「分かった。なんだって引き受けてやる」


「流石はリボーンだね」



よくぞ言ってくれたと言わんばかりに笑うツナ。


…雑務だろうが汚れ役だろうが、使いたければ使いたいだけ使えばいい。



オレにはもう、それぐらいのことしか出来ないのだから。



「じゃあお願いするね。長期の任務だから荷物多目の方がいいよ」


「ああ」


「あ、オレも手伝いますリボーンさん」


「獄寺くんはお留守番」



ツナの発言に、ぴたりとあいつは動きを止めた。


けれど、オレも多少驚いていた。


…長期の任務で、ボンゴレから離れるのに補助なし?



「な…にを言ってるんですか10代目! オレはリボーンさんの…!」


「オレの命令に意見する気? 獄寺くん。いつからキミはそんなに偉くなったのかな」



    ぐ、とあいつは言葉に詰まる。所詮は機械人形。作り主の命には逆らえまい。


………いや、まぁ獄寺は獄寺でツナには逆らえないだろうが。


………。



「ま、杖があればなんとかなるだろ」


「ってリボーンさん!! 何をそんな…!!」


「ごねない獄寺くん。キミには他に、やってほしいことがあるんだから」


「………やってほしいこと…?」



投げ放たれた問いに、しかしツナは答えない。ただ薄く笑っているだけだ。


…あれは絶対よくないことを考えてるな……


……………。


ま、オレには関係のないことだ。


オレは黙って退室しようとする。



「あ、待って下さいリボーンさん! せめてボンゴレを出るまではお世話します…!!」


「よし、じゃあ即行で準備していくか」


「酷い!?」



まぁ、流石にそれは嘘だが。


…ここを出る前に寄りたいところもあるしな。





準備を済ませ、あいつを置いてオレが訪れた場所は……ボンゴレのある施設の、一室。


獄寺の病室。


ここはいつ来ても変わらない。眠る獄寺。起きない獄寺。まるで時間が止まってしまったかのように。


代わりにここから外に出れば、まるで獄寺がここで眠り続けていることなどなかったことにされてる世界が待っている。


獄寺の代わりに作られた機械人形。獄寺の居場所を与えられた偽者の獄寺。


周りはもう、あいつを獄寺だと認識している。獄寺がここで眠っていることを知らない者すらいる始末だ。


オレは獄寺の頭を撫でる。いつも通りに何の反応も返ってこない。


…前は。獄寺がこうなる前は、獄寺は頭を撫でられると面白いほど反応したものだ。赤くなって、嬉しそうに笑って。でも子供扱いしないで下さいと怒って。


……あの日々は、もう帰ってこない。



「…暫く。来れなくなるからな」



そう呟いて、オレは退室した。


眠り続ける獄寺からの返答は、もちろんない。







ボンゴレの連中とも別れ、オレは奴等から遠く離れた異国の地へ。


オレの受けた任務は簡単。敵の殲滅。それだけだ。


ここにいるのは討つべき敵と、撃つ必要のない味方だけ。会話などない。あのアジトでの冷たい視線もなく、偽者の獄寺もいない。


…それだけで、言ってはなんだが精神的にかなり楽だった。



そういえば、存分に仕事のみに専念出来るなどと随分と久し振りだ。ましてやこんな、単純明快な殺しなど。


意識が研ぎ澄まされていく。仕事用の空気が肌に纏わり付く。



眼は銃の標準を合わせるために。


指は銃の引き金を引くために。



思考はどれだけ合理的に効率良く相手を無力化出来るかと考えるためだけに。



…ああ、良い感じだ。


知らず、オレの口に笑みが宿る。


そう、久しく忘れていたこんな感情。これは"楽しい"だ。



いつも通りに動こうとして、その通りにならず思わず舌打ちする。


…そういえばオレはもう片足が動かないんだったな。忘れてた。


まぁ、良い。片足のハンデなどどうとでもなる。そう、問題ない。



いたるところから銃弾が飛んでくる。いつもならば避けられるような弾が掠って肌に傷が付く。


構わない。すぐ治る傷などいくらでも付ければいい。その代わりにオレはそいつらの命を貰うだけだ。



引き金を引く。反動で腕が上がる。赤い飛沫が飛んで。銃弾を詰める。銃弾が当る。―――――オレは笑っている。



ああ、楽しい。銃声が鳴る度に今まで溜まっていたストレスも飛んでいくかのよう。


オレはこのときだけは、全てを忘れていた。忘れていられた。


起きない獄寺も、獄寺に酷似しているあいつも、あいつらの冷たい対応も、みんな―――


―――――。







それから暫くして、オレは任務を終え再びボンゴレへと戻ってきた。


…足取りが遅く感じるのは…気のせいじゃねぇだろうな……



最早あそこにオレの居場所はない。


周りのあの冷たい視線。仮初の獄寺。


あの場所は…もうオレが安心出来る安全地帯ではない。どこにいても針の筵だ。あるいは四面楚歌か。



眠る獄寺の隣でさえ…居心地は悪いだろう。


それでもオレは、ここに戻ってくるしかなくて。


オレは逃げ出すわけには、いかなくて。


………。





ボンゴレに着いたときには、もう日付も超えていた。


まだ日の高いうちにツナに連絡だけは入れておいたから、オレはそのまま自室に戻った。部屋に戻るまで誰にも会わなかった。



…なんか、疲れた。



杖を傍らに置いてベッドに倒れこむと、途端に眠気が襲ってきた。


そういえば…任務に出ている間はあまり眠ってなかった。戦闘があまりにも楽しいのと夢見が悪いのとで。


…眠れば、皆に…獄寺に責められる夢を見た。それを見たくなかったから、オレは敵を求め彷徨い昼も夜も撃ち続けた。



けれど撃つべき相手はもういない。


オレはそのまま眠りについた。





夢は、見なかった。







―――そういえば昔、いつだったか獄寺がオレを起こしに来たことがあった。


いつもならば誰かが部屋に入る前に起きるのだが、そのときは運が良かったのか悪かったのか、仕事疲れで珍しく深く眠っていて。


カーテンを開く音で気が付き、朝日の眩しさを目蓋越しに感じて目が覚めた。


思えば、誰かに起こされるなど初めての経験だったかもしれない。


だからだろう。オレがあのときの獄寺の顔も、声も、台詞ですら今でもよく覚えているのは。




「おはようございますリボーンさん。今日も良い天気ですよ」




―――夢を、見ているのだと思った。


あの日の夢を、見ているのだと思った。


それほど目の前の光景はあの時と酷似していて。



…けれど、オレは知っている。



あいつが…獄寺がここに来れるわけがないのだと。


あいつは眠り続けているのだと。


目の前にいるこいつは…偽者の獄寺なんだと。



そうだと、分かっているはずなのに……



一瞬でも本物と見間違えたのは………見間違えてしまったのは、きっと…オレが寝起きで寝惚けていたからだと。


そうに違いないと、思った。





「…リボーンさん? 如何なさいました?」


「……なんでもない」



オレは目を背けて傍らに置いてある杖を取る。と、あいつがオレに近付いてオレが立つのを手伝おうとする。



「リボーンさん…戻ってこられたのは何時なんですか? なんでしたらまだ休まれた方が…」


「平気だ。これくらい」



突き放して言い切る。目は合わさない。後ろであいつが何かに堪えているような気配を感じた。


………。


オレは気にしないよう努め、歩き出す。あいつは諦めたのか、オレの代わりにドアを開けた。





一歩離れてあいつが着いてくる。寂しそうにあいつが俯いている気配がする。


…なんだ? あいつ、何かあったのか?


……そういえば…今まであいつとこんなにも長く離れたことはなかったな。それでか?


思えば足を負傷してから、オレはほとんどボンゴレにいた。外出するときも今回を除いてあいつは着いてきた。


獄寺は…オレと長く離れてもあんなに辛そうにはしてなかったけどな。


……………。



ああ、そうか。オレが相手をしてないからか。



この反応は初めて見るものだった。所詮こいつは周りのデータを元に獄寺を"演じて"いるだけなのだから初めての出来事に対応出来るはずがない。


どこかぼろが出るんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。そこが腹立たしくて…苛立った。



この日はずっと、あいつを無視していた。いつもよりも、ずっと。


少しでもあいつにかまけると…あいつを見ると。何故だか本当に獄寺だと錯覚してしまいそうになったから。


…認めたくはないが…やはりどこかオレも、あいつを獄寺の代わりにしていた部位があったということか……?


……………。



それから無感情に仕事をしていけば、気付けばもう夕刻で。


そろそろ部屋に戻るかと歩き出せば、後ろで音が。


見ればあいつが床にへたり込んでいて。


…転んだのか?



「…何をやってるんだ、お前は…」


「あ…あ…す、すいません、リボーンさん…」



…もしかして調子が悪いのか? 普段のこいつならば転ぶことなどありえない。実際、初めて見た。


杖を突いて、あいつの前に立つ。目の前のこいつはオレを見上げている。その顔にはどこか疲労の色が浮かんでて。


………。



「…ほら」


「え…?」



オレは手を差し出していた。こいつは不思議なものを見るようにきょとん、としている。



「…どうした?」


「え…!? あ、いえ…」



恐る恐る、といった感じにこいつはオレの手を掴んで立ち上がった。すぐに離れたものの、その足取りはどこか覚束ない。



「…お前な……疲れているのならオレなんかにかまけてないで休んでもいいんだぞ?」



むしろそっちの方がオレも気が楽だ。つか機械が疲れるってのもおかしな話だけどな。


…まぁ、なんにしろ休むだなんて事こいつに出来るわけがないんだが。



「………」



目の前のこいつは黙っている。俯いて、何かを考えている。


…なんだ…?



「…どうして……」


「…ん?」


「どうして…リボーンさん…そんなにオレに、優しいんですか?」



………。


…優しい、か。


確かに今までの…特に今日のオレの動向から比べたら優しいに分類される行動かも知れないな。


だが…言えるか。


床にへたりこでいるこいつを見たら、どうしても獄寺とリンクしてしまい……思わず手が伸びただなんて。



「…別に、普段通りだろ。それにお前にはいつも補助として世話になってるからな。これくらい当然だ」


「……………そう、ですか……」



…こいつは一体何が言いたいんだ? 俯くこいつの考えがさっぱり分からない。



「リボーンさん…お願いです、教えて下さい」


「…? なんだ?」



こいつが何かを聞いてくるとは珍しいな。データの集合体であるこいつが今まで何か疑問を持つことなどなかったし。


…もしかしてオレがボンゴレから離れている間にツナたちに何かされたのか? ツナもこいつにやってほしいことがあるとか言ってたし。


……それなら朝から感じている違和感も納得がいくが…



「オレは……獄寺隼人、ですか…?」



「…? 何を…」


「答えて…下さい」



………?


嫌に切羽詰ってるみたいだが…本当にオレがいない間に何があったんだ?


変な答えをすれば自害すらしそうな勢いだが……



「………そう、だな…」



こいつは獄寺隼人か。


そう聞かれれば…



「お前は……」



以前までのオレなら、何を言ってるんだと一蹴しただろう。お前は違うと。あいつなわけがないと。


けれど…今日に限って、そうだと言い辛い。


それほどまでに、こいつは獄寺にそっくりで。



だけど、そんなわけがなくて。


それでも………こいつに罪はなくて。



そう、こいつの役目はここにはいない獄寺隼人に成り切ること。その為に作られた。


でもこいつは、本物に成り得るは決して出来ない。所詮は偽者なのだから。


だから全ての人間に自分は獄寺隼人なのだと認めてほしいのだろう。今オレの前で問い掛けているように。



見れば、あいつの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。本当に獄寺にそっくりな顔で。


…ああ、もう泣くな。そんな辛そうな顔をするな。



認めるから。



お前には何の罪もない。むしろ罪があるならオレの方。


お前はオレの罪。お前が何故作られたのかというと、オレが獄寺を守れなかったから。


お前を認めないということは、それはオレは自分の罪を認めないということ。


それならば……


オレは目の前のそいつを引き寄せて。初めて……頭を撫でてやった。



「え……」


「お前は…獄寺隼人だ」



目が見開かれる気配を感じた。びくり、とこいつ………獄寺の身体が震えた。


堪えきれなくなって涙が零れたのか、オレの服が濡れるのを感じる。



「そうですか……」



獄寺は自分から離れた。その手にはさっきまで持ってなかった、けれどオレの見慣れたものを持って。



「"こいつ"は、獄寺隼人ですか」



獄寺が持っているのはオレの銃だった。先程オレが引き寄せたときにでも見つけたのだろうか?



「あなたの動かぬ足を補助する"あいつ"が、獄寺隼人ですか」



獄寺は泣いていた。先程よりも辛そうに。先程よりも悲しそうに。




「"オレ"の居場所は…あなたの隣じゃなかったんですね」




獄寺はオレの銃を自身に宛がう。…嫌な汗がオレを伝う。


…いや、まさか……そんなことが…



獄寺は泣いていた。


獄寺隼人は泣いていた。



病室で変わらず眠り続けているはずの獄寺は泣いていた。



オレの恋人である獄寺は泣いていた。


オレに、偽者が本物であると断言されて泣いていた。





「さようならリボーンさん。…どうか、オレの偽者と末永く」





獄寺がそう言い終わると同時、


オレが止める間もなく、


獄寺は引き金を引いた。



聞き慣れた銃声。


飛び散る赤。


嗅ぎ慣れた臭い。


倒れる…獄寺だったモノ。



「あ……」



オレは……何を……


オレは獄寺の隣にいると決めたのに。


オレだけは偽者を認めないと決めたのに。



それなのに、オレは―――





「リボーンさん!!」





声が聞こえ、誰かに抱き締められる。


見ればそこには獄寺が。



「一体何をしてるんですかあなたは!!」



怒鳴りつけられる。が、まったく耳に入らない。


何をしている?


決まっているじゃないか。獄寺の後を追うんだ。


だというのに獄寺はオレの手にした銃を無理やりむしり取る。



「リボーンさん、あいつはオレの偽者です!! あんな奴の後を追わないで下さい!!」


「は…?」



偽者?


あいつが? あの獄寺が?



「オレが本物です! リボーンさんが任務に発っている間にオレが起きて…あいつ廃棄処分が決定されて! それで自棄を起こしてリボーンさんを騙したんです!!」


「……………」



だが、そう言われも先ほどのあの光景が目に焼きついて離れない。


あの赤。あの臭い。…作り物とは思えない。



「信じられませんか? でしたら証拠を見せましょうか?」



そう言って、獄寺は自分の腕にナイフを突き刺した。獄寺の顔が苦悶の表情になり、脂汗が出る。


そして切れた腕からは血が。紛れもなく血が。血の臭いが。



「…ね? オレ、人間でしょう? 作り物じゃないでしょう? あんなのよく出来た偽者です。オレが、オレが本物です!!」


「そうなのか……?」



「ええ、そうですとも。決まってるでしょう? ですから―――信じて下さい、リボーンさん」



オレのすぐ横には動かない獄寺が。


オレの目の前には血を流す獄寺が。



片方が本物。


片方が偽者。



片方はずっと眠り続けていた獄寺で。


片方はずっとオレの補佐をしていた獄寺。


…一体……どっちが本当の獄寺なんだ…?



「リボーンさん…お願いです。どうか、オレを…疑わないで…下さい……」



オレにはもう、見分けなど付かなくなっていたが…ただ目の前のこいつの流す涙と表情だけは真実だと分かった。


だからオレはこいつの涙を拭ってやって。




「………頼むから、泣くな。―――――獄寺」







「―――リボーンさん」


「…獄寺か。どうした?」


「どうした、じゃありませんよ。お休みになるのなら自室へと戻って下さい」


「そうだな……じゃあ、戻るか」


「はい。お手伝いします」


「ああ」



獄寺に支えられながら、オレは自室へと戻る。


その途中ツナと会ったが、軽い会釈程度で特に会話などなかった。


ツナと擦れ違ったあと背後からいつも感じる無機質な視線。


その何か言いたげな視線を、今日もいつものように黙殺する。



ふと横を向けば、すぐそこには獄寺がいる。獄寺はオレに気付くとふわりと笑いかけてくる。


それだけで、オレにはもう充分だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

To Be Continued?


この道より先に救いはなく。