「へぇ、それはよかったね」



と、シャマルから告げられた話をそのまま10代目にも告げれば、10代目は本当に嬉しそうに答えてくれた。


ありがとうございます。


オレも淡く笑って答える。



―――10年前、オレの声が出なくなったと知った10代目の取り乱しようはすごかった。


当事者であるはずのオレよりも苦しそうに顔を歪めて、悲しんでくれて。


そういえば、最初の数年はオレは紙を使って意思を伝えていたはずなのだが、気が付いたらそんなものなくても何故か10代目には通じるようになっていた。


最初意思を書いた紙を見せる前に声が来たときは本当に驚いたものだ。いや懐かしい。



「…何黄昏てるの? 獄寺くん」


はっ いえなんでも。


「………」



そう答えるオレを、10代目は黙って見つめて。


そしてやがて、一言。



「…で、なんでそんないい知らせを聞いたのに、浮かない顔をしているの?」



…やはり、10代目には隠し事は通じないらしい。


オレは苦笑して答える。



10年も前に潰れた喉を治す。口で言うのは簡単だが、実際は一朝一夕で出来るものではない。例えその治療法が見つかったのだとしても。


本気で治したいなら、最低でも三ヶ月は専門施設に缶詰されることを覚悟しろと告げられた。



「なんだ、そんなこと」


だというのに、10代目の答えはあっさりとしたものだった。そんなことて。10代目。



「数ヶ月で獄寺くんの喉が治るんでしょ? 安いよ」


でも、怪我をしているわけでもないのに三ヶ月もボンゴレを抜けるなんて…今はリボーンさんもいないのに。


「いいって。大丈夫。…それともなに? 幹部が二人程度いなくなっただけで潰れるような、そんな組織なわけボンゴレは。オレはそんなところのボスなの獄寺くん」


そんなことっ!!!



慌てて否定すれば、笑みを浮かべている10代目と目が合った。



「うん。だよね。だから獄寺くん、行ってくるといいよ」


そこまで言われては、オレにはもう否定する材料はなく。



「獄寺くんだって、また声が出せるようになりたいんでしょ?」


それはもちろん、その通りで。



「それにさ」


それに。



「三ヶ月っていったら、丁度その頃だよねリボーンが帰ってくるの。…リボーンにだけこのこと黙っててさ、驚かせてやらない?」


そう、10代目が悪戯っ子のような顔で提案するのは、実は………この話を聞いたとき、オレもぽんと頭に浮かんだことで。



本当に……いい…ですか?


「最初からそう言ってるよ。オレは」



後押しするように、背中を押されるように言われて、オレは………



………行かせてください、10代目。


「うん。行っておいで」



そこで10代目の目がきらりと光った。



「その代わり」


はい。


「獄寺くんの喉が無事に治ったら………獄寺くんにはオレの右腕になってもらうからね。覚悟しておいて」


―――――。



…それは、オレの喉が潰れてから。初めて日本に戻った日の話だ。


10代目と会って、事情を説明した日。


オレは10代目の右腕を辞退する旨を告げた。


声の出せぬ者が、ファミリーのボスの右腕にはなれないと。そう言って。


みんな驚いてた。まぁ、あれだけ右腕右腕言ってたオレが急に手の平を返したのだから、当然か。



今思えば、まるっきり子供のわがままだったけど。


それでもオレは、その意思を違える気はなくて。



喉の潰れた右腕を携えてるなんて、ボンゴレファミリーという組織が。10代目が舐められてしまう。


オレ一人のわがままで、そうなってしまうだなんて我慢がならなかった。



…というオレの考えも一応10代目には伝えたのだが………あのあと大喧嘩になったなぁ…


そんなの勝手だ、と怒鳴られた。それはもう盛大に。あの優しい10代目に。


だけどこっちももう引けなくて。オレは自分の意思を貫き通して。右腕になれ! なりません! と今まで言ってたことが逆転して。いや懐かしい。



「獄寺くんどこ見てるの?」


はっ いえ少し過去を。



「…まぁいいけど。とにかく、絶対だからね?」


今まで通りリボーンさんでいいんじゃないんですか?



現在、10代目の右腕はリボーンさんが勤めている。10代目が「獄寺くん以外に誰が右腕やるんだよ!」と言い放った一言にとっさにオレが指定してしまったのだ。


急に話を振られてリボーンさんは最初驚いていたようだったけど、オレが心の底から頼み込むと分かった分かったと承諾してくれた。10代目は不満顔だったけど。



「冗談。なんであんな小言がうるさい奴とこれからも顔合わせないといけないんだよ。知り合ってもう10年だよ10年! もう嫌あんな奴」


オレ、絶対リボーンさんより手際悪いですよ? もたもたして10代目を苛立たせてしまうかも。


「いいよ。リボーンと獄寺くんとどっちと仕事するかなら断然獄寺くん」


でも…


「獄寺くん」



10代目が、やや据わった表情で一言。



「もしかして、オレの右腕やるの、いや?」


そんなことっ!!!



思わずそう答えれば、ニヤリと笑った10代目と目が合う。…なんか、ついさっきも似たようなことがあったような。



「そっか。それはよかった。オレ、獄寺くんに見限られちゃったのかって思ったよ」


やめてくださいよ…



オレだって右腕はやりたい。それは10年前からの夢だ。


ただ、自分から辞めると言い出しておいて、ちゃっかり復活するのはそれは果たしていいのだろうか。と思うわけで。


それに、半ば無理やりリボーンさんにその役を押し付けておいて、こっちの都合で右腕を降りてもらうというのは…それはあまりにも勝手で、わがままだ。



いえ、右腕はやりたいんですけど。



「大丈夫だって。リボーンも右腕降りたくて降りたくてたまらないから。早くオレのお守りから解放されたいって」



そうなのかなぁ…リボーンさん、オレにはそんな愚痴一言も言ったことないけど。


小首を傾げるオレに、10代目が据わった表情のままで言う。



「もう、オレがやれって言ってるんだから黙ってやるの。獄寺くんはとっとと喉治してオレの右腕になりなさい!」


それオレにとっていいことしかありませんけど。


「オレの右腕になったらガンガン働いてもらうから大丈夫」



なるほど。


そこまで期待をされて、応えなくては男ではないだろう。



分かりました。そういうことであれば、お任せ下さい。


「うん。やる気になってくれてオレも嬉しいよ」


オレが10代目の右腕に無事なった暁には、死ぬ気で働かせて頂きます。


「やばいやる気にさせすぎた!?」



…では、すいませんが今日の仕事が終わり次第支度に取り掛からせて頂きますね。


「ん? いやいいよ。今から行っても。早く行けば早く戻ってこれるでしょ?」


いえ…流石に今からは………



と告げるものの、10代目は何故か乗り気で。文字通りにオレの背を押して主務室から追い出した。


………まぁ、好意には甘えておくか…


ボンゴレを数ヶ月抜けるなら、他の奴等にも知らせておかなければならないだろう。


とりあえず連絡してくるか、とオレは歩き出した。





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オレは一歩を歩み出す。