獄寺を起こしたのは、しとしとと降る雨の音だった。それと身体を叩くような痛み。

…ずっと続いている獄寺の身を蝕む傷み。けれど…はて。それがどこか治まっているように感じるのは気のせいか。

というか、そういえば自分は昨日の夜から晴れてリボーンの愛人になったのだった。しかもリボーンの呪いが解ければなんと恋人同士にすらなれる。



その事実を思い出して…それとリボーンの嬉しい言葉と……嬉しい行動を思い出して獄寺の顔が赤くなる。

しかもしかも、なんとあのリボーンと同じベッドで眠ったのだ。そのときの感動といったら…嬉しさに比例してかなり痛かった。が、気にしない。

まぁそれはそうと今は隣にいる想い人に声を掛けようではないか。いや、リボーンさんのことだから既に起きていてオレの百面相を笑ってるかも知れない。と獄寺は思った。



「お、おはようございます。リボーンさん」



獄寺はそう言って、すぐ傍にいるはずのリボーンに声を掛けた。

…が。



「………リボーンさん?」



返ってくる声は、なかった。





- 教え子の面影 -





それは数時間前のこと。



リボーンが目を覚ますと、そこは獄寺の胸の中だった。

そうか、とリボーンは思い出す。獄寺とは愛人になったのだと。

誰かに抱かれて眠るだなんて、久しかった。自分は心地よかったが、しかし獄寺に浮かぶは苦悶の表情だ。

リボーンは眠っている獄寺を起こさないようにそっと抜け出して、部屋から出た。





アルコバレーノは呪われた存在だといわれている。

違いない。とリボーンは思う。

アルコバレーノの呪い。それは自身を苛む苦痛ではなく。



想い人を、不幸にさせてしまうというもの。



だから、とリボーンは獄寺から距離を置く。

激痛を抑えていたおしゃぶりがない今、歩くだけでも辛かった。

それでも歩く。少しずつでも。



…恋人と距離を置いていく。



獄寺は自分は死なないと言った。獄寺は自分を想って痛みを感じるのは嬉しいとも言ってくれた。

その気持ちは、リボーンとて嬉しい。それも正直な気持ちだ。



だけど。



「…好きな奴が、自分のせいで苦しむなんて…やっぱり嫌だぞ」



リボーンは倒れこむように、空き部屋へと入った。





懐かしい、夢を見た。それは自分がアルコバレーノになる前の夢。まだ夢を掴んでいたときの夢。

その全てをあっという間にぶち壊したマフィアに恨みがないわけでもない。

だけど…それを救ってくれたのもまた、マフィアだった。

ボンゴレはアルコバレーノの研究をしている。だけどそれは、奴らのように更なる力を求めてではない。



…元の姿に、戻る方法。



まぁ数人、このままでいいと言ってた奴等もいたが。リボーンとしては戻りたかった。

現状維持派の意見も纏め、とりあえず激痛のみ治す方法を探す、で落ち着いたはずだ。



…ひとまず、リボーンは同じアルコバレーノであるヴェルデとコンタクトを取ろうとしていた。

ボンゴレ技術開発部に所属しているヴェルデなら痛みを抑える道具も持ってるかも知れないと、そう思って。



…痛みが熱を帯びて感じる。リボーンは何故だか昔を思い出す。



ボンゴレのヒットマンとなったリボーンはその当時は荒れていた。特に抗争時になると特攻隊長となって先陣を突っ切ったものだ。

その姿を見て、誰かがこう言った。まるで彼の操る武器そのものが生きてるみたいだと。



そんなものはただの驕りだ。とリボーンは笑った。

こんなもの、ただ単に引き金を引いてるだけだと。

そこまで回想して、リボーンの身体に激痛が走る。



彼はただ一人で耐えた。

恋人の顔も忘れて。



…思い出せば、きっと想い人も苦しむからと。



自分に足りないのは恐らく、苦痛を耐える力ではなく呪いに打ち勝とうとする強い意志だな、とリボーンは思った。

自分がアルコバレーノであることに対して、諦めを持って。…もうどれだけの時間が経っただろう。

まさか今更、自分の恋人になりたいなどと。…呪いを解きたいなどと言う馬鹿が現れるなどと思ってなかった。ある意味、完璧に不意打ちだった。



…ともあれ、もう獄寺と会うことは止めようとリボーンは思った。好きだからこそ。

そう思うのならここから離れるのが一番だ。肉体的にも精神的にも距離を置けば獄寺の苦痛は緩和する。もしかしたら痛みも消えるかも知れない。目も治るかも知れない。

だけれど…



身体が…動かねーぞ…



リボーンが移動したのは、獄寺の部屋のすぐ隣の部屋。

倒れこんだベッドの壁越しには、同じく獄寺が横たわっているだろう。

…自分に最も足りないのは、恋人から離れようとする強い意志だな、とリボーンは顔をしかめた。


―――薄い壁一枚越しに、教え子たちの声が響いて聞こえる。





…10代目、あの…リボーンさん知りません?

え…? いや、昨日の夜から見てないけど…え? また何か言われた?

いえ、そういうことじゃないんです…まぁ、そのうち戻ってくるでしょう。





戻ってこねぇよ。



リボーンは内心で毒付いた。もう戻らない。もう会わない。

それにしても、あいつは何をあんなに楽観しているのか。

日常というものはとても壊れやすいという事実をあいつは知らないのか。

それならばそれでも構わない。せいぜい自分の消失でそのことに気付けばいい。そして自分のいない日々での日常を守ればいい。



…獄寺の声が、響く。





…あ、そうだ10代目。…申し訳ないのですが、頼まれ事をされては…下さいませんか?

ん? いいよ。何でも言って。

すいません、助かります。………あの、ですね、





痛みは引かない。痛みは続く。その度にリボーンは獄寺を頭から追い出す。

痛みにのみ集中すればいい。

恋人のことも忘れるほどに。



代わりのように思い出されるのは…かつての、最初の教え子たちの姿。

彼らは自分を恨んでいるだろうか。憎んでいるだろうか。戻ってこなかった、約束を違えた青年を。



それを思ったリボーンは、久方振りに幻覚を見る。それは腕が自分の首を絞める幻。

今までは、厳つい男の腕だった。最後に見た腕は華奢な女の腕だった。

だけど、今見える腕は子供の腕だった。小さな子供の腕が、リボーンの首を締め付けてくる。



「………、」



リボーンはそれを、振り払えない。いつものように意識を頭から追い出せない。

何故ならそれは、かつての教え子を思い出させるのには十二分過ぎたから。

…自分はあの子たちに、殺したいほど恨まれたのかも知れない。それを否定出来るだけの材料は持ってない。

そう思う間にも締め付けられていく。…懐かしい、あの子たちの声すら聞こえてきそうだった。





          うそつき。





その刺さるような声に、自分はなんと言葉を返せばいいのか。

首を絞められているということは、死ねと言うことなのだろうか。



死んだら、許されるのだろうか。



気が付けばリボーンは窓を開け放っていた。


…ここから落ちれば、死ねるだろうか。


それで、全てから終われるだろうか。


リボーンは窓の縁に手をやった。


だけどそこで動きを止めた。



隣の…―――獄寺の部屋から、ピアノの音が聞こえてきたから。





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彼は正気に返りました。