綺麗な音だな。



あなたが昔、そう言ってくれたことが嬉しかったと…今でもそれを覚えていると言ったら、あなたはオレを女々しい奴だと言って呆れるでしょうか?

まぁ…それだけオレがあなたを好きなのだと、そういうことでひとつ。



それにしても…―――あなたは一体どこへ行ってしまったのか。





- 美しき思い出 -





戻ってきたら、リボーンさんは驚くだろうか?

部屋にいきなりグランドピアノだもんな…普通驚くか。いや、でもリボーンさん普通じゃないし…



などと思いつつも、指は変わらず鍵盤の上を滑っている。



ああ、意外と指って覚えてるもんだな。弾ける弾ける。

…リボーンさんがこの曲を弾いてるときに声を掛けてくれたのは…もう随分と前の話だ。



それは春のことだった。日本の学校に転校してきて間もなかったとき。ある一室で見つけた古びたピアノ。

懐かしくなって、思わず手を伸ばした。

盤を叩けば当然のように音が出て。あとはもう指が勝手に動いてた。



…今思えば、どれくらい弾いていたんだろうか。思いのほか集中したようでちっとも覚えてない。

それだけ集中していたときに声を掛けられたものだから、本当に驚いた。



綺麗な音だな。



声が、降ってきた。



見れば、窓際にあの人が座っていた。春の花びらが風に飛ばされて室内に入ってくる。

そのときのオレの動揺ったらもう。まさかあのリボーンさんに声を掛けてもらえるなんてと色んなところが凄いことになってたもんだ。

続きを弾け。なんて言われたけど緊張のあまりに上手く弾けなかった。外で鳴いていた鳥の方がよっぽど上手かった。



それは夏のことでした。澄み渡る青空が綺麗でした。ただ蝉の鳴き声が少しうるさかった。

空を見る、なんて余裕は昔はなかったものだから、少し贅沢をしている気分になりました。

油断してました。こう見えて普段は周りを警戒してるんですよ? あの時は本当に油断していただけなんです。本当です。



なに見てるんだ?



不意に聞こえてきた声に、思いっきり身体がビクつきましたね。あれはかなり恥ずかしかったです。

どうしたんだ、と怪訝顔なあなたになんでもありません!!! と思いっきり背筋を伸ばして答えました。

だけどあなたは、オレが空を見ていたのだとすぐに気付いて。オレと同じ感想を漏らしてくれましたね。



綺麗だな、と。



あなたと同じことを思えた。それだけのことが…どれだけ嬉しかったか。あなたに分かりますか?

あなたが綺麗だといったあの空。オレはきっと忘れません。

目が見えなくなっても、思い出そうとすれば綺麗に脳裏にあの景色が再生されるんですよ?



あなたと過ごした時間は、決して長いとは言えませんでした。

あなたもオレも、第一は10代目でしたから。

それに、あなたは…あの頃から既に、痛みに苦しんでいましたから。



アルコバレーノのことについては知っていたけど、何も出来ない自分は歯痒かった。

大丈夫ですか? と、ある日我慢が出来なくなって思わず言ってしまいました。

あなたは何が、とは聞かずただ一言「心配ない」って笑って言いましたね。



そのときのあなたの顔も、よく覚えてます。



それは秋のことでした。その季節の虫の音は綺麗でした。そして空に浮かぶ月も。

あの頃は既に、あなたには嫌われてるのだと思ってました。だってあなた、オレにだけ冷たいんですもの。

まぁ、銃も殺しも知らない一般人の方が優先だった。というのは分かります。

オレは一応ボンゴレの人間ですから、向こうで一通りの訓練だって受けました。



…だけどオレは、あなたの授業も受けたかったのですけど。



あの人が「オレは格下は相手にしないんだ」と言ってるのを聞いて、なるほどオレは格下なのか。と納得しては落ち込んだりもしました。

ああ…オレは牛並みなのかと。あれはへこみました。

だというのに。



なにしょげてんだ?



なんて声を掛けられて。途端に元気になったオレは自分の現金さに呆れましたね。

あなたの気紛れの一言がどれだけオレを一喜一憂させるかなんて、心が読めるはずのあなたは何故か分かってませんでした。

オレの心などわざわざ読まずとも分かる。と言うことだったのでしょうか。全然分かってなかったですよ。ある意味助かりましたけど。



それは冬のことでした。雪が降って。積もりました。

イタリアのスラムで一人でいたときは雪なんて凍え死ぬかどうかの死活問題だったというのに、平和な日本ではいつもと違う靴の下の感触を面白がる余裕すら出来ました。

日本の生活にも大分慣れて。だけど冬の寒さにはやられ気味でした。夏もかなり暑かったですけど冬も凄かった。



オレとあなたの間の会話は本当に少なかった。だけどオレは、あなたと同じ季節を過ごすことが出来ました。

まぁ、正直に言わせて貰うと少し………かなり。物足りなかったですけど。



……ねぇ、リボーンさん。



オレがいつ。あなたを好きになったのか…知っていますか?

周りは誰一人として知らないんですよ。みんなオレがあなたに憧れて、それから恋心が芽生えたのだと思い込んでます。

…違うんですけどね。



逆なんです。



オレは、まずあなたに恋をして…それからあなたの強さを知って。そして尊敬の念を抱きました。

―――オレ、あなたと会ったのは日本が初めてじゃないんですよ。そりゃ、まぁ顔を合わせたのは初めてでしたけど。



…オレ、あなたを見掛けたことがあるんです。

まだオレが、城を出る前に。一度だけ。



そういえば、あなたは一体あの城に何の用だったんでしょうね。機会があれば教えて下さい。

…ともあれ、当時のオレは小さくて。何かある度に泣いてるようなガキだったんですけど。

だけどあの日。小さなオレよりももっと小さなあなたを見掛けて………



ねぇ。笑わないで聞いてくれますか?





実はオレ、あの時あなたに………一目惚れしたんですよ。





無論のこと初恋です。当時オレはアルコバレーノも何も知らなくて。今思えば畏れ多い…いや、今でも充分畏れ多いんですが。

…今度リボーンさんと会ったら、この話をしよう。



あなたはオレの初恋なんですって。



そう、思ってたら隣の部屋の窓が閉まる音がした。

………隣は確か空き部屋だったような気がするのだが…いつの間に人が入ったのだろうか。



つかやばい。うるさかっただろうか? ど、どうしよう…

内心結構あわあわしていると…誰かが部屋に入ってきた。



「獄寺くん」



10代目だった。どこか声が硬く、緊張している声だった。



「リボーンが戻ってきたら、オレに連絡してね。頼んだよ」



リボーンさんが戻ってきたら?

はて。一体何があったのでしょう。



「どうしたんですか?」



オレの問いに、10代目は少し躊躇してから…オレに告げました。

リボーンさんの仲間である、アルコバレーノであるマーモンとヴェルデの死体が発見されたのだと。

二人とも、おしゃぶりは取られていたらしい。



バタン、と隣の部屋のドアが閉まる音がしました。





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彼は旅立ちました。