ツナ父健闘記
ある日の事です。いつものようにツナは獄寺くんの帰りを待っていました。
今日は休日なので獄寺くんはお買い物です。ツナも一緒に行きたかったのですが、
「10代目に贈り物をしたいので、その…一人で、行きたいです」
という獄寺くんの一言でお見送りしました。
相変わらず二人は頭のねじがどこか抜けてるようです。
まぁそんなことがあったので、ツナは獄寺くんに知らない人に着いて行かないようにと強くきつく言いつけて獄寺くんを送り出しました。
時間はそろそろ三時です。ツナはどんなに遅くとも三時までには帰ってくるように、もしもそれが出来ないのなら電話するようにと獄寺くんに言ってました。
ちっちっちっと時計の秒針が動く音がひっきりなしに聞こえてきます。そして、やがてぼーんぼーんと大きな音が三回鳴りました。三時です。
獄寺くんは帰ってきません。電話も鳴りません。
「………まさか、人さらいっ!?」
「どうしてそんな結論にいきなりなるんですか」
すっげぇシリアス顔のツナ(突っ込み属性)を突っ込んだのは、なんか髪が黒いんだか青いんだか分からないオッドアイのお兄さんでした。
「…? 誰ですか貴方は。人の家に勝手に不法侵入してきてからに」
「ああこれは失礼。一応ノックはしたのですけど返事がなかったもので、つい」
チャイムは押してないのか。この不法侵入者は。
「それはそうと、どうして娘さんが三時に帰ってこないからといきなり人さらいという結果に? ただ単に忘れているだけかもしれないじゃないですか」
「確かに、そんなことは過去にも何回かあった」
あったのか。
「でも、それは結果論に過ぎない。忘れてるなら忘れてるでそれでもいい。獄寺くんが無事ならね…笑い話になるのなら、喜んで獄寺くんと笑うよオレは」
「………」
「オレは今の獄寺くんの安否が気になるだけ…それに、なんか今回は特に心配だし…」
「…へぇ。面白いですねぇ貴方は。いいでしょう。では行きましょうか」
「…? 行くって、どこに?」
「貴方の娘さんを探しに町まで。笑い話になるのか、それとも本当に人さらいか…確かめに行こうじゃないですか」
「言われなくてもそうするつもりですけど…それで、貴方は?」
「ああ僕ですか?」
ツナの問いに、その不法侵入者は名乗りました。
「骸と申します。それにしても、貴方がそれほどまでに盲目になる娘さんは余程お美しいのでしょうね」
骸のその言葉に、ツナの獄寺くん愛になんか火が点つきました。
「そう! そうなんだよ! うちの獄寺くんはそれはもう可愛くて可愛くて…」
「クフフ…どうやら、押してはいけないスイッチを押してしまったようですね」
骸は覚悟しました。これから起こるであろうツナの愛娘への惚気話を。
それからツナのマシンガントークは留まる所を知りませんでした。
骸はツナの話に適当に相槌を撃ちつつ、適当に聞き流してました。そうしていると―――
「―――っ!?」
ツナの表情が一転しました。焦るように、明後日の方向を向きます。
「…おや、どうしたのですか? 娘さんの馬鹿……もとい、惚気――じゃなくて、…自慢話はもういいのですか?」
骸のそんな声も聞こえないようでした。ツナは慌てたようにその方向へと駆け出していきました。それはもう早く。勢いよく。もうこれはマッハじゃねぇの? って感じで。
「おやおや…」
骸はツナを見送ります。そのあとゆっくりとツナの向かった方向へ歩いていきました。まるで居場所は分かっていると言わんばかりに。
「ただの娘大好きお父さんではないことを期待していますよ…? ボンゴレ10代目」
そう呟いた骸の言葉は、巻き上がった風と共に消えてなくなりました。
時を少し戻して獄寺くん。
「えっと…」
「おねーちゃん可愛いねぇ? オレとお茶でもしない?」
早速ナンパされていました。
「オレ…三時までに帰らないといけないんだけど…」
「もう、過ぎてる…」
しかも、二人掛りででした。
「いや、だから過ぎてるから早く帰らないと…」
「そんな、別に帰らなかったからって死ぬ訳じゃねぇんだろ〜? いいじゃんいいじゃん遊ぼうぜ?」
「駄目だって、10代目が心配する…」
獄寺くんはどんな時でも相変わらず10代目馬鹿でした。
「早く帰らないと…10代目が飛んでくる」
その時の事を思い出してでしょうか。獄寺くんの身体が少し震えました。
一体どんな形相をして飛んできたのか、考えるだけで恐ろしいですね。
「…へぇー。飛んで、ね」
「電話する必要がなくて助かるな」
「………? とにかくそういうことだからオレ、帰るな」
何やら不穏な空気を察してでしょうか。獄寺くんは後退りしながらそう言って、立ち退こうとしました。
「うっわー、わざわざ断りいれてやんの。かっわいー」
「最も、黙って去ろうとしても無駄だっただろうがな…獄寺隼人。悪いがオレたちといてもらう」
「!?」
去ろうとした獄寺くんはニット眼鏡に腕を捕まれました。そして何故か目付きが獣っぽい奴には手を腰にやられました。
「…犬。お前、何のつもりだ?」
「え? だってこんなに可愛い子、今腰に手をやらないでいつやるってのよ」
「…この野郎。オレが今どれほど一杯一杯でこの子の腕に手をやってると思ってるんだ」
ニット眼鏡は純情のようでした。
「ちょ…、このっ 離せ…!」
獄寺くんも流石にこうまでされては抵抗します。けれど男二人の力には勝てません。
このままどこかへ連れ去られそうでしたが、天は獄寺くんに味方したようです。
「ちょーっと待った! …オレの獄寺を一体どこへ連れて行くつもりだ?」
「…オレのってのが少し気にはなるけど…ま、その事の追求は後ででいいや。まずはそこの二匹を咬み殺さないといけないからね」
山本と雲雀でした。タイミングがよすぎることから恐らくストーキングしていたのでしょう。
「獄寺ー、オレがこいつらを格好良く倒したら一緒にデートしようぜー?」
「またこの馬鹿は世迷言を…隼人は僕とのデートで忙しくて、キミに付き合う暇なんてないの。いい加減理解して?」
「いや、オレはもう帰らないといけねぇんだけど…」
獄寺くんの意見は大体無視されます。無視すると獄寺くんは流れてくれるからです。
「…へー、おっもしれぇじゃん? "10代目"が来るまでオレらも暇だし…いっちょ相手してやるよ!」
「戦うのめんどい…犬、お前が二人を相手しろ。オレは獄寺隼人を連れて逃げる」
ニット眼鏡は何かデジャブを視たようです。雲雀と目を合わせません。
「この…っ やだって―――10代目!!」
獄寺くんがその名を呼んだときです。
「―――の、てめぇらぁ! オレの可愛い可愛い可愛い獄寺くんに何してくれてんだ―――!!」
ツナでした。同じことを三回も繰り返す辺り、ご乱心の模様です。
けれどご乱心だろうとなんだろうと獄寺くんにとってはそれは何よりも頼もしく格好良いお父さんの登場なのです。獄寺くんは涙目で喜びます。
「じゅ、10代目ー!!」
「獄寺くん、待たせてごめんね! すぐにそこの四人をぶっ飛ばすから!!」
どうやらツナの目には獄寺くんを奪って四つ巴が行われているように見えたようです。まぁ間違ってはいませんが。
「そりゃひでーぜツナー! オレ獄寺を助けようとしてたのにー!!」
「それに、キミの出番はないよ。…あの二匹は僕が咬み殺してあげるから」
二人は何とか誤解を解こうと、そして高感度を上げようとしますが無駄でした。ツナには盲目フィルターが掛かってるからです。
「やかましい! どうせその二人を倒した後で断れない獄寺くんに付け込んで街中を連れ回すつもりだったくせに!!」
「いやそれは…」
「まぁ…少しぐらいはね」
ツナの言葉はピンポイントで大正解だったようです。
「―――あれがボンゴレ10代目…か?」
「そのようだな」
「何ていうか………ただの馬鹿親父だな」
「いや、馬鹿親父じゃなくてただの親馬鹿だろ」
どっちにしろ馬鹿な親父だという認識になったみたいです。
そんな二人の言葉を聞いて、獄寺くんの顔色が変わりました。
「…ボンゴレ…? ―――お前ら、目的は10代目か!!」
「まぁ、最初はそのつもりだった」
「でも任務そっちのけにしたい気持ちが今凄い高い。10代目の娘、凄い可愛い」
獄寺くんの魅力は留まることを知らないようでした。
しかし獄寺くんにはそんなこと関係ありません。なんて言ったって、これはお父さんの危機なのですから。
「おい、暴れるな」
「離せ…! 10代目、逃げて下さい!!」
「―――っ獄寺くん!?」
獄寺くんの様子に、山本と雲雀を叱っていたツナが気付きます。
「10代目、こいつらの狙いは10代目です!! だから―――」
「…逃げろって? それは無理な相談だよ獄寺くん」
「―――10代目!!」
「大丈夫、オレはこんな奴らに負けたりしない。…今助けてあげるからね、獄寺くん」
そう言った途端、ツナの目付きが変わりました。ついでに額に炎も現れました。手にはいつの間にかごついグローブを着装です。
「ふふふ…血を見るのは久し振りかなぁ……?」
どうやらツナ様本気(マジ)モードです。見えないはずの気迫すら見えてくるようです。
「ボンゴレ関係でオレの可愛い獄寺くんに手を出したらどうなるか…みんなに教えてあげないとね……」
ツナ様笑みが黒いです。正直怖いです。
「ごめんねー、見せつけの意味も込めてちょっと酷く行くよー」
にこやかに笑いながら。けれど聞き流せない言葉を吐いて。
ツナ様の、ツナ様による、獄寺くんの為の殺戮行為が始まりました。
―――――暗転。
そして次に場面が見えたときには、ツナ様はグローブを取っていていつものツナになっていました。
なにやら爽やかな笑みを浮かべつつ額の汗を拭っています。例えて言うならスポーツ試合後の選手が善戦を尽くした、といった感じでしょうか。
「―――うん、これだけやっとけば暫くの間は平和に暮らせるかな?」
一体どれだけしたのでしょう。ちなみにツナを怒らせた二人はちょっと描写するには苦しむ状態になっています。
「さぁ、帰ろうか獄寺くん―――って、あれ?」
気が付いたとき、いつの間にか人の人数が増えていました。
モザイクの掛かっている二人の前に、いつの間にかいつかのオッドアイのお兄さんが立っていたのです。
「……こんにちは。骸さん―――でしたっけ?」
「クフフ。覚えて下さり光栄ですよ。…ボンゴレ10代目」
「獄寺くんにそこの二つをけしかけたのは、貴方?」
「さぁどうでしょう―――この二つは僕に従順ですから」
黒い、そして重い風が静かに吹きます。二人の間にぴりぴりとしたものが飛び散ります。
「―――ま、そんな怖い顔しないで下さいよ。今日は様子見なんですから」
「どうだか」
あくまで偽善顔の骸に対し、ツナの表情は冷めています。
しかしそれもそのはずです。なんて言ったって、自分のせいで獄寺くんが狙われたのですから。
「クフフ…貴方の娘さんは余程ご自慢のようですね。しかしその殺気は頂けない…もう少し抑えたらどうです?」
言われて、ツナは気付きました。
自分の殺気に当てられて、かたかた震える獄寺くんに。
「あ…ご、ごめんね獄寺くん。オレ、つい…」
「10代目…」
「ああ、貴方が10代目の愛娘ですか。お初にお目に掛かります。僕は―――」
…と、ここで骸は始めて獄寺くんを見ました。
獄寺くんも、ツナの背から出てきて初めて骸を見ました。
二人の目が合いました。
途端。
―――ぶわ…
骸には、なんか薄いピンク色の空間が出来たように見えました。あと点描とかが獄寺くんから飛び散っている様子とか。
「お…御美しい……」
なんと骸、今までのシリアスなシーンを素っ飛ばして獄寺くんに一目惚れしてしまったようです。
骸は一瞬で獄寺くんの近くへ移動し、膝を折って獄寺くんの手を取りました。
「ああ御美しいお嬢さん…私は六道骸と申します。もし宜しければ貴方の名前を私の心に刻ませては頂けませんか?」
「え…? っとオレは…獄寺隼人…だけど……」
おっと獄寺くん、何に反応したのか少しばかり顔が赤いです。脈有りでしょうか。
「獄寺隼人…よきお名前ですね。隼人くんとお呼びする許可を頂けますか?」
「―――って、ちょーっと待ったぁー!!!」
いい感じに無視されていたツナが二人の間に割り込みます。獄寺くんは正気に返りました。
「…はっ、10代目……」
「おやお父義様。どうかなされましたか?」
「誰が誰の親父だ! お前みたいな男にうちの獄寺くんは決してやらん!!」
ツナ、頑固親父が身に付いてきました。
「ああ、まだ知り合ったばかりですからね…では隼人くん、親睦を深める意を込めて今度デートしましょうね」
骸はそう言うと、獄寺くんの頬に小さくキスをしました。
「な…!」
ツナは怒りの余りに言葉を失ってしまいます。
「え…―――えっ?」
獄寺くんは獄寺くんで驚いたようです。まぁこんなことを素でやってのけられたら誰だって驚く気がしますが。
「では、隼人くん…また会いましょう」
やりたいことをやりたいだけやりのけた骸は犬と柿だったモノを引きずって行ってしまいました。
「あのオッドアイ…今度見つけたら絶対死なす…!」
「まぁまぁ10代目…」
「ああ、獄寺くんごめんね! オレが傍にいながら獄寺くんを救うことが出来なかった! …ああ、オレの獄寺くんがキズモノに…!!」
ツナ、ご乱心の模様です。
「じ、10代目!? 落ち着いて下さい! 傷物って一体何の話ですか!」
「そうだぞツナ。少し落ち着け」
「そうそう…じゃないと、僕が彼を喰べちゃうよ?」
ぴたり。
「――それは駄目」
一瞬で正気に戻ったツナは獄寺くんをむぎゅっと抱き締めて抱き寄せて。二人と距離を取りました。
「帰るよ獄寺くん」
「は、はい」
そのままツナは獄寺くんを引きずり帰りました。
帰り道。
「じ、10代目…オレはもう大丈夫ですから…」
「うん……ああごめんね獄寺くん!! オレが付いていながら、オレが傍にいながらあんな事になっちゃって!!」
ツナ、相変わらずご乱心でした。
「そんな、10代目大袈裟ですよ」
全然そんなことはないのですが、知らぬは本人ばかりなりでした。
しかしこれ以上取り乱しても仕方ありません。ツナは無理矢理自分を落ち着かせます。
「―――そういえば獄寺くん、何かいい買い物は出来た?」
「それが…中々いいものがなくて…」
ツナの問いに、獄寺くんはしょげりながら答えます。
「あ、いいのいいの。オレは獄寺くんの気持ちだけで嬉しいんだから」
「でも10代目、オレは10代目に何か贈り物をしたいんです」
「うんありがとう。…あ、獄寺くん少し買い食いして行こうか」
獄寺くんの返答を聞く前に、ツナは行ってしまいました。そしてすぐに戻ってきます。一つの包みを持って。
「今の時間だと夕飯が入らないかもだから…半分こね」
ツナが買ってきたのはあんまんでした。あんこから湯気が出ています。
二人はぱくりと一口食べて。そうするとあんこの甘みが口いっぱいに広がって。
「おいしいね」
「はい、甘くて」
そうやって二人は笑いながら、あたたかいおうちへと帰っていくのでした。
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そうして一日は終わり、一日が始まる。
リクエスト「「ツナ父奮闘記」続編」
リクエストありがとうございました。