツナ。
「一応、胃の中は洗っておいたぞ。暫くは吐き気が続くかもしれないと医者は言ってた」
どんだけだ、とツナは目で突っ込んだ。しかし獄寺の様子についても分かった。どうして泣いていたのかも。
「ううう…獄寺くんごめん…オレは獄寺くんの愛を受け止め切れなかった…オレは駄目だ、情けない男だ…」
「いや、受け止めたからその様なんだろ」
「馬鹿! 獄寺くんを悲しませてなにが受け止めただ! ううう獄寺くん………うっ」
ツナは言葉を発したせいでまた込み上げてきた吐き気を今度は抑えることが出来ず、予め用意されていた洗面器に胃液を吐いた。
「10代目…」
リボーンに言われて退室したものの、獄寺に圧し掛かったのは拭いきれない罪悪感だった。
嗚呼、父親であるツナに。10代目に自分はなんということを…!
そんな獄寺に、ため息を吐きながら近付く影一つ。
「お前…少し落ち着け」
「ラル…でもオレ…10代目に…!」
「ええい、泣くな! なんだ、ミスを犯したのなら次から気を付ければいい」
「次…?」
「そうだ次だ。なんならこれから雪辱戦と行くか?」
「せつじょく…?」
「ああ。オレが見ててやる。もう一度…いや、何度でも料理を作れ」
「ラル…分かった。オレ、やってみせるぜ!!」
「その意気だ!!」
「ところでラルは料理出来るのか?」
「オレの職業はなんだ? 軍人だ。軍人は料理をするか? しない。つまりそういうことだ」
つまり出来ないというわけだ。
「―――分かった! オレはやるぜ!!」
獄寺はラルの言葉はとりあえず聞かなかったことにして握り拳を作り気合を貯めた。
「落ち着いたか?」
「うう…うん……」
胃の中をほとんど空っぽにしてツナは答えた。
「…いつまで続けるつもりだ」
「何をさ」
「この茶番だ。獄寺が娘? お前が父親? 最初聞いたとき一体何の冗談だと思ったぞ」
「リボーンは母親だしね」
「うるせぇ」
「いつまでもさ」
「………」
「これはオレなりのけじめなんだよ、リボーン」
「けじめ…か」
「そう。だから続ける…いつまでも」
「そうか…学校はどうするんだ? 休むのか?」
「…行くよ。オレは日常を続けないといけないから…」
「………そうか」
「うん」
ツナはそう言って、のろのろと支度を始める。吐いたせいで気分がいまいち優れないが仕方ない。
登校する前に獄寺の姿を探したが見つからなかった。リボーンが「探してくる」と言ってそこで別れた。ツナは学校へと向かう。
久々の一人での登校。隣には誰もいない。寂しい道。
そこに。
「キミ」
静かに声を掛けられる。
そこにいたのは並中の風紀委員長…雲雀恭弥。
「彼女はどうしたの」
「………」
「どうして黙っているの」
「雲雀さん…セーラーエプロンってどう思いますか」
「最高だね。それが?」
「あとは察してください!」
言ってツナは走り出した。
「察してって…ちょ、キミまさか!!」
「獄寺くんのセーラーエプロンは最高でしたーーーーー!!!」
ツナは高らかに叫んで吐き気も忘れて駆けていく。
その声に反応する周りの方たち。
「あの獄寺隼人が!?」
「あのアイドルが!?」
「オレのエンジェルが!?」
「「「セーラーエプロン!?」」」
そのことについてツナはいく度も質問を投げられることになるがツナは全て走って無視した。ダメツナの影は今どこにもない。
だが無視出来ない人もいた。走った先の曲がり角。そこで誰かにぶつかった。
「あいたっ」
「おー、ボンゴレ坊主か」
「やぁシャマル」
「さっきセーラーエプロンがどうのって聞こえたが」
「ええ、言いました」
「隼人か?」
「獄寺くんです」
「いくらだ?」
「映像はオレの脳内のみです」
「使えねぇ奴」
「うっさい。あと手料理も貰いました」
「………そうか」
シャマルはそっとツナに何かを差し出してきた。
受け取ったそれは、胃薬だった。
ツナはシャマルに身近さを感じた。
教室に着き、中を見渡す。
ざわつく教室。中にはやはり獄寺の姿はない。
どこかしゅんとなりながら、ツナは自分の席に着く。
と、
「ツナ」
どこから現れたのか、リボーンが声をかけてきた。
「リボーン。獄寺くんは見つかった?」
「見つかった…が……」
「が…?」
「………」
リボーンは押し黙る。その様子にツナは不安を覚える。
「ちょっと…一体どうしたってのさ」
「いや…」
「いやじゃなくて。言ってくれないと分からないから」
「………」
「リボ―――」
「10代目!!!」
「獄寺くん!?」
聞き望んだ、待ち侘びた声がツナの鼓膜を刺激する。
獄寺だ。
「お待たせしましたーーーーー!!!」
ガララッ!! と勢いよく教室の扉を開けて獄寺が現れた。
一瞬、教室の時が止まった。
獄寺の格好はセーラーエプロンだった。
「ちょ―――」
「10代目!!」
ツナが言葉を放つよりも前に獄寺がつかつかとツナの前に立つ。
「今朝は大変申し訳ありませんでした!!!」
90度のお辞儀。エプロンとスカートが揺れる。
「いや、それはいいけどその格好、」
「お詫びに作り直してきました!! さぁどうぞ!!」
と、獄寺はツナの前に手に持っていた皿を差し出す。更の上には卵焼き(?)が乗っかっていた。
「お詫びはいいけどその格好は、」
「さぁ!!」
「………」
埒があかない。
少なくとも、この卵焼き(?)をどうにかするまでは。
ツナはポケットに手を入れる。
そこには今朝シャマルからもらった胃薬があった。
覚悟を決めるしかない…
「美味しそうだね!! いただくよ!!」
ツナは目玉焼き(?)を頬張った。
甘かった。
砂糖の塊が丸ごと入っているような甘さだった。
そして。
「…とってもおいしいよ、獄寺くん」
「本当ですか!? 10代目!!」
「うん…だからエプロンを外してね……獄寺くん」
それだけ言うと、ツナは倒れた。
「10代目ーーーーー!!!」
獄寺は叫び、ツナは保健室へと運ばれた。
ツナは再び胃の洗浄。獄寺は泣き崩れた。
「すいません、すいません10代目…オレってばまた…」
「いいんだよ獄寺くん…獄寺くんのためならオレは何度だって蘇ってみせる―――」
「すいません、すいません……」
「………あー、じゃあさ、こうしようか。獄寺くん」
「はい?」
「今日の晩御飯。一緒に作ろう」
「一緒に…ですか?」
「そう。そして一緒に食べよう」
「でも…また10代目を倒れさせたら…」
「二人で作ったら大丈夫。きっと美味しいものが出来るよ」
「………」
「どう?」
「はい…とても……いい考えです……」
と、獄寺は泣きはらした顔で微笑んだ。
「やっと笑ってくれた」
「え…?」
「獄寺くん…ずっと泣いてたから…」
「だって…10代目を…」
「いいんだよそんなこと忘れて。それよりもオレは獄寺くんに笑っていてほしい」
「10代目…」
その言葉に獄寺は驚き、言葉をかみしめて…微笑んだ。
「はい…なら、オレはずっと笑っています。10代目」
「うん。そうして…それがオレの願いなんだから」
「10代目?」
「なんでもない…そうだ。晩ご飯はなに食べる? 卵焼きは外せないとして」
「そうですね…実は卵を買いすぎてしまって。オムライスなんていかがでしょう…」
「いいね。オレオムライス大好き。じゃあ、一緒に卵焼きとオムラスを作ろうね。獄寺くん」
「…はいっ」
獄寺は微笑み、ツナと手を繋いだ。
その日の晩ご飯は、とてもとてもあたたかくておいしかった。
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こんな日々がいつまでも続きますように。
リクエスト「「飛び出セ☆ツナ父」続編」
リクエストありがとうございました。