ピリ、と痛みが走った。
何故かは知らないが、何か良くないことが起きる前に、この痛みはよく走る。
といっても、マフィアであるこのオレが、いちいち危険に怯えていては話にならない。
痛みが走っても普段よりも少し気を付ける程度で、無視する場合がほとんどだ。
でも、この日は違った。
何故か、この痛みが気になった。
それは痛みがいつもよりも少し大きかったからかもしれないし。
痛んだ箇所が、いつもは一つだけなのに、今回は二箇所あるからかもしれないし。
その痛んだ箇所の一つが、心臓だったからなのかもしれない。
でも、だからといって部屋に閉じ篭もる訳でもなく。
いつも通りのことを、するだけだ。
ただ、少しだけいつもよりも注意しながら。
そしてその日、跳ね馬が消えた。
ピリ、とまた痛んだ。もう日本にいないのだと分かった。
こちら側の人間もオレと同じように分かったのか、特に何も言わなかった。
あちら側の人間を不審に思わせても、何の得もない。ただ心配させるだけだ。
次は我が身なのかも知れないのだから………
それから数日経って、今度は姉貴とシャマルが消えた。
また痛みが走ったが、そんなのなくてもディーノと同じ所というのは分かった。
ある日思い切って、リボーンさんに聞いてみた。
何が、起こっていますか?
そしたらリボーンさんは少し驚いたようだった。
意外と勘が良いんだな、なんて。褒められたのかよく分からないことを言われて――
でも結局、詳しいことは何一つ教えてもらえなかった。
でも、それはよほど事が大きいということだ。
リボーンさんは最後にこう言って、去って行った。
時が満ちたら連絡が来る…それまで、せいぜいツナの隣で日常でいろ。
リボーンさんが見えなくなった後、また痛みが走った。
……今回のこの痛みはおかしい。
いつもなら、痛みが走った後すぐに何かしら結果が出るのに。
今回は未だ何も出てこない。
ただ痛みだけが思い出したように出てくるだけで。
それが何故か、オレを不安にさせた。
次は誰だろう。次こそはオレだろうか。
この痛みを、この不安をどうにかしてくれるのなら、次はオレでも良いなんて。
そんな罰当たりなことを、敬愛する10代目の前で思ってしまった。
そんなオレの心情を嘲笑うかのように、オレは未だ日常の中にいて。
オレに出来るのは、リボーンさんに言われたように10代目の、みんなの隣で日常を演じることだけだった。
よぉ獄寺。ちゃんと牛乳飲んでるか?
最初から飲んでねーよバーカ
いつも通りの受け応えは、これでよかっただろうか。
獄寺さん、見てください! ハルの手作りケーキです!!
……あぁ? お前にそんな器用な真似が出来るかよっ
いつもより、きつく言い過ぎではなかろうか。
邪魔をするなタコヘッドーっ!
10代目はボクシング部には入んねーって言ってんだろーが!!
いつも殴り合いは、こんなだったよな。
またキミ…? 懲りないね。
うるせぇ!! 借りは返す!!
いつも通りのパターンでやられて。悔しいと思う余裕すらなくて。
オレは日常を演じられただろうか。誰も不審に思わなかっただろうか。
そんなことを思いながらも、常に時間は動いていって。
そしてとうとう、日常にいるのはオレとリボーンさんだけになってしまっていた。
もしかしてオレは呼ばれないのか。今回の騒ぎに、オレは必要ないのか。
そんなことすら思った。オレは不適合なのかと。ならばこの痛みはなんなのかと、考察していたときだった。
オレのところに、連絡が来たのは。
オレは安堵した。なんて罰当たりだと思いながらも、きっと顔は緩んでいた。
今回の抗争の内容を知って。なんて大きな事件なのだと思った。
ボンゴレを潰そうなんて、なんて愚か。なんて馬鹿げた話なんだと。
リストに入っていたのは聞いたこともない中小マフィアばかり。なんて命知らず。
でも数だけは多かった。この劣等感のかたまり共め。そうまでしてオレらを潰したいのか。
情報をすべて頭に叩き込んだ頃、10代目が戻ってきた。
ああ、この人とも、もうしばらく会えないのか。
そんな当たり前のことすら頭に回らなかったなんて。それほど周りが見えていなかったなんて。
そんなことを思ったけど、もちろん表情には出さずにいつも通りに接した。
いつもと似たような言葉を繰り返す。何を言っているのか、もうよく分からない。
分かれ道。―――――別れ道。
そこが最後。あの人が見えなくなったら、みんなの待ってる所へ行かないと。
平静を装って。決して気付かれずに。気付かれないように。
なのに。
「―――10代目!」
口が勝手に動いてた。
ああ、オレは一体何をやっているのだろう。不審に思わせてはいけないのに。
あの人が振り向く。不思議な顔をして。
ああ、オレは―――
オレは貴方を、護りたいです。
貴方に命を助けられたあの日から。ずっと変わらず。
でも、そんなこと言えない。言えやしない。
だから……
ゆっくりと、敬礼をして。
「お元気で」
それは望み。
ただそうあってほしい。それだけが、オレの我侭な望みです。
……うまく、言えただろうか。
声は震えていないか? 顔は笑っていられてるか?
そんなの分からない。自信ない。
オレは深く礼をして、そのまま逃げるように走って行ってしまった。
走りながら後悔した。
オレは一体何をやっているんだ? あれではまるで自分がどこかへ行くと言っているようなものではないか。
いつ帰ってこられるかも分からない。それなのに、何で自分はあんなことを。
でも、それでも言っておきたかった。
ああ、これではまるで自分が死にに行くようではないか。
何を馬鹿な。オレは死なない。まだまだ10代目の傍にいたい。
オレは必ず。必ず帰って来る。
そう誓って、仲間のヘリに乗り込んだ。
ヘリの中で簡単な情報収集。とりあえず跳ね馬も姉貴も無事らしい。
ようやく悪童もご到着かと歓迎された。オレは何で今まで呼ばれなかったのかを聞いた。
オレの武器は広範囲に威力を及ぼす。敵が大多数なこんな時こそ、オレみたいな奴が真っ先に呼ばれるものだ。
そしたらそれはリボーンさんの指示だというのが分かった。
10代目の精神安定剤の役割として、最後の最後まで呼ぶなと言われていたらしかった。
でも、時は満ちた。
最後の最後が、来てしまった。
オレは戦場へと赴いた。
気力も武器も体力もあるオレは、手付かずの敵アジトを片っ端から破壊していった。
次第にダイナマイトもなくなり、オレは残党討伐グループへと異動した。
殺した。殺していった。敵を。何人も。
でもそれに嫌悪感は覚えない。覚えている暇がない。
それを覚えるのはすべてが終わった後だ。それまで感情は殺す。初めに学んだことだ。
そして、オレがココに来てから一週間。
姉貴に、会った。
C034号地は壊滅。B-22号地は微残党。B-17号地にて死傷者発生。連絡済。
…G-6・H-11号地は微残党。I-9号地は壊滅、よ。
じゃ、オレはA-4号地に行く。あそこは確かまだなんの連絡も入ってなかったはずだよな。
ええ。あたしはF-11号地に行くわ。こちらが苦戦しているみたいだから。
久々の姉弟の会話がそれだけ。たったそれだけの会話。
お互いにもう顔も見ずに、擦れ違って。
何気にふと見た高層ビル。
敵が、見えた。
凶器が、投げられてた。
思考とか、全然付いていかなくて。
オレはすぐ横にいた姉貴を突き飛ばした。
そして、それは……
まるで、吸い込まれるかのように。
まるで、磁石のように。
あの日からずっと痛み続けていた、あの場所に。
心臓じゃない、もう一つの場所に。
オレの左腕に……突き刺さった。
隼人……? 隼人っ、隼人!!
姉貴の声も、どこか遠くに聞こえて。
目の前が、急に暗くなって。
ただ、刺された左腕だけが、いつまでも、いつまでも熱かった。
それが、終章。
スモーキン・ボム隼人の。
それが、序章。
……………殺戮兵器の。
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そして、悲しみの。
直後談