「………話が急すぎる。今回は見送らせろ」
「ん? 流石にリボーンでも難しい?」
ツナが笑う。オレに出来ないことがあることがさも可笑しいように。
…オレにだって出来ることと出来ないことがあるんだぞ。
誰にも信じてもらえないかも知れないが。
「話はそれだけか? ならオレは出るぞ」
背を向ければ一歩遅れてあいつが着いてくる。オレの代わりにツナに「失礼しました」と言って主務室の扉を閉めた。
…オレは背を向けていたが、あいつの顔は容易に想像が付いた。
きっと困った顔をしていて、けれどそれを必死に表向きは隠して。その内心ではオレとツナの仲をどう取り持つかと思い悩みおろおろしてるに違いない。
…獄寺が、きっとそうだからな。
―――ああ違う。待て。あいつは獄寺ではない。獄寺とはまた別のものなんだ。
どれほど獄寺の癖や仕草を詰め込もうとも、あいつは獄寺には決して成り得ない。そうとも違う。違うんだ誤解だ獄寺。
オレはあいつを認めない。決して認めるわけにはいかない。
オレまであいつを認めてしまったら、お前の居場所が―――――
オレはあいつに「絶対着いてくるな」と言っていつもの場所へと向かった。…獄寺の病室だ。
獄寺は変わらずここにいた。いつも通りに。開いた窓から入ってくる風に吹かれて。
獄寺は眠っている。あの日からずっと、眠り続けている。
…本来ならば、オレがそうなるはずだったのに。
なのにあいつは、弱いくせにオレなんぞを庇って………
その結果が、これだ。
オレの足は動かなくなり、獄寺は倒れ、周りはおかしくなり、そして獄寺の代わりが作られた。
…そんな結末、誰も望んでなんかいなかったのに。
オレがこうなればよかった。誰もがそれを望んでいた。このオレですら。
「なのにどうしてお前は……」
呟いて、獄寺の頬に手を添える。冷ややかな体温。何の反応もない身体。
獄寺はあの日から目覚めない。
いつまで経っても。何をしても。
だけれど、だからと言って代わりを作っていいはずがない。
それは、ここにいる獄寺を他の誰でもないオレたちが殺す行為なのだから。
たとえ、こいつが二度と目を覚まさないだろうと医師に宣言されていたとしても。
だから、周りは絶望してあいつを作ったのだとしても。
いくら周りがあいつを獄寺だと認めても、オレはあいつを獄寺だとは認めない。
獄寺はここにいる。代わりなど必要ない。
……………。
「あ。リボーンさん。お帰りなさい」
暫くして戻ると、あいつはオレが「着いてくるな」と言った場所から微動だにしてなかった。
こいつはいつもこうだ。恐らくオレが言えばいつまでも待つのではなかろうか?
…獄寺も微動だにしなさそうだしな……
……違う。こいつと獄寺を比べるな。こいつと獄寺は違う奴。こいつは…オレの補助だ。それ以外のなんでもない。
「…どうされました? リボーンさん」
「どうもしない」
素っ気無く言い放って、歩き出す。あいつはいつものように一歩遅れて着いてくる。
オレはあいつを認めない。
けれど、言ってしまえばこれはオレの都合で、あいつ自身には何の罪も汚点もない。
むしろ…罪や汚点があるとするならオレの方。
あの時。獄寺を守りきれたなら。あるいは獄寺に庇われるような事態に陥らなければ。
全ては…何も狂わなかった。オレにはそれが出来るだけの力があったはずなのに。
こいつは、オレの罪。
だがそれは…こいつを認めないということは……オレは自分の罪を認めてないということと、同義なのか…?
頭の中がぐるぐるする。色んなものが巡り回って、混ざり合ってくる。
そのせいか、段差に杖を引っ掛けてしまいバランスを崩す。動かない足から落ちていく。
だが、オレの身に衝撃はなかった。
転ぶ前にオレを支える奴がいたから。
「リボーンさん、大丈夫ですか?」
「ああ…」
オレを支えるのはオレの補助。こいつは自らに与えられた役目を果たしているだけ。それだけだ。
こいつは機械。こいつの行動は全てプログラム。こいつはどれだけあいつに似ていても、獄寺隼人には成り得ない。
分かっている。本物はあっち。本物はベッドで寝ている方。こいつは違う。こいつは偽者。…頭が回る。ぐるぐるぐる。
「…リボーンさん、今日は調子が悪いんですか? でしたら早めにお休みになられた方が…」
心配そうな獄寺。違うこいつは獄寺ではなくて。獄寺として作られたがこいつは決して獄寺ではありえなくて。でも獄寺にしか見えなくて。
「リボーンさん…?」
その声でオレを呼ぶな。
オレをその声で呼んでいいのは、オレが呼ばれたいのはお前じゃない。
何かしら言葉を放ってこいつを黙らせたいのに、何故かオレの口は開かない。
口どころか目蓋すらも重くなって、段々と閉じていく始末。
身体が、重い―――
気が付けば、目の前は戦場だった。
狭い路地。飛び交う銃声。それはいつもの、慣れた風景。
………なんだ…? オレは今まで白昼夢でも見てたのか? こんな抗争の真っ最中に?
―――もしそうなら、どれほどいいことか。
そう思う間にも、身体が勝手に動いて敵を無力化していく。と思えば敵の銃弾がオレの頬を腕をかする。
……この光景を、オレはどこかで知らないか…?
まるでいつか体験した過去をそのままなぞっているよう。けれど、それはいつどこで?
それは一体、いつ―――
「リボーンさん!!!」
後ろから投げられた声に、思わず息を呑んだ。
振り返り視界に納めたその姿は―――獄寺。
そう認識して、やっと思い至る。
ここはあの日だ。オレが片足の自由と獄寺を失ったあの日だと。
気付けば獄寺はオレの方へと駆け出している。オレを庇おうと。
…させない。
あの日の再現だなんて、もうさせない。オレが許さない。
来るな、獄寺。
お前は、こっちに来るな。
気付けばオレの右腕は勝手に獄寺へと伸びていて。
その手に持っていた銃の引き金を―――――
目覚めは最悪だった。
…オレは一体何をやってるんだ。いくら夢の中とはいえ獄寺を撃つなどと。
更に足元に撃って足止めするわけでもなく、顔面に標準を合わせたなどと。しかも躊躇すらせずそのまま撃ったなどと。
思わずベッドの上から項垂れる。頭を抱える。あの行動では本末転倒ではないか。
と、
「失礼します、リボーンさん」
聞こえてきた声に目をやれば、
「…リ、リボーンさん? 如何なされましたか? そんな見るからに驚いて」
そこには、頭に包帯を幾重にも巻いている獄寺が。
夢でオレが撃ち抜いた通りの場所を怪我している獄寺が。
「お前……それ、どうした」
「え? それって………どれのお話です?」
首を傾げる獄寺。…いや、本当にこいつは獄寺か? 偽者の方じゃないのか?
「…その、包帯だ」
「包帯って…別に普段と何も変わりませんよね? これの何が気になるんです?」
…ああ、まどろっこしい。
「いつ、怪我したんだと聞いてるんだ」
「………リボーンさん? 大丈夫ですか? シャマルを呼びますか?」
「質問をしているのはオレだ。答えろ!」
「―――、その…以前抗争で、撃たれました。…貴方に」
「―――――」
…何が、どうなっている?
確かにオレは獄寺を撃ったさ。けれどそれは夢の中での話だ。現実は関係ない。それともオレはまだ夢を見ているのか?
「よく生きてたな」
「まぁ…正直死ぬかと思いましたけど昔から悪運だけは強い方で」
そういえばそうだった。昔からなんだかんだで生き残ってきたんだこいつは。怪我ばかり傷ばかりその身に負いながらも。
だけど、眠りっぱなしということはなかった。そりゃあ何日かはあったが何週間も何ヶ月もということはなかった。
じゃあ、今までのが夢なのか? 獄寺は病室で眠り続けてなどいない? ましてや獄寺の偽者などもない?
そうなのか…? 本当に?
「………………」
「リ…リボーンさん?」
黙り込むオレに心配そうに話し掛ける獄寺。
…しかし。はて。どうしてこいつはこうもオレに構う? こいつの言う通りならオレはこいつを撃ったんだぞ?
普通、嫌うだろう。避けるだろう。なのにこいつにはそんな素振りが見られない。
「…なぁ…一つ、聞いていいか?」
「は、はい…?」
「お前、オレをどう思っている?」
「え…? え…え、―――ええぇええぇぇえ!?」
「そう素っ頓狂な声を上げるな」
「すいません! と、言いますか、な、何をいきなり!?」
「オレが知りたい。猛烈に知りたい。今知りたい。答えろ」
「そ…そりゃ…お慕い申して…ますよ? こんなオレがリボーンさんの隣にいれてそれはもう嬉しくも恐れ多くでも誇らしく……」
「本当か…?」
と、聞くまでもなかった。こいつの嘘などすぐに分かる。
「本当ですよ?」
「そんな怪我をしてもか?」
「何言ってるんですか。この業界怪我が怖くてやっていけるほど甘くないです」
「その怪我を作ったのはオレだろうが」
「何言ってるんですか!」
と、獄寺は握り拳を作り、
「どこの誰とも知らないような奴に作られた傷ならまだしも、貴方に作られた傷ならばむしろ嬉しいです!!!」
そう力説した。
………。
ああ、そうか。すっかり忘れてた。
こいつ、馬鹿だった。
「な、なんですかその呆れたかのようなため息は!」
実際呆れてんだ。お前のその馬鹿さ加減に。
「……………お前」
「はい?」
「どうして、あの時オレを庇おうとした」
「え…? ああ、あの時ですか」
「ともすればお前は死ぬかも知れなかった。死なずともどこかしら深手を負っただろう」
「そうですね」
「オレならなんとでも凌げた。そりゃあ無傷では済まなかったかも知れないがお前よりはましだっただろうよ」
「それは…オレもそう思います……けど、」
「…なんだ?」
オレのその言葉にか、獄寺は、
「でも…その………か、身体が勝手に動いちゃったんだから仕方ないじゃないですか!」
なんて言ってきて。
「だって好きな人が危ない目にあってるんですよ目の前で! どうしても何もないですよ!!」
口が開けばあとは自棄になったのか、今度はマシンガンのように言葉を放ってくる。
「そりゃあオレのやったことは非効率的で不合理的でしたよ! でもこういうことって理屈じゃないんです! 貴方はそういうの嫌いでしょうけど!!!」
そう叫んで、獄寺は乱れた呼吸を整えようとする。何か辛いものに耐えるように顔を俯かせている。
「………お前、少し落ち着け」
「ううううう…」
ええい呻るな。
…はぁ。
そういえばこいつ、こんな奴だったな。
そんなことすら、忘れてた。
「…ほら、来い」
そう言って、獄寺の手を掴んで引き寄せる。
「え…? リボーンさん?」
戸惑いながらもオレに逆らうような真似はせず、オレと距離を縮める獄寺。
オレはそんな獄寺の頭を、軽く撫でてやる。
「え…えぇ!? リボーンさん!?」
「どうした?」
「どうしたと言うのはこちらの台詞ですが何か!?」
「いじめた詫びだ。悪かったな」
「いいえ気にしてません! と言いますかお詫びがまるっきり子供扱いなのは如何なものですか!?」
「お前は実際まだまだガキだろう。これで充分だ」
「オレこう見えて貴方よりも一回り以上年上なんですけど!!!」
「でも撫でられると嬉しいだろう?」
「はい!! って、何言わせるんですか!!!」
顔を真っ赤にさせてそう抗議してくる獄寺がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「…リボーンさん、笑うのは……反則ではないかと」
「そうか?」
けれど、笑わずにはいられない。
昔、こいつを初めて撫でたときとまったく同じ反応で。ああ、こいつまったく変わってないなとそう思って。
「も、もうリボーンさん! オレで遊んでないで安静にしてて下さいよ!」
「ん? 安静? オレどこか怪我してたっけか?」
「な…何を言ってるんですか! そんな足で!!」
「足?」
言われて、気付いた。
毛布のふくらみが、オレの臑の先からへこんでいることに。
毛布を剥ぎ取って見てみれば、オレの脚は両方臑から先がなかった。
「うう、う…すいませんリボーンさん…あの時オレが余計なことをしたせいでリボーンさんの足が…」
あの時…こいつの頭を撃ったときか。そのときオレは両足を失ったと。
…こいつを失うことに比べれば、安い買い物だな。
「ああ、すまない。忘れてた」
「忘れないで下さい!!」
「そう言うな。今までずっとおかしな夢を見てたんだ」
「夢…ですか?」
「ああ。本当に変な夢だった。そのうちお前にも教えてやる」
「…? はぁ…ありがとうございます」
「それにしても……今日は暑いな」
朝っぱらだと言うのに既にもう汗だくだ。心なしか息も荒い。
「…そう…ですね。もう夏ですし……あとで冷たいものでも持ってきますよ。今は横になって安静にしていて下さい…リボーンさん」
「……そう、だな…」
獄寺に横にさせられ、毛布を被せられる。
目の前にはまるで隙だらけな獄寺。それに、悪戯心が湧き上がる。
すっと、獄寺のネクタイに手をやり。無造作に引っ張った。
「わ…!?」
驚く獄寺の顔がすぐ目の前に。何をされたのかまるで分かってない獄寺の顔が状況を把握するにつれ徐々に赤く赤くなっていく。
やがて手を離すと、獄寺はぐったりとしてベッドに突っ伏した。その顔はなるほど、タコ頭と呼ぶに相応しい。
「な…なにを、」
「隙だらけなお前が悪い」
「答えになってないうえに……酷いです」
「酷いものか」
はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いてやる。
「恋人にキスして、一体何が悪い」
ぴたり。そんな擬音が似合うほど見事に獄寺は止まった。
そしてオレの頭を毛布の波が襲う。
「も、もう! 寝てて下さい安静にしてて下さいリボーンさん!! どうしてそう貴方はオレに悪戯を仕掛けますかー!!!」
だって仕方ないだろう。
お前とこうして触れ合えるのは本当に久し振りなんだから。
なんて言っても、きっと誰にも通じないのだろうから。言わないが。
「…ああ、すまない。悪かった」
素直にそう詫びを入れたら入れたで、複雑そうな顔をする獄寺。
「…素直に謝るリボーンさんなんて、なんだかあまりリボーンさんらしくないです」
失礼な。
「はぁ……じゃあ、オレはもう行きますね。またあとで来ます」
背を向けて歩き出す。オレはその後姿に、
「―――獄寺」
と声を掛ける。
ぴたり。とまた獄寺が止まった。
「なんでしょう?」と振り向くこともなく、「今忙しいのであとにして下さい」と言葉を放つわけでもなく。ただ止まっている。
「…すまなかったな。お前を、撃って」
「そんな…オレは全然気にしてませんよ」
獄寺は振り向くこともせず、そう言って退室した。
室内にはオレ一人になり、けれど特にするべきこともなく。
「…寝るか」
呟いて、横になる。
………次に獄寺が来たら、冷房を入れてもらおう。
今日はなんだか―――異常なまでに、暑すぎる。
室内を出る。あの人の部屋を出る。
ドアを出てすぐ隣に掛けてあるのはあの人が今まで使っていた銀の杖。そして―――…
あの人の、臑から先の両足。
…オレが……やった。
その事実に、何故か足元が不安定になったかのような錯覚を受ける。そんなわけないのに。
「ご苦労さま」
静かに声を掛けてきたのは、10代目。
「リボーンは無事に騙されてくれた?」
「はい…なんとか」
オレはなんとか笑って見せた。
オレの付いた嘘なんか、普段ならばあの人は絶対に看破しただろう。
だけど、あの人は"オレ"を否定したがっていた。
それにあの人は最近疲れが溜まっている様子で…そして目覚めた先には恐らく夢の通りに頭部が破損した"獄寺隼人"がいて。
だから、受け入れてしまった。こんな継ぎ接ぎだらけの夢舞台を。
オレはリボーンさんの補助。だからいつだってオレはリボーンさんの近くにいる。そう、たとえば夜にだって。
あの夜。リボーンさんはうなされていた。オレは起こすべきかどうか悩んだ。
そうしていると…リボーンさんはいつの間にかいつもの銃を手にしてて。
それを眠ったままでありながら自身へと向けて。引き金に力すら入ったから。
思わず、銃口を逸らさせた。オレの方へと向けさせて。
結果オレの顔半分が吹っ飛んだが、リボーンさんが無事ならばそれは些細なことだ。
…それにオレ、バックアップ秒単位で取ってるし。たとえこの身体が一辺に吹っ飛んだとしても粉々になったとしてもまた一から作れるし。
まぁそれはともかく、オレはこのことを10代目に報告した。
10代目は深夜の訪問とオレの壊れた頭部にかなり面食らっていたが、事情を知ると笑った。それはもう楽しそうに。
そしてこの計画を立てた。
実際はなかった、仮初の未来。
"獄寺隼人"はリボーンさんを庇うことは出来なかった。リボーンさんに撃たれて。
リボーンさんは獄寺隼人に庇われなかったから、ペナルティを受けた。それは両足の自由。
両足…? でも実際はリボーンさんは片足だけを…
足がそのままだったら流石に気付くよ。動かない足を取ろう。ついでにもう片方も。
流石にオレは反論した。無事な足まで取る必要はないと。
けれど。
じゃあこの話はなかったことにする?
一晩もあれば、キミの頭を元通りにするなんて充分だけど。
朝が来れば全て元通り。未来は何も変わってない。リボーンはキミに冷たく、キミを獄寺くんとしては見ない。
キミは彼にとって獄寺くんではなく、ただの補佐。冷たく当られるだけ。彼に余計なストレスを与え続けるだけ。
まぁキミがそれでもいいって言うのなら、オレは別に構わないけど。
でも、いいの?
リボーンももう長くないんだし、少しぐらい良い夢見させてあげた方がいいんじゃない?
………は?
あれ? 知らなかった?
リボーンね。もう長くないよ。
な…何を……
言葉通りだよ"獄寺くん"
リボーンは近いうちに死ぬよ。
な、何言ってるんですか! そんなわけ……
シャマルから何も聞いてない?
あれは嘘だって…冗談だって言ってました!!!
………ああ、それで力バランスを調整しとけって言ってたのか…
キミ、それ聞いたときシャマルを思いっきり締め上げたでしょ。
流石のシャマルも危なかったらしくってさ。慌てて否定したんだってさ。
そんな……
じゃあ、本当に…?
うん。
……………。
で、どうするの?
え?
リボーンが目覚めたらそこはどこ?
今まで通り、キミを見向きもしない未来? 毎日辛そうな未来?
それとも………
…………………。
………オレは………
そうしてオレが選んだ未来は、正しかったのか間違っているのか。
あのあとオレはあの人の部屋まで戻った。…あの人の両足を切断するために。
一度決めたら行動は早かった。切断、止血、後処理。
…輸血が満足に出来なかったから、早めに手を打たないといけないな……
けれど、そんなことよりも一番緊張したのはあの人との会話で。
そう、全てはあそこで決まった。いくら小細工をしようとも、あの人の体調と夢見が悪く騙されやすくなっていようとも。
オレがあの人を騙し切れなかったら、全ては無意味なことで。
オレは"獄寺隼人"として回答した。ああ、違う、違います。オレは獄寺隼人。オレが獄寺隼人。
オレが本物。オレこそが本物。オレ以外に獄寺隼人なんて存在しているわけがない。
そう。そうとも。だってその証拠にあの人は……
獄寺。
オレを、そう呼んでくれた。本当に久し振りに。
嬉しかった。だってあの日を境に今までずっとその名で呼ばれることなんてなかったから。
オレは獄寺隼人として認められた。他の誰でもない、あの人に。
それは喜ばしいこと。それは誇らしいこと。それこそオレは手放しで喜んでいいはず。
………だけれど。
オレは、獄寺隼人には出来ないことをやってのけた。
獄寺隼人が、リボーンさんを騙そうだなんて考えるはずはない。
だってリボーンさんは人の心が読めるから。
獄寺隼人が、リボーンさんの足を切り落とすなんて出来るはずがない。
仮にするとしても、もっと不手際だったはずだ。だって好きな人の足を取るだなんて。気が動転するに違いない。だけどオレはそれを"機械的"に処理して。
いいや、そもそも。そもそもだ。
獄寺隼人―――いや、人間が、頭を撃たれて無事なはずがない。
オレは人の心が読めるリボーンさんを騙し通した。嘘を付くときだけ"獄寺隼人が本当のことを話す仕草"をして。
オレはリボーンさんの足を取った。無表情に。無感情に。
オレは……オレは、獄寺隼人じゃ、ない。
オレは偽者だ。
「獄寺くん…? 辛そうだけど、大丈夫?」
「え…? そ、んなこと…ないですよ?」
「………」
「10代目?」
そう言ってから、この人相手にオレがこの呼び名を使っていいのか、悩む。
オレの外見も声も獄寺隼人と同じだろうけど、中身はまったく違うのに。
「獄寺くんが辛いのなら。今からでもリボーンに打ち明ける?」
「え……? ―――だ、駄目ですそんな!!」
「そう? オレとしては真実を知ったリボーンが見物だから別に構わないんだけど」
「駄目…駄目です10代目…止めて下さい、お願いします……」
リボーンさんが事実を知れば、きっとリボーンさんはまた"オレ"を見てくれるだろう。
だけど、もうリボーンさんの傍にはいられない。
それは嫌だ。それは辛い。
あの人にどれだけ嫌われようとも。
オレはあの人が好きだから。
…この想いは獄寺隼人のもの? オレはそれを自分のものと錯覚しているだけ?
―――でも、たとえそれでも。
「"オレ"は…リボーンさんの隣に……いたいんです」
「……………」
「だから…お願いです、10代目」
「―――ん?」
「オレから…リボーンさんを、取らないで下さい」
「……………」
10代目は、オレの言葉に暫し、考えて―――
「分かったよ。獄寺くん」
「リボーンさん。今日は天気がいいからお出掛けしましょう」
「そうか? …そうだな」
「はい」
オレは足がなくなって更に小さくなったリボーンさんを抱きかかえて、車椅子へと移動させる。
リボーンさんが本当に歩けなくなった今、その補助は変わらずオレの役目だ。
だけど、変わったこともある。
リボーンさんの表情が、とても柔らかくなった。険の雰囲気が解けて笑ってくれるようになった。
だからきっと、オレがしたことには意味がある。
「…獄寺? どうした獄寺」
「え!? な、なんですか!?」
「さっきからボーっとして。何か悩み事か?」
「な、なんでもないです!」
「……おかしな奴だな」
呆れた風に言いながら、けれど笑ってくれてるリボーンさん。
その微笑みもこの言葉も、本当はオレに向けられてることではないと、知っているけど。
オレは獄寺隼人じゃない。だけどリボーンさんにとってはオレが獄寺隼人。
この世界に必要なのは、それだけで充分。
と、突風が吹いてリボーンさんの帽子を遠くまで飛ばさせる。
思わず腕を伸ばしたけど、オレの手が間に合う前に……まるでオレから逃げるように帽子は遠くまで飛んで。
帽子は風に乗ってぐんぐんと上がっていって。やがてボンゴレのある施設の部屋の窓にぶつかって落ちた。
その部屋は覚えてる。いつもなら開いてた部屋の窓。
その部屋は覚えてる。いつもリボーンさんが一人で向かっていたところ。
そういえば、リボーンさんはオレを獄寺隼人だと認識してからあそこへ向かわなくなったな…
…じゃなくて。今はそんなことよりも帽子だ。
「…すいませんリボーンさん。すぐに取りに……」
「いいや、構わないさ。それよりオレはお前とデートがしたい」
「!! も、もうリボーンさん! ですからいきなり、そんな……!」
「本当にお前はストレートな物言いに弱いな。面白い」
「オレで遊ばないで下さいリボーンさんー!!!」
クックと笑うリボーンさんに口を尖らせる"獄寺隼人"
これがリボーンさんが望む日常。そしてきっと"獄寺隼人"が望む日常。
この人がいなくなるその日まで、オレはこの日常を演じよう。
オレはリボーンさんで手一杯。だから帽子が入ることが叶わなかったその部屋には、誰からも忘れられた目覚めぬ"誰か"がいて。
その人が遠い向こうから聞こえてくる愛しい人と"誰か"の笑い声に、意識が戻らないまま音もなく静かに涙を流したなんて。
オレたちが知る由などある訳がない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
To Be Continued?
だから彼は報いを受ける。