子供たちは笑いながら駆け回り。
老夫婦は微笑みながら会釈する。
婦人達は本日の晩餐に思いを馳せ。
空の中を白い鳩が自由に飛び回る。
それは、平和な日常。
誰も彼もが飽和に酔いしれて。幸せを当たり前のように教授している。
…彼らは、知っているのだろうか。
この日々のために払われた犠牲を。
…彼らは、知らない。
この日々のために、亡くなった命を。
- 炎 -
抗争でなくなった命は、決して少なくはなかった。
敵を全滅させたとはいえ、こちらもリボーンを除いた味方全員が全滅させられたのだ。
葬儀のための準備に過ぎる数日のうちに、晴れ渡っていた晴天は息を潜めて。代わりに雨雲が辺りを覆い始めた。
葬儀の当日には豪雨となり、参列者に容赦なく降り注ぐ。
…もっとも、参列者の足取りが遅いのも、辺りの空気が重いのも。それだけが原因ではないだろうが。
その中で、ひとりだけ葬儀に参加してない人物がいた。
彼は木の幹に背を預け、我関せずと言わんばかりに目を閉じていた。
…と、そんな彼がなにか弱々しい気配に気付いて。薄っすらと目蓋を開ける。
視界に入ったのは、小さな痩せっぽっちの黒い猫。
目を開けたときにはぴくりとも動いてなかったものだから、彼はもしかしたら猫は死んでいるのかも知れないと思った。
けれど小さな手で触れてみれば、そこには確かなぬくもりと小さな鼓動が。
―――生きている。
そう、思ったと同時に猫は身を這うようにして動き出す。けれどそれは…まるで彼から遠ざかるように。逃げるように。
…あるいは、殺されないように。
(嫌われたもんだ)
正直、そう思う。
けれど。
(だが、それが正しい)
自分なんぞに近寄ってはいけない。何が起こるか分かったものではない。動物はそれが分かってるから賢い。
(逆に自分から寄ってくるあいつは馬鹿だ)
更に大馬鹿だ。と付け加える。
その間にも身体に痛みは走っている。終わらぬ痛み。治まることを知らないそれは、遠い昔から続いている。
それを表に出す彼ではないが。
耐えられぬ程のものではない。それだけの理由で誰にも何も口外していない。
―――その痛みを押し殺してまで、彼がこの世界にいる意味はあるのだろうか?
確かに表世界での平和は守られている。そこに彼の活躍は欠かせない。
けれど裏の世界での殺しの多くもまた、彼が関与している。
彼がもたらした平和の中、皆から祝福されながら生まれた赤ん坊を、何十年も後に殺しているのもまた彼なのかも知れないのだ。
「………」
彼は今一度目を瞑る。雨音だけが耳に入った。
…いくつもの朝と夜を見てきた。
色んなことがあった。
常に傍にいたのは、変わらぬ痛み。それだけだった。
今だって変わらない。ずっとずっと、同じだけの痛み。同じだけの苦しみ。ずっと身の内に孕んでた。
それが。
「―――リボーンさん」
和らいだ。
呼び名に目を開けると、すぐ傍に元教え子の姿。
「お疲れですか? なんでしたら戻って休まれた方が」
「…放っておけ。つーか、お前は葬儀はいいのか?」
「オレはもう済ませて来ました」
それよりも。と獄寺は言葉を続ける。
「それよりも、オレは貴方の傍にいますよ」
そう言って獄寺はリボーンをそっと。抱きかかえた。
「…気安く触んな」
「いいじゃないですか。雨除けぐらいにはなりますよ」
そう言われても、どことなくリボーンはぎこちない。
何故ならば。
「お前も物好きだな…こんなガキに告白してくるなんてよ」
「姉貴曰く。恋愛に年も性別も関係ないそうです」
「そうかよ」
そう会話する二人。
方や20を越えた青年。そしてもう方や…10年前とまるで姿形の変わらない赤ん坊。
仮に獄寺の告白が受け入れられたとしても、恋人ではなく親子にしか見えないだろう。
「昔はこんな風に触れてこようともしなかったくせに。お前は変わったな」
「そう言う貴方はお変わりなく」
アルコバレーノは年を取らない。
だからリボーンも赤ん坊の姿のまま、姿形が変わることはない。
「…戻りましょう。ここは寒いです」
言って、獄寺はリボーンの意思も聞かずにリボーンを抱きかかえたまま歩き出す。
リボーンは帽子を深く被り直すだけで、特に文句は言わなかった。
その間も、彼の身体は痛みに蝕られている。
けれどその痛みは、ひとりでいたときよりも引いているような気がした。
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彼はひとりで苦しんでいます。
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