ひっく、ふぅ、ぅええぇーんっ
泣いていた。
えぐ、ぅ、うあああああんっ
彼女は泣いていた。
う、ぅ、おねぇーちゃぁあああんっ
大好きな姉を呼びながら、泣いていた。
ごめ、ごめ、えぅ、ごめんなさい、ごめんなさい。
謝りながら、泣いていた。
彼女の姉はモデルで、彼女はよくそれに着いていってた。
彼女の姉が撮影中のときは、スタッフの人が遊んでくれて…その日も、いつもと同じようにそうなるはずだった。
でも…その日は違った。
その日は、みんな彼女の姉に付きっきりで。
誰も彼女に構ってくれなくて。
だから彼女は撮影現場をこっそりと抜け出して。
冒険することにした。
彼女は舞台裏、スタッフルーム、楽屋裏。色んな所を歩き回った。
そして、ある一つの場所に辿り着いた。
そこは、色んな道具が置いてある倉庫。
…スタッフの皆が、危険だから入ってはいけないと言ってた所。
でも。
彼女は、入ってしまった。
自分に構ってくれないみんななんか、嫌い。
嫌いな人の言うことなんて聞かないでいい。
なんて、我侭で自分勝手な言い訳をして。
中は暗かった。
それにかび臭くて。
でも、他の所は回ってしまったし。他にやることもないし。
彼女はあっちこっちを歩いて。見て。回って。
そうして一通り見終わったから、外に出ようとして。そしたら。
地面が、揺れた。
地震だった。
彼女にとって初めての地震。
彼女は驚いて、床に滑って、転んで。
そして大きな道具が落ちてきて―――
気が付くと揺れは収まっていて。けれど辺りは暗くて。
座り込んでいたから立とうとすると、頭を何かにぶつける。
暗くてよく分からなかったけど…すぐそこに崩れ落ちた道具があった。
それらは彼女を取り囲むように周りに落ちていて。…彼女はそれらに閉じ込められていて。
ちからいっぱい、道具を押して。何とか抜け出そうとした。
けれどびくともしない。抜け出せない。抜け出れない。
そのことに気付いた彼女はこのまま外に出れなくなったらどうしようって、
それが不安になって。姉が恋しくなって、寂しくなって。
わんわん泣きました。
何度も何度も姉を呼びました。
何度も何度も謝まりました。
でも助けは来ません。外に出れません。お日様の光をその身に浴びることも。
怖くて。怖くて。それを紛らわせるようにか、彼女はどんどんと目の前にあるであろう道具を叩きました。
思いっきり叩いて。気が付いたら手がすごく痛くて。それでまた泣いて。
―――気付いた時には、彼女は泣き疲れたのか眠っていました。
そして、それからどれほどの時間が流れたのでしょうか。
何か、音がしました。
がさごそがさごそと。彼女はその方を見てました。やがて―――
「―――――おい、大丈夫か?」
久々の光と、人の声が彼女の前に降り注ぎました。
上からの光はさほど強くはなかったのに。
すっかり暗闇に慣れてしまった目ではあまりにも眩しく感じられ、彼女はまともに見れませんでした。
思わず目を瞑ってしまった彼女の小さな身体を、その声の人が長い、そして細い腕と指で掴んで引っ張り上げます。
彼女は、助かったのです。
彼女はまた泣きました。安心からか、気の緩みからかは分かりません。恐らくは両方でしょう。
彼女はその助けてくれた人にしっかりと抱きついて。ぎゅって、抱きついて。わんわん泣きました。
その人は迷惑そうな素振りを見せる事無く、それどころか彼女が閉じ込められていたときに道具を叩いて出来た傷をハンカチで手当てしてくれて。
そして彼女を姉の所に連れて行ってくれました。
姉も泣いてました。泣きながら彼女を探してくれてました。彼女を見つけると抱きしめてくれました。
よかった、よかった。って。心配したのよって。彼女の頬にぽろぽろ大粒の涙をこぼしながら、その抱きしめる腕は震えながら。
彼女は姉に謝りながら泣いてました。そして泣いてるうちに疲れて。また眠ってしまいました。
―――――それから…彼女がそのときまで生きただけと同じ歳月が流れました。
彼女は中学生になりました。
…あの事件(と言うほど大袈裟なものじゃないけど)のあと。彼女は姉と一緒に仕事場に行くことを禁止されました。
危ないから。
また迷子になったらいけないから。
悲しいけど仕方ないことだと、彼女も受け入れました。
でもその代わりに、姉は仕事に行くぎりぎりまで彼女の傍にいてくれて。
仕事が終わるとすぐに帰ってきてくれて。
かえって一緒の時間が増えました。
でも去年…彼女が中学校に上がったその日から、ようやくまた姉と仕事場に訪れることを許されました。
もう大丈夫でしょうということで。
中学生になってから一年ほど経ちましたが、その間に何か問題があったことはありません。
当然です。もう彼女は昔のように分別の付かない子供ではないのですから。
そして、今日。
彼女は姉の忘れ物を届けにテレビ局へ向かってます。
…彼女はつい、きょろきょろとしてしまいます。
―――あの人がいないかと、彼女は探してしまいます。
…あの人。
あの時、彼女を助けてくれた人。
…といっても、彼女はあの人の顔をはっきりとは見てないのですが。
光が眩しくて。まともに目を開けれらてなくて。
恐怖から解放されて。目蓋から涙が止まらなくて。
それに、随分と昔の話だから。彼女はよく覚えていません。
それでも幼心にあの人にまた会いたいと。お礼を言いたいと思い、彼女なりに独自に調べていました。
あの人はスタジオにいたけど、モデルでもタレントでもありませんでした。
分かったのはあの人はスタジオに来ていたトップモデルのマネージャーであるということだけ。
そのモデルさんは既に芸能界を去っていて。マネージャーであるあの人も事務所を辞めていたらしいのです。
彼女が調べて分かったのはそれだけ。それ以上はどうしても分かりませんでした。
―――――でも。
それで諦めきれるかどうかは、また別の問題でした。
だから彼女は、こうしてタレントが訪れる場に来る度に想いを馳せて、探して…そして見つからなくて、項垂れるのでした。
「…はぁ」
今日もいない。いつものように。
いないといっても、彼女はあの人をよく見たわけではないのだからいたとしても分からないのですが。
―――仕方ない、早く姉に忘れ物を届けてしまおう。と彼女は腕時計を見ます。時間が押しています。
いつも通っている道の警備員の人が初めて見る人で、彼女は緊張します。彼女は人見知りが激しいのです。
ぺこりと頭を下げて、足早に通路を通り抜けようとしたら、ここは関係者以外立ち入り禁止だと警備員の人に遮られました。
(…て、一般人だと思われてます!?)
確かに彼女は芸能人ではありません。しかし関係者ではあります。
彼女は必死で説明しました。モデルである姉の忘れ物を届けにきたと。
けれど相手は信じてくれません。似てないとばっさり切り捨てられました。
彼女の素顔は姉と面影があるのですが、実は彼女は勉強のしすぎで分厚い眼鏡をしていたのです。
これでは少し分かりづらいです。しかし彼女には眼鏡を外すという選択肢はありません。眼鏡は身体の一部で付けている自覚がないのです。
彼女は何とか頼み込んで通させてくれるよう頼みますが、しかし相手もこれが仕事と許しません。
どうしようと彼女が困り果てていると…
「そいつはオレの連れだ」
―――――後ろから、そんな声が聞こえてきました。
彼女が振り向くと、そこにはすごく背が高くて、黒の帽子とスーツを着こなした格好良い男の人が立っていました。
警備員の人はその人を一目見ると驚いて「失礼しました!」と頭を下げて、通してくれました。
なんだかよく分からないけど、助かったようです。
「あの、ありがとうございました!」
ぺこっと彼女は思いっきり頭を下げてお礼を言いうと、しの人は「ああ」と言って彼女の頭を撫でました。
(はぅっ)
彼女は思いっきり顔を赤く染めて、俯いてしまいました。
たとえそれが子供扱いされてることであっても、頭を撫でられると嬉しいようです。
それどころか…もっとしていてほしいと思ってしまうようです。
そういえばあのときの―――あの人もまた、彼女を姉の所に連れて行くまでずっと頭を撫でていてくれました。
あれがその理由なのかも知れません。
彼女がそんなことを思いながらぼんやりとしていると、その人は彼女の顔をじっと見ていました。
「お前…」
「―――え?」
「ああ、いたいた。―――リボーン、遅いよ! 探したんだからね!」
男の人が何か言いかけたそのとき、通路の向こう側から髪のかなり立った男の人が駆け寄ってきました。
「ああ。悪い」
その人もその人に振り向きます。彼の名はリボーン、と言うようです。
と、向こう側から来たその人は彼女に視線を向けて…何故かじっと見つめます。彼女は戸惑います。
「―――リボーン、この子…」
「ああ、使えると思わないか?」
(………使える?)
一体なんのことでしょう。気が付けば二人とも彼女の方を見ています。
彼女が思わず後退りしそうになってると向こう側から来た男の人がにっこりと笑いながら言いました。
「ねえ。ボンゴレプロダクションって知ってるかな。オレそこの社長やってる沢田って言うんだ。ちなみにそこの無表情はオレの秘書でリボーンって言うんだけど」
そう言いながら彼女に名刺を差し出します。…ボンゴレプロダクション代表取締役社長 沢田綱吉…
ボンゴレプロダクションといえば数年前に出来た、けれど大きな会社です。すっごい大きな会社です。大物です。
はわはわはわはわ。もしかしたら今忙しくて、貴重な時間を奪ってしまったのでしょうか。彼女はいきなり涙目になってしまいます。
「あ、あああああぅ、すいませんすいませんーっ」
「え!? 何で謝るの!? リボーンどうしよう、オレ何かしたかな!?」
「オレが知るか」
「ちちち、違うんです違うんですっすいません、ごめんなさいー!」
もう涙目でパニックな彼女の頭に何かが触れます。…見上げると、リボーンが彼女の頭を撫でていました。
「少し落ち着け。別に誰も怒っちゃいねぇ」
「は、はい…」
あうあうと赤くなりながらも彼女は何とか気を落ち着けます。深呼吸です。吐いてから吸うのが正しい深呼吸です。
そんな彼女が可笑しいのか、沢田社長は笑っています。
「―――ああ、いや、失礼。ね、もしよかったら眼鏡を取ってくれないかな?」
「え?」
眼鏡。先程も言いましたが彼女は勉強のしすぎで視力が悪く、眼鏡をしています。
彼女の目の悪さは半端じゃないです。すぐ傍にいる人の顔すら判別付きません。
だから眼鏡がないと本当に死活問題なのですが…
「あ、いや。そんな何分もしないでいいから。ほんの数秒だけ…キミの素顔を見てもいいかな?」
沢田社長は彼女にとんでもないことを言い出しました。
素顔。この姉と比べると申し訳ない(と、彼女が信じ込んでいる)自分の素顔を見せろだなんて!
流石にそれには彼女も抵抗があります。彼女は自分に自信がないのです。
「駄目か?」
と、後ろからリボーンが覗き込みながら聞いてきました。それにより彼女の心が揺れ動きます。
―――先程困っている所を助けて頂きました。そのご恩。今この場で返さないでどうするのだと彼女の中の誰かが囁きます。
そうだその通りだと彼女が同意します。その場の勢いは大切です。
「わ、分かりました。でもあまり見ないで下さいね…?」
そう断りを入れてから、彼女はをおずおずと眼鏡を外しました。
「………っ」
沢田社長が息を呑みます。そしてにやりと笑いました。
「決まり、だね」
「そうだな」
彼女の知らないところで話が進んでいます。一体なんのことでしょうか。
「あの…」
「あ、ごめんね。もう眼鏡してもいいよ」
沢田社長の許可を得て彼女は眼鏡を装着します。眼鏡を掛けてないと落ち着かないのです。
視界がクリアになると、目の前にはさっきよりも上機嫌な沢田社長の姿。…一体何だというのでしょう。
「ねぇキミ。いきなりのことで驚くかもしれないけど―――」
「? はい」
「アイドルになってみない?」
……………。
「えぇぇぇえええええぇぇぇえぇぇえええー!?」
「声がでかい。驚いて声を出すとしてももっと小さく」
リボーンからのいきなりの指導に更に彼女は身を縮こませます。
「あはは。リボーンこの子のマネージャーにでもなるつもり? まぁオレとしては大歓迎だけど」
と言いますか彼女がアイドルになるのは決定なのでしょうか。彼女を置いて話がどんどん進みます。
「ん? アイドルになるの…いや?」
不安そうな顔をしている彼女に気付いた沢田社長が優しく問い掛けます。彼女はぶんぶんと首を振って。
「いいい、いやとかそういうことではなく…!」
あうあうと彼女は戸惑います。だって、だって。彼女は本当に容姿に自信がないのです。
―――けれど確かに、幼き頃はモデルである姉に憧れていつか彼女も芸能界に行くんだと思ったこともありました。
(…そういえば、あの時のあの人)
あの時、幼き頃助けてくれたあの人。
いくら彼女が探しても見つからなくて。もう芸能人にでもならないと見つからないかもと思いもしました。
(……………)
彼女は問答します。芸能界に入れば、あの人は見つかるでしょうか。
少なくとも、その可能性は上がります。
あの日からもう、そのときまで彼女が生きてきた時と同じだけの年月が経ちましたが、それでも、まだ彼女は…
「―――どうしたの? ああ、別に返事は今でなくともー…」
「いえ、あのっ」
彼女は沢田社長の言葉を遮って、そして―――――
ばたん! と大きな音を立てて扉を開けました。
「お姉ちゃん!!」
「あら。遅かったわね、心配してたのよ? 今スタッフに探しに行かせようかとー…」
「あのね、あのねお姉ちゃん!!」
「…どうしたの? ちょっと落ち着きなさい。そんな貴方も可愛いけどね」
「あの…ね、あの、あの…!」
彼女は興奮する小さな胸を押さえながら、大きな声で。彼女は大好きなお姉ちゃんに報告しました。
「―――――あのね、ハヤト…アイドルになったの!!!」
―――とまあ、そんなわけで。
彼女の名前は獄寺ハヤト。
14歳の女の子。
この夏、守って下さい箱入り娘系アイドルとして芸能界にデビューしました。
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