笹川京子は恋をしていた。


その想いは真っ直ぐで。けれど誰かに…ましてや本人に言うつもりなど毛頭なかった。


この想いが実らない事など分かっていたし、何よりも"彼女"は自分などこれっぽっちも見ていないのだから。


見ているだけで幸せだった。


一日に少しだけでも。会話が出来るだけで満足だった。


そんな日々を過ごしているうちに、この恋は終わるはずだった。


そうだと思ってた。


…けれど。


いつしか気付いてしまった。


"彼女"が憂い顔でため息を吐いていることに。


その瞳は切ないような、哀しいような、淋しいような。そんな色をしていた。


そうかと思えば周りには無理に明るく振舞って。


なのに…ふと。その表情を曇らせて。


ああ、と京子は思った。


"彼女"―――獄寺隼人もまた、誰かに想いを寄せているのだと。


きっとそのことに気付いたのが、最初の倒潰。


そんな些細な出来事が、これから起こる悲劇の序章。



想いの着く先



獄寺隼人は恋をしていた。


その想いは純情で。けれどこのことを口外するつもりなんてこれっぽっちもなかった。


この想いは彼にとって迷惑でしかないのだと獄寺は思い込んでいたから。


傍にいるだけで幸せだった。


その声が聞けるだけで、充分だった。


この想いは誰にも告げる事無く、墓の中まで持って行くつもりだった。


誰にも悟られないつもりだった。


…けれど。


今、彼は獄寺のいる日本ではなくイタリアへと飛んでいて。


少し戻ってくるのは遅くなるかも知れない。と、そう未来のボンゴレ10代目に告げていたのを聞いた。


平気なはずだった。


いつも通りの日常を送れるはずだった。


…なのに。


「…はぁ…」


小さく零れる、小さなため息。


はっと正気に返って、これじゃ駄目だと自身を叱咤する。


無理に彼を頭から追い出そうとした。


けれど…そうすると唐突に彼が思い出されたときに、湧きあがる感情も並みのものではないと知った。


そんな日々を、彼女は過ごしていた。





学校が終わり、自室へと戻った獄寺はベッドに腰を下ろす。


彼に会えない切なさにか、思わず涙が零れて。


拭っても拭っても零れ落ちるそれに、獄寺は自身の想いの深さを知った。


―――会いたい。


思いが募る。


―――声が聞きたい。


想いが深まる。


………触れてほしい。


気が付けば、獄寺の指が下へ下へと降りていき…





「……、…」


くぐもった声が、暗い室内に響く。


彼を想って湧き上がった熱。それから来る衝動に獄寺は身を任せる。


それをした後には、心の奥に虚しさが宿ることを…獄寺は知ってはいたけど。それでも止めることは出来なかった。


「ぁ……っ」


自身の口から出た声に、羞恥からか身を震わせる。ああ、なんてはしたない。


蜜が指に絡み付くが、気にせずその行為を続ける。愛する彼を想って獄寺は自身を慰めていた。


獄寺の頭の中は、その彼のことで一杯で。けれどその名が音として世界に現れることはない。


言いたいけれど、言えない。


言葉にしたら誰も聞いていないのだとしても本人の耳に入ってしまいそうで。それが怖くて。


苦しくて、切なくて。気付けばまた目尻には薄く涙が現れていた。


それが一滴…零れる。


獄寺の口が、誰かの名前を形付く。


「………っ」


それでも結局、言葉として現れることはなかった。





退屈な午後の授業。そんな中、京子はいつものように想い人。獄寺を見ていた。


窓際の席に座っている彼女は。ただただ透きぬけるような青空を見ていた。


その視線、その想いは一体誰へと向けられているのだろうか。


…それが。ほんの少しでも自分に向けられることはないのだろうか。


―――嗚呼、笑ってしまう。


昨日までは、見ているだけでよかったのに。


なのに…恋敵がいると知ってから。途端に余裕を失ってしまうなんて。


分かっているのに。


彼女にこちらを見てほしい。…そんな願いが叶っても、欲望は収まらないのだ。


自分を見てくれたら、今度は声を聞かせてほしい。


声を聞かせてくれたら、今度は触れてほしい。


触れてくれたら、今度は抱き締めてほしい。


ずっとずっと、傍にいてほしい。


…けれど。


そんな願いは叶わない。


最初からそんなシナリオ、どこにも用意されてない。


精々が、こうして遠くから彼女を見つめたり。女友達として話をするぐらいで。


その程度しか、出来なくて。


…それぐらいで、終わらせないといけない、のに―――





それは放課後。夕焼けの堕ちる時間。


人気のない教室。そこに佇む二人の少女。


…笹川京子と、獄寺隼人。


「笹川…? 話って…?」


「ん…なんか最近、獄寺くん元気ないなって。思ってね…」


遠回りな表現を獄寺は好まないと知っている京子はすぐに話題を出してくる。


それに…微かに動揺する獄寺。彼女自身としては隠し通していたつもりだったから、一般人である京子に見破られたのがショックだったのだろう。


けれど獄寺は隠そうとする。そんなこと、京子には意味のないことと知らないから。


「なんでも…ねぇよ」


「嘘」


一刀両断。


あまりにも鮮やかに切り捨てたものだから、獄寺も少し面食らっていた。


「嘘だよね」


「嘘なんかじゃ…」


「だって、淋しそうだよ。獄寺くん」


確かな確信を持っての京子の言葉に、思わず口を噤む獄寺。それは肯定の意を現していた。


「………」


「ねぇ。…どうして獄寺くんは淋しいのかな」


「お前には…関係ない」


獄寺にとってはなんてことのない一言。


けれど京子にとっては…まるで刃物で切りつけられたかのような感覚で。


見えない痛みに、胸が震えた。


「関係ないは、酷いんじゃないかな」


それは半分冗談で、半分本気の一言。


短い言葉の中に含まれた切なる想い。けれど…それに目の前の彼女は気付かない。隠しているとはいえ、少しも気付いてくれないのは切ない。


矛盾した想い。それに内心葛藤するが、それも獄寺には届かない。何せ表面上の京子にはなんの変化も見られないのだから。


それに、少し。


少しだけ憤慨した京子はついにそれを言葉にしてしまう。


「…好きな人でもいるのかな」


今度こそ、獄寺の肩が震えた。見開かれた目で京子を凝視する。


「―――そんな、睨まないでよ」


そういう京子の声は少し弾んでいた。


授業中、あんなにも切望した獄寺の視線を浴びているのだから。


「…そうだな」


しかし獄寺はすぐに目を背ける。少しつまらない京子。


「なぁ…オレってそんなに分かりやすいか?」


「んー、気付いたのは私だけだと思うよ」


そうでなければとっくに他の誰かが獄寺を慰めていることだろう。事情を知っていてあえて、という可能性もあるが。


「そうだといいんだけど…な」


そうして。暫しの沈黙。


それを破るのは、やはり京子。


「ねぇ。獄寺くん」


「…なんだよ」


「好きな人の名前…聞いてもいい、かな…?」


「それは…」


獄寺は首を横に振る。それは否定の意。


「どうして?」


「………」


京子の問いにも沈黙で答える獄寺。心なしか彼女の姿が実際よりも小さく見えた。


「教えてくれないんだ? なら勝手に推測しちゃうよ? …えーと…ツナくんとか?」


「な、ぁ…なんでそこで10代目が!!」


「あれ? 違う? なら山本くん?」


「だからなんでんな奴が出て来るんだよ!!」


「仲良いからね。でも違うんだ。…そっか。獄寺くん淋しいんだったよね。ツナくんとも山本くんとも毎日会ってるから。そりゃ違うか」


「………」


「じゃあ…誰かな。あ。保健室の先生、とか? 最近見ないけど」


「…違う」


「そっか。じゃあ…あのツナくんの親戚の…えーと、ディーノさん?」


「違、う…」


段々獄寺の表情が曇っていく。辛そうに。苦しそうに。


想い人が明らかにならないのは獄寺にとっては願ったり叶ったりだ。


けれど…こうも見当外れな答えばかり出されると逆に哀しくなってくる。


自分と…あの人は、そんなにも繋がらないのかと。想像すらも付かないのかと。


否定をすればするほど選択幅が狭まって彼の名が出やすくなるのに。それでも出てこない彼の人の名前。ああ…もう耐えられない。全てが耐えられない!!!


「もう止めろよ!!!」


気付いた時には獄寺は京子を突き飛ばしていた。


「きゃっ」


京子の身体はよろけて。机に身体を打ちつけた。京子の表情が苦痛に歪む。


「あ…」


獄寺は罪悪感に一瞬駆られたものの、結局京子に手を伸ばすことも謝ることもなく…教室から逃げるように出て行ってしまった。


あとの教室に残されたのは、笹川京子ただ一人。


「………あーあ…」


京子は一人。一つのため息を吐く。


「やっちゃった」


その顔は笑っているような、なのに泣いているような。けれどさっぱりしたような、そして後悔しているような。


「私も馬鹿だなぁ…」


笑う。京子は笑う。力なく。自虐するように。


なんにしろ…もう戻れない。


自分と彼女は、もう今までの関係ではいられない。


これまでに築いてきた関係を、他の誰でもない京子自身が壊してしまった。


遠くから見ているだけで幸せのはずだった。


声が聴けるだけで満足のはずだった。


でももう、それだけでは我慢が出来なくなっていた。


あの瞳も。手も。腕も。声も。心も。想いも全て―――彼女の全てを自分のものにしてしまいたい。


走り出した感情も想いも。既に京子自身には止められないところまで来てしまっていた。





「おはよう。獄寺くん」


翌日の朝。


HRぎりぎりに登校してきた獄寺に、京子は声を掛けた。


獄寺はぎくりと身体を強張らせて。気不味そうに「おう」と返してきた。


そして京子のすぐ横を通り抜ける途中。


「昨日は…その、悪かったな」


そう小さく、京子に囁いた。


「え?」


京子が反応を示すも、獄寺はやはり逃げるようにと自分の席へと向かって行ってしまっていた。


「………」


暫し唖然としながら、京子は獄寺を見ていたが…やがて笑って。彼女自身も席に着いた。


―――もしかしたらそれは、昨日亀裂の入ってしまった二人の関係の、修復の機会。


これから頑張っていけば、以前までの仲まで持っていけるかも知れない。


いや…更に言うならこれを機に、以前よりも親密な関係になれるかも知れない。


…けれど。


「獄寺くんも馬鹿だよねぇ…」


誰にも聞かれない程度の声で、京子は笑う。


「まぁ…私は楽でいいけど」


誰かが見ても分からない程度の変化で、京子は笑う。


もしかしたら戻れるかも知れない関係。


そんなものに、京子は既に興味はなかった。


本音を隠して。表面上だけで笑い合うだけの関係なんてもう要らない。


…たとえそれで、彼女に拒絶されたとしてもだ。


―――その程度では…もう、止まれない。





…ねぇ。獄寺くん。


あ? …なんだよ。


今日の放課後。ちょっと付き合ってくれない、かな。


放課後…? なんで…


話があるの。


………。


ね。…だめ、かな。


――いや、いいよ。付き合う。


本当? 嬉しいな。


でもなんの話なんだ?


ふふふ…。内緒、だよ。


…? そうか。





かくして、狂気は廻り始める。


昨日とまったく同じ時、同じ場所に役者が募る。


違うのは…笹川京子の、想いだけ。





「それで笹川。話って…なんだ?」


「うん。獄寺くん」


京子は獄寺の前に真っ直ぐと立って。問い掛ける。


「獄寺くんは。誰が好きなの?」


獄寺の目が見開かれる。京子の視線は真っ直ぐに獄寺を突き刺している。


「………誰にも…言う気は。ない」


暫しの間を空けて。獄寺が口を開いた。


「ふぅん。そう」


「…話はそれだけか? ならオレは…」


ドン!


獄寺の言葉が途切れる。


そのまま教室から出ようとした獄寺の通路を…京子が、自身の腕で遮ったから。


壁を思いっきり殴る形で。


「な…」


「話はまだ終わってないよ」


「笹川…?」


淡々と告げる京子に戸惑う獄寺。彼女のこんな姿を、獄寺は知らない。


「獄寺くんの好きな人。それが聞けるまで帰す気はないよ」


「は…っ、なんだよそれ、お前にそれを言う義理は…」


パァン!!!


またも。獄寺の言葉が遮られる。


京子が。獄寺の頬を思いっきり引っ叩いたから。


赤く染まる頬。現状を理解出来ていない獄寺。それをチャンスとばかりに押し倒す京子。


「な…にをっ」


「残念だけど。獄寺くんに拒否権はないよ」


抜け出そうと抵抗する獄寺。そうはさせまいと、京子は思いっきり力の限りに床に押さえつけて。


「―――ねぇ。獄寺くん」


獄寺に囁く。


「教えてほしいな…? そしたらすぐに帰れるんだけど…」


「っ、誰が…! がぁ!?」


否定の言葉は途中で打ち消される。


京子が。獄寺の喉を殴ったから。


予想外の攻撃と痛みに咽ぶ獄寺。抵抗する手の力も緩まり目尻には涙が。


…その濡れた瞳が、可愛くてたまらない。


―――もっと、泣かせたい。


そんな想いが強く強く京子に波打つ。


ふと京子が視線を上げると、教員用の机の上に置かれっぱなしの長い定規。


それを取ろうと、ふらりと京子が立つ。


戒めの解かれた獄寺は、まずは痛めつけられた喉元を押さえた。頬は未だ熱く。喉は焼けるように痛い。


…ここで。この時点で。


本当は獄寺は逃げ出さなくてはならなかったのだ。


身体の痛みに気を掛けている場合ではなかった。ましてや…同い年の女子に受けた屈辱を晴らそうなどと考えている場合でもなかった。


逃げて。死ぬ気で逃げて。どこでも、誰でもいいから助けを求めなければならなかったのだ。


女好きの保健医の所でもいい。彼女が毛嫌いしている風紀委員長の下でもいい。彼女が敬愛している次期ボンゴレ10代目の家でも。どこでも。


なのにそれをしなかったのは…自分が負けるわけがないと過信していたからだろうか。


仮にもマフィアである自分が、一般人と何も変わらない…兄があれとはいえ格闘技も習っていない京子に負けるはずがないと。


確かに、それは正しい。


獄寺と京子。戦闘面でいくのなら…獄寺が負けるはずなどない。


ただし。それは京子が普通の精神状態での話だ。


普通の精神状態である京子が、あんなにも獄寺を問い詰めるはずがない。


普通の精神状態である京子が、あんなにも獄寺を痛めつけるはずがない。


普通の精神状態である京子が…これから獄寺にする事を、するはずがないのに。



「誰が起きていいと言ったの」



体勢を立ち直そうと身を起こした獄寺の片腕を、容赦なく京子が定規ではたいた。更に角を使ってこめかみを打撃。


「が…!?」


それでも今度は獄寺は倒れなかった。けれど京子は身体を支えた獄寺の手の平を踏み潰して。続けて定規でもう片方の腕の上腕骨を突いた。


「お前…いい加減に…!」


定規で突かれた方の手で京子に手を上げようとするも…何故か巧く動かない片腕。


その隙を狙い今度は獄寺の額を思いっきり定規で殴る京子。パァンと景気のいい音が響いた。獄寺の額が割れて血が出た。


「ふふふ…そっちの方がずっと魅力的だよ。獄寺くん」


「うるさい!」


血に濡れた獄寺の顔を見ても顔色一つ変えない京子。それどころか…どこかうっとりと恍惚的な表情を浮かべていた。


「ね。まだ…教えてくれるつもりは。ないかな…」


「―――言うつもりはねーって。最初から言ってるだろ」


そうこなくっちゃ。


そう小さく紡がれる囁き。京子は獄寺の服を漁って彼女が愛用しているライターと煙草を取り出した。そのまま火を点けて。そのまま吸って。苦笑して一言。


「…おいしくないね」


「…お前、今まで猫被ってたのかよ。相当な演技派だな」


「残念。猫なんて被ってないよ」


世間話のようにそう話して。京子は煙の出ている煙草を獄寺に近付ける。


「痕。残っちゃうよ」


「知るか」


「ああそう」


短い会話のあとに、京子はなんの躊躇もなく獄寺の首筋に煙草を押し当てた。痛みにか獄寺が歯を食い縛る。


京子はそんな獄寺の様子を見てもやめずとめず。更に二つ三つと簡易な焼鏝を押していった。


「…声とか上げてもいいんだよ?」


「誰が…!」


「強情さん」


そうだと。京子は思い立ったようにまたライターを開けた。けれど今度は煙草を出す様子はない。


「こっちの方がダメージは大きいかな?」


笑いながら火を近付けてくる京子。誰もが恐れる炎で獄寺の腕を炙る。絞り出される脂汗は痛みか熱さか。


「…ぐ、」


肌が焼ける臭い。獄寺は荒い息を繰り返す。


…その痛みに、耐え忍ぶ間もなく。


「うーん、やっぱ火よりも」


京子が何かを取り出す。かちかちと何かの音がする。この音は…


「こっちの方が面白そうかなぁ」


そんな京子の暢気な声と。


ひゅんと。風を切る音がした。


腕に何かが当たって。その衝撃で床に打ちつけられた。


獄寺はどこか熱い…その腕を見た。


腕からカッターナイフが生えていた。


「・・・・・・・・・!」


声も出ない獄寺。状況理解と同時に途端に痛みが溢れ出して来る。


「本当いい顔するよね…獄寺くん」


京子は乱暴にカッターナイフを引き抜く。


ぶちぶちと皮膚が破れる音がした。


引きずり出されたカッターナイフは刃を長く長く出されており、獄寺の血で赤く鈍く光っていた。


「ああ、ああああああああ!!!」


痛みに絶叫してしまう獄寺。


その声にも怯まず。またカッターナイフを突き刺す京子。…長く出された刃は獄寺の腕を貫通した。


またすぐに遠慮もなく刃を抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。…何度も何度も何度も。


そうしていると獄寺の腕が。赤く赤く染まっていく。


獄寺の腕から流れる血液は獄寺自身を汚し。京子自身を汚し。教室の床をも汚していった。


暫くして京子が腕を止めると、獄寺は無意識にか刺された腕をもう片方の腕で庇うように支えるように動く。


刺された腕はきっと暫くは使えないだろう。何度も何度も刺している中で味わった硬いもの。…それをも貫通した感触があったから。


そのときにカッターナイフの刃が折れて。刺した時よりも短い姿で出てきた。…残りは獄寺の中にあるのだろう。


京子はぽいっとそれを捨てまた新しいカッターナイフを取り出した。そしてもう片方の腕も先程と同じように刺した。何度も何度も刺した。


また獄寺の絶叫が響いた。





獄寺は恐怖していた。


けれどそれは、目の前で強攻を行っている京子にではない。


獄寺は…自身の腕が使い物にならなくなってるという事実に恐怖していた。


刺された腕はただただ熱くて既に感覚がない。指一本だって動かせない。


だが…それでは困るのだ。


それでは、彼の傍にいられない。


自分はマフィアとして。それで初めて彼と同じ世界に立てる。


獄寺にとって、あらゆる意味でマフィアの世界というのは生き甲斐になっていた。


なのに…それなのにこの腕では。あの世界に立てることが許されない。役立たずと罵られるだけだ。


それは、彼女にとって…恐怖だった。


もう彼に本当に見向きもされないのではないかと。


これを機に切り捨てられるのではないかと。


知らず、獄寺の目には涙が溜まっていた。しかしそれを拭いたくても腕はもう動かなくて。…雫がこぼれた。


「あれ? 獄寺くん…泣いてるの?」


楽しそうに京子が聞いてくる。その頬にまで獄寺の返り血が飛び散っていて…なのに笑顔は日常のそれとまったく同じで。


アンバランスにも程がある。と獄寺は内心毒付いて…思いっきり京子を睨みつけた。効果はないようだったが。


「あはは。涙目の獄寺くんも魅力的だねっ」


明るく言われてしまった。少し動くと腕の中に残るカッターナイフの刃が肉に刺さって痛かった。


「さて…」


苦痛に顔を歪める獄寺など意にも止めず。京子は…獄寺のスカートの中に手を伸ばした。


「…は!? おい、何してんだよ!」


これには流石の獄寺も慌てた。ここまでしてくるとは思ってなかったから。


「何って…えーと、まぁ強姦って奴かな…でもほら、子供はどうしたって出来ないから」


「だからどうした!!!」


ふざけるなと獄寺は暴れた。変わらず腕が痛んだがそんなことなど気にも留めなかった。


だって。それだけは駄目だ。


だって…その、なんだ。初めてなのだ。


初めては…その、


「…もう、どうしたの獄寺くん。初めてなの? 初めては好きな人にあげたいの?」


「!」


一瞬。獄寺の動きが止まった。その反応に京子の動きも止まった。



「「………」」



お互いに少し。沈黙が流れた。


「…獄寺くん。意外に夢見てるんだね…」


「う…うるさいな! どうだっていいだろそんなこと!!」


「まぁ…そうだね。でもそうかぁ…獄寺くん初めてなんだ」


京子はにっこりと微笑んだ。


「嬉しいよ」


獄寺は全然嬉しくなかった。



「あ…もう、獄寺くん暴れないでよ」


これが暴れずにいられるか。


黙っていたら純潔が散ってしまうのだ。大人しくしてるなんて絶対に無理だった。


腕はもう動かせないから、スカートから伸びる長く白い足で京子を攻撃する。京子は少し距離を置いた。


「はぁ…仕方ないなぁ」


口調は困っていながら、その顔は楽しそうだった。獄寺はそんな京子を睨み、近付いて来たら蹴ろうと足を構える。


そして京子は。


「よいしょっと」


そんな掛け声と共に…教室の椅子を頭上まで持ち上げた。夕日が逆光になって京子の姿を雄々しく見せた。


獄寺の背に冷や汗が流れた。


「下手に動いて頭とかぶつけないように気を付けてね。獄寺くん」


そんな注意事項を述べて。京子は。真っ直ぐに。なんの遠慮もいく。椅子を。獄寺の足へと向けて…振り下ろした。


フォン!


グシャ!!


「―――――!!!」


動けない獄寺に、京子はまた椅子を振り上げて下ろす。そのたびに獄寺の身に激痛が走る。


抵抗も出来ないように動けなくさせるように。乱暴を続ける京子。


やがて…その椅子の足が。獄寺の膝の間接部分に直撃して。…何かが割れる、嫌な音がした。


その音にどこか恍惚とした表情を浮かべて。京子は先程よりも力を込めて今一度椅子を振った。真っ直ぐに。柔らかい獄寺の足へと向けて。


先程と同じ音を立てて。両の足を使えなくする京子。獄寺の足は皮膚が破けてそこから血が流れていた。肉が抉れていた。骨も見えていた。


「…可愛いよ…獄寺くん」


獄寺の血肉が付いた椅子を放り投げ、今度こそと獄寺に跨り獄寺の下着に手を掛ける京子。獄寺はそれでも抵抗の意を示すが激痛に苛まれて思わず呻いてしまう。


「…やめ…ろ、笹川…!」


「やだ。やめない」


京子は笑って…獄寺の下着を一気に腿の辺りまで擦り下ろした。獄寺の頬が羞恥に染まり、身体が自然と震える。


「・・・・・・・・・!!!」


「白…か。獄寺くん意外と清楚な下着付けてるんだね」


獄寺は射殺さんばかりで京子を睨みつけるが、彼女はそんな視線なんてどこ吹く風でまったく気にも留めてない。


…そっと、京子は獄寺の割れ目に指を差し込んだ。


「っ、」


思わず息を呑む獄寺。だが京子は構わずにそこを弄りだす。


他人にその場所を見られる…どころか触られるのなんて初めてで。


ましてや自分ですら、そこを直で触れることも滅多にないのに。あまりにもの出来事に頭がくらくらしてくる。いや、これは恐らく出血も関係しているだろうが。


「…ふっ」


京子の指が獄寺の敏感な所に触れて。思わず喉から声が漏れた。京子の顔が悦に染まる。


「あれ? もしかして感じてくれた? 嬉しいなぁ…」


「な…誰が! 変な勘違いするんじゃねぇ!!!」


「そう? でも…少し。濡れてきたけど…」


そう言って京子は指を引き抜く。そこから…透明の、糸を引くものが…


「!!!」


その事実に衝撃を受ける獄寺。それは…何故だか、信じられてもいないくせに手酷く裏切ったような。そんな錯覚すら思わせたから。


「ち、が…」


「ううん。違わないよ。獄寺くんは好きな人がいながら、好きでもなんでもない私に身体触られて感じたの」


笑いながら断言する京子。そしてまた指を…敏感な所に這わせて。


「っ、う、ぐ…!」


声を出さないようにと必死に唇を噛んで耐える。そうしている中、頭の中で響いているのは先程の京子の声。



獄寺くんは好きな人がいながら、好きでもなんでもない私に身体弄られて感じたの。



―――違う。


そんなわけない。そんなわけあるはずない。認めない。認められない。


獄寺は否定した。目の前の京子そのものをも否定した。


それが間違っていることぐらい、普段の獄寺ならば当然理解できる。…が、それが出来ないぐらいに、今彼女は動揺していた。


…結果として、それは最悪の未来を導いてしまうのだが…


京子は未だ獄寺を攻め立てる。獄寺は声は抑えられても身体がぴくりぴくりと動いてしまうのに耐えることができずどうにか抵抗しようとするが…


「う…ぁ、う…」


手も足も必要以上に傷付けられて動かせない。むしろ動かそうとするとまた血液が傷口から漏れて獄寺の力を奪っていく。


意識が朦朧としてくる。頭がぼんやりとして。熱くて。…身体が浮いているような、地に沈んでいるような矛盾した思いを抱く。


「獄寺くんー。しっかりして? 反応なくなってきたけど大丈夫?」


京子の声にも、獄寺は反応を示さない。…京子の声そのものが聞こえていないようだ。


「…むー、獄寺くん?」


京子は手を離して。そして。


ぴちゃり。


生暖かい感触に獄寺の背筋が震えた。正気に返った獄寺が今のは何だと視線を下げていくと…


京子が。


獄寺の―――秘部に。


顔を。


寄せて。


舌を―――


「え…お、おい笹川!!」


「んー? なにー?」


「…! 馬鹿喋るな!! そしてんなとこ舐めるな!!」


「んなとこ? んなところってどんなところかな?」


京子が言葉を放つ度に獄寺のあそこに息が掛かって。…その距離の近さに気が遠くなる。


けれど意識はまた戻される。…舐められる、生々しいその感触に。


「…っ、やめ、ろ…笹川…!」


しかしそんな言葉でやめるような京子ではない。わざと音を立てるように舐め、下を奥へと伸ばす。


「ぐう…! う、うぅ!!」


未知の感触に呻く獄寺。嫌悪感にか、それとも屈辱感でか全身に脂汗を掻いていた。


抵抗したいのに、血塗れの両手足は動かない。それでも無理に動かそうとしてもほとんど止まってしまった血液がまた流れ出すだけで。


「は…ぅ」


獄寺が少し目を横に向けると、自分たちを中心に赤い赤い大地が広がっていた。…全部、自分の中から出てきた血液たちだ。


そのあまりにもの量にぞっとする。道理で先程から意識が飛びそうになるわけだ。


…けれどここで気を失うわけにはいかない。それをしたら………きっと、帰って来れない。


あの人の下にも…きっと帰って来れない。


……………。


「―――――、ん…」


「え?」


「!?」


思わず呟かれた声に素っ頓狂な声を上げ顔も上げる京子。その顔は驚きに彩られている。


しかし驚いたのは獄寺だって同じだ。手が動かせられたら思わず口を塞いでいただろう。


「獄寺くん…今、さ…」


「な…なんでもない! 今のなしだ! 深く考えるの禁止!!」


獄寺は顔を真っ赤にしながら叫ぶようにして答える。内心自分を罵倒しながら。


一体なにをしてるんだと。いくら多少の血が抜けてついでに気も抜けたからって…まさかあの人の名を出すなんて…!


「え…でも、えぇ!?」


京子は自身の聞いた声を未だ信じ切れてないようだ。絶えず首を傾げている。


「……獄寺くん…今さ。…リボーンさん、って、言った…?」


「!!」


言った。確かに言った。…言ってしまった。


ふぃっと顔を背ける獄寺。…もう、それぐらいしか出来ることがなかった。


「ふ…くくく、あは、あははははははははは!!! え? リボーンくん? もしかして獄寺くんの好きな人ってリボーンくんなの!?」


けたけたと笑う京子に、獄寺は唇を噛み締め耐えている。…しかし、そこまで笑うことはないのではあるまいか。


「へぇー…リボーンくんかぁ…意外すぎるよ獄寺くん。ダークホースにも程がある。確かにリボーンくん可愛いけどっ」


音を立てて京子はまた獄寺の中に指を入れる。爪が皮膚とぶつかり獄寺は身を震わせる。


「っ、こら笹川! 止めろ、もういいだろうが!!」


「え…? ああ、そうか」


そうだ。そういえば自分は獄寺の想い人の名が知りたいのだった。そしてそれは分かってしまった。


…けれど。



「せっかくここまでしたんだから。最後までしようよ獄寺くん」



にっこりと微笑んだまま。笹川京子は断言した。


…サイゴマデ?


最後までって…一体どこまでだ?


絶えず。変わらず。笹川京子は笑っている。その目に既に正気はない。…当然だ。こんな事、気でも狂ってなければ出来るわけがない。


…彼女の指が。奥へ。奥へと入ってくるのが分かる。痛い。


「…あ。獄寺くん本当に初めてなんだ…薄い膜があるね…」


それを弄ぶように指先でなぞる。そのたびに、獄寺の背筋がぞくりと震えた。


「―――可愛い…」


恍惚の表情で小さく。京子は呟くと。


ぐりっと。


遠慮もなく。それを抉るように。爪を立ててもいだ。


「―――――っ!!!」


痛みにか、ショックにか目を見開く獄寺。しかし京子の動きは止まらない。傷付けた中を更に爪でむしり。抉っていく。


「ぐぁ、あ"、あ"、あ"、あ"、あ"、あ"、あ"っ!」


荒い息を繰り返す。京子が手を引き抜くと…鮮血が流れていた。京子はにっこりと微笑む。


「獄寺くんの初めて。…奪っちゃった」


あはははは、と京子は笑う。身体は血を浴びて。顔は天使の笑顔で。


獄寺は抵抗するのを止め…力を抜いた。京子を睨みつけることも放棄して顔を横に向ける。そして…


「…リボーンさん」


愛しい人の、名前を呟いた。


「やだなぁ、獄寺くん」


しかしそれは許さないとばかりに京子は獄寺の上着に手を掛けた。乱暴に引き千切ると白くて形のいい胸が現れる。


「私に構ってってば」


京子はまたカッターを取り出して、飾り気のないブラを引き裂く。しかしそれに獄寺は反応しない。


「リボーン、さん…」


それにむっと。京子は少し機嫌を悪くして。


何の抵抗もなくカッターで獄寺の肌を引き裂いた。白の肌に走る赤い軌跡。何度も何度も京子は刃物を滑らせる。赤い線が、増えていく。


けれど獄寺は相変わらずだ。誰も何も見ずにただただ一人の名をうわ言のように呟き続けている。


「リボーンさん、リボーンさん、…リボーンさん……」


「…獄寺くん」


はぁ、と京子はため息を吐く。


手も足も使えなくしたというのに。


美しい肌を傷だらけにしたというのに。


彼女の初めてでさえも奪ったというのに。


なのに、彼女の心だけが手に入らない。どうしても折れない。


でももう…手に入れないと気が済まない。…どうあっても手中に収められないというのであれば…


「獄寺くんてば」


誰の手にも渡らないようにしてやる。


京子は色の消えた獄寺の両目に指をやる。


いくら呼び掛けても応えてくれないのであれば。


そんなもの。要らない。


京子は指を両目に押し込んだ。


反射的に獄寺の目蓋が閉じられ、一呼吸置いてから赤い涙が滝のように流れ出した。


それを見ていくらか機嫌を直す京子。…だったが…


「…リボーンさん、リボーンさん、リボーンさん、リボーンさん…」


途切れることのない声に、再び表情を曇らせた。


「仕方ないなぁ…」


京子は獄寺の喉下に手を掛ける。


彼女の声は好きだったけど。自分の名を奏でてくれないならそれも要らない。


なんの遠慮も躊躇もなく、そして手加減すらなく京子は獄寺の首を絞める。


「―――――」


獄寺はそれでも口だけをぱくぱくと動かしていたが………やがて全身の力が抜けて。ぴくりとも動かなくなった。


急に辺りが静かになった。


京子は一仕事を終えたかのような、晴れ晴れとした笑顔で獄寺の首から手を離す。獄寺にはなんの反応もない。


ああ…でも、と京子は思う。


そういえば…ただの一度だって。この声で京子と呼んでもらったことはなかったな…


少しだけそれを残念に思っていると、生徒の誰かが廊下を通り過ぎようとしていた。


京子はそれをなんとなしに眺めている。


生徒はそのまま進みきろうとした所で…不審げに足を止めた。…何かを見つけたらしい。


その視線が、教室の扉まで向けられ。そこまで視界が来ると窓から京子たちの姿が見えたのだろう、そこから中を確認する生徒。


京子が教室の扉付近を見ると…なるほど、獄寺の身体から溢れ出ている血がそこまで伸びていた。きっと廊下まで染み出ているのだろう。それをあの生徒が見たと。


ともあれ、京子は目を丸くしている生徒に花のような笑顔を向けて手を振った。


応えられたのは、喧しいほどの絶叫だった。





獄寺の意識が戻って初めに思ったことは、ああ、自分は生きているのだ。ということだった。


身体は動かないし息も苦しし目だって包帯か何かを巻かれていて開けることは叶わず。感覚だってほとんどない。


それでも自分がどこかのベッドの上にいることは理解できた。損傷してない嗅覚によると消毒液の臭い。…保健室か…あるいは病院か。


なんにしろ。自分にはもう関係のないことだ。


一度にあまりにもの多くのものを失ってしまった。


獄寺は乾いている唇を動かして。愛しい人の名を呟こうとする。


「――――――…」


けれど喉の潰れている現状では、声は出なかった。


あんなにも言葉に出すのを拒んでいたのに、いざ言おうとすると出ないなんて。


哀しくて。目から熱いものが零れる感触を覚えたが、それが涙なのかそれとも血液なのかも判別がつかなかった。





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ああ、オレはこれからどうすればいいのだろう。


リクエスト「死にネタ無しでエログロ。カプは京女獄で!」
R・鈴木様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。