眼前にはシャマルの顔が広がっている。


真剣な表情で、オレを見ている。



「……………」


「……………」



お互い、息すら吐けずに見つめ合っていて。


…ああ、情けない。


お互い、修羅場もそこそこ越えて―――シャマルに関しちゃオレの倍以上は超えてるだろうに。こんなことでびくびくして。



「…ほら、隼人」


シャマルが口を開く。



「ゆっくり………声、出してみろ」


「……………」



手術を終えて、数週間。


喉に生じていた痛みも引いて、どうやら………結果を見る日が来たようだ。



「―――――」



口を開いて、声を出そうとして…そこから先が続かない。


怖かった。


まさか、オレが…こんなことでこんなにもびくつくとは、自分でも思わなかった。が、正直に言う。怖い。



だって、これで、こうまでして…それでも、声が出なかったら。


もう、一生声は出ないだろう。


たとえこの先、また似たような話が来ても。信じられないだろう。


なんだかこれが、最初で最後のチャンスな気がしてきて。


そう思ったら、何故か喉が重く感じ。治まったはずの痛みすら再発してきた。



………いいや。


それこそ気のせいだ。


もう痛くない。


痛みなんて感じない。


あれだけシャマルが手を尽くしてくれたのだから、痛いはずなんかない。



オレは前を見据える。


息を吐いて、吸う。


口を、開く。



「………」



なのに、未だに恐怖は拭えない。


ああ、しっかりしろ、オレ。


10年前、一度宣告された身だろうが。


もう、声は二度と出せないと。


だから、仮に手術が失敗していたとしても。今まで通りで。失うものなんか何もない。


…ああ、駄目だ駄目だ。そんな後ろ向きな考えでどうする。違うだろう。そうじゃない。



暑くもないくせに、汗がオレの顔を伝う。


口の中どころか喉の奥までカラカラに乾いていて。舌先は上手く動かない。


…だが、それがどうした。


オレが今やるべきことは、声を出すことだ。喋るのには難がいりそうだが、声を出すだけなら何の問題もない。オレが勇気を出せさえすれば。



「……………」



ああ―――



リボーンさんに会いたい。


リボーンさんの声が聞きたい。



何故だか急に、そんなことを思った。


今はそれどころではないというのに。


だけど、一度出た思いはとまらない。



リボーンさん。


リボーンさん。


リボーンさん。



「………、」



いつの間にか、オレの口があの人の名に合わせて閉じたり、開いたり。



「隼人…?」


「………、……っ」



リボーンさん。


リボーンさん。


リボーンさん。



「はや―――」


「リ…ボ………さ…っ!?」



思わず、喉を押さえた。硬い唾を呑み込む。



オレ、今………?


恐る恐る前を見ると、少し呆けた顔のシャマルが。


だけど、それも一瞬で。


次の瞬間には、オレはシャマルに抱きしめられていた。



「えらいぞ隼人」


耳元で囁かれる。



「よく、頑張ったな」


頭を撫でられる。



ああ、オレ―――…


今、声。出たのか。


出たんだ。


ほう、と。息を吐く。



オレの喉、治ったんだ。



張り詰めていた空気と、身体の力が抜ける。



「シャ……マ…、」



ああ、本当だ。


声、出てる。



うわ、10年振りだよ自分の声聞くの。


オレの声、こんなに低かったっけ?


低いっつーか、なんかガラガラで、掠れ声だな。


風邪引いて、喉をやられた時みたいだ。


戻るのか? これ。



「戻す」



聞いたら、即答された。


戻る、じゃなくて戻すのか。



「何のために数ヶ月って言ったと思ってんだ? お前の声を治すためだ。完璧にな」


マジか。



「どっちにしろ声がガラガラで右腕やったら、格好悪いだろ?」


いや、まぁそうだけど。





………。


リボーンさん。


オレ、喉が治りました。


また、声が出せるようになりました。


今はガラガラで、掠れ声だけど。


時間を掛ければ、それも治るそうです。



………リボーンさん。


早く、あなたに会いたいです。





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空を見上げれば、日はまだ高く。青空が広がっている。