静かに静かに寝息を立てる獄寺くん。
生きている。まだ生きている。今日は生きている。それは救い。それは安心。
…けれど。
明日は? その次の日は? 一体獄寺くんはいつまで生きられる?
時間が怖くて。止まってしまえと願ってしまう。
でも止まるわけがない。刻一刻と―――
…終わりの時は、近付いていく。
This world is far from you with happiness to laugh.
「―――獄寺くん?」
ドアをノックして部屋に入る。部屋の中に横になってる獄寺くん。
寝ているのかな、と思い顔を…顔色の悪い顔を覗き込むと、獄寺くんは目を開ける。
そうしてオレを見て。笑って。言うんだ。
「ツナ。来てくれたのか」
そうして始まる。長くも短い、一日が始まる。
オレはいつもの指定席に、…窓際の獄寺くんのすぐ近くの席に座って。話をする。
それはとてもとても他愛のないもの。世間話と何ら変わらない、平和なもの。
話といっても、ほとんどはオレが獄寺くんに話しかけて。そして獄寺くんがオレに頷く、と言うものなんだけど。
獄寺くんはずっと笑っている。だからオレも笑っている。
本当は不安に押し潰されて。泣き出してしまいたいのを必死に堪えて。
本当はこんなくだらない話じゃなくて。もっと別の話をしたい。
気分は。容態は。昨日よりも体調は良いのか悪いのか。不安じゃないのか。怖くないのか。
―――――死は、いつごろやってくると思うのか。
それは聞きたくて。けれど聞きたくなくて。だから当たり障りのない話でいつも誤魔化して。
そうしているうちにシャマルの決めた面会時間が終わって。…辛さとの隣り合わせだった時間のはずなのに時間が来ると名残惜しくて。
「…じゃあ、また明日来るから」
「ああ…楽しみにしてる」
いつもの、そんな会話で別れて。入れ違いでシャマルが部屋に入る。
それもそうだろう。本当は面会拒絶なのだとシャマルは言った。それなのに無理矢理作ってくれたのだから。
思う。オレは彼と会わないほうが良いのだろうかと。
オレが会うことで彼に無理をさせるのかと思うと。そうするぐらいなら、と。
…けれど。
この機を逃すと、もう二度と。彼に会えないから。やっぱりそれをすることは出来なくて。
自身があまりにも弱くて。情けなくて涙が出る。オレの我侭で彼の寿命を縮めているようなものなのに。
嘆く間にも時は流れる。時は流れて朝が来て。
―――そうして、やっぱりオレは彼の病室の前にいる。
彼と過ごす時は夢のよう。まるで現実味がなくて。
彼と過ごしたあとの気分は夢から覚めたような。現実にはありえない夢物語のような。
そうして彼と時を過ごして。暫く過ごして。
彼はいつも笑ってて。いつでも楽しそうに笑ってて。手を引いて連れ出せばそのままどこへでもいけそうで。
けれどそれは、オレが目を背けているだけで。
本当は、本当は―――…
獄寺くんの身体は、今にも崩れ堕ちそうで。
ある日のこと。
いつも通り、オレが獄寺くんの病室に入って。
いつも通り、獄寺くんがオレの方を見上げて。
いつも通りじゃなかったのは…
「ツナ…?」
その目が、いつまで経ってもオレを見なかったということ。
「獄寺くん…?」
獄寺くんは不安そうにきょろきょろとして。その手は虚空を掴んで。
「…ツナ? ―――どこだ?」
目の前が真っ暗になる。今は朝。世界は明るい。なのに。
「な…んか暗くて…夜? …ツナ?」
思わずオレは獄寺くんを抱きしめる。獄寺くんの身体はどこか冷たくて。
「獄寺くん! オレはいるから!! ここにいるから!!」
全ての不安を打ち払いたくて馬鹿みたいに大声を出して。ああ情けない。涙すら出てきて。
獄寺くんはオレの方を見る。その目にオレを映しても、その焦点が合わさることはなく。
「―――っ、シャマル! Dr.シャマル!!」
オレは医者を呼ぶ。無力な自身の代わりに力あるものを呼ぶ。
シャマルはすぐに来てくれて。
オレは外でじっと待っていて。
…獄寺くんの無事を祈っていて。
暫くして。シャマルが出てきて。
シャマルはオレを見もせずに一言。「行ってやれ」って言って。
「…良いから行け。隼人はお前をご指名だ」
その声にはっとして。オレは病室に入り込んだ。
部屋の中には獄寺くんがいつも通り横になっていて。
オレが近付いて名前を呼ぶと獄寺くんはこちらを見て。ちょっと恥ずかしそうに笑って。
「悪い。ツナ…取り乱ちゃって…」
「ん…いいよ。オレの方が取り乱しちゃったし…」
獄寺くんのすぐ傍に寄って。その手を取る。獄寺くんが少し驚く。
…やっぱり、目が見えないんだ。
「獄寺くん…大丈夫?」
ぽろっと、口から飛び出た言葉。ずっとずっと聞きたかったこと。
「ああ、ちょっと目の前が真っ暗になってる程度で、他は…」
「気分は?」
一度聞きたかったことが言えたなら。あとはまるで滝のように言葉が落ちてくる。
「ツナ…?」
「獄寺くん自分のことどこまで分かってるの? 体調は? 不安はない? 怖い? …オレに出来ることはない?」
驚く獄寺くんを前に落ち着くことも出来ず。オレは次々に質問をぶつけてしまう。
獄寺くんはきょとんとしてて。そして次第に何故か笑って。
「ツナ…ずっとそれが聞きたかったんだな。気を使わせて…悪いな」
「謝らないでよ!!」
そう、謝らないで欲しい。オレに気なんて使わないで欲しい。
だって、獄寺くんが今こんな目にあっているのは。オレのせいなのだから。
オレを鍛えるのか見極めるのか確かめるのかよく分からないけど、オレと仲がいいからってそんな理由で選ばれて。こんな目にあっているのに。
なのにそんなオレに笑顔を見せないで欲しい。責めて欲しい。
オレにはそれぐらいのことしか出来ないから。
なのに獄寺くんはいつだって笑って許す。そう、いつだって。どんなときだって。
「ツナはいつも無理しているみたいだったから。それだけが気がかりだったんだ。…良かった、本音が聞けて」
「ごく、でらくん…」
それからオレは獄寺くんの手を握り締めたままずっとずっと話をしていた。
オレが今までずっと気に掛かっていたことを。聞きたくて。けれど聞けななかったことを。
きっと今日は今までの中で一番話をして。一番無理をしなくて。
そして一番、獄寺くんを見ていた日だった。
いつもの面会時間をかなりオーバーして。シャマルが時間だと告げに来た。
もっともっと獄寺くんと話していたかったけど。けれど無理も言えない。オレは獄寺くんに別れを告げる。
「じゃあね。獄寺くん」
笑って別れを告げる。また明日話をしよう。今日よりも沢山沢山話をしよう。また手を繋いで話をしよう。
手を離すと獄寺くんは少しだけ名残惜しそうにしながら。けれど笑顔を作って。
「…ああ。じゃあな。ツナ」
そう言ってくれて。そしてオレは病室をあとにした。
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何故だかこの日は、この日だけは"また明日"と言うのを忘れていた。
まぁ、だからって何がどう変わったって事はなかっただろうけど。
幼いオレは愚かで、なんでシャマルが獄寺くんの容態が変わったあの日に限って面会時間を延ばしたのかなんて全然考えなくて。
そして…
今思えば、あの獄寺くんと会ったのはあれが最後となってしまって。
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