強い思いで決断を
はぁっと大きく息を吐いて。額の汗を拭う。
その間にも絶え間なく響いてくる銃声が、なんとも煩い。
…オレと獄寺くんは今、追われていた。不特定多数のマフィアから。
オレはあるマフィアのボスとの交渉人として、異国の地へと赴いていて。
獄寺くんは、そんなオレの護衛として連れてきて。
本当なら他の人間で、もっと大勢だったのだけど、相手側が用心深くて。
連れて行けるのを許された人数は一人だった。だから最も付き合いの長い彼を選んだのだけど、まさか帰りに襲われるなんて。
……どうりで。交渉が上手く行き過ぎると思った。全ては罠か。計算付くか。
ならば、護衛として彼を連れてきたのは果たして…
「…正解だったのか不正解だったのか」
「10代目、結構余裕ですね」
「そんな事は……ない、つもりだけどっ」
言いながらの銃での応酬。次々と倒れてゆくマフィアたち。どうやら、彼らは最初から捨て駒のようだった。
……ま、懸かっている命の対象があのボンゴレ10代目とその右腕なのだから、気持ちは分からないでもない。
「ったく、次から次へと…一体いくつのファミリーが咬んでいるのか」
「見たところカルンニヤファミリー、チェッサーレファミリー、それにチェズーラファミリー…、かな。あいつら普段は敵同士のくせに――水面下ではどうなっているのやら…」
「…10代目、よく分かりますね」
「一度目を通したものは忘れないよ。リボーンに徹底的に叩き込まれたからね」
軽口を叩きながらも銃を撃つ手は休まずに。けれどこうなることを予想しなかった――わけではないけど、それでもやはり、銃弾には限りがある。
銃弾を入れ込む際に、獄寺くんの横顔が目に入る。
キミはこんなに近いのに。何故だろう、手を伸ばしても届く気がしない。
減らない敵。消えゆく弾丸。積もる焦燥と、事態は最悪とも言ってよかった。
―――ったくこいつら、次から次へと湧いてきやがって! 少しは命を大切にしろ!!
などと悪態を吐いても始まらない。問題は、どうやって10代目を無事にボンゴレに帰すかだ。
二人とも無事で、なんて甘いことは言わない。この場を乗り切れるのならオレは命すら惜しくはない。
―――と、視線を感じてその方向を見ると、10代目がじっと、こちらを見ていた。
微笑んで返すと、はっと慌てたように銃弾を仕込んだ。
オレたちは少しずつ移動し、やがて小さな港町へとその身を移したが、奴らにとっては一般人がいようがいまいが関係ないようだった。
幸いなのは、船が出た後なのか人が多くはないということか。
「―――10代目、ここは二手に分かれましょう。オレはここを真っ直ぐ。貴方はここから左へ」
言いながらオレは素早く銃弾を10代目に渡す。けれど10代目は、受け取るのに抵抗を感じるようだ。
「でも、それだと獄寺くんの分が……」
「オレのは必要ありません」
そう言った次の瞬間に、オレは両手一杯にダイナマイトを咲かせる。自慢の早業だ。
「…オレの二つ名を、お忘れですか?」
「忘れてない、けど……」
「じゃあ、行って下さい。大丈夫。……一時間後に、町外れで逢いましょう」
そう言う彼の言葉を信じ、オレは彼の示した方角へと走る。
彼はといえば、やってきた追っ手相手にダイナマイトを爆発させて陽動しているようだった。
さすがは幼い頃よりマフィアを目指していただけのことはある。その慣れた行動に、オレは正直舌を巻いた。
彼のおかげで敵の大部分がオレから離れる。もちろん敵の中には陽動だと分かっている奴もいて。オレはそんな奴らを相手に銃を撃つ。
遠くから、近くから。引っ切りなしに爆発音が響いてくるが、それはむしろ安心出来た。
何故なら、それは愛しい彼が無事だという何よりの証だったから。
オレの元に銃弾が飛び込んでくる。建物に隠れて、銃を撃って。一人ひとり消してゆく。
……ボンゴレに楯突いたことよりも、オレと獄寺くんを引き離した方の怒りが強いっていうのは…ボス失格かなぁ。
走りながら、ダイナマイトに火を点けて。投げて。大きな爆発音を轟かせて。
―――まずいな。予想以上に数が多いぞこれ……約束の時間に間に合わないかもしれない。
逃げながら、空いた手で装着型の小型の電話を装備し、掛ける。10代目を除く、ここから一番近い場所にいるボンゴレメンバーに繋がるはずだ。
―――出たのは、雲雀だった。
『…何? 交渉は上手く…って爆発音に銃声? 抗戦中?』
「ああ、交渉は上手くいったんだがな、帰りに襲われてる。雲雀、今どこにいる?」
雲雀が答えたのは、幸いにもここから近い街だった。
「雲雀、今すぐこっちに来い。町外れに10代目がいるはずだ。10代目と合流しだい、その場から離脱してくれ」
『それは構わないけど…キミは? あの子の性格を考える限り、キミがいないと言う事聞かなさそうだけど』
それは――…と答えようとして敵の銃弾が頬を掠る。横に飛びながらまたオレはダイナマイトを投げる。
「それは…その時は、10代目を気絶させてでも離脱してくれ。10代目の無事が最優先だ」
『…まったく、キミは10年前から全然変わってないね。尊敬すらするよ。真似はしたくないけど』
強く壁に頭をぶつけた。痛い。抗戦と移動と会話の両立は難しい。
『……なに今の音。凄い痛そうなんだけど』
「…痛そう、じゃなくて痛い。そんなことよりも、返答は?」
『…分かったよ。今からキミたちのいる港の町外れまで行く。そして綱吉を見つけ次第殴って連れて帰る。これでいいんだね』
「おい、あんまり乱暴な真似は―――」
一気に民家を駆け上がって。屋上へと姿を現す。敵からすれば絶好の的。でも、それはこちらにしても同じこと。
『乱暴な真似しないと綱吉を連れて帰れないの。あの子キミ関連の話になると目の色変わるんだから』
オレを目掛けて撃ってくる奴らにダイナマイトの雨を振らせてやる。ついでに、オレが駆けてきた階段には火炎瓶を。どうせ馬鹿な奴らが押し寄せてきてるのだろうから。
オレはすぐ近くの民家に飛び移る。低い屋根に着地し、そのまま地面に飛び降りてまた駆けた。
「……分かった。とにかく、10代目を生きてボンゴレに連れて帰ってくれ」
『―――キミは?』
「―――――あ?」
正面に敵が回りこんできたから、思わず隠し持っていたナイフで喉元を裂いた。鮮やかな血が吹き出て、オレたちの間に境界線を作った。
『……キミは、帰ってくるの?』
「……………当たり前だろ。お前に借りを作っちまったし。返せるまで死ねやしねぇ」
『そ。それを聞いて安心した』
その言葉を最後に、雲雀は電話を切った。あいつなら上手くやってくれるだろう。こう見えても、結構あいつを信用している。
……………さて。
オレはオレで、大きな仕事をこなさなくてはいけない。
まずは目の前にいるこいつらを一蹴。ボンゴレに楯突いた奴らはどうなるか、他のファミリーに教えなくてはならない。
手持ちの武器を思う存分使って、奴らを屠っていく。一人も逃がさず。一人も残さず。
もちろん、大勢対一人なのだから、オレにだって攻撃も当たる。黒いスーツで分かりにくいが、身体はきっと血塗れだろう。畜生、痛い。
……けど、負けるわけにはいかない。引くわけにも。
オレは、帰らないといけないのだから。
約束より少し早い時間、オレは町外れに来ていた。
……爆発音は少し前から途絶えてる。それは彼が逃げ切ったことを意味しているのか、それとも――
―――と、背後に気配を感じて。思わず振り返った。
ガスッと、頭に強い衝撃を受けて。意識を持っていかれそうになるけど何とか堪える。オレを攻撃したのは、雲雀だった。
「…残念。昔なら、これで一発だったんだけど。強くなったね綱吉も」
雲雀は飄々とした口調で、けれど攻撃を行ったトンファーは収めようとはしなかった。
「…何のつもりだ雲雀。見ようによっては、これは反逆だぞ」
凄んでそう言うと雲雀は大袈裟に肩を竦めた。けれど雲雀が放った次の一言に、オレの目が見開かれる。
「怖いね。けど、それならキミの愛しい彼も反逆になるよ。殴ってでもキミをボンゴレに連れて帰れって言ったの、彼だもの」
「―――なっ、獄寺くんが!?」
「そ。けど、あの子がいないとキミは意地でも帰ろうとしないだろうからね。だから気絶させて連れて帰ろうと思ったんだけど」
雲雀の言葉もそこそこに。オレは来た道を引き返そうとする。けれどそれを遮る雲雀。邪魔。
「……念のために聞いておくけど。どこまで?」
「―――決まってるだろ。獄寺くんの所まで行くんだよ。…まったく、なにが町外れで逢いましょうだ。嘘ばっかり」
オレの返答が気に入らないのか、雲雀はそこをどこうとはしない。
「…キミは馬鹿? 何の為に、あの子が嫌われ者になってまで僕に頼んだと思ってるの? 全ては、キミの為じゃないか」
嫌味ったらしく雲雀が言う。けれど、そんなこと知ったことではない。
「はっ? オレの為? そんなこと関係ないよ。どうしてオレがボンゴレ10代目になったと思ってるの? 全ては彼の、獄寺くんの傍にいるためだよ」
きっぱりとそう言うと、雲雀は少し面食らったようだった。雲雀のそんな顔を見たのは初めてで。少し珍しい。
「―――はぁまったく。まいったね。…それで? ボンゴレ10代目はこれから何するおつもりで?」
降参した雲雀に不適に笑ってやり、オレは応える。
「もちろん―――オレの可愛い右腕を助け出す。着いてこい、雲雀。オレの命令は絶対だ」
だらだらと、血が流れて。
ああもう、血が足りない。少しばかり流しすぎた。
オレは港倉庫の壁にもたれかかって。そのままずるりと座り込んでしまった。
立っとかないといけないのに。座り込んでいるといざっていうとき思うように動けないのに。
そうは思っていても。頭で分かっていても。身体は休息を求め、オレの言う事を聞いてはくれない。
――約束の時間が回った頃だろうか。10代目はあの場所に着ただろうか。雲雀は上手くやってくれただろうか。
10代目に、恨まれるだろうな…
少し悲しかったが、でもオレはそれだけのことをしたのだ。仕方がない。
…それに。悲しくとも、後悔の念はない。
全ては、10代目の無事が最優先なのだから。
―――けれど。
ぎりっと歯を食いしばり、目を開ける。
…オレは10代目との約束を破ったからといって、死ぬつもりは毛頭ない。
力を溜めて、痛む身体を無視して。立ち上がって。
オレは帰る。生きてボンゴレに帰る。
よろけそうになって。壁に手を付いて身体を支えて。血が滑ってまた倒れて。
……痛いけど。苦しいけど。
―――でも、それでも。生きてやる。生き抜いてやる。
やがてまた追っ手に見つかって。けれど、もう逃げるつもりはない。
さっきまでは約束の時間があったから、逃げることも止むなしだったがもうそれは関係ない。
ここまで来たら、逃げるよりも追っ手を全て倒して、そこから休んで追い掛ける方がまだ成算があるというものだ。
オレはキッと、追っ手を見据えて……
静かな静かな港町。辺り一面に滴っているのは夥しくも真新しい血潮の海。
所々に転がっている死体の数々。焦げた民家。チリリと感じる―――――殺気。
迷わず撃つ。まだいる。オレを、オレたちを殺したいと思っている馬鹿な奴らがごろごろと。
…彼が、獄寺くんが心配だ。この人数相手だと、きっと無傷では済んでない。
彼はどこか自分というものを軽薄している節がある。目的を果たすためなら彼は自分の身も命すらも惜しくはないのだ。
走りながら、命を奪いながら、オレたちは走る。彼を見つけるために―――
やがて、黒い服が見えた。
撃った。奴らがオレたちじゃない誰かを狙っていたから。
オレたちに気付いた奴らは標的を変えた。そりゃあ、ボンゴレ10代目なんて大物、滅多にお目に掛かれるものではない。
ましてや、いつ命が奪えるか奪われるか分からないような、こんな状況で―――
「綱吉。何でそんなに楽しそうに笑ってるのかな…正直、不気味で仕方ないんだけど」
「―――ああごめん。いやね、獄寺くんとようやく逢えると思ったらつい……」
「つい、じゃないよ。でも、彼きっとそれなりに怪我してるよ? 笑ってる暇なんてないんじゃない?」
「…分かってる。雲雀、獄寺くんを頼んだ。ここはオレが片付ける」
オレの台詞を聞いて、雲雀は少なからず驚いた。
「…本気? そりゃあ、狙われてるのはキミだろうから、僕が行ったほうが敵の注意も反れるだろうけどさ」
そこまで分かっているのならと、オレは雲雀を目で促がした。雲雀はため息を吐きながら走っていく。
奴らはオレがボンゴレ10代目だと知っているのだろう。駆ける雲雀に目もくれず、オレ一人に狙いを定めてきた。
……オレに楯突く愚かな野郎共。このオレの命を狙うということ、そしてその罪を、身をもって味わうがいい。
今のオレは誰にだって負ける気がしない。それこそ、あのリボーンにだって。
―――その理由が、やはりボンゴレに歯向かったという事ではなく獄寺くんを傷付けただろうからというのは……やっぱり、ボス失格だろうか。
そんなことを思いながら、そこに有る命を刈り取っていった。
…目蓋越しに届く光が眩しい。片腕を使って影を作ろうとしても、肝心のそれはまったく動いてくれなかった。
出血は止まっているようだが身体中が痛い。動くための神経は麻痺しているのに痛みを感じる神経が敏感になっているのはこれいかに。理不尽だ。
がたん、と地面が大きく揺れた。身体が軋む。痛い。
どうやらオレは、車か何かで運ばれているようだ。不味いな。捕まってしまったのだろうか。
オレは必死になってたこの吸盤みたいに引っ付いてしまった目蓋を無理矢理こじ開ける。水分が足りないのだろうか、酷く目が乾いてた。
―――と、そこには。
「ちょっと雲雀、揺らさないでよ。獄寺くんの傷が開く」
運転席の方を向いて、なにやら文句を言っている10代目と。
「うるさいな。こう見えても荒れてない道を選んでるんだから少しぐらい大目に見てよ」
不機嫌そうに答える雲雀がいて。
…雲雀の奴。結局10代目を連れて帰れてねぇじゃねぇか。何が分かっただ。
―――と、また大きく地面が揺れて。また傷が痛んで。思わず目を閉じた。
「ああ、獄寺くんが痛そうに…雲雀、いくら自分がサドだからって時と場合を考えてよ」
「…あのね。それは誤解―――って訳じゃないけどさ。とりあえず、今は彼を痛めつけようと思っている訳じゃないから」
「どうだか。雲雀は自分が楽しければそれでいいって感じだから。…でも、獄寺くんは渡さないよ」
「はいはい。渡さなくてくれて結構。……それを奪うのが、楽しいんだから」
……なにやら物騒な会話が営まれている気がする。どうか気のせいであってくれ。…あって下さい。
「…まったく、大きな傷を作ってくれて。帰ったらどうしてくれようか」
頬を触られる。くすぐったくて、少し痛い。
「自分こそサドじゃないか。でも、彼の傷が治るまであんまりいじめちゃ駄目だよ。可哀想じゃない」
「分かってるって。…けど、少しぐらいなら平気だよね、獄寺くん。約束を破ったんだから、自業自得だよね?」
……頭を撫でる感触が心地良くも背筋が凍るような思いになるのは一体どういったことでしょうか10代目。
いや冗談ですよね。でも目覚めたら開口一番に貴方に謝ろうと思います。ごめんなさい。痛いのやです。
…帰って起きたらどんな目に遭うのだろうと心配しながら、けれどまた10代目の為に仕えられるのならそれもまたよしと思い。
オレはまた眠りに付くまで、ずっとこの心地良い10代目の手の平を享受していた。
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なんてあたたかい。なんて幸せ。