目を凝らしながら、慣れない道を進んでいく。
辺りは薄暗く、視界の狭さに四苦八苦しながらそれでも足を運んで。
目の前の世界とは裏腹に、肌に刺すような日の陽射しを感じるから。
きっと日は高いんだろうなと。そう思った。
ああ身体が痛い―――
- 彼との絆 -
告げられた場所まで来るも、辺りには人っ子一人見受けられなかった。
「…? リボーンさん?」
名を呼びながら彷徨っていると…ぴくりとも動かない小さな影が見えた。
「リボーンさん!?」
慌てて駆け寄る。…が、そこにいたのは求めている彼ではなくて。
自分の知り合いの師である…そして自分の想い人の悪友である、アルコバレーノの一人。
「コロネロ…?」
声が冷える。背筋に冷たいものが流れる。
彼とてアルコバレーノだ。並以上の実力を持っている。
なのにどうして…死んでいるんだ?
「リボーンさん…は…?」
嫌な汗が流れる。
もしもあの人も…コロネロと同じになっていたら?
慌てて辺りを探し出した。
不安で何もしないでいることなんて、出来なかった。
そして―――
「リボーンさん!」
見つけた。少し離れたところの壁に寄り掛かるように、その小さな身体は鎮座していた。
動かない。彼は動かない。いつもは開いているはずの瞳だって閉じられている。
―――嫌な予感がする。
心臓がバクバクと鳴っている。もしも、ああ、もしも―――
死んでいたら?
その疑問を晴らすには、呼び掛ければいい。その身に触れればいい。それだけでいい。
それすらをも躊躇してしまうのは、果たして自分が弱いからか?
恐る恐る…腫れ物を触るかのように手を伸ばした。そして…
「リボーン…さん…?」
静かに呼び掛けると、
「あ…」
リボーンさんの小さな指が、触れたオレの手を…握り返してきた。
―――生きている。
その事実にほっと胸を撫で下ろした。気が抜けて、ついでに腰も抜けてしまった。その場にへたりこんでしまう。
「よか…よかったです、リボーンさん…」
「…何が、どうよかったんだ?」
気付けばリボーンさんはいつの間にか目を開けていて。オレを見上げていた。
「貴方が無事で、よかったと言ってるんです」
「オレが無事? 手酷くやられたがな」
確かにリボーンさんが誰かに救援を求めるなんて、通常じゃありえない出来事だ。
「やれやれだ…そうだ獄寺。ここに来る途中、猫を見かけなかったか? 黒いのだ」
「猫…ですか? いいえ。猫どころか誰にも擦れ違いませんでしたけど…猫が一体どうしたんですか?」
「…盗られた」
「はい?」
「あの猫、オレが動けないのをいい事におしゃぶりを盗りやがった」
忌々しい、とばかりにリボーンさんは舌打ちを一つ。
「そうだ。獄寺、その辺にコロネロが転がってるだろ。あいつのおしゃぶりはどうなってる?」
その言葉に思わず、身体が止まった。
リボーンさんは…コロネロが死んでることは…知ってるのだろうか?
「ああ、知ってる。オレの目の前で殺されたからな」
意を決して聞いてみたら、かなりあっさりに返答が返って来た。
「ったく…オレは待てと言ったのに、あの馬鹿は…」
「リボーンさん…」
「いいんだ。あいつはいつか馬鹿な死に方するだろうって確信すら持ってたからな。で、あいつのおしゃぶりはあるか?」
「あ…少し待って下さい」
言って、オレはコロネロの所まで戻る。
冷たく、硬く、小さな身体。
胸元に手をやるが…それらしき感触はなかった。
「ありません、リボーンさん」
「そうか…クソ、してやられたか…首謀者は誰だ…?」
「―――ひとまず、一度帰りましょう。…コロネロも…埋葬してやらないと…」
「…そうだな」
リボーンさんはオレに後を任せた。と言ってまた目を閉じる。
…この人が目を瞑るなんて…多少はオレを信用してくれたのだろうか。
―――これがもしも…たとえばボンゴレで。自室で…ふと横を見るとリボーンさんが目を瞑っていて寝ていて…とかだったら、オレは本当に嬉しかっただろう。
有り得もしないifを思い、思わず苦笑する。
…だけど、そんな日を実は夢見ていたなんて言ったら。この人はやっぱり笑うんだろうか?
なんだ、お前意外に夢見がちなんだな。なんて少し馬鹿にしたような口調で。
オレはリボーンさんを抱きかかえる。リボーンさんは抵抗せず、あっさりとオレの胸の内に入る。
…夢を見るのはいい加減自制しないと…今はそれどころじゃない。
そうだと、分かっているのだけれど…
すいません、リボーンさん。これで最後ですから。
これで最後なので、あなたの顔をよく見せて下さい。
本当に眠っているのか、まるで無抵抗なリボーンさんはその姿のままに幼く見えた。
…大好きです。リボーンさん。
あなたの為なら、オレはきっと。どんな事にだって耐えてみせます。
―――嗚呼身体が痛い…
どうやってボンゴレまで戻ってきたのか、曖昧にしか記憶がなかった。
戻ったオレに駆け寄る仲間に…リボーンさんとコロネロを預けたのまでは覚えてる。
だけどそれきり。それきりだ。多分オレはそこで倒れた。そして目の覚めた先は真っ暗だった。
…ああ、やっぱり。
昼のはずなのに。明るいはずなのに辺りは薄暗かった。それが段々酷くなっていった。…多分いつか視力なくすだろうなぁなんて何故か他人事のように思ってた。
「獄寺くん? 目、覚めたの?」
と、不意に聞こえてきた声に覚醒する。この声は間違えるはずもない10代目の声。
「あっ、はい10代目…」
辺りを見るも、広がっているのは闇だった。その事実に少しばかり怯む。
「…獄寺くん」
手を握られた。それでオレはやっと10代目の位置を知ることが出来る。…オレはやや見当違いな方向を見ていたようだ。
「……まったく、馬鹿な奴だ」
いつもの温度で、いつもの声が聞こえる。リボーンさんだ。
「…リボーン! 何もそんなこと…!」
……ああ、リボーンさん。
「―――無事だったんですね」
自然に言葉が出た。
「よかったです」
ほぅ、と安堵の息すら出た。
あの時抱いた、とても小さな身体。
それがもう動かなくなったらと思うと、怖くて仕方がなかった。
だけれど…もう平気みたいだ。
よかった。本当に。
「馬鹿」
その発言を最後に、気配が一人分消えた。
………呆れさせてしまっただろうか?
「リボーン! …ああもうあの馬鹿は…!」
「いえ、あれでこそリボーンさんですから…そんなことよりも10代目、オレは…どれくらい寝てたんですか?」
「そんなことって……はぁ……獄寺くんは…丸二日間寝てたんだよ。今は夜」
夜なんですか。全然分かりませんでした。
オレは窓のあった位置を思い出して、そっちに視線を向けた。
「星は見えますか?」
「……え?」
「…今日は晴れてますか? 雲は出ていますか? ……星は綺麗ですか?」
「………」
言葉を捜すように無言になった10代目で、それできっと今日は満天の星空なんだろうと分かった。
オレにはもう、何も見えなかった。
翌朝になって、オレは自分の視力が完全には失われてないことを知った。
明るさがあると、ある程度の輪郭が分かった。まぁ、それだけなんだけど。
だけど、近い内完全に見えなくなるだろう。オレにはその確信があった。
…オレを診たシャマルも、そう言っていた。
部屋に引きこもっていようかどうしようか思っていたら、ふと外をあの希薄な気配が通った。リボーンさんだ。
オレは外に出た。
「…怪我人は寝とけ」
「怪我じゃないです。視力が落ちてるだけです」
「ほとんど見えてないくせに、そんな軽い言葉でよく済ますな。いいから寝とけ」
「リボーンさんこそ、寝てなくていいんですか?」
「……あのな。お前に心配される謂われはない。お前らとオレとでは身体の作りから違うんだ」
オレはアルコバレーノだからな、とリボーンさんは吐き捨てるように言いました。
「じゃあな」
「あ、待って下さい、リボーンさん」
去ろうとする気配を追うように、オレは歩き出した。
だけれど視覚のハンディは思った以上に厳しく、ちょっとした段差でもオレは足を縺れさせる。
「ぁ―――」
気付いたときには時遅く。オレは派手な音を立てて転んでいた。
「馬鹿が」
リボーンさんの冷たい声が聞こえる。次いで頬に衝撃。リボーンさんにはたかれたみたいだ。
「お前は一体何をしたいんだ? オレの邪魔か? 良いご身分だな獄寺隼人」
「そんなつもりでは…」
「結果的にそうなってるんだ。迷惑だからこれ以上オレに付き纏うな。いいな」
リボーンさんは冷たくそう言い放って、その場を去ったみたいでした。
それからオレは、どれほどその場にいたのか分かりません。
ただ通路を通りかかった10代目が酷く驚いていました。冷えていたらしいオレの身体に触れて更に。
オレは10代目に連れられて部屋へと戻りました。
10代目が何かしらオレに気を掛けてくれましたが、オレはろくに受け応えが出来ませんでした。右腕失格です。いえ、視覚が低下している時点で右腕はもう諦めましょう。
10代目が時間を作ってはオレの傍にいてくれます。
だけれどオレは、ひとりであの人を待ちました。
「………おい」
声を掛けられたのは、それからどれくらいの時間が経ってからでしょうか。
「……なんでしょう。オレは言われた通り貴方に付き纏ってはいませんよ」
「それは当て付けか? オレがそう言ってから食事も睡眠取ってねぇそうじゃねぇか。ツナに怒鳴られたぞ」
「あとでリボーンさんは関係ありませんって言っておきます」
「………どうしてそんなに、オレを気に掛ける」
「分かりませんか?」
「常日頃からお前にだけ冷たくしてるとなおさらな」
「…自覚があったんですね。少し驚きました」
「お前がオレに告白してきたときの方がよっぽど驚いたわ」
「そんなに意外でしたか?」
「意外だな。お前、オレのこと嫌いだろうに」
「……………」
「…何故そこで深くため息を吐く」
「リボーンさん…貴方読心術使えるのでしょう? なのになんでそんなこと言いますかね…」
「……………」
「どうしてオレが、好きでもない人に告白なんてしますか? 嫌いな人に構いますか? 10代目をも差し置いて心配しますか?」
「…ビアンキが死んだのはオレが原因だ、と言ってもか?」
―――姉貴?
「…満足だったと思いますよ」
「お前…」
「姉貴という人を、貴方もよくご存知だったでしょう。姉貴は愛の為に死ねる人です」
「………」
「と言いますか…姉貴は何の関係もありませんよ。オレ姉貴嫌いですし」
「とんだ弟だな」
「姉貴はオレの姉である前に、恋の好敵手でしたからね」
「なんだそれ」
珍しくリボーンさんが苦笑する気配を感じました。……出来ることなら、肉眼で見たかったです。
「―――お前の今の状態もオレの責任だと言ったら、お前はオレを嫌うか?」
リボーンさんは唐突にそう言ってきました。
…オレの、今の状態…?
「オレに近付くということは…オレに好意を持つということは、こういうことだ。お前も呪いに灼かれるぞ」
「…姉貴も目が見えなくなったんですか?」
「いや、それはお前が初めてだ…多分おしゃぶりがないからだろう。あれで呪いを抑えていたからな。今のオレに近付くと、それこそ何が起こるか分からない」
「オレは何も恐れません」
「ビアンキもそう言っていた。そうして死んだ」
「………」
「―――お前も、そうして死ぬ気か?」
リボーンさんの声は、ただ冷たい。
それはまるで試すような、突き放すような。遠ざけるような、離すような。
………。
「―――オレは」
オレが放つのは、決意の言葉。
「オレは貴方の、恋人になりたい」
「………」
「オレは姉貴よりも恋に生ける自信があります。オレは愛人では満足出来ません。…オレは貴方の、恋人になりたい」
「オレは愛人しか作らない主義だ」
「知ってます。…貴方はアルコバレーノだから。中立の立場だから。…呪われた身だから」
「そうだ」
「…ですから、―――オレは貴方の呪いを解きたい」
「無理だ」
オレの望みに、リボーンさんの答えは即答でした。だけどオレもここで食い下がる訳にはいきません。
「今と昔では、きっと状況も違います」
「お前は何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「だけど、このままではいずれ貴方は死んでしまいます」
「―――っ」
リボーンさんが、一瞬息を呑む気配を感じました。
「…オレが何も知らないと思ってましたか?」
貴方の様子がおかしいのも、貴方が苦しんでいることも。知らないと思ってましたか?
「………」
「貴方が苦しんでいるのなら、オレも痛みを感じたい。貴方を思うことで痛みを感じれるのなら、それはオレにとっては嬉しいことです」
「…たとえ、死ぬことになってもか」
リボーンさんの問い。オレは即答しました。
「オレは死にません」
「………」
「オレは貴方の五番目の愛人になるのではなく、貴方の最初の恋人になりたいんです。だからオレは貴方の呪いが解けるまで…死にませんよ」
自然に、笑みがこぼれた。
…今、リボーンさんも笑ったような、そんな気配がしたのですが…これは気のせいですよね。きっと。
だけれど、
「そうか」
聞こえた声は、とてもやわらかなものでした。
それだけで嬉しく感じるなんて、オレはなんて現金なのでしょう。
「じゃあ喜べ獄寺。お前をオレの愛人にしてやろう」
「リボーンさん…ですからオレは、」
「まだオレの呪いは解けてない。だからそれまでは愛人だ。不服か?」
「不服といいますか…」
「いいから素直に喜んでおけ。オレはどんな間違いがあったとしても、お前とだけは関係を持たないって決めてたんだから」
うわぁなんですかそれ。酷くないですか? なんでオレだけそんなに徹底されてたんですか?
……と、気付けば近付いてくる気配。リボーンさんがオレの腕に触れる。
「見えるか?」
オレの視力はまだ少しだけ、残ってる。
だけれどすぐ傍にいるはずのリボーンさんは見えない。
「いいえ」
「なら、これなら?」
リボーンさんがオレの胸元までやってくる。だけれど…
「見えません」
「そうか…これでどうだ?」
リボーンさんがオレの肩までやってきました。こんなに近いのなんて初めてです。ですが…
「残念ながら」
と、リボーンさんの手がオレの頬に触れました。そしてやっと、黒い輪郭が形を帯びて見えました。
「…見えるか?」
「……ええ、見えます。見えます、けど…」
その、これはかなり近いというか…なんというか。
「…キスだって、出来そうな距離ですね」
「するか? キス」
「恥ずかしいです」
「誰も見てない。そしてオレはしたい」
………リボーンさんいきなり変わりすぎです。どうしたんですか?
「…そうだな、獄寺。お前の馬鹿みたいな度胸に敬意を表して教えてやる」
……?
「オレは実はお前に三つの隠し事をしていた。一つ。さっきも言ったが、ビアンキの死はオレが原因。二つは……実はオレはかなり前からお前に好意を持っていたことだ」
不幸にさせたくなかったから、わざと冷たく当っていた。なんて嬉しくも恥ずかしいことを言うものだから、オレは三つ目の隠し事を聞きそびれてしまいました。
そして、
「……ん、」
オレは最愛の人と、口付けを交わしました。
オレの身体が震えます。
だけれどそれは歓喜の震えではなく、
―――激痛による、痛みででした。
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彼は最愛の人を、刺の身体で抱きしめました。
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