リボーンが長期の任務から帰ってきて、久し振りにボンゴレの敷地内に足を踏み入れると…


「………?」


違和感を覚えた。


それは何処が、何がと問われると答えられないような微かなもの。


その違和感の正体が何なのか分からぬまま、掴めぬままリボーンはアジトの中へと入った。


ツナへ報告を済ませ、自室へと戻る。


…やはり違和感を感じる。


敷地内に踏み入れた時よりも、その違和感は強く感じる。


と言っても、やはり微かなものでそれがどういうものなのかも分からないのだが。


自分以外は誰もこの違和感を感じてないのだろうか。少なくとも先ほどあったツナは何も感じてないように見えた。


時折擦れ違うファミリーもツナと同様、自分の感じる違和感に気付いてないように見える。


「………」


と、歩く先でクロームと擦れ違った。


「あ…リボーンさん。お疲れ様です……」


「ああ…」


挨拶を返すクロームもいつも通りに見える。眠いのか、どこかぼんやりしている程度だ。


「疲れているのか?」


「ええ…最近、疲れやすくて……」


クロームは眠そうに欠伸を一つ。


「なら、早く寝ろ。体調は常に万全に整えておけ」


「はい…おやすみなさい、リボーンさん……」


覚束無い足取りのクロームと別れる。


…やはり彼女らは何も感じないのだろうか。自分の感じるこの違和感を、一欠片たりとも。


「………」


考えても答えは出ず、リボーンは自室へと戻った。


そういえば―――いつもなら、自分がアジトへ戻れば真っ先に迎えに来てくれる恋人が、今日は来なかったなと思いながら。





その恋人である獄寺隼人は、どうやらリボーンが任務から帰ってくる少し前に怪我をしたらしい。


そのことを、リボーンは医務室で獄寺本人から話を聞いていた。


なんでもツナを狙うヒットマンが襲ってきて、庇ったのだと。


名誉の負傷ですと笑う獄寺を、ひとまずリボーンは殴っておいた。


思いのほか痛かったらしく、頭を抑える獄寺にリボーンは尋ねる。


「ところで獄寺」


「はい?」


「オレが戻ってくるまでに…ボンゴレで何か、変わったこととか起きてないか?」


「変わったこと…ですか」


「ああ」


「10代目を狙うヒットマンが現れましたが」


「それは別に変わってねえだろうが」


なお、そのヒットマンは既に対処済みである。


しかし獄寺の口調からすると特になにもなかったらしい。


ならば…夜が明けてもなお感じるこの違和感は何だというのか。


「リボーンさん…?」


「いや…何でもない」


リボーンは獄寺の頭をぽんぽんと撫でる。


「ま…お前が無事でよかったよ、獄寺」


「………」


撫でられた獄寺といえば、どこか驚いたような顔でリボーンを見返してた。


「…どうした?」


疑問符を投げ掛けるリボーンに、獄寺は正気に返る。


「い、いえ…リボーンさんがお優しいので、少し驚いて……」


「…随分な言いようだな。オレとて恋人が負傷したと聞いたら心配するし、無事と知ったなら安心するし…優しくもなる」


「…そう…ですよね。すいません、リボーンさん」


微笑む獄寺。その眼差しを、リボーンはよく知っていた。


「…お前、やっぱりビアンキと姉弟なんだな」


「はい?」


「今のお前、ビアンキそっくりだ」


「な……っ!!」


獄寺が驚く。それは照れているような、意外なことを言われたかのような。


「じ、冗談はよして下さい! リボーンさんも知ってるでしょう!? オレは姉貴が嫌い、大嫌いなんです!!」


「それは知ってるが…そこまで言ってやるなよ。あいつも今は事情も分かってお前に配慮してるだろ」


「で、ですが…!!」


「それに…」


「もう! リボーンさん!!」


獄寺がリボーンの言葉を遮り怒鳴る。


「ん?」


「オレの前で姉貴の話なんてしないで下さい! 金輪際です! 絶対駄目です!!」


「…そこまで言うか?」


「そこまで言います! リボーンさん、恋人の前で女の…昔の愛人の話をするなんて何考えてるんですか!!」


「いや、だがビアンキはお前の…」


「……………」


「…分かった分かった悪かった。もうしない」


無言で睨み付けられ、リボーンはため息を吐きながら折れた。





リボーンには暫く休暇が与えられた。見回りの意味も込めてリボーンはアジトを散策する。


そうしていると、彼の生徒の一人…その中でも気難しさはトップクラスに入るであろう人物と出会った。


常に仏頂面であるその人物はいつもより不機嫌そうで…更に、どこか疲れているように見えた。


彼を見かけたのがリボーン以外であったなら、誰であれ…たとえ緊急の用事があったとしても声を掛けるのを躊躇い、どうにかやり過ごす方法を考えるだろう。


けれども彼を見かけたのは怖いもの知らずのリボーンであった。故にリボーンは何の躊躇もなく彼に声を掛ける。


「よお、雲雀」


「………」


声を掛けられ、雲雀は不機嫌そうに目線を向ける。その様子は殺気すら漂わせておりいつ攻撃されてもおかしくはない。


けれど、我らが先生リボーンがそんなことを気にするはずがなかった。


「どうしたんだ? 疲れてるみたいだな」


「……まあ、ね」


憮然と答える雲雀。早く対話を切り上げたいという雰囲気が伝わってくる。


が、それに応える義理はないリボーンである。


「お前といいクロームといい、疲れている奴が多いな。ツナは一体どんな仕事配分してんだ?」


ちなみにツナは昨日見た限り然程疲れているようには見えなかった。まさかあの10代目は自分の仕事を部下に押し付けているのだろうか?


しかし、雲雀が反応したのはツナの名ではなく…


「…クローム? あの子が疲れてるって?」


「? ああ」


「………そう」


どこか納得したような顔をする雲雀。しかし機嫌も悪くなる雲雀。


「どうした? 何か知ってるのか?」


「いや、僕は何も知らないよ」


「?」


これ以上話すことはないとばかりに雲雀は歩き去った。


「………」


謎だけが残ってしまった。


しかしヒントも貰った。


雲雀とクロームの付き合いは浅い。


むしろ雲雀は誰とも付き合いは薄い。自分から誰かの話題を出すなど滅多にない。


そんな雲雀がクロームの名を出した。


何が起こっているのかは知らないが…しかしクローム本人は恐らくは何も知るまい。


今ボンゴレに…クロームの身に何か起こっているのだとしたら、あの夜会ったその時に気付いてる。


クローム本人すら知らぬ身体の不調。


何があったか知る人物がいるとしたら…それは……





「…あなたから僕に訪ねてくるなんて珍しいですね」


「そうか?」


リボーンは骸を訪ねていた。


骸はクロームや雲雀と同じくいつもと比べ疲れているように見えた。今のボンゴレには疲れている奴しかいないのだろうか? ツナと獄寺は元気そうだったが。


そんなことを考えながら、リボーンは早速本題に入る。


「クロームが最近疲れやすいんだと。何か知らないか?」


「クロームが…? そのようなこと僕に言われましても…昔ならともかく、彼女はもう僕の補助なしで生きていますから」


言いながら、骸は目を逸らす。


それを見て、リボーンは確信する。


骸は何かを知っている。


「骸、誤魔化すんじゃない。今何が起きている?」


「………」


はぐらかしを許さないリボーンに、沈黙する骸。


ゆっくりと追い詰めていくリボーンに、しかし骸は不敵な笑みを返した。


「―――そういえば…お墓参りには行きましたか?」


「…何?」


「おや、ご存知ない? 先日ボンゴレ10代目が命を狙われたのですが…」


「その話は知ってる。獄寺がツナを庇って負傷した」


「………ええ、その通りです。そして、その際一人死者が出た」


「…何だと?」


知らない。少なくともリボーンはそんな話を一言も聞いてない。


骸はわざとらしく目線を逸らし、一言。


「ボンゴレに戻ってきて、あなたは一度でも会いましたか? あなたの元愛人にして…あなたの恋人の姉である彼女には」





「すまなかった」


「え……」


急に病室へとやってきたリボーンに謝られ、呆気に取られる獄寺。


「骸から聞いた」


「―――」


途端に表情を固くさせる獄寺。冷や汗を流す。


「ビアンキが亡くなったそうだな。だからお前はあいつの話をしたがらなかったのか……」


「え…あ……」


戸惑う気配。獄寺は虚空を睨み付ける。


「骸…あいつ……」


「だが何故黙っていたんだ?」


「……………」


獄寺は俯き、沈黙する。


暫しその状態で固まったのち…獄寺は顔を上げた。


「姉貴の願いです」


「ビアンキの?」


「ええ…姉貴は、リボーンさんに自分の死を知らせないでほしいと言って死にました。…自分のために、時間を割いてほしくないと」


「あいつ…」


昔は何が何でも自分に目を向けさせようとあの手この手を使っていたのに…いつの間にこんなにしおらしくなったのか。


「だが、まあ知ったからには放っとくわけにもいくまい。あいつの墓はどこだ?」


「……ここからじゃ少し遠いですね…オレたちが生まれ育った城の敷地内にあります。生まれる前に作られた墓の中に」


揺り篭よりも先に墓を作られたんですよ、と獄寺は儚く笑った。


「なら…お前の怪我が治ったら、一緒に墓参りに行くか」


「………ええ、そうですね。姉貴もきっと喜びます」


そう言って、獄寺は顔に影を落としながら笑った。





病室から外に出る。


「………」


あの日。リボーンが任務から帰ってきた時に感じた違和感。


それは未だに拭えていない。


が、その正体は掴んだ。


獄寺隼人。


彼の前に対峙すると、違和感がより一層強く感じる。


それが意味するものは何だろう。


ボンゴレに戻ってきて、訪れた変化。


対話したツナはいつも通り。


相対する獄寺は少々情緒不安定。


擦れ違う同僚もいつも通り。


違ったのは、クローム、雲雀、骸。


彼らは何故だか疲れているように見えた。


…そして、疲れの種類はそれぞれ違うように見えた。


いなくなっていたのは、亡くなったと告げられたビアンキ。


……………。


リボーンは深いため息を吐き、頭を掻いた。





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さて、問題だ。

事の"真相"を答えてみせよ。


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