この世界のどれが異常なのかは考えてはいけない
ここは並盛学校。ここにはとてもとても愛らしい、みんなのアイドルがいます。
「今日もいい天気ですね。10代目」
「そうだね。午後は少しばてるかもね」
セーラー服とブレザーを着た少年少女が歩いてきます。
セーラー服の少女の名は獄寺隼人。男みたいな名前ですが気にしてはいけません。
少女、と描写していますが、性別はまぁ男でもいいです。セーラー服を着ていることが重要なんです。(末期)
ブレザーの少年の名は沢田綱吉。なんと獄寺くんの父親なのです。
でも同い年です。名字も違います。呼ぶときも「獄寺くん」です。
いろいろ突っ込み所満載です。でも気にしない。
ついでに獄寺くんも父親であるはずのツナを「10代目」と呼びます。
気にしない。
獄寺くんはツナが大好きです。
ツナも獄寺くんが大好きです。
つまり、二人は両想いです。
しかし悲しきかな。二人の関係は父と娘です。
そしてもう一つ悲しいことがあります。
それは……獄寺くんが学園のアイドルだと言うことです。
ツナ父奮闘記
「獄寺ーっ」
やたらと元気な声が聞こえてきます。獄寺くんはぽけーっと、ツナは警戒したように振り向きました。
「おっはよぉぉおおおおぉう!!!」
でも、振り向いたときにはもう遅すぎました。
声の主は、まるで獄寺くんに抱きつくかのように走ってきました。
けれども、声の主は物凄く体格のいい持ち主で。
それに比べて、獄寺くんの体格は物凄く華奢で。
その結果。
ズッシャアアアァアアアァアッ
獄寺くんの身体は、まるで鞠のように吹っ飛んでしまいました。
「うわーっ! ご、獄寺くんっ!?」
「あー…わりぃわりぃ」
「一体何するんだよ山本っ!!」
獄寺くんにまるで魔獣のように抱きついてきたのは山本武くん。
ツナと獄寺くんのクラスメイトで友達です。
しかも野球部のエースでみんなからの信頼も厚く、なんとファンクラブまであります。
でもその実態は、学園のアイドル・獄寺くんを狙う、ツナにとっては害虫のような存在です。
「……まったく、女の子はもっと丁寧に扱うものだよ?」
「雲雀さんっ!?」
言いながらやってきたのは、雲雀恭弥先輩です。
とりあえず先輩です。でも年齢は分かりません。永遠の先輩です。
そしてブレザー制服の学校で学ランを着ている痛い人です。
この学園の風紀委員長で、とても偉くて怖い人です。
でも、ツナにとってはやっぱり獄寺くんを狙っている害虫みたいな存在でしかありません。
雲雀先輩は獄寺くんをお姫さま抱っこしながら現れました。
獄寺くんは気絶しているのかぴくりとも動きません。大変です。
「ご、獄寺くんっ」
ツナは一目散に獄寺くんのところへと駆け寄ります。
ツナの声に反応してか、獄寺くんは薄っすらと意識を取り戻しました。
「ん……ぅ………10、代目……?」
「ああっよかった獄寺くんっ! 無事!? 怪我はない!? 気分はどう!?」
しばらくぼーっとしていた獄寺くんでしたが、やがて自分の状況に気付きました。
「雲雀…? なんでここに……?」
「なんでもなにも、キミが僕の方へと飛び込んできたのさ。流石に驚いたよ」
それを聞いて獄寺くんは自分の身に何が起きたのかを知りました。そして原因が誰なのかも。
「ったく…山本。あんまり激しいスキンシップは嫌われるぞ?」
「獄寺だけだって」
武くんの本気の声にも、獄寺くんは冗談だと思って疑いません。
「雲雀…もう、平気だから降ろして」
「だめだよ。一応検査しとかないと……とりあえず、応接間へ行こうか」
獄寺くんの返答を待たずに、雲雀先輩の足は応接間へと伸びていきます。
「雲雀さん、応接間は検査するところではありませんから!!」
慌ててツナは雲雀先輩を追いかけます。お父さんは大変です。
「そうだぞ先輩。検査なら部室だって出来るから………とりあえず獄寺を返してくれねぇ?」
部室だって検査するところじゃねぇし、獄寺くんはお前のものでもねぇし、ていうか、そもそもお前が元凶だろうがっ
いろいろ突っ込み所満載で、しかも当たり前のように着いてくる武くんにツナは正直何か黒いものを覚えましたが表には出しませんでした。
とりあえずツナは武くんと雲雀先輩が潰しあってくれないかなと切実に願っているからです。黒いですね。
追いかける二人の耳に、前方から雲雀先輩と愛しの獄寺くんの声が聞こえます。
「雲雀…本当に、もう……大丈夫だから…」
「ふーん? じゃあ抵抗してごらん? 僕の手から離れられたら開放してあげるよ」
「………ん……んぅ」
獄寺くんは必死に雲雀先輩から離れようとしますが、その動きは緩慢で、見ていてとても危なっかしいです。
「ほら、抵抗らしい抵抗も出来ていない。キミは全然大丈夫じゃないんだよ」
まさか本当に獄寺くんは検査が必要な状態なのでしょうか? 雲雀先輩はそれを見抜いていたのでしょうか?
ツナがそう思ったときです。
「だから……まぁ、応接間でゆっくりしていきなよ。………一生」
なんとなんと、雲雀先輩は獄寺くんにプロポーズしてしまいました。
父親とライバルの目の前で、いい度胸しています。
でも、シチュエーションを考えるのなら弱まっているところを助けられ、お姫様抱っこをされています。
そんなときに真面目な顔で言われたら、少しは鈍い女の子だってドキッとしてしまいそうです。
そして、ここでもし獄寺くんが首を縦に振ったら後ろにいるライバルを散らし、さらに父親も少しは落ちやすくなります。
なかなかの策略家です。でも雲雀先輩には一つだけ計算違いがありました。それは……
「……やー…応接間って学校の備品だし…それに、雲雀だってオレなんかの世話、大変だろ……?」
それは獄寺くんが少しどころではなく、物凄く鈍い、ということです。
「………冗談だよ。そんな真面目に回答しなくとも…」
いつもの雲雀先輩の口調です。でもちょっと残念そうです。
―――と、ここで獄寺くんの目線が高くなりました。
「こら。怪我人病人は保健室だって、相場で決まってるだろーが」
獄寺くんをお姫様抱っこのまま雲雀先輩から奪ったのは、保健医のシャマル先生です。
保健医ですが、診るのは女の子だけです。っていうか、むしろ獄寺くんのみを診ます。
獄寺くんと昔からの知り合いで、何かと昔の獄寺くんの話をしてはツナを始めみんなを煽っています。悪い大人です。
「……シャマル…」
獄寺くんはうわ言のように、シャマル先生を見上げて言います。
「オレ、大丈夫だから……」
「ん…」
シャマル先生はいきなり獄寺くんに自分のおでこをくっつけます。
どうやら熱を測っているらしいですが、はた目にはキスしているように見えなくもありません。
獄寺くんはまるで無抵抗です。お父さんはハラハラです。
「ふむ。確かに熱はないようだな」
たっぷりと時間をかけて獄寺くんの体温を堪能したシャマル先生はそう言いました。
でも別に熱を測る必要性は、実はどこにもありません。
でも獄寺くんはそんなことに気付きません。
「うん……だから………」
「でも体調は悪そうだ。このまま保健室へ直行するぞ」
シャマル先生は獄寺くんの意見を無視して、保健室まで運んでいきました。
「ほら、大人しく寝ていろ」
ツナと雲雀先輩を撒いたシャマル先生は、保健室に着くと獄寺くんをベッドに寝かしつけました。
「いや…だからオレは本当に大丈夫だから……」
獄寺くんは武くんに吹き飛ばされて前後不覚な状態に陥っていましたが、そんなものは時間の経過と共に治っていきます。
獄寺くんはもう本当に大丈夫になったので、正直にシャマル先生にそう告げました。
けれども、自分のテリトリーに愛しの獄寺くんがいるというこの状況。
そう安々と手放す気はありません。
「分かった分かった。じゃあ検査だけな」
言って、シャマル先生は聴診器を当てる仕草をしました。
獄寺くんはまぁ自分健康だし、検査もすぐ終わるだろうと深く考えず、制服のリボンに手を伸ばしました。
一方その頃。
「どうして保健室の場所知らないんですかっ! 見回りも風紀委員の仕事でしょ!!」
「そんなこと言ったって知らないものは仕方ないだろう!? キミこそ知らないのかい!?」
獄寺くんを見失ったツナと雲雀先輩はお互いに責任のなすり付けをしていました。醜いです。
武くんはいません。教室にツナと獄寺くんが遅れる旨を担任の先生に伝えるためです。
本当は元凶の彼がいると腹が立つという理由で二人で追い出しました。
二人は途方に暮れていました。大変です。このままだと愛しの獄寺くんがヤブ医者野郎に喰われてしまいます。
二人が獄寺くんの貞操(とシャマル先生の命)を諦めかけたそのとき、廊下の角を一人の生徒が横切りました。
その生徒もまた獄寺くんを狙う人なのですが、背に腹はかえられません。
「あのっ」
「ちょっと」
もしもの可能性に賭けて、二人はその生徒に声を掛けました。
しゅるり、と布の擦れる音が、静かな保健室に響きます。
制服のリボンが落ち、獄寺くんの腿に掛かりました。
ボタンを一つずつゆっくりと外していきます。そして―――
獄寺くんの、まるでその純情さをそのまま移したかのような淡く白い下着と肌が現れました。
少し寒いのか、獄寺くんは身を縮めています。
そして流石に恥ずかしいのか、少し上気した顔をシャマル先生に向けました。
「シャマル……」
こんな状況で理性を抑えきれる人間が、果たしているでしょうか? いいえいません。(反語)
シャマル先生は獄寺くんを押し倒してしまいました。
「シャマル…?」
獄寺くんは不安そうな顔をシャマル先生に向けます。
シャマル先生は獄寺くんにゆっくりと顔を近付けていって、そして―――
「たのもーっ!!!」
声が聞こえました。ただの声ではありません。大声です。
続いて、何かが壊れる音が聞こえました。恐らくは保健室のドアです。
「無事か獄寺!!」
ベッドの前までやってきたのはボクシング部の笹川了平先輩です。
彼は獄寺くんが危ないことをツナと雲雀先輩に聞いて野生の勘で保健室まで辿り着いたのです。すごいですね。
了平先輩は上着を脱いだ姿で押し倒されている獄寺くんを見て、シャマル先生を睨みつけました。
「貴様……婦女子になんたる暴行を! 獄寺から離れろ!!」
「け……っいやだって言ったらどうす…」
ドゴォッ
「もちろん…排除するよ。力ずくでね」
シャマル先生が台詞を言い終わらないうちに吹っ飛びました。
吹っ飛ばしたのはもちろん雲雀先輩です。攻撃のあとに台詞が出てくるあたり、相当切れています。
続いてツナも現れました。
「獄寺くんっ! いる!?」
「10代目!!」
獄寺くんは愛しのお父さんの声を聞いて、嬉しさのあまり起き上がりました。
「よかったっ無事だったんだねごくで……うわぁぁあぁあっ!?」
獄寺くんの声を聞いて、ツナはまっしぐらに獄寺くんの所へとやってきましたが、獄寺くんのあられもない姿を見て絶叫してしまいました。
「ちょ……っ獄寺くん服! 服着てっ!!」
「あ、はい」
獄寺くんはツナの言うことは素直に聞きます。
いそいそと服を着始めました。
「ああ…獄寺くん、ごめんね、危ない目に遭わせて。もうオレから離れちゃだめだよっ!?」
服を着ていつも通りになった獄寺くんをツナは抱きしめました。
「10代目……ご心配かけて、申し訳ありませんでした」
感動的なシーンです。そしてその向こうでは、未だにシャマル先生は雲雀先輩と了平先輩にしばき倒されているのでした。
ガラッ
教室のドアが開きます。先生と生徒がこちらを見ました。
「お、ようやく来たか。本来なら遅刻扱いなんだが、まぁ大目に見てやろう」
朗らかな声でそう言ってきたのは担任のディーノ先生です。
あだ名は跳ね馬です。2年A組跳ね馬先生!! どこぞの炭酸飲料水のCMに抜擢されてもおかしくありません。
とてもいい先生なのですがやっぱり獄寺くんを狙っています。でもどちらかというと守ってくれているのでやっぱりいい先生です。
「大変だな毎日。大丈夫だったか?」
とりあえず、武くんはちゃんと言ってくれたようです。
「すみません、ディーノ先生」
「いいって。あとで報告を入れろよ」
受け答えをしながら二人は自分の席に着きます。隣同士です。
いつものようにみんなの視線は獄寺くんに注がれています。いくつか嫉妬の視線もツナに注がれていますが。
でもいつものことなのでツナは気にしません。獄寺くんは最初から気付いていません。流石です。
そんないつも通りの授業も滞りなく流れていきました。
視線のことを気にしなければ獄寺くんと隣同士で誰かに奪われる心配もありません。
ツナ安心の一時です。
でもその一時もすぐ終わってしましました。とりあえず報告をと、二人はディーノ先生と生徒指導室へと赴きました。
「んで? 今日は何があったんだ?」
ディーノ先生が優しく聞いてきます。ツナがなんと言うか迷っていると、獄寺くんが先に口を開きました。
「山本に挨拶されて、ふらついたら雲雀に心配されて、シャマルに介抱されて遅くなりました」
獄寺くん………っ
ツナは涙が出るのを何とか堪えました。ああ、この子はなんて天然なのでしょうっ!!
「………そうか」
ディーノ先生は獄寺くんと会話をしながらツナの手に何かを渡しました。机の下からなので獄寺くんには分かりません。
それはペンと紙で、紙にはこう書いてありました。
"本当は?"
ツナは獄寺くんに気付かれないよう事実を書きました。
"山本が獄寺くんに熱烈タックルをかまして獄寺くんが吹っ飛び"
"気を失った獄寺くんを雲雀先輩が応接間へと連れ込もうとし"
"シャマルが獄寺くんを奪って保健室で服を脱がせていたのを助け出すのに時間が掛かって遅れました"
ツナが紙とペンをディーノ先生に返します。
一呼吸後、ディーノ先生は吹き出し、むせてしまいました。
「は、跳ね馬っ!?」
獄寺くんにとっては話していた先生がいきなりむせてしまったと同義です。驚きます。
「獄寺……お前もう少し危機感と言うものを…いや、むしろ今のままの方が……?」
ディーノ先生葛藤中。若いですね。
「………ま、まぁいい。獄寺。絶対ツナと離れるなよ」
ディーノ先生は最後にそう言って、二人を解放しました。
二人は教室に帰ってきました。時間はお昼。お弁当の時間です。
「あ。ツナくん、獄寺くん」
教室には既に女の子グループが二人を待っていました。
女の子グループは笹川京子ちゃんと黒川花ちゃんと三浦ハルちゃんです。みんな思い思いにお弁当を広げています。
京子ちゃんはこの学年のアイドルです。とても可愛い女の子です。
花ちゃんは京子ちゃんの親友です。クールです。
ハルちゃんは別のクラスの女の子です。京子ちゃんと仲良いです。
「今日は早かったじゃん」
「うん、誰が手を出したか、はっきりしてたからね」
獄寺くんに手を出した生徒には、ちょっと口では言えないような制裁が加えられます。
たいていの生徒は一度の制裁で懲りるのですが、中には懲りない生徒もいます。朝のみんながそれに当たります。
ちなみに了平先輩は、獄寺くんを狙っていますが手を出しているわけでないので制裁は行われていません。珍しい例です。
「はい、お二人のお弁当ですよ!!」
ハルちゃんが可愛らしいハンカチに包まれたお弁当箱を取り出します。
料理の出来ないツナと獄寺くんのために作ってきてくれたのです。
最初はコンビニのお弁当やパンを食べていたのですが、ハルちゃんに「不健康です!!」と言われたのがきっかけです。
「いつもすまねぇな」
「いいんですよー」
女の子に囲まれながらお弁当をつつく。
傍から見ると、まるでギャルゲーのようなシチュエーションです。
実際、ハルちゃんはツナのことが好きですし、京子ちゃんも満更ではない模様です。
ただ、ツナは獄寺くんが可愛くて仕方がないのでその気はあまりないようです。
「それにしても相変わらず獄寺はすごい人気ね」
「そりゃあオレの娘だからね」
「はいはい…」
親馬鹿です。惚気かもしれません。
「でも本当、ものすごくモテますよねーっ」
ハルちゃんも話題に便乗してきました。
「なんでか全然分からないけどな……」
困ったように笑いながら獄寺くんは答えます。はにかみながらお弁当をつつくその姿は誰をも魅了します。
もちろん、女の子だからといって例外ではありません。
隣で獄寺くんが小動物のようにお弁当をつついているのを見ていた京子ちゃんは、モロに魅了されてしまいました。
「ご…獄寺くん可愛いーっ」
思わず獄寺くんを抱きしめる京子ちゃん。
物凄い光景です。アイドルがアイドルを抱きしめています。
携帯のシャッター音が鳴り響きます。きっと午後の授業が始まる頃にはすべて没収されているでしょう。
ツナがシャッター音に少し鬱陶しさを感じ始めたときでしょうか? なにやら廊下を走ってくる音が聞こえてきました。
その音は教室の前で止まりました。もちろん、今ツナたちがいる教室の前です。
ばーんと大きな音を立ててドアが開かれました。
「獄寺氏ーっ!!」
現れたのは伊達な牛男です。名はランボ。獄寺くんを狙っています。かなりウザイです。でも何故かいつも五分間しかいません。不思議です。
呼ばれた獄寺くんは何事かとくりっと顔を向けました。それだけの仕草にも萌えてしまいます。
「結婚しましょうっ!!」
なんとなんと獄寺くん本日二度目のプロポーズです。流石は学園のアイドル。しかも雲雀先輩のときとは違い、ストレートです。
「オレ、まだ結婚出来る年じゃないから…」
獄寺くんはやんわりと断りました。さすが学園一位の頭脳の持ち主です。頭いいです。なんか突っ込み所が違うのは放っときます。
「それ以前にオレが認めないから」
ツナも笑がなら釘を刺します。目は笑っていませんが。
このお父さんに認められるような婿ははたしているのでしょうか? たぶんいません。(反語?)
「10代目……」
獄寺くんも大事に思われているのが嬉しいのか、喜んでいます。らぶらぶですね。砂糖がキロ単位で吐けそうです。
しかしこれに納得出来ないのがランボです。
「で、でも獄寺氏! 10年前結婚の約束したじゃないですか! 忘れましたか!?」
ランボは子供にありがちな可愛らしい過去を持って応戦します。でも、現実でそんな昔の約束事を本気にしている人には正直引いてしまいます。
「……10年前? 悪いけど覚えてない……」
申し訳なさそうな顔で獄寺くんは言います。思わず何でも許してあげたくなります。
でもランボは諦めませんでした。なんて言ったって学園のアイドルとの結婚が賭かっているのですから。
「でも―――」
「しつこいよ。ランボ」
終止符を打ったのはツナです。
ツナは獄寺くんを引き寄せて言いました。
「獄寺くんは覚えていないって言っているし、仮にそれが事実であったとしても………オレが許さないから」
凶悪面でツナは言い放ちます。周りに可愛い女の子をはべらせているその姿はまるで悪の親玉です。
その迫力に圧倒されてか、ランボは
「が・ま……うあぁあぁぁぁあぁあぁぁぁっ」
泣きながら走り出して行ってしましました。ジャスト五分です。
ツナはランボの足跡が消えたのを確認してから獄寺くんを安心させるように微笑みました。
「ふぅ……もう、大丈夫だよ。獄寺くん」
「10代目……」
獄寺くんは安心したようにツナにしがみつきました。
「獄寺がモテる理由ってやっぱこれよねー」
「はい。可愛すぎます。私も抱きしめたいですっむしろ抱きしめますっ」
ハルちゃんはそう言うと獄寺くんを抱きしめに席を立ちました。
その様子を花ちゃんは、
「いや、可愛いだけじゃなくて、守ってあげたい雰囲気が一番の理由でしょうね」
冷静に分析したあと、女の立場を利用して自分も獄寺くんを抱きしめようと席を立ちました。
午後の授業も全て終わり、下校時間になりました。
「10代目、帰りましょう」
「うん」
二人は帰宅部です。無事に家に帰りきるのが部活内容です。
二人は外に出ました。グラウンドで子供達が遊んでいます。
その中の一人が、二人……正確には獄寺くんに気付いて、こちらへ走ってきました。
「ハヤト姉ぇーっ!!」
ふぅ太です。当然獄寺くん狙いです。黒いです。何かと理由を付けては獄寺くんに甘えています。計算です。
しかも体裁が与えられるのは中学生以上の男子が対象なので、まだ中学生でないふぅ太は好き放題です。計算です。
ふぅ太は獄寺くんに飛びついてきます。獄寺くんは受け止めます。ツナは面白くない顔をします。
「ハヤト姉ぇ〜会いたかった〜っ」
「昨日も会っただろ? まったくふぅ太は…」
言いながらも、獄寺くんの顔は笑っています。なんだかんだ言いながらも子供好きだと嬉しいです。(希望)
ふぅ太は調子に乗って、獄寺くんのやわらかいお腹に頬ずりします。獄寺くんはくすぐったそうです。
「ん…っちょっとふぅ太、やめ……」
そんなことを言われて止めるふぅ太ではありません。
「だめ?」
ふぅ太に上目遣いでそう言われてしまえば獄寺くんは強く言えません。
「ダメって言うか……その…」
「いいよね?」
ふぅ太はますます力を強めてあちらこちらに頬ずりをかまします。まるでセクハラ親父です。
「んんっ……つめた…」
今まで外で遊んでいたふぅ太の頬は少し冷たいです。
いくら服越しとはいえ、その体温差に獄寺くんは身体を震わせます。
流石のツナも見ていられません。ふぅ太を止めにはいります。
「ふぅ太。いい加減に……」
「えーっまだいいでしょお父さん」
誰が誰のお父さんだ。
ツナは心の中でそう突っ込みました。ふぅ太はツナのことをツナ兄ではなくお父さんと呼びます。確信犯です。
ツナが愛しの獄寺くんから子羊の皮を被った狼を力ずくで引っぺがそうと決意したときでした。
「獄寺」
声が聞こえました。まだまだ子供の声です。
「リボーンさん」
獄寺くんが声の主の名前を言いました。敬語です。
リボーンと言われたのはまだまだ幼い子供でした。赤ん坊といってもいいかもしれません。可愛いです。
でもただ可愛いだけではありません。なんとリボーンは殺し屋なのです。そして何でも出来ます。凄いです。
リボーンは獄寺くんからふぅ太に目を向け直します。そして言いました。
「離れろ」
短いそれはちゃんとふぅ太に伝わったようです。ふぅ太は素直に下がりました。ツナのときとは大違いです。
リボーンは離れたふぅ太に用はないと言わんばかりに獄寺の前に立ちました。まるでナイト様です。
そしてまた短く言いました。
「帰るぞ」
帰り道、長い影が帰路を覆っていました。影の数は三つ。
ツナと、獄寺くんと、そしてリボーンでした。
みんな無言でした。空気が重いです。
長い長い沈黙の中、リボーンが口を開きました。
「……獄寺を守るんじゃなかったのか?」
その一言に、ツナの身体がびくんと震えます。痛々しいです。
「……それは…その」
「お前が獄寺を守るといったから、オレはお前に獄寺を預けたのに……」
静かな声。その声には失望が入り混じっていました。
「やはりお前には獄寺は重すぎたな。獄寺はオレが……」
「リボーンさん」
今まで黙っていた獄寺くんが、リボーンの台詞を遮って言葉を放ちました。
「………なんだ」
「お言葉ですが、10代目はちゃんとオレを守ってくれていますよ」
そう言ったときの獄寺くんの表情はとても穏やかで…とても幸せそうでした。
「山本に少し激しい挨拶をされてよろけたとき、心配してくれました」
獄寺くんは一つ一つ、今日の出来事を話していきます。
「シャマルに保健室に連れて来られたとき、抱きしめてくれました」
それはまるで大切な宝物のように、かけがえのない幸福のように。
「ランボに過去について追及されていたとき………守ってくれました」
一つ一つ、とても大事そうに話していきました。
「10代目は、オレのことをちゃんと守ってくれているんですよ。リボーンさん」
「………そうか」
分かれ道を前にして、リボーンの足が止まります。後姿のままで言いました。
「……ここで獄寺を連れて帰ろうと思ったんだがな…獄寺に免じて、今回は勘弁しといてやる」
「リボーン…」
「勘違いするな。今度オレが来たとき、また獄寺を守りきれていないようだったらそのときは連れて帰る。文句は言わせねえ」
「……分かってるよ。もう大丈夫。獄寺くんはオレが守る」
リボーンはツナの答えに納得したのかは分かりませんでしたが、振り向きもせずに行ってしましました。
ツナと獄寺くんはリボーンが見えなくなるまで見送っていました。
やがてリボーンの姿が完全に見えなくなります。空も暗くなりかけていました。
「獄寺くん、帰ろっか」
「はい。10代目」
二人はリボーンが行った道とは違う道に足を向けて帰っていきました。
―――――その途中。
「……獄寺くん」
ツナが獄寺くんを呼び止めます。心なしか、少し緊張しているようです。
「はい?」
獄寺くんは素直に振り向きます。ツナは前々から聞きたかったことを訊ねました。
「獄寺くんは、さ…好きな人って、いるの?」
「いますよ」
さらりと獄寺くんは答えます。お父さんびっくりです。
でも獄寺くんもお年頃です。好きな人ぐらいいてもおかしくありません。
「……そっか。でもオレ、多分その人に獄寺くんを渡すことなんて出来ないと思う。……獄寺くんを、束縛しちゃうと思うんだ」
お父さんなかなかの問題発言です。でもお父さんは独占欲が強いので仕方がないのかもしれません。
「だから……その人と一緒にいたいのなら、その人の所か、リボーンの所に行った方がいい。……リボーンなら、きっと最後には認めてるれるだろうから」
リボーンと離れてからずっと考えていたのでしょうか。でも、それはお父さんとしてはかなり苦渋の選択のはずです。
けれど、愛しの娘の幸せを思うのならなんのそのです。
「……10代目。オレはどこにも行きませんよ」
ぎゅっと、獄寺くんはツナと手を繋ぎました。
「オレが好きなのは…その、10代目ですので……」
獄寺くん、こちらも負けず劣らずの問題発言です。
獄寺くんの顔は俯いていて見えませんが、とりあえず耳は真っ赤です。かなり照れています。
「獄寺くん……」
ぎゅっと、ツナは獄寺くんを抱きしめます。
「ありがとう…嬉しいよ。オレ……もう、絶対離さないから」
夕暮れの帰り道、二人分の一つの影が帰っていきます。
影は寄り添うように、そのまま姿を消しました。
いつまでも、離れることなく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それはまるでひとつの影のように。