美味しいクッキーを作ろう。 美味しい紅茶と手作りクッキーでティータイムを楽しもう。 サクサクサクサク。 サクサクとして、それでいてふんわりと美味しいクッキー。 よく出来ている。 「うーん。今日も美味しいなぁ。」 行儀悪くテーブルに肘を乗せ、足をブラブラと揺らしながらそう一人呟く。 材料はまだまだある。 最初の頃はあまり美味しく作れなかったクッキーも、3回目くらいからは失敗もしていない。 食べるのは主に俺一人だけど。お陰で体重が1kg増えてしまった。 たまには誰かを、お茶に誘ってみようかな? 【クッキーと紅茶と隠し味】 「リボーンさん、今日はお仕事の方は・・・」 「終わらせてきた。」 「お疲れですよね?お休みになられた方が宜しいのでは?」 俺は獄寺の体を後ろから抱きしめた。 獄寺は体をピクンと強張らせるが、直ぐに力を抜いた。 「明日お辛いのはリボーンさんですよ?」 「それを一度も表に出した事は無いが?」 「目を開けたまま眠られる癖は直っていらっしゃらないんですね。驚きます。」 クスクスを笑い声を漏らして俺の腕に手を重ねてくる。 低い体温は体温が高い俺にしてみれば冷ややかで気持ちが良い。 「目を閉じて眠るのはお前の前だけだ」 「リボーンさん、俺の膝でよければどうぞ。」 「それよりもお前を押し倒したい気分なんだがな。」 獄寺の了承も得ずに、俺は獄寺のきっちりと締められたネクタイを緩め、ボタンを外していく。 獄寺の首筋に口付けを落とし、やわらかな耳タブに息を吹きかける。獄寺の腰がピクッと揺れた。 そんな俺の手を軽く、ピシャリと叩く。 「2時間立ったら起こしますから、ちゃんと睡眠はとってくださいね。」 「お前も立派な右腕になったもんだな。秘書業務も兼任か?ツナにも膝枕してやってるんじゃねぇだろうな。」 「リボーンさんは大人のように見えて子供なんですから。膝枕なんてするの、リボーンさんだけですよ。何日寝てらっしゃらないんですか?」 「・・・3日・・・」 「根詰めるのも程ほどにしないと過労で倒れてしまいますよ。」 「…どうも俺はお前の事になると箍が外れるらしい。」 「嬉しいですけど、そんな風に目のしたにクマなんて作られたら心配もするんですから。」 「分かった・・・寝る。」 俺はそう言うと、獄寺をベッドの上に押し倒し、覆いかぶさった。 そのまま目を閉じて眠りについた。 「俺…もしかしてこの体勢のままですか?」 そう呟いた獄寺の声も聞こえてはいたが、3日分の睡眠を補う為に意識はものすごい勢いで闇へと沈んでいった。 ようするに、爆睡というやつだった。 綱吉の気持を知ってはいたが、俺は獄寺をたとえ可愛い教え子だとしても譲るわけには行かず、綱吉を牽制するように獄寺を溺愛した。 もともと可愛い獄寺を甘やかしたいという気持はあったから、相乗効果でそれは隠れる事なく表に出ていた。 しかし、俺よりも獄寺は公私を弁える性格だから俺が人前で獄寺にベタベタとすると獄寺の体にまわした俺の手をピシャリ、と軽く叩いた。そして、にっこりと微笑んで「お行儀が悪いですよ。」と言うのだった。 「お仕事中のお戯れはご遠慮願います。」 「つれねーな。」 「十代目のお気持も考えて差し上げてください。」 小声で、少し俺を責めるように言う獄寺の手をとって、唇を寄せる。 「…俺も、10年もたてば人の好意くらい分かるんです。」 「10年前はあんだけ鈍かったのにな。」 「リボーンさん…俺はリボーンさんの物です。でも、十代目のお気持も考えてください。」 「綱吉の気持を考えろ?じゃぁお前が欲しいといわれたら「はい、わかりました」と渡せというのか?」 売り言葉に買い言葉。俺も少し口調が強くなる。 「・・・そんな事を言ってるわけじゃありません・・・」 「俺にはそう聞こえる。」 「リボーンさんは・・・十代目と何か、喧嘩でもされているのですか?」 「どうしてだ?」 「気がついたときには、リボーンさんは十代目の事を「ツナ」ではなく「綱吉」と呼ばれていましたから。」 「・・・・・・・」 「俺のせいですか?」 獄寺は顔を伏せて、黙って足元を見ている。 「・・・お前のせいじゃない。」 「リボーンさんは昔から嘘が下手ですね。」 獄寺は悲しそうに笑って、俺の手をそっと振り解いた。 「十代目のお仕事がまだ終わりませんから。」 「・・・とっとと終わらせろ。綱吉のせいで1ヶ月前から休暇が潰れている。」 忌々しげに、吐き捨てるようにそう言ってクルリと獄寺に背を向ける。 「リボーンさ・・・」 「早く綱吉の所に行って仕事をしろ。」 そう冷たく吐き捨てて、これみよがしに溜息をついた。これは俺の我侭だ。 いくらアルコバレーノである俺も、人間には代わり無い。心のままに無理を言う事もある。 獄寺は困ったように、あたりをキョロキョロ見回して、誰も見ていない事を確認すると、俺の唇にチュッとキスをしてきた。 「こんなことをするのは、リボーンさんだけですから。」 「あたりまえだ。」 俺はそれでも不機嫌だった。獄寺は眉をハの字にして口を結んだ。今にも泣きそうな悲しそうな表情に、俺は自分が酷い事しているように思ってしまう。 「・・・」 「リボーンさん。」 「・・・」 「俺はどうしたらいいんですか?十代目を見限ってしまえばいいんですか?それともこの仕事を辞めてしまえばいいんですか?リボーンさんの言う通りにします。と言ったらいいですか?出来ない約束を結ぶ事が必要ですか?」 ギュッとスーツを握り締めて、俺を見上げる。 俺はどうしようもなくなって。獄寺の頭を抱いて「すまない」と謝った。 俺の腕の中で肩を震わせる獄寺に、俺はなんて酷い男なのだろうかと思った。 我侭を言って困らせて。結局は俺も綱吉と同じように獄寺を追い詰めているだけなのかもしれない。 「獄寺・・・」 「俺は、リボーンさんが好きです。それだけ分かっててくださればそれでかまいません。」 「・・・あぁ。」 獄寺は、俺から離れて顔を上げた。 切り替えの早さはいつもの事だ。すっかり右腕の顔に戻っていた。 「では、お仕事に戻ってくださいね。」 「分かった。後で用件をまとめて持って来い。」 「はい、後ほどお持ちします。」 そして、獄寺は俺に背を向けた。 それが最後だった。 「ぐっあ・・・はっ・・・あ、ぐっ・・・がぁっ・・」 ずいぶんとまぁ、手酷くやられたものだ。銃が重く感じる。それでも引き金から指を外さないのは最強と言われたヒットマンとしての意地か。それとも、一人でも道連れを作る為に、か。 所詮は俺も血と肉で作られた人間だ。 腹を撃たれれば血は出る。痛いし、吐きそうだ。 悪態を尽きたくても口から漏れるのは呻き声とゼェゼェと血が絡んで濁った呼吸音。舌打ち一つ出来やしない。 銃に残った弾は、1発。 自殺するには、十分な数だ。 今の状態で敵に捕まれば死なないように拷問をされ続けるだろう。ボンゴレの情報を吐かせるために。 そうなる前に、自分で自分を殺した方が良いか。それは一番楽な方法だ。 「ぐっ・・・あっ、くぅ・・・がはっ・・・」 ゴボッと血が溢れる。 こんなに血が出ても中々人間は死なない。強い生き物だ。そう思えば、簡単に死ぬ。 瞼が重い。呼吸が苦しい。 傷口の痛みなんてものはすでに麻痺しているのかもしれない。 今はただ、傷口の痛みよりも、意識を失わないようにする事がキツイ。 最後の一発。 コレを自分に撃てば、少なくとも苦しくはないだろう。直ぐに死ねる。 それでも、俺は自殺を選ばない。 一人でも敵を殺す為に。 たとえ銃が無くとも。俺は敵の喉笛に噛み付くだろう。一人でも多く連れて行く為。 獄寺が俺の所へ来ないように。 願うなら、獄寺が俺より一分一秒でも長く生きているように。 「まだ・・・あ・・・ぐぁ・・・くっ・・・う・・・死ぬわけには、いかねーぞ。」 一人でも道連れに。 一人でも多く。 たとえ銃が無くとも 腕が無くとも、 足が無くとも、 首だけになろうと。 ・・・まぁ、その頃には死んでいるか。 「来るなよ・・・まだ、お前は来るなよ・・・獄寺。」 少しだけ瞼を閉じる。 瞼の裏に浮かぶ獄寺の笑顔。 笑顔。 笑顔。 ・・・すこし悲しそうな笑顔。 やっぱり泣くのだろう。一人で。 声を殺して。部屋の隅で。 「・・・ぐっ・・・げっ・・・が・・・ゴホッ・・ぐ・・・あ・・・」 逃げ込んだ場所が良かったのか悪かったのか、俺の首を取りにくる敵は来ない。 ただ、ただカラスが。 カラスが俺の周りに群がっていた。 鳥葬は俺の宗教じゃ、無いのだが。 「リボーンは、死んだよ。」 「・・・そう。」 雲雀は無表情のまま、そう呟いた。 写真に写された最強のヒットマンの死体は酷いものだった。 敵に蜂の巣にされたわけでもない。 首を落とされたわけでもない。 一発、腹を撃たれ(しかも、運の悪い事に弾は貫通していなかった)路地裏で動けなくなった。 運良く、いや・・・運悪く敵はリボーンを見つけられなかった。リボーンは敵を道連れにする事も、敵の銃弾に命を落とす事も出来なかった。 出血多量による死亡。いや、正確には、カラスに肉を啄ばまれて、出血多量で死亡。が正しいだろうか。死ぬまでの間は相当苦しんだ証のように、コンクリートを爪で引っかいた跡が残っていた。意識を失うまいとして引っかいたのかもしれないが、爪は剥がれ肉に細かい砂や石が奥まで埋まっていた。 「リボーンは、何を思って死んでいったんだろうね。」 「・・・それは、僕の預かり知る所ではないよ。」 綱吉は淡々と言葉を続ける。 雲雀の視線は無表情のままの綱吉から、再度、写真へと移る。 カラスの餌となった死体。畜生にとっては死体も生ゴミも同じ事なのだろう。さぞや最強のヒットマンの肉は美味かった事だろう。 「俺はね、多分・・・分かるよ。」 「ふぅん。」 「きっと、一人でも多く道連れにして死のうと思っていたんじゃないかな?腕がなくなっても足がなくなってもきっと首だけでも敵の喉笛に食らいついて死のうとおもっていたはずだよ。」 綱吉は楽しそうに言葉を繋ぐ。最近の綱吉は美味しい紅茶とクッキーを食べるのがお気に入りのようだった。話す間にもクッキーをサクサクと噛み続ける。 サクサクサクサクサクサク 「そうなんだ。」 「でもね、できなかった。敵はリボーンを見つける事はできなかった!敵にしてみれば敵の手で殺そうとそのまま出血多量で死のうと自分たちの脅威が一つ減ったんならそれで良かったんだよ。」 紅茶を一気に飲み干す。ティーポットから、また継ぎ足す。 「へぇ。」 「リボーンはね、きっと獄寺君の敵が一人でも減るように。獄寺君がリボーンよりも一分でも一秒でも長く生きていられるようにがんばったんだよ。」 「わぉ。がんばりやさんだね。」 「きっとそれで間違いないと思うんだ。だってリボーンってそういう人間なんだ。だってね?銃には弾が一発だけ入ってたんだよ。それで自殺でもすればよかったのに。そうしたら気の遠くなるような激痛からすぐに解放される。でもきっと痛いの我慢したんだよ。敵が来たら確実にしとめられるように。来たのはカラスだったけどね。」 「残念だね。」 「でもさぁ?実はリボーンもそのがんばり無駄だったんだよね。」 「どうしてだい?」 「だって獄寺君、敵に捕まって拷問されて、辱められて、苦しめられて、それでもリボーンを信じて生きてたら見せしめにばらばらになっちゃったよ。」 「・・・っ・・・そうだったね。」 「リボーンも間抜けだよねー!知らずにがんばって痛い思いしてたんだからさ。」 「・・・それは・・・」 「うん?」 「それは、綱吉が教えなかったからじゃないの?」 「・・・どうして?」 「・・・」 「どうして俺がリボーンにそんな事をおしえなくちゃいけないのさ。」 「彼らは・・・」 「恋人同士だった?俺そんなの知らなーい。あはっ、あはははははははははははは俺を裏切るから獄寺君もリボーンもバカみたいに死んじゃった!死んじゃった!死んだ!死んだ!あははははははははははははははは!ザマァミロ!あはははははははははははははははははははは!」 興奮したように、おかしくなったように声高々に笑い声を上げて、おかしくてたまらないと言うようにドンドンとテーブルを叩く。振動で山盛りに盛られたクッキーの何枚かが床にバラバラと散らばる。しかし、綱吉は気にしたような風でもなく足をバタバタと動かし、クッキーを踏み潰し、紅茶を零す。 「綱吉・・・」 「・・・ま、あ・・・」 「・・・?」 「俺は別にかまわないんだ。」 「・・・何を・・・」 「だってさ、獄寺君、今、そこにいるよ。」 綱吉が指を指した先にあるのは、こんもりと盛り上がったベッド。 「!?!」 「俺のベッドの中に・・・死体だったけどさ。バラバラだったからぁーちゃんと針と糸で縫い合わせてね。指とか結構無くなったパーツもあったけど幸い顔はきれいだったから良かったよ。でね、腐ると、ヤだから防腐処理してもらうんだ。人形みたいに着せ替えとかしてさ。俺女の子じゃないけどそういうのは嫌いじゃないよ。リボーンは結構少女趣味があったから、獄寺君に着てもらいたかったみたいだけど、獄寺君の尊厳を尊重して口には出さなかったみたいだけど。でも俺は出来るんだよ?あはははははははははは!だって俺の右腕だもの。俺のものだもの。俺が好きにしていいんだよ!?だろう!?」 「綱吉・・・君・・・何故。」 「あれ?分からないかな?そうだな・・・俺とリボーンって結構違うようで似ているところがあったんだよね。・・・同族嫌悪かな。特に獄寺君に対しての感情なんて同じだったよ。まるっきり。だからだよ。」 「・・・そうなんだ。」 「でね、気にならない?」 「え?」 「俺が毎日クッキーを食べている、理由。」 「それは・・・疲れているから甘いものが欲しいとかじゃない?」 「ふぅん。」 「違うの?」 「あはははははははははははは、違うよー!いくら甘いものが好きでも毎日食べてたら飽きちゃうよ。」 「だったらどうして?」 「美味しかった?人肉クッキー。」 「!?!?!?!?」 雲雀は顔を青ざめさせて、「冗談?」と聞いた。綱吉は酷く嬉しそうに笑って。「本当」と返した。 雲雀はその場で嘔吐した。手で口を多い、床にゲェゲェと胃の中の物を吐き出した。タチの悪い冗談だとは思わなかった。 「あーあ、せっかく俺が焼いたのに。あのね、雲雀と同じように了平さんも吐いたかな。ランボなんて吐きながら失神しちゃったし。骸は・・・ごちそうさまでしたって言ってたけど。あー。ザンザスには殴られたかな。ちょっと痛かったよ。」 「綱吉・・・君・・・君・・・頭おかしいよ。」 「そう?」 「・・・」 「いいんだ。頭おかしくても。だって今俺は酷く気分がいいからさ。」 だってやっと俺の思い通りになったんだ。 そう話す綱吉の顔は無邪気な子供の笑顔のそれだった。 「隠し味はリボーンの肉だけどさ。俺とリボーンは似ているから、俺もクッキーになったら凄く美味しいのかもね。」 サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク はい、と手渡されたクッキーを、雲雀は食べる事も捨てる事も出来なかった。 END
全年齢サイトの熊さんの所に捧げた小説。 |