広がる荒野。そこには誰もいない。何もない。
当然だ。むしろまだここに人がいた方が驚きだっただろう。
―――オレは戻ってきた。オレ以外の誰も知らない約束を果たしに。…遅すぎる帰還だった。
- 黄昏のアルコバレーノ -
…どうしてオレは、こんなところまで足を運んでいるのか。
もっと別に、しなくてはいけないことがあるんじゃないのか?
呪いを解く方法を探すとか、激痛を防ぐ方法を考えるとか、アルコバレーノ殺しの主犯を見つけ出すとか。
自分の行動の支離滅裂さに、呆れを通り越して笑えてくる。
オレに心があるならば、もう壊れてるのかも知れない。
オレに自我があるのなら、それはもう狂ってるのかも知れないな。
軋む身体。灼ける痛み。
…なるほど。身も心もぼろぼろって多分こんな感じなんだろうな。
と、そう思っていたら携帯が振動した。
それを取ったのは癖でだ。思わずだ。そうでなければ無視を決め込んでいた。捨てていたかも知れない。
ともあれ…オレは取った。そして聞こえてきた声は―――
『Bon soir (こんにちは)―――リボーンさん』
オレの、恋人の声だった。
「………、」
『リボーンさん?』
「ああ…獄寺か。なんだ? 何か用か?」
『いえ、用って言うか…単にオレがリボーンさんの声を聞きたくてですね?』
「そうか」
『ええ…ですが……リボーンさんどうしたんです? そんな浮かない声を出して』
「そんな声出してたか?」
『ええ。何かお悩み事ですか?』
「オレにだって悩みの一つや二つぐらいある」
『そうですか。オレにはありませんけど』
「…変なこと自慢してんじゃねぇよ」
『ええ。だってオレ、リボーンさんとこうして話をしているだけで幸せですから』
「……………」
『リボーンさん? どうしましたか?』
「お前…怒っているか?」
『いいえ、全然怒ってませんよ?』
「………」
『どうしたんですかリボーンさん。先ほどから黙り込まれて一体どうしたのですか?』
「どうしたってお前…」
『リボーンさんがオレから離れて一体どれだけの時間が経過したと思ってるんです?オレはまだまだ話し足りません』
「…悪かった。そう拗ねるな」
『なんのことでしょう。リボーンさんにも都合と考えがあったことぐらい、知ってますよ?』
「結構、今回の行動は自分でもわけわかんねー点もあるけどな」
『そうなんですか? …まぁ、人間誰しもそんなことしてしまうときだってありますよ』
「―――、」
『どうしましたか? リボーンさん』
「…こんな人間がいるものか。化け物だよ、オレは」
『はぁ?』
「はぁってお前…そんな素っ頓狂な声を出すなよ」
『素っ頓狂な声も出ますよ。何を言ってるんですかリボーンさん。リボーンさんが化け物? 一体何の冗談です?』
「…お前こそ何を言っている獄寺隼人。成長しない、長い時間を生きる。姿は赤子。正体は化け物だ」
『ははは…っ確かにリボーンさんの可愛らしい姿や聡明な頭脳は人間離れしているかも知れませんが…化け物? 何を仰っているのやら。精々、ちょっと完璧なだけの人間ですよ』
「……………」
『いいですかリボーンさん。化け物っていうのは…そうですね。…10代目みたいな方を言うんですよ!』
「はぁ?」
『あの10代目の神々しさ完璧さ! 空だって飛びますしどれをとっても化け物ですね。…ああ、もちろんいい意味でですよ?』
「…オレはお前の中ではツナに負けてるのかよ」
『ええ。その通りです。…オレの前ではリボーンさんだってただの人なんですよ』
「………」
『リボーンさん。あなたは人間です。そんな容易なことにさえ気付けないほど塞ぎこんでいたのですか?』
「………そうだな。少し落ち込んでた。柄にもなくな」
『そんなに辛いことが?』
「人生辛いことばかりだ」
『オレで宜しければ相談に乗りますよ』
「そうか―――…そうだな。…獄寺」
『はい、なんでしょうリボーンさん』
「お前、もしもオレが『死にたい』と言ったらどうする?」
『死にたいんですか?』
「誰にだってそんな気分のときもある」
『そうですか……そうですね。…アルコバレーノであることが、それほどまでに辛いですか?』
「そうだな」
口調は勤めて軽口。だけど、内心は必死に獄寺の言葉に耳を傾けているのだから笑うしかない。
今更、何に縋るつもりだ? アルコバレーノ。
獄寺の判断に全てを委ねるつもりか? 自身の考えを捨て、生じた責任を全て弱い恋人に押し付けて。
―――――くたばっちまえ。
そう、思った天罰でも下ったのか、
『そうですね………リボーンさんが今まで生きてきた中で、後悔しかなかったとしたならば―――…リボーンさんは死んだ方が幸せかも知れません』
「…意外だな」
『そうですか?』
「てっきり何が何でも生きてほしい。とか言ってくるかと思ってたんだが」
『だってリボーンさん。今にも死にそうな声出してるんですもの』
あ?
「…馬鹿かお前。目の次に耳までいかれたか。オレがいつそんな声を出した」
『いや、リボーンさん隠してるつもりだと思うんですけど全然隠せてませんから』
は?
『こう…今にも倒れそうで、死んじゃいそうで…電話越しでなければこう、ぎゅっと思わず抱きしめたいような……そんな声です』
「はぁ…で、そんな声を出してるオレは死んだ方が幸せだと? 結構言うな。お前」
『あの、前提条件忘れないで下さいね。リボーンさんが今まで後悔しか感じなかったとするならば、ですからね?』
「後悔ねぇ…」
『ええ。だけれど、もしもリボーンさんが生きてきた中で一度でも幸福を味わったことがあるとするならば……その思い出と共に、オレはあなたと生きたい』
「……………」
『ああ、でもリボーンさん。もしリボーンさんがご自身の結末を死として選んだとしてもご安心下さい』
「ん?」
『オレもすぐに後を追いますから』
「って、おい…お前なに言って…」
『だってオレ、もうリボーンさんなしの人生とか考えられませんから』
「はぁ……お前、オレを脅してるつもりか?」
『脅せるだけの材料になればいいのですが…』
「馬鹿」
……………。
………。
そして電話は切れた。
……………。
獄寺に言われて気付いた。オレがボンゴレから出て、もう一週間も経っている。
獄寺は…寂しそうだったな。やはり一言ぐらい何か告げて行けばよかったかもしれない。いや、そもそもあいつの想いに応えなければよかったのかもしれない。
…あなたが今まで生きてきた中で、後悔しかなかったとしたならば―――…あなたは死んだ方が幸せかも知れません。
こんな身体になってから、後悔ばかりだ。
人を殺し、教え子には先立たれ、愛人を作っても苦しめてしまう。
だけど。
…あなたが生きてきた中で一度でも幸福を味わったことがあるとするならば…その思い出と共に、オレはあなたと生きたい。
幸福、か。
そんなものを味わう資格が、オレにはあったのだろうか。
………仮になかったとしても。オレは味わったことがあるのだが。
オレはその幸福を思い出し―――
こめかみに銃を当てた。
獄寺が追ってくる?
ばれなきゃ平気だ。
引き金を引こうとした―――ところで。
…誰かの足音が、オレの耳に届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼の物語は終わろうとしています。
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