生暖かいものが、オレの身体を染めていく。


オレが一つ腕を振るう度に。耳障りな音を立てながら。


ヒトが一人、また一人と消えていく。足元にはヒトだった物が一つ、また一つと増えていく。


悲鳴、断末魔、銃声、硝煙、また悲鳴。


服は見なくても分かるほどに真っ赤になっていて、それが肌に張り付いて不快だった。


敵を全て倒したと思ったら、またもや出てくる敵。


オレは咄嗟に物陰に隠れる。次の瞬間、まるで見計ったかのように銃弾が響いた。


煙草に火を点けて、一息吸って気分を落ち着かせる。そしてその手に愛用の武器を滑り込ませた。


ばっと、それを放り投げる。宙を舞って、そいつは爆発音を響かせた。


すかさずオレは物陰から躍り出て、敵を銃で撃っていく。


面白いように当たり、面白いように血が吹き出る。


敵を殺して、全部倒したと思ったらまた敵が出てきて。


暫くそんな光景を繰り返した。


けれどそれが無限に続くわけもなく。


確かに敵の数も、オレのダイナマイトの数も減ってきていて。やがて終わりが訪れる。


パァンッ


その銃声を最後に、ようやくヒトの気配も、何もかも消えてくれた。


全てが動かなくなったその空間の中、オレは座り込んでしまう。


最早こんな所に一秒だっていたくないのに、今は指一つ動かすのすら億劫だった。


そんなことをしている場合じゃない事ぐらい、重々承知のはずなのに、オレは目を閉じてしまう。


暗闇の中、視覚以外の感覚が鮮明になった。


ずきずきと、身体が痛んでいるのが分かった。


だらだらと、血が流れているのが分かった。


………鉛玉三発。身体に入ったままで、指は一本吹っ飛んでいて。


肋骨は五本折れている。頭と腹から大量の出血。小さな傷は数えきれないほど。


自分の傷をまるで他人事のように分析して、そうしているうちに睡魔が襲ってきて。


オレは眠ってしまうことの意味を考えることも出来ずに、意識を手放していた。





気が付くと、暗闇の中にオレはいて。


光が。オレの前に映し出されていて。


何気なくその光を見つめていると、光の中には見知った人物が笑ってた。


―――10代目?


そう、光の中には10代目がいて。楽しそうに朝食を取っていた。


やがて登校時間が来たのか、10代目は少し慌てて鞄を掴んで家を出る。


少し走って、学校に近付いてきたところで山本と合流する。


10代目と山本は昨日のテレビがどうとか、今日当たるところがこうとか、そんな話をしながら歩いていて。


校門の前には、学ランを着た風紀委員が沢山いて。よく見ると『風紀強化月間』なんてのぼりが掛けてあって。


………なんだそりゃ。


10代目と山本のところに雲雀が来て。何か嫌味を言って。けれど山本が軽くあしらって。


一触即発――ってときに内藤が現れて。いつもの馬鹿やって。騒ぎはいつの間にかうやむやになって。


そうこうしているうちに授業が始まって。10代目も山本もちゃんと話を聞いているんだけど意味は分かってないようで。


それを教員に見破られたのか二人にだけ大量の宿題を渡されて。二人は泣きそうな顔になって。


昼になって。屋上で昼食を突きながら宿題の対策を練るも解決策はまるで出ないようで。


帰り際、笹川がいつものように10代目をボクシングに誘おうとするも、宿題のある10代目は足早に帰って。


帰ったら帰ったで、ちびたちにハルに跳ね馬が10代目を待ち受けていて。


10代目は宿題を片付けたいだろうに、結局はいつもの騒ぎに巻き込まれて。


夜になって。リボーンさんの手も借りながらようやく宿題を終わらせて。10代目は机の上で寝てしまって。


そして、また朝が来て―――





気が付くと、光は随分薄らいでいた。


ぼんやりと、今まで見ていた光景を思い描く。


穏やかな、日々だった。


毎日続いてた、日常だった。


けれど、そこには―――


と、声を掛けられたような気がした。振り向くと、そこには10代目がいた。


信じられなかった。いるはずのない人がいたのだから。


10代目は緊張したような顔をして、またオレに声を掛けた。


「……どうしたの?」


ぼんやりとしたオレの脳は10代目の声を正しく認識してくれない。


だからか、オレは表情を変えることも出来ずに、きっとピントのずれた回答を口にしていた。


「――夢を、見ていました」


夢。そう、夢だ。全ては。


「どんな、夢?」


どんな……それは、賑やかで、楽しくて、毎日続いたらいいって思って、そして毎日続いてて、けれども壊れてしまった――


「悲しい、夢です」


とても、とても。


「聞いていい?」


暫く、迷う。正直に話していいものかどうか。


「……朝、オレは起きるんです。身支度を整えて、朝飯食って、10代目をお迎えに行くんです」


迷った結果、オレは嘘を付くことにした。


「10代目と一緒に登校していると、山本が出てくるんです。オレはいつものように山本に怒鳴って、10代目は慌てて止めて」


本当のことは言えなかった。……言いたくなかった。


「校門の前には風紀強化月間とかで風紀委員が沢山いるんです。オレたちは雲雀に嫌味を言われて。そこに内藤が乱入してきて」


だってそれは、他の誰でもない、オレ自身が認めてしまう行為だったから。


「授業は退屈だから保健室で居眠りして、昼は三人屋上で食って、帰り際には笹川が10代目をボクシングに勧誘して」


―――オレの死を、認めてしまう行為だったから。


「帰った後は10代目のお宅にお邪魔して、そこにはちびたちにハルに跳ね馬にふぅ太にと賑やかで」


昔から、そうだった。


「そして夜も更けた頃にオレは帰って、寝るんです」


オレがみんな笑ってる夢を見る。すると次の日には、夢の中にいなかった奴が死んでるんだ。


「その、繰り返しです」


ロメオも、エンリコも、マッシーモも、フェデリコも。みんな死んでしまった。


「………それって、悲しい夢?」


10代目が不思議そうに聞いてくる。


「悲しいですよ?」


悲しい。そして、辛い夢。


「だって……」


「だって?」


だって……その夢の中に、オレがいない。


「だって、夢ですから」


その日常の中に、オレがいない。


「現実には、もう、ありえないことですから」


今まで当たり前だったのに、いない。どこにもいない。


「もうみんなと、逢えませんから」


毎日が幸せだったけど。もう覚めてしまった。


「覚めないはずの夢だったのに」


夢の中のオレが目覚めてしまったから、夢の中の日常にオレはいない。


そして、もう戻って来れない。それが何より――


「悲しいです」


気が付くと、10代目が泣きそうな顔をしていた。


「ありえないとか、逢えないとか、そんな訳ないじゃないか。だって、夢、なんでしょ…?」


夢。そうだ、確かにそう、ただの夢。


「今日からも、夢と同じ事は起きるから。大丈夫だから。平気…だから」


ああ、そうだったら、どんなに嬉しいことか。


でもね、10代目。オレにはもう、分かってるんです。


オレは、死ぬんです。


もう、オレは誰にも逢えない。


もう山本にも、雲雀にも、シャマルにも笹川にも姉貴にもハルにもちびたちにも跳ね馬にもふぅ太にもリボーンさんにも。


……貴方にも。


もう、みんなに、逢えない。


それが、とてもとても、悲しい。


―――――でも。


「10代目」


何の奇跡か知らないけれど。


「さよなら」


最後に、貴方に逢えて、よかったです。


気が付くと、光がオレを包み込んでいて―――





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それはツナが獄寺の死を知る、三日前の出来事。