最近、何故だか昔の夢を見る。夢は覚めたとき虚しいから、少し嫌い。


ああ、でも――最近は覚めていても、独りで虚しいから、どちらでも同じか。



泡沫の愛



――もう随分、演奏を繰り返した。聞こえただろうか、あいつには。


ここに来ていないのだから、聞こえて引き返したか、初めから来ていないかのどちらかだと思うけど。


……洞窟の入り口に光が届いている。よく考えれば、久しぶりの光景なのかもしれない。


この洞窟は、あのときに崩れて、光から閉ざされたのだから―――





おい、そこのあんた!!


………?


この洞窟は危険だ! 近々地震が起きて崩れる可能性がある!! 早く避難しろ!!


……………。


―――ぷぃっ


なっ!? 何やってんだ!! 逃げろって!!


………オレはここから出られない。


あ? 何言ってんだ?


オレは魔物だ。ここにずっといる。…出ようにも出口はないし、鎖に繋がれて遠くにも行けない。


鎖…? ……本当だ。


別にオレは…ここがどうなろうと、どうでもいい。


………。


……いっそのこと、それで死ねたら楽なんだろうけど…その程度で死ねたら苦労はしないだろうし…って、お前何やってんだ!


ん? 見て分からないか? この牢を壊すんだよ。お前をそこから出してやる。


はぁ?


お前をそこから出すんだって! その鎖だって、オレが解いてやる…絶対にだ。


んで、そんなこと……


お前がそこにいるのは、間違ってる。


あ?


お前は罪なんかじゃない。ましてや魔物ですら…!


おい…? お前オレの何を知ってるんだ?


……ここは、もう何十年も前から、呪われし魔物の洞窟だといわれている。


――間違ってねぇんじゃねぇ?


んなわけあるか!! お前のどこが悪しき魔物なんだよ!!


………はぁ。


分かってるのかっ!? お前、近くの村じゃ、好き勝手言われてんだぞ!!


別に良いじゃねぇか。言いたいヤツに言わせておけば。


な…っ


…てか、何でそこまでお前が気張るかねー…そっちの方がわけ分かんねぇよ。


オレにはお前が一番分からなねぇよ! ここ数年の作物の不調も、流行りだした疫病も、みんなお前のせいってことになってるんだぞ!!


へぇー…別に良いんじゃね? もしかしたら、オレが無意識の内に本当に呪いでも吐き出してるのかも知れねぇし。


……………本気で、そんなこと言ってるのか?


ああ?


何でそこまで受け入れられるんだよ…! っていうか、お前親はどうしたんだよ! 子供がこんな所に閉じ込められてるっていうのに…


…………くくっ


何笑ってんだ!!


いや…悪い。……オレの親は、オレをここに置いて行った。


―――っ!?


もう随分昔の話だ。たぶん、もう生きちゃいねぇだろうさ。


………っ


んな顔するなよ…辛気くせぇ。別に良いんだよ。


良いわけあるか!!


うわ!? ちょ…離れろ!!


なんで、何でお前、そんな――…!


………なんでも、何もねぇよ。



―――トンッ



な――お前っ!?


…これが起爆スイッチか? まったく、地震なんて大嘘吐きやがって。大方この洞窟を破壊して、魔物であるオレを殺そうって魂胆だろ? まったく面倒くせぇことしやがる。


こら、返せ! 危ねぇだろーが!!


ああそうだな。危ないな。だからお前、ここから離れた方がいいぞ。


馬鹿、お前も出てから爆破するんだ! ――外に出よう。外に出て、そこから呪いを解く方を見つけよう!


………なんで、オレの周りには良いヤツばかりがやってくるのかね。


おい、…おい! 馬鹿な真似は寄せ!



オレは。生まれ来ること自体が罪なんだ。


罪は。何をしても罪なんだ。夢見ることさえ、罪なんだ。



そんな馬鹿な話しあってたまるか! お前は罪なんかじゃない!!



オレは、誰かと知り合ってはいけないんだ。きっと。弱いオレはお前らに甘えちまう。


オレは、罪なのに。罪を償わなくちゃいけないのに。なのに求めてしまうから。人というものを。



人が人を求めて何が悪い! そこから離れろ! オレがそんなつまらない牢なんかぶち壊して、お前を外に出す!


分かんねぇ奴だな…オレは魔物だって。…罪だって。だから。これは言うなれば……そう。



報いって、奴かな……?



罪が、夢を見た、報い。


罪が、人を求めた、報い。


罪が、こいつと一緒にいたいなんて思った―――報い。



じゃあな…金髪の兄ちゃん。


上手く……避けろよ?



やめ―――――



「………」


ぼんやりと、意識が覚醒する。


……また懐かしい夢を見たなー…


あの後は、本当に何もなかった。


真っ暗な闇の中、オレはただひたすら、時の中にいた。


何もしなかった。……何も。


暗闇の中、ぼんやりと横になって過ごしていたか、夢も見ない眠りについているかの日々だった。


その生活に、ある日終止符が打たれて……


そこにやってきたのは、久しぶりの光と、紅葉と、そして―――


―――なぁツナ。


やっぱり、オレは魔物なんだ。


そして、オレは罪なんだ。


……お前は悪い魔物に見えないって、言ってくれたけど。


でも、魔物に良いも悪いもないんだ。


罪はどう足掻いたって悪いものであるように。


魔物も、どう足掻いたってそこから抜け出せないんだ。


だから。ツナ。


もう、オレの所に来るんじゃねぇぞ。


もう、オレなんかの所に来るんじゃねぇぞ。


もう、オレは見たくない。


オレなんかの為に、時を割くような奴を。


最初のあの馬鹿は、知り合ったあの日から、ずっとオレの所に来て、語ってくれた。


そいつにはそいつの生活もあったのに、オレなんかの為に時間を削って、命を落とした。


オレは怒った。オレなんかの為に命を落としやがってと。オレは怒った。


次のあの馬鹿は、オレにいろんなことを教えていった。


苦しいだろうに、痛いだろうに。そんな表情は欠片も見せなくて。そして死んだ。


オレは泣いた。もしかしたら本当に自分は呪いを出しているのではないかと。それでこいつは死んだのではないのかと。オレは泣いた。


最後の馬鹿は……オレを心配してくれた。オレを怒ってくれた。


洞窟が爆発して、オレが光も届かないような地中に潜っても。あいつはそこを離れようとはしなかった。そしてそいつはそこで息絶えた。


オレは苦しんだ。オレが殺したも同然だと。オレはそいつの名も知らず、そいつの名を呼ぶことすら出来ず、苦しんだ。


………オレはもう、見たくなかった。


オレなんかに、時間を、身を削るような馬鹿を。


……だから。ツナ。


お前は。お前だけは。オレの為に死なないでくれ。


お前は。お前だけは。オレのことなんか忘れて生きてくれ。


―――頼むから。





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切ない魔物の願いを叶えるのは誰。