イメージは、手負いの銀狼。


見て取れるのは、誰にも屈することのない強い意志を秘めた眼光。


しかし強気なのはその眼だけで、身体は傷だらけの泥だらけ。その身は地面に倒れている。


その正体こそ、数年前に住んでいた城を飛び出しスラム街でその日暮らしをしながらとある夢を見続けている…獄寺隼人。


獄寺は眼前の男を睨み付けていたが、やがて体力が尽きたらしく瞼を閉じ、意識を手放す。


獄寺は最後の最後まで、周りに敵意を振りまいていた。


そんな獄寺と対面していた男は、自らも知らぬうちに獰猛な笑みを浮かべる。



気に入った。



そんな呟きが、誰に届くことなく風に乗り、消える。


男は銀狼を担ぎ上げ、歩き去った。


その男はこの地―――イタリアを統べるマフィアの9代目の息子にして、とある部隊のボス。


名を、ザンザスといった。





所変わって、とある一室。


その部屋に長い銀髪の男が乗り込んできた。


彼こそザンザスの片腕を務める剣士…スクアーロである。


「う"お"ぉおおおおおい!! ボスがいねえけどどこに行ったああああああああ!?」


「ボスなら究極のお肉を捜しにいくとか言って出てったわよお〜」


特徴的な口調に答えたのは、身振り特徴がやけに女性的な……筋肉質な男。


彼はザンザスの部下にしてスクアーロの同僚のルッスーリア。


「オレも着いて行くと言ったのだが…断られた」


部屋の隅で重い空気を作りながら落ち込んでいるのはザンザスを盲信しているレヴィ・ア・タン。彼は今体育座りをしうじうじしている。


「究極の肉…か。んなもんがそう簡単に見つかるとは思えねえけどなあ」


スクアーロが嘆息を吐くと同時、突如扉が蹴破られた。木製の扉が吹っ飛び、銀髪の男にぶち当たる。


「ぎゃああああああああ!!!」


「きゃああ!! ちょっと大丈夫!?」


「お、おお…」


「ああ…っ駄目ね。扉ぼろぼろ。買い直さなきゃ」


「ってえ、オレの心配じゃねえのかああああ!!」


銀の髪を血で紅く染めながらスクアーロは叫び、扉のあった場所の向こうを睨む。


そこから顔に傷のある男が現れる。


我らがザンザスである。


「戻ったぞ」


「おお! ボス!!」


「てめえはドアを手で開けることを覚えやがれ!!」


弾んだ声を上げるレヴィと正論を言うスクアーロを無視し、ザンザスはルッスーリアに手に持っていた塊を放り投げる。


「洗っとけ」


「え? ああ、究極のお肉? ………って人間じゃない! やだボス究極のお肉って人肉のことだったの!?」


「う”お”ぉおおおいボスさんよお、カニバリズムにもう目覚めたのかよ……まだ早くね?」


「そいつは食用じゃねえ。…殺すなよ」


「はーい。まあまあこの子身体が冷えきっちゃってるじゃない。お風呂に入れないと」


ルッスーリアが退室するのを見ながら、スクアーロがザンザスに話しかける。


「んだあ? 喰わねえってことは……飼うつもりか?」


冗談交じりに言ったスクアーロの言葉に、帰ってきた答えは…


「まあ、そんなところだ」


という、そんな笑みを含んだ珍しい声。





ルッスーリアが投げられた塊……もとい、獄寺を風呂に入れて清め、ベッドに横たわらせる。


泥や埃で汚れていた身体は洗われ、捨てられていたとは思えないほど綺麗な姿が現れた。


思わずルッスーリアが見惚れていると、その視線に気付いたのか獄寺の意識が回復し、目を覚ます。


ゆっくりと瞼を上げた獄寺の目に飛び込んできたのは、いかつい男の顔。


「あら、起きたの?」


「………!?」


獄寺は思わず飛び起き、距離を置き、壁に背を付ける。


そんな獄寺の様子に全く意を介さず、ルッスーリアは獄寺に背を向ける。


「ボスー、坊やが目を覚ましたわよー!!」


ルッスーリアはぱたぱたと足音を立てながら部屋を出て行き、そしてすぐに戻ってきた。数人の人間を引き連れて。


獄寺の警戒の色が更に強くなる。


その眼を見て、ザンザスは笑った。





最初に言葉を発したのは、レヴィ。


「おい、貴様! わざわざボスが拾ってくださったのだぞ!! 礼の一つでも言ったらどうだ!!」


「………」


2メートル近い男に怒鳴られるも、獄寺は怯まず無言で睨み返す。


「口が効けないのかしら? お腹空いてない? リクエストがあれば作るわよ?」


身体をくねくねさせながら聞いてくるルッスーリアに、困惑顔を浮かべる獄寺。


どうやら獄寺にとってルッスーリアは今まで会ったことのないタイプの人間らしく、どう接すればいいのか分からないらしい。


「…くだらねえ。こんなガキの様子なんざどうでもいい。オレは仕事に戻る」


早くもスクアーロは興味をなくし、部屋を出ようとする。


扉から出る直前、スクアーロはせめてもの慈悲なのか、振り返らずに言い聞かせる。


「どんな事情があったか知らねえけどなあ…安心しないほうがいいぜ? なにせうちのボス様は、お前を飼うつもりらしいからなあ」


「っ!」


概ね人間に対して使われるとは思えない言葉を聞き、獄寺は歩き出すスクアーロに眼をやり…続いて拾われたときの記憶があったのか、ザンザスに視線を向けた。


その眼から伺えるのは、警戒と敵意。


ザンザスはその眼を一身に受けながら、ニヤニヤと笑っている。


「そういうことだ」


短い言葉からは有り余るほどの威圧感が発せられ、獄寺を貫く。


「精々、オレを愉しませろ」


ザンザスが手を伸ばし、獄寺に触れようとする。


獄寺はその手を払い、嫌悪の眼でザンザスを睨めつける。


「貴様! せっかくのボスの好意を…!!」


顔を赤くしながら怒鳴り、パラボラで獄寺を刺そうとするがザンザスに制しられ、動きを止める。


「そうだ、それでいい」


「ボス!?」


「簡単に懐いて尻尾を振る駄犬になんざ興味はねえ。逆に噛み付いてくるぐらいの威勢がねえとつまんねえ」


「………」


自分のした行為が逆にザンザスを喜ばせてしまい、獄寺は内心で腸を煮え返らせた。


そんな獄寺の心情を知ってか知らずか、ザンザスは満足したとばかりに背を向ける。


「逃げたきゃ逃げろ。殺したかったら殺せ。出来たらの話だがな」


ザンザスはルッスーリアに獄寺の世話係を言い渡すと、退室した。





「…噛み付くぐらいの威勢がないとつまらぬ、か…流石はボス。その通りだ」


「そう思うならあんたも噛み付いてみたら? 尻尾を降るような犬に興味はないみたいだし。…さて、ええと…僕? お名前は?」


「………」


獄寺は何も言わず、口を閉ざしている。飼うと言われ、犬扱いされ、彼の胸の内は警戒心でいっぱいだった。


「困ったわねえ。文字は書けるかしら?」


「名など、適当に付けたらどうだ。捨て犬にわざわざ名前を聞く馬鹿はおるまい」


「それもそうねえ。ええと…じゃあアルジェンテオとかにする? それともズメラルド?」


「…誰が銀色に翠玉だ! ………獄寺だ」


「あら。やっとお話してくれたわ。アタシはルッスーリア。こっちの厳ついのはレヴィよ。よろしくね、獄ちゃん」


「誰が獄ちゃんだ誰が!!」


喚く獄寺を二人は無視する。


「よく鳴く奴だ。本当に犬かこいつは」


「最初に部屋を出ていった銀髪がスクアーロで、獄ちゃんを拾ったのがうちのボスのザンザスよ。殺されないようにね」


「…ボス?」


「そう。ヴァリアーっていう組織のね。…知ってる?」


試すような口調のルッスーリアに、獄寺はあっさりと答える。


「…ヴァリアー。ボンゴレファミリー最強と謳われる闇の独立暗殺部隊…」


「ぬ! 貴様、そこまで知っているとは一般人ではないな!? まさかどこぞのファミリーのスパイか!? どこの者だ!!」


敵愾心をむき出しにするレヴィに、獄寺は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「……どこのもんでもねえよ。オレは…」


「ぬ…?」


「獄ちゃん?」


どことなく重い、気不味い空気が辺りを漂い始める中、室内に二人ほど入ってきた。


「ボスが何か面白いもん拾ったって聞いたけど、なになに?」


「ベル…キミが何に興味を持っても構わない。どれほど無駄な時間を過ごそうともキミの自由だ。…だけどそれに僕を巻き込むな!!」


現れたのは、獄寺より少し年上と思われる金髪の少年と…その少年に片手で抱えられている赤ん坊。


「ああ…紹介するわ獄ちゃん。ベルとマーモンよ」


「面白いかどうかは知らぬが、ボスが人間を拾ってきた。名は獄寺だと」


「ほおお。綺麗な髪してんじゃん。で、これ何? サンドバック? 砥石? 殺していいの?」


「ふうん…見てくれはまあまあだね。教育して売ったらそこそこの小遣いにはなるかも」


ジロジロと見られ、勝手なことを言うベルとマーモンに獄寺の表情がまた険しくなる。


ルッスーリアはやれやれとため息を吐きながら、ベルとマーモンに釘を刺した。


「殺さないようにってボスが言ってたわ。それに気に入ってるみたいだから売り飛ばすのも禁止」


「んだよつまんねーの…ナイフの試し切りも駄目?」


「駄目」


にべもなく断られ、ベルは不満気に頬を膨らませた。


「んだよー、オレは王子だぞー」


「はいはいはいはい。そろそろおやつの時間ね。今日はケーキを焼いたから、お茶にしましょう」


ルッスーリアは手馴れた様子で話題をはぐらかせる。


獄寺の受難は、ひとまずは回避された。


…最も、あくまでそれはひとまずにしか過ぎなかったのだが。





一人になり、獄寺はこれからについて考える。


先程までは、獄寺は逃げ出すつもりでいた。一刻も早く、ここから。


だが…


ヴァリアー。


あの名高きファミリー、ボンゴレの独立部隊。


獄寺の目的はどこかのファミリーに入ることで、それがボンゴレであるならば文句などあろうはずもなかった。


獄寺はこの場に留まることも考えた。


が…


(…駄目だな)


結局は否定した。


獄寺は自分の力で、相手を認めさせてファミリーに入りたいのだ。


拾われて犬のように飼われるなど有り得ない。


獄寺は身体の調子を確かめる。


元より怪我をして動けなかったわけではない。倒れていたのは単に疲労で、少し寝た今は大分具合が良くなっていた。


今は誰もおらず、拘束もされてない。


脱走するなら今がチャンス。





そう思い窓から脱走を図る獄寺だったが…結果から言って、無理だった。


外には見回りの人間が配置されており、あっという間に見つかってしまったのだ。


不審者として追い出され(あるいは殺され)ないかと思ったが、既に話は行き届いているらしく部屋に連れ戻された。


話の端々から推測するに、どうやらスクアーロが手を回していたようだ。全く、余計なことを。


そして部屋についたところでルッスーリアと鉢合わせし、ますます獄寺は逃げれなくなった。


「あら? お散歩にでも行ってたのかしら? 言ってくれれば案内したのに」


くねくねと身体をよじらせるルッスーリア。その手には一ピースのケーキ。


「まあ案内はあとにして、まずはお茶にしましょう。紅茶も美味しいのが入ってるのよ〜」


ルンルンと弾んだ声を上げながら手際よく支度をするルッスーリア。


獄寺はいやがおうにもベッドに戻され、目の前にケーキと紅茶を置かれる。


「さ、召し上がれ。自信作なのよ♪」


筋肉質のオカマに期待を満たした眼で見つめられる。


このまま無視し続けても最終的には無理やりにでも口に詰め込められそうだと、獄寺は諦めてフォークを手に取った。


ちなみに味の方は…


(なんで美味いんだよ!!)


と、育ちのいい獄寺が唸るほどであった。


せめてもの抵抗か、無言のしかめっ面で胸の内を明かさぬよう努める獄寺だが意味はなく。


「気に入ってもらえたみたいね! よかった♪」


あっさりとルッスーリアに見破られる。


ルッスーリアは笑いながら、嬉しそうに獄寺を見、何故か獄寺の身体を突き出す。


「…何すんだよ」


「んんー…綺麗な身体してるけど…筋肉が足りないわあ。残念ねえ…もっと鍛えられてたら……殺してアタシのコレクションに加えたのに」


なんてことないように、当たり前のように紡がれた言葉。


ぎょっとしてルッスーリアを見遣る獄寺を、ルッスーリアは平然と見返す。


「ん? どうかした? 紅茶のおかわりかしら?」


ルッスーリアは先ほど自分が言った言葉の異常性に気付いていない。


彼にとってはそれが当然で、当たり前で、常識なのだ。


その事に気付いた獄寺の背筋に冷たいものが走る。


一見ふざけているように見えても、世話を焼いてくれても、ここにいる奴らは全員頭のネジが吹っ飛んでる。


「あ…ああそうそう。殺しちゃダメだったのよね。ごめんなさいね」


ザンザスに言われたことを思い出したのか、ルッスーリアは軽く謝罪した。


しかしそれはあくまでザンザスに言われていたことを忘れていたことの謝罪であり、獄寺を殺すことについては全く問題に思ってないことは明白で。


獄寺は改めて脱走する決意と、彼らに心を開かない意思を固めたのだった。





後日。


改めて獄寺のことは話しておいたから、アジト内において好きに過ごしていいと言い渡され、獄寺はヴァリアーアジトを探索していた。


誰かとすれ違えば、その度に奇異の視線にさらされ、話し声が聞こえ…獄寺の機嫌が悪くなる。


ザンザスとはあの日以来会ってない。もう獄寺のことなど忘れているかもしれない。


それでも"ボスのお気に入り"という触れ込みで知られる獄寺にわざわざ話しかけてくる人間などほんの数人だ。


一人は世話係を任命されているルッスーリア。


それから…


「お! いたいた、おーい、そこの犬っころ!!」


「………」


ヴァリアーの幹部の一人。ベルフェゴールこと、通称ベル。


獄寺と年が近いからなのか興味があるのか何なのか、会った次の日から何かとちょっかいを出してくる。


「うしし、そう警戒すんなって。オレは非戦闘員には手を出さねーんだよ」


どうやら誰かに釘を刺され説得されたらしい。これで獄寺が戦闘員扱いであったなら間違いなく血が流れていただろう。


「お前ボスの手を払ったんだって? よく生きてたなー。殺されても仕方なかったぞ」


言いつつベルも獄寺に手を出してくる。獄寺はザンザスにしたのと同じようにベルの手を払った。ベルが笑う。


「おもしれーなーお前! 犬って聞いたけど猫みてー!! ところでなんで喋らねえの?」


(馴れ合うつもりはないし、何を言っても話が通じなさそうだからだ!!)


と、獄寺は心の中で告げる。ついでにベルから顔を背ける。


「おいおい本当に命知らずだなお前…それとも何? ボスのお気に入りだから誰にも手を出されないって、高を括ってるわけ?」


ベルの声色が少し低くなる。


それに気付き、獄寺が振り向けば…ベルはその手にナイフを握っていた。


「まあ確かに? 殺さないようにって言われてるけど? でもペットと遊んでいるうちに怪我させちゃうことなんて普通にありえるし…殺しちゃうことも罪ない子供の過ちで許されるし?」


(明らかに殺す気満々じゃねーか!!)


隠す気もない殺意を浴びながら、獄寺は冷や汗を掻く。しかし殺されるつもりなど毛頭もない。


「うっしっし〜、死ねっ」


放たれるナイフを紙一重でかわし、獄寺はカウンターの拳を放つ。


「いてっ…やるじゃん」


「………」


ベルの隙がなくなる。


先ほど獄寺の攻撃が当たったのは、ベルが油断していたからだ。完全に遊び気分で獄寺を殺そうとしていたから。


けれどその油断が、消える。


獄寺はベルから目を離さぬまま、足元に転がるナイフを持ち、構え…


「なぁあああにやってんだあああああああ!!!」


そこに鼓膜が破れるかのような大声が響き、頭上に衝撃が走る。


頭を抑えながら前を見れば、ベルも同じように頭を抱えていた。


現れると同時、叱咤しながら二人を殴ったのはヴァリアーの2の実力者たるスクアーロ。


「ベル!! 手を出すなって言っといただろ!! もう忘れたのかお前は!!」


「違う、違うんだって。これはあれだ。遊んでたんだよ、うん」


「あんだけ殺気振りまいといてナイフ構えて遊んでたわけあるかああああ!!」


「スクアーロってばおっくれってるぅ〜。王族ではペットとは殺すつもりで遊べっていうしきたりが…」


「あってたまるかそんなもん!! …とっとと行け!! 今日は任務が当てられてただろ!!」


「おー、そうだったそうだった。仕方ねえ。じゃあな三毛猫ちゃん。また遊ぼうぜ〜」


最後まで飄々としつつ、ベルは去っていった。


「全くあいつは……」


呆れたような声を出すスクアーロは、もう獄寺を見ていない。


獄寺に背を向けたまま、スクアーロは独り言のように言葉を吐いた。


「知らなかったとは言え、ベル相手にナイフは使うな。あいつが血を見たらオレでも抑えるのに苦労するからな」


「………」


「だが…まあ、そのナイフは護身用に持っとけ。ボスの言葉があるとは言え、ここじゃ理由なく殺されても文句は言えねえ。それに…ボスの言葉があるからこそ、殺される理由にもなる」


それだけ言うとスクアーロは何事もなかったかのように歩き去った。


残された獄寺は手にしたナイフを仕舞い、スクアーロと同じように何事もなかったかのように歩き出した。





非日常が日常に移り変わりつつあった。


外に出れず、広いヴァリアーアジト内を探索する日々。


ルッスーリアは変わらず世話を焼き、レヴィとマーモンは無関心。


ベルはあれからも何かとちょっかいを出してきて、獄寺も最近はあしらい方を覚えてきた。


その他トラブルに巻き込まれることもあるも、基本何も言わないが気にかけてくれているのか、スクアーロが事態を収拾してくれる。


敵対ファミリーの人間に命を狙われたり、さらわれそうになったこともあった。


これが以前スクアーロが言っていた、ボスの言葉があるからこその殺される理由のようだ。ボスのお気に入りを殺し、挑発。さらって、脅迫。


そしてそのザンザスは…外に出ているのか仕事が忙しいのか、変わらず会っていない。


ヴァリアーの面々は情報を隠すという考えが全くないようで、獄寺が見に行けばどんな情報も知れた。


ヴァリアーの構成員、武器、戦術。使っている暗号に隠れアジトの場所。


ボンゴレリングなるものの存在や、ゴーラ・モスカというロボを作っている部屋まで見つけた。


もしこの情報を自分が他のファミリーに売り飛ばしたらどうするつもりだ、と獄寺は呆れたがすぐに思い直す。


そもそも、自分はここから出られない。だから情報が漏れることはない。


更に言うなら、自分はここでは飼われている身であり、ペット扱いであり、動物相手に情報を隠すも隠さないもないのだろう。


つまりは舐められているというわけだが…確かに色んな面で、獄寺は彼らに敵わない。ベルも自分にはかなり手加減しているのが分かる。





―――それでも。


獄寺は、諦めてはいなかった。


自分の夢を。


自分の力を周りを認めさせ、ファミリーに入ることを諦めてはなかった。





そんなある日の夜。


月も隠れ、暗闇の中。


獄寺は通路を歩いていた。


長くアジトを探索し続けたからか、その足取りは迷うことなく。ある目的地へと進んでいた。


やがて辿り着いたその場所は、アジトの中でも一際大きく、立派な扉。


ヴァリアーのボス、ザンザスの自室。


「………」


獄寺は無言で扉を睨めつけ、闇に紛れて影に隠れる。見れば獄寺の纏っている服も黒で、周りからは見えづらい。


獄寺は闇の中、ただじっとその場に留まる。


まるで何かを待つかのように。





どれほど、時間が経ったのか。


月の位置が大きく変わった頃、目を閉じていた獄寺の瞼が開かれ、虚空を睨みつける。


程なくして、現れる数人の男。


足音もなく現れ、その身は緊張感に包まれ。手には拳銃、眼には強い意志。


彼らは獄寺に気付かず通り過ぎ…そして一番後ろにいた男を獄寺は背後から襲いかかり、片手で口を塞ぎ、片手に握っていたナイフを男の喉元に滑り込ませる。


血が吹き出し男が痙攣しながら倒れる。それより先に獄寺は前に飛び、未だ後ろで起こった惨劇を知らぬ男の命を狙う。


しかしそこからは男たちも気付き、予想外のことに多少取り乱しながらも獄寺に反撃してくる。


闇に消えながら、小柄な体格を活かしながら。わざと身体を傷つかせながら、獄寺は相手を屠っていく。


やがて…その場に立つのは一人だけになった。


髪と服を赤く濡らした少年。獄寺隼人。


獄寺は予想以上に時間が掛かったことに舌打ちしつつ、その場を去ろうとする。


そこに…





「久しぶりにオレの近くまで来たってのに、顔も見せねえのか?」





投げかけられる、声。


獄寺は無言で振り返る。鋭いナイフのような眼が映すのは、長らく会わなかったヴァリアーのボス。


対する獄寺は、久しぶりに自分から口を開いた。


「…このアジトの守りは紙か? あっさりと暗殺者に入られてんじゃねえよ」


「わざと泳がせてたに決まってるだろ。お前が気付たことに、オレが気付かないと思ったか?」


「………」


獄寺は毎日のようにヴァリアーアジトを探索するうち、不審な動きをする人物がいることに気付いた。


そいつを探っているうち、裏切り者と判明。外から仲間を手引きし、ザンザスの命を狙う計画を知った獄寺はこうして待ち伏せをしていたのだった。


「まさかお前が自分から来るとはな。どういう風の吹き回しだ?」


「…オレが誰かに言ったところで、信じてもらえるとは思っちゃいねえ。それに…」


「それに?」


「……飼い主様の命が狙われてると知っていながら、尻尾を巻いて小屋の中で震える駄犬にはなりたくなかったからな。同じ犬なら、ボスのために立ち向かう忠犬になりたかっただけだ」


それを聞いて、ザンザスが笑う。


「自ら犬と認めるか」


「ここから抜け出せないなら、入り込むしかないだろ」


獄寺は自嘲気味に笑い、ザンザスを見据える。


「今は犬扱いでも構わねえ。オレをヴァリアーに入隊させろ」


ふんぞり返り、あくまで上から目線の獄寺に、ザンザスはカッカと笑う。


「そいつは構わねえが、知っての通りうちは独立暗殺部隊だ。お前にうちの仕事が出来るのか?」


「殺しなら、今こいつらで証明して見せたろ」


獄寺の周りには、物言わぬ骸の塊。


「時間が掛かりすぎだ」


「悪かったよ」


軽く答え、獄寺はザンザスを見る。


ザンザスは少し考え、獄寺の頭に手を伸ばす。


その手を…獄寺は弾く。


「気安く触んじゃねえ」


「クク…それでいい。合格だ。簡単に懐かれちゃあ、つまんねえからなあ」


闇夜の中、二人は久しぶりに話をし、契約を交わす。


こうして、独立暗殺部隊ヴァリアーの末席に獄寺の名前が刻まれた。


獄寺は下っ端でありながらヴァリアー幹部に何かと目をかけられ、同じ属性からかベルの後釜…もしくは影武者だとも噂された。


そして、ザンザスが自ら仕事に出るときは必ずと言っていいほどその近くには獄寺の姿が有り、ザンザスの露払いをしていた。


その姿は、まるで飼い主に付き従う忠犬のようだったという―――





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヴァリアーは銀狼を飼っている。という噂が辺りのファミリーに流れた。


リクエスト「もしも獄が拾われたのがザンザス(ヴァリアー)だったら!cpは自由でv」
リクエストありがとうございました。