「ヘマすんじゃねーぞ、コロネロ」

「お前こそな、リボーン」

「そこ! 私語は慎め!!」



軽口の言い合いに、軍人気質のラルの容赦ない叱咤が飛ぶ。



「…オレはお前の生徒じゃねーっつの」

「オレの生徒であるコロネロに声掛けた時点で同罪だ! 馬鹿者!」

「アルコバレーノになったとき破門になったんじゃねーの? オレ」

「うるさい!」



お前が一番うるさい。



リボーンとコロネロはほぼ同時に思ったが、それを言えばもっとうるさいことになるのは分かりきっていたのでもちろん黙っておいた。





- 呪われし者たち -





彼らが顔を合わせるのは本当に久し振りだった。

それまでは各々が忙しく世界中を飛び回っていて。顔を合わせる機会など滅多になかったから。

それが。全員…とまではいかないまでにも半数以上が集まるなんて。



「…本気だと思うか?」

「どうだろうな」



何が。なんて今更だ。何のために自分たちが集まったのか。集めさせられたのか。



「…ま、労働を求められたんだから、それ相応のものは貰えるんじゃねーのか?」



世界に七人しかいないアルコバレーノを集められるだけ掻き集め、マーモンは「宝探しに付き合ってほしい」と言った。

呪いはどうした。と思うと、思考を読まれたかのように「呪いを解くのに必要」と言い返された。怪しいものだ。

しかしそう思いながらも…彼らはこうして集まった。



呪われた身から、開放されるために。



ふと前方を見ると、そこでは宙を浮き漂いながら進むマーモンとパシリに使われているスカル。


「ほ、本当に解けるんだろうな…!」


遠くからスカルの問い掛けが聞こえてきたが、様子を見る限りマーモンは適当にはぐらかしていた。





そうして、アルコバレーノご一行は薄暗い道を進む。

…それが、墓穴になるとも知らず。





マーモンが進んでいく中をリボーンたちが並んで着いていく。

どれほど歩いた頃だろうか、不意に―――霧が辺りに立ち篭る。



この辺だよ。というマーモンの声が聞こえた。この辺? どの辺だ。辺りを見渡すがリボーンには何も見つけられなかった。

と、



「見つけたぜ、コラ」



その声に見てみれば、少し遠くにコロネロが。

彼の前には…なるほど、赤く光り輝く石が壁にめり込んでいた。宝石の原石か。



これ以上ないほどのお宝だろう。コロネロは小さな腕を必死に伸ばしてそれを掴み取ろうとする。

けれどそれを見ていたリボーンが制止の声を上げる。



「待て、コロネロ」



おかしい。

マーモンが自分を含めて五人ものアルコバレーノを呼んだのにも関わらず、何の危険もないなんて。

どうにも話が巧く行き過ぎている。どこかで警報が大きな音を立てて鳴っている。

だけどそんなリボーンの声などコロネロの耳にはまったく入ってなかった。とにかく彼の頭の中は「これでラルの呪いが解ける」と。それだけで一杯だった。



…実は彼は本音を言うと、アルコバレーノの呪いが解けると言われても自分でも意外なほどに興味がなかった。

なのに収集に応じたのは…全てはラル・ミルチの呪いを解くため。



強くて脆い彼女のため。



嗚呼、これまで彼女の道は苦悩と苦痛の連続だったに違いない。

人間以上、しかしアルコバレーノ以下。半端な呪いの上、顔には亀裂まで入ってしまっている。

今までの彼女の苦労はなかったことにはならないけど、でもこれから受ける苦労を少しは楽に出来る。

それが今目の前にあるものを取るだけで解決出来る。あと少し手を伸ばせば届くだろう。



さぁ手を伸ばそう。さぁあれを手に掴もう。そうしたらきっと彼女の呪いは解ける。そうしたら、そうしたら、そうしたら―――





―――――頭部に違和感。





急に視界が暗転し、急速に力が身体から抜けていく。

けれどそれらに気を取られるよりも前にコロネロの意識が薄れる。



嗚呼霧が濃い―――



その思考を最後に、コロネロは死んだ。

コロネロの命を奪ったのは…スカル。彼の目は狂気に歪んでいた。



「お前…お宝を手に入れて自分ひとりだけが先に呪いを解いてもらって! オレの呪いは解かせないつもりなんだろ!? そうなんだろ!?」


どんな被害妄想だ。リボーンはそう思ったが声には出さなかった。きっと声は届くまい。

…一体何があった? この地に集まった時はまだ普通だったように感じる。若干興奮していたようにも見えたがそこまででもなし。



スカルはずっと…自分たちとは一緒にはおらずずっとマーモンと一緒にいた。何かあるとすればそのときか? 何があった? 何事だ? 霧が濃い。ああクソ思考が纏まらない!!

ともあれマーモンだ。リボーンがマーモンを探してみると、マーモンは少し離れたところで宙を浮いていた。そして笑っていた。



「ク…ククク。人間にしろアルコバレーノにしろ…根本は同じか。醜い。嗚呼なんて醜い」



あいつなんかキャラ変わってないか?



そう思うもそれを口に出すことは出来ず。それどころか微動だに出来なかった。

それは決して、マーモンの何かしらの術にやられたわけではなく。

屍となった腐れ縁に、覚束無い足取りで近付く一人の女性を警戒してであった。



「コロ…ネロ?」



小さな亡骸からは破れた皮膚から絶えず血液が流れてる。体温は失われていきもう二度と温まることはない。

瞳は驚いたかのように見開かれ、そして腕は何かを掴むように前へと伸ばされていた。



何を掴もうとして? 目の前の宝石の原石を取ろうとしてだ。

どうして取ろうとした? 自分たちに掛けられた呪いを解くためだ。



なのに殺された? それも仲間に。



彼は仲間に殺されるべき人物だった? いいやそんなことは決してありえない。

あいつは馬鹿で無鉄砲で昔から―――そう、昔からだ―――考えなしに行動するような奴で。

負傷した仲間を庇うなんて日常茶飯事。死にたいのかといくら命があっても足りないぞと怒鳴ってもまるで堪えなくて。



生きてるからいいじゃねぇかと何度包帯姿の格好であっけらかんと言われただろう。その姿を見る度にこっちの心臓が止まりそうになるんだと何度言い掛けただろう。



こいつが倒れてる姿なんて何度も見てきた。血を流している所だって。

死ぬなら誰かを庇ってと勝手に決め付けていた。あるいは戦場の最前線で敵に討たれて、と。

なのに。それが。



仲間に殴られて?

仲間に、裏切られて?



―――ふざけるな。



ラルの身の内に渦るは強い喪失感と、絶望感。

そんなラルの目の前でこちらのことなど本当にないかのように意にも介さないようにスカルが必死に何かに手を伸ばしている。



何かってなんだ?

それはさっきコロネロが取ろうとしていたものだ。



途端、深い喪失感と絶望感が激しい怒りに変わった。

嗚呼霧が濃い―――





「何がしたくてこんな茶番を組んだんだ?」

「なんのことだい? 僕もこんな展開になってびっくり」

「白々しい」



マーモンは昔から皆より一歩身を引いた位置にいた。他のアルコバレーノを毛嫌いしていた節さえあった。

その彼が、まさか皆に協力を求めるなどと。何か裏があるだろうとは思っていたけどまさか同士討ちとは。



「そんなくだらない詮索よりも、早く逃げた方がいいんじゃない?」

「なに?」



含み笑いをしながら前方を見るマーモンにつられて見てみれば…怒りで我をなくした様子のラルがこちらを見ていた。

スカルの姿はない。逃げたか…吹っ飛ばされたか。まぁ後者だろうが。



「じゃあね。面白い茶番だった」



そんな言葉を残して、マーモンは姿を消す。

やっぱり茶番じゃないかと悪態を吐く余裕はない。目の前の殺気が間違いなく自分に向けられている。ラルは今我を忘れ自分が見えてない。



「おい…クソ、マジか…」



リボーンは思わず懐に手を伸ばし―――







「………リボーンさん…」



遠い地で、遠くの空を見上げる獄寺。

あの夜。電話があってからリボーンは不審に思いながらも感じるものはあったようで「出てくる」と素っ気無く言ってボンゴレを出て行った。



けれど…そのまま何の音沙汰もなく。夜は空け日は昇り。そして沈もうとしている。

いつ戻るかは聞いてない。どこに行くとも。よって獄寺に出来ることといえば待つことだけだ。受身は性に合わないというのに。



…朝まで待って、それでも何の連絡も入らなかったらこちらから電話を掛けてみようか?

多分出ないだろうけど。でもそれでも。



―――――と、



「…っい…ッ!?」



急に。胸の奥を中心に。まるで炎に焼かれたかのような激痛が。

獄寺は思わず体勢を崩し、壁に手を付く。

痛みは最初こそ酷かったもののやがて引いていった。



…けれど決して、その痛みは消えはしなかった。







意識が浮上したのは、胸元で震える振動に揺れ起こされてだった。

それは携帯電話で。思わず取って耳に当てたのは単に条件反射だった。



『リボーンさん!?』



って、お前かよ。



思わず毒付いた言葉は声にはならなかった。

やれやれとため息を吐きつつ…リボーンは言葉を捜す。



「まったくお前は…いつもタイミングの良い」

『はい?』

「なんでもない。お前、今動けるか?」

『え…っと……えぇ、大丈夫ですけど』



どことなくあまり大丈夫ではなさそうだったがリボーンは無視した。こちとら死活問題なんだ。文句あるか。



「じゃあ今から場所言うから、オレを回収しに来い」

『は、はい…! って、回収!? リボーンさんどうなされたんですか!?』

「しくじった。動けん。以上」



リボーンはその後今自分のいる場所を告げて切った。そうすると辺りが急に静かになる。音といえば自分の微かな息遣いぐらいなものだ。

そういえばとリボーンは自身の胸元に手をやり…そこにあるべきものがないことに気付いて。



顔をしかめ、忌々しそうに舌打ちをして…また意識を失った。





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彼は友を失いました。