回る廻る風車。辺りには綺麗な花が咲いている。
踊る躍る村人たち。その身から綺麗な赤を散らせてる。
- 緋色の約束 -
むかしむかし、あるところに小さな村がありました。
小さな村には小さな教会、小さな公園。小さな市場にそして―――小さな小さな学校がありました。
小さな学校に通う子供たち。
子供たちにものを教えるのはひとりの青年でした。
小さな学校に先生はその青年だけ。大変でしたが、彼は毎日を充実させていました。
だって先生になるのは、彼の夢だったのですから。
小さな村の小さな学校。
そこに通う子供たち。
世界は変わらず退屈で穏やかな日常。
「あ。いいところに通り掛かったな。少し手伝ってくれ」
「えー…僕はこれから遊びに……」
「まぁ、そう言うな」
「…仕方ないですねぇ、先生は」
毎日が平和でした。
変わらぬ日々でした。
ずっとこんな毎日が続くのだと、誰もが思っていました。
なのに―――
ある日突然、その全てが壊れました。
土足で野蛮に踏み入ってきた黒服の男たち。
小さな村に大きな火が放たれ、あっという間に全てが燃え尽きてしまいます。
誰にも、何が起こったのかなんて分かりませんでした。
何も分からないままにひとつ。またひとつ命が潰えていきます。
あの小さな学校の先生も、何がどうなっているのかなんて出来ませんでした。
先生に分かったことはただひとつ。
この場にいては危ないということだけです。
彼は大切なものを守ろうと、子供たちを連れて外へ出ました。
表は火を持ち、銃を放つたくさんの男たちがいたので必死に闇に隠れながら。
泣き続ける子供たちを宥めながら。あるいは叱咤しながら。彼は森の中へと逃げました。
怯え、泣き疲れた子供たち。彼の疲労も限界に来ており、彼らはひとつに纏まりながら休みます。
だけれど、それではいけなかったのです。
彼らは、どれだけ疲れていようが逃げなければならなかった。
その選択が出来なかったことを、誰も責めることは出来ないだろうけど。
彼は足音に目を覚ましました。いつしか眠っていたようです。
足音の先には村を襲った男が数人。それぞれが銃を握ってます。
彼はふらつく足で立ち上がりました。
先生である彼の役目はただひとつ。子供たちを守ることです。
そんな彼を見て、ひとりの男が感心した風に口を開きました。
「あの状況下、よくここまで動けたもんだ。しかもガキ共を庇いながら。…もしひとりだけだったなら逃げれたんじゃねぇか?」
…それは、先生も一瞬頭を過ぎった事柄でした。
自分だけなら、逃れられるかも知れない。でもその選択は、彼が先生である以上決して選ぶことの出来ないものでした。
だから彼は男たちにこう言いました。
「オレなら好きにしろ。だが、こいつらは見逃してくれ」
その発言に更に男は感心した風に口を開きます。
「気に入った!」
彼は男たちに束縛され、連れて行かれます。
子供たちが泣きながら彼の…青年の、先生の名前を叫びました。
「リボーン先生!!」
子供たちにリボーンと呼ばれた青年は笑って…子供たちひとりひとりの名前を言いました。
それはまるで自分に言い聞かせるように。
「必ず戻って来るから、それまで待ってろ」
そう言って、小さな村の先生をしていた青年は男たちに連れられて行きました。
酷な事をした、と彼は思います。
だって横切った村には、もう焼け落ちた建物と死体しか残ってなかったのですから。
皆が生まれてきた教会。
皆と遊んだ公園。
皆が少ない小遣いで菓子を買っていた市場。
そして…皆と毎日笑いながら日々を過ごした、学校。
その全てが…今や面影もなくなっていました。
でも、彼にはどうしてもあの子供たちが殺されるのを見過ごせなかった。
これは自分のエゴだろうか。自分を押し付け、苦難の道を歩めなどと。
彼は、子供たちに言った通りにここに戻ることを目標にしました。彼らを守りに、また戻ってくると。
ここに戻ってきたら、自分は彼らの為の力になろうと。
だけど…
結局、彼の目標は達せられませんでした。
彼が連れられたのは、とても大きな施設。どうやらここはある大きなマフィアの建物みたいです。
彼の他に、連れられてきた人間はたくさんいました。女性の姿もありました。
その中で…彼は幼馴染の姿を見つけます。
腐れ縁もここまでくるか…と彼は呆れました。
「何でお前までここにいるんだ…」
「そりゃこっちの台詞だぜコラ。…まぁ、オレは惚れた女のため?」
「なに言ってんだ!!!」
と、幼馴染の後ろから女性が殴り掛かりました。知った顔です。鬼教官のラル・ミルチでした。
「…ここは何だ。一体何をされるんだ?」
「さぁ。噂によると、オレたち実験体なんだってよ。成功すればなんか強くなれるんだと」
「強さなんか要らん」
彼にとって、力は不要でした。
それでも望むとするならば、あの日々を奪った彼らを屠るだけの力ですが…
「お前も知ってるだろ。オレの夢は、教師だ」
「変わってねぇな」
そうして二人は笑いました。
彼は久し振りに笑いました。
彼が望んだのは、自分を先生と慕う彼らの所へ帰ること。
それだけでした。
それだけを思っていました。
そして…
「―――成功だ」
彼は、生き抜きました。
一体何をどうされたのか…姿形が変わってました。何故か赤ん坊の姿です。
…これで帰れるのだろうか。あの子たちの所に。
そう思うと同時に気配がしました。振り向くと男がいました。あの、リボーンを気に入ったと言いここまで連れてきた男でした。
「さぁ、実験はこれからだ」
そう言われてから―――彼の記憶は曖昧です。
覚えているのは血の赤と。
銃撃の衝撃と。
人の悲鳴―――
彼は戦場の中へと落とされました。
通常ならば、そこで死んでしまうでしょう。
何故なら彼は今の今まで、戦場を渡る経験もなければ銃を握ったことすらなかったのだから。
だけど。
彼の身体は勝手に動き、幾度も訓練を重ねたような人間たちの攻撃をかわし。
指が勝手に、相手から奪い取った武器を構えて引き金を―――
止めろ。
そう、彼は命令した。命じた。自分の身体に。
なのに。
世界が破裂して、赤い花が飛び散った。
それから彼は動いた。
動き続けた。
他に動くものがなくなるまで。
そして―――…
「生き残りは、七人か」
それなりにいた成功作は、一握りも戻っては来なかった。
「…お前も戻ってくるとは。驚きだぜコラ」
「コロネロか…どういう意味だそれは」
「もう会えないと思ってた」
「…まぁ、確かにオレはお前とは違って重火器も持ったことなかったけどよ…」
「違う」
「?」
「…帰ってこなかった奴がどうやって死んだのか。知ってるか?」
「さぁな」
どうやって死んだのか。
少し前まで遠い世界の話だったのが、いまや眼前で行われている。…行っている。
「自害したんだぜ。コラ」
コロネロは目の前で自殺した者を見たという。自分のこめかみに銃を宛がって、そのまま撃ったのだと。
「死んだ奴は全員が全員、自害だって話だ。主に殺し合いも知らない一般人。…だから殺しの負荷に耐え切れず、死んだ」
肉体ではなく、心が。
だから小さな村で教師をしていただけのリボーンも同じく自害しただろうと、コロネロは思った。
だけど違う。
小さな村で教師をしていただけだったからこそ、リボーンは生き残った。
リボーンとて、自害は考えなかったわけではない。
むしろ、何度その道を選ぼうとしたか。
だけどそうしようとする度に、教え子たちの顔がちらついた。そして思い出す。
―――必ず戻ってくるから、それまで待ってろ。
戻ると言った。約束した。
だから死ぬわけにはいかなかった。
人を殺す度に、死にたくなる度にあの子たちの名前を呟いた。
そうしていたら、全てが終わっていた。それだけだった。
だけど……
ふと、思う。冷静になった頭で。
…今更、戻れるのか?
赤く染まったこの手で、あいつらに触れられるのか?
血を浴びたこの身体で、あいつらを守れるのか?
そして…
人を殺した自分が、何かを教えれるのか?
戻ると言った。戻りたいと願った。だけど…本当に、戻ってもいいのか?
そもそも今の自分の姿すら変わっているというのに。
彼らが待ち続けている、彼らが先生と呼び慕う青年は…もうどこにもいないのに。
「………」
「…どうしたんだ? コラ」
急に黙り込んだリボーンに、コロネロが声を掛ける。
「…いや、なんでもな…」
なんでもない。そう言おうとしたリボーンだったが、言えなかった。
急に激痛に苛まれたからだ。
「…っ!?」
思わず膝を突くリボーン。見れば隣のコロネロも、他の生き残りも同じように苦しんでいた。
「ほう。まだ改良余地があるみたいだな」
平気そうなのは、自分たちをそうした男たちだけだった。
それから…何をどうされたのか。
あれから何度も戦場へと放り出され、そして生き延びてきた。
あれから何度も身体をいじられ、その度に力が増えた。
やがて彼らを襲い続けていた激痛を防ぐアイテムも開発された。それは何をふざけてか七色のおしゃぶり。
「その姿には、それがお似合いだろ?」
とんだ言い草だった。効果が劇的でなければ即行で捨てていただろう。
そして彼らには名前が付けられた。生き残りの七人。七色のおしゃぶり。それを示す虹の意味。…アルコバレーノ。
「虹の赤ん坊なんて、メルヘンたっぷりだろ?」
完全にふざけている。こんなに血塗れたメルヘンなど他に見たことない。
それからも、実験の日々は終わらなかった。
だけど、長くは続かなかった。
非合法な方法で人を集め、非常な人体実験を繰り返し…巨大な力を付け始めていると噂が立ち。他のマフィアから制裁が下って。
執行したのは最近出来たファミリーだった。歴史は浅いものの、見所があると他のファミリーに言われているマフィア。
その名を、ボンゴレファミリーといった。
アルコバレーノはボンゴレに保護された。
そしてアルコバレーノの一人は門外顧問メンバーに。一人はヴァリアーという暗殺組織に。一人は科学班へ。そして…
彼は、ボンゴレのお抱えヒットマンとなった。
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彼はまだ約束を果たせてません。
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