いくら血の滴る極上のステーキを食べても。いくら血のように赤いワインを飲んでも。


いくら人を殺しても満たされないオレを満足させられるのは―――やっぱりキミだけみたいだよ。獄ちゃん。



飢え



はぁ、と。オレはため息を吐いて。手元にある紙を見つめる。


招待状と達筆で書かれているそれは。その名通りのものではもちろんなく。


けれどオレはメッセージカードのように折り畳まれているそれを開いて、中身を確認する。



スモーキン・ボム様


貴方と親睦を深めたいと思い、招待状を出しました。


是非我がアジトへと遊びに来て下さい。


     ―――――トマゾファミリー8代目 内藤ロンシャン



なんて。そんな10年振りの懐かしい名前。


それだけならば、馬鹿馬鹿しいと放っておいただろう。


けれど。その後にあった文がオレ考えを変えさせる。



―――追伸。


パーティに来る日時はそちらのお好きなように。こちらはいつでも大歓迎。


ただし、招待状が届いてから一日経つごとに、貴方の大切なものを一つずつ奪わせて頂きます。



…なんて。これまた馬鹿馬鹿しい言葉が添えられていて。


これだけでも。オレは動かなかっただろう。………この招待状が来た日が今日ならば。


この招待状をオレが読んだのは、今日。


―――これが本部に届いたのは、二日前。


そして。オレが手塩をかけて育てた部下が二人……行方不明になっていた。


オレは急いでトマゾファミリーアジトへと向かって。そして今、ここにいる。


オレは招待状を握り潰し、正面から堂々と入っていく。


…なんでこんなことをしたのか知らないが。ようはこれは、オレを始末するための罠。


裏口に回ったとしても、そこにはオレを待ち構えている奴がうようよいるのだろう。


ならば下手な小細工は不要。ああいいさ、正面からオレを狙い撃ちにするがいい。どうせ死ぬのはてめぇらだ。


そう思って覚悟を決めて。オレは両開きの扉を蹴り破いた。


「―――――な……っ!?」


中の光景を見てオレは言葉を失う。異臭が鼻を突いた。


トマゾファミリーのアジト内は…地獄絵図だった。


何百も、何千もいるであろう部下が…全て、死んでいた。虐殺されていた。


ある者は腹から下がなかった。ある者は身体中の皮膚が剥ぎ取られていた。またある者は拷問の後があった。暴れた形跡がある。拷問されてから殺されたようだ。


ある者は身体中を滅多刺しにされ、ある者は身体が溶かされ、またある者はばらばらに分割されていた。


どこもかしこも血塗れだった。言葉通り、足の踏み場もないほど床は死体で埋まっていた。こんな馬鹿広い空間なのに!!


あまりの出来事に気すら遠くなる。殺しに慣れてる奴が、マフィアが何言ってるとか、そんな問題じゃない。これはあまりにも異常だ!


―――と、音もなく白銀の線がこちらに向かってきた。一切の思考を遮断。首を横に向かせるとすぐ傍を何かが通り過ぎる。


それは銀のナイフだった。オレの髪を数本払い、後ろの壁に突き刺さる。オレはそれを投げた奴を睨む。


「…一体何が目的だ。内藤」


「反応よし。う〜ん、やっぱり沢田ちゃんの右腕してるだけあるなー、獄ちゃん」


オレの質問には答えず、そいつは、内藤は嬉しそうに、楽しそうに笑うだけだった。


「ようこそ獄ちゃん。楽しい楽しいパーティへ。けど遅いのは減点対象だよ? 二日も待ってたんだから」


「…オレに知らせが届いたのは今日なんだよ馬鹿野郎。そもそもいつ来てもいいって書いてあったぞ」


オレがそう言っても、奴はあ、そうだっけ? なんて、そんな馬鹿げた台詞を吐くだけで。


奴はこの惨状に顔色一つ変えず。何の疑問も持っていないようで。


「お前がこいつらを…自分のファミリーを殺したのか」


「やだなー獄ちゃん! 獄ちゃんが来るまでダンスの練習してただけじゃん!」


ダンス……?


「それにそんな一回きりの消耗品。殺すなんて言わないよ。……ただ、壊れただけ」


そう言っては、にんまりと笑う内藤。


―――ああ、そうか。やっぱりこいつは…


「…最後だ。オレの部下はどうした?」


部下? とわざとらしく首を傾げる内藤。ああうぜぇ。


「―――ああ! 獄ちゃんの宝物かぁ! うん、そりゃあ気になるよね! だって大事な物だもん!!」


…さぁ、狂気の終止符まで秒読みでもしようか。3、2、1…


「ごめんねぇ☆ 獄ちゃんの大事な大事な宝物」


リボルバーに手を向けて。


「―――壊しちゃった☆」


撃った。もう我慢の必要はない。


奴もオレの動きは予想してたようですぐに避けた。オレは続けて更に撃つ。


「わっわ、獄ちゃん積極的過ぎ! そんなにオレを独占したい?」


「…ああ、二日もダンスの練習させちまって悪かったなぁ。踊ろうぜ? 楽しいパーティなんだろ?」


撃って撃ってまた撃って。ああ、あいつの笑い顔が憎らしい。殺したい。


向こうからも銃弾が飛んできた。死体に足を取られて血で滑って。すっころんでそれで結果的に避けた。


けれどそこを見逃す奴ではない。獣のような速さでオレに迫ってきて。鋭いナイフがオレの皮膚を裂いた。


血が吹き出て。にやりと笑う内藤―――毒かっ!?


一瞬そう思って強張るも、内藤はいきなりオレの傷口に舌を這わせてきた。


「な―――にしやがるっこら、離れろ!!」


けどどれだけ力を入れて抵抗しても内藤は離れようとはせず。ただただオレの傷を舐めるだけだった。


…その内藤の顔が悦に浸って笑っていて―――何とも。不快だ。


オレは内藤の頭に銃を向ける。


「…離れろ。今離れたら三秒だけ時間をくれてやる」


そう言って脅しても奴は怯まず。そうかと思えばいきなり顔を上げて。…その顔は、無邪気に笑ってて。


「あー…やっぱ獄ちゃんじゃないと駄目だ」


「あ…?」


「獄ちゃんじゃないと。オレの渇きは癒せない」


「何言ってんだてめぇ」


奴は幼い笑顔で、けれどその口周りはオレの血で汚れてて。なんてアンバランス。


「オレずっと渇いてたんだ。それがずっと癒えなかった。どんなに旨い肉を喰っても、どんなに濃厚な赤ワインを飲んでも」


奴の目は既にオレを見ちゃいなかった。頭に拳銃を突きつけられているのに。そのことに対する恐怖を微塵にも感じてなかった。


「けど、人の血を浴びると少しだけ癒されて。だから殺しまくったんだけど、でも回数をこなすごとにやっぱり渇いて」


ああ、だからこいつは人間を殺しまくったのか。倒れてみてはじめて分かる。壁どころか、高い天井でさえ。どんな手段を使ったのか血が届いていた。


「そして思い出したんだ。まだオレがガキだった時。オレと一番近しかった子を。オレと同い年の、銀の髪が綺麗な子を」


…もしかして、そいつはオレか? ふざけるな馬鹿。誰が誰と近しかったんだ? その理由を言ってみろ。


「その子はオレ以上にマフィアをしていて、なのにオレ以上に日常に溶け込んでて。そして何より綺麗で」


お前の美的感覚で言われても嬉かねぇよ。そしてそれ以前に男相手に綺麗言うな。


「獄ちゃんの血は何でこんなに美味しいんだろ。………あ、そうか」


飽きもせず、オレの傷口に口付ける内藤。そうかと思えばいきなり顔を上げる…まったく、忙しい奴だ。


「そっか…オレ、獄ちゃんのことが好きなんだ」


はぁ?


内藤は呆気に取られているオレに目も止めず、うんうんと大袈裟に頷いている。


「そっかそっか、なるほどなぁ。オレ獄ちゃんが好きなんだ…うん、好きに性別は関係ないよね!!」


そんな事を笑顔で言われても困る。こいつは一体何がしたいんだ。


「…お前なぁ、殺し合いの相手に何ふざけたこと言ってんだ。馬鹿が」


「えー? でも獄ちゃんもオレの事好きでしょ?」


………はぁ?


「なに言ってんだ、とうとう認識レベルで頭がいかれたか」


そう罵っても内藤は笑うだけで。そして笑いながら。


「えー? だってさぁ」



―――だったら何で獄ちゃん、オレを撃たないの?



そんな、事を言うから。


―――――パンッ


撃った。こいつと縁切るために。


距離はゼロだったはずなのに奴は生きていた。外した。馬鹿みたいな速さで避けやがった。まったく、あいつは化け物か。


「………酷いなぁ、獄ちゃん」


「てめぇがワケ分かんねぇ事言うからだろ。馬鹿が」


「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよん」


そんな子供の屁理屈を言って。内藤はこめかみから流れていた自分の血を拭って舐めた。とたんに不機嫌になる内藤。


「…やっぱり獄ちゃんじゃないと駄目だ。オレの血は不味過ぎる」


「オレの血はてめぇの餌じゃねぇんだよ基地外野郎。そんなに全てのもんが不味いってんなら餓死して死ね。今のてめぇには弾丸すらもったいねぇ」


「獄ちゃんにオレが殺せるのかにゃ?」


「馬鹿言うな。狂人相手にオレが何の躊躇いを持つってんだ」


「―――きょー、じん?」


内藤の表情が変わる。急に殺気を放ってきた。


「へぇ…獄ちゃんも、あいつと同じ事言うんだ」


あいつ…誰のことだろう。何故か風車を使ってたあいつを思い出した。


「ちょっと怒っちゃったよ獄ちゃん。骨の一本二本で済むと思わないでね」


うるせぇよ。


―――パンッ


撃つ。かわす内藤。


パパンッ


更に撃つ。避ける内藤。銃弾の壁にするように柱に隠れた。


…だからお前は狂ってるって言ってんだよ。


お前は誰に招待状を出したのか、もう覚えてないのか。


柱に隠れたということは、その時だけはこちらの情報がまったく掴めない状態になるということで。


オレは内藤が消えた柱に向けて、愛用の武器のダイナマイトをぶん投げた。


内藤がそれに気付くが―――遅い。


奴が飛び出す前にオレはダイナマイトを撃った。銃の摩擦熱がダイナマイトを刺激して―――


大きな爆発音が、鳴り響いた。





…死んだ、か?


あれから数分。何の音沙汰も見せない爆破された瓦礫の山を見てオレは小さく息を吐く。


…ったく何なんだあの馬鹿の殺気は。死ぬかと思ったじゃねぇか。


でも判断を欠いた奴の負けだ。負けはすなわち死を意味する。


「…あの世でてめぇの部下と。オレの部下に詫びを入れてきやがれ」


一応死体の確認をしようとオレは瓦礫の山をどかして行く。


大きな柱の塊。それの下に無残な姿になった内藤がいるはずだ。


それをどかす。


「―――っ!?」


大量の血があるだけで、それを流したであろう内藤はいなかった。どこにも。


慌てて気配を探って―――


ザシュッ


背に衝撃。そして激痛。


「の――やろ…」


血が、口から零れて。世界が回る。


「油断…大敵、だよ。獄ちゃん」


耳元で囁かれているはずのそれは何故か遠くから聞こえてきて。


狂った馬鹿の耳障りな笑い声に鼓膜を刺激されながら、オレの意識は暗闇へと沈んでいった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この話の続きはこちら