なんで。みんな教えてくれないんだろう。
どうして。何も答えてくれないんだろう。
オレが知りたいのは、ただの事実なのに。
もうどう足掻いても、手遅れなんだけど。
それでも何もしないなんて。我慢が出来ないから。
なのに…なのに。
誰の願いなのか、オレの望みは叶わない。
ああ―――なんて。酷いんだろう。
5/ Tsuna Side 2
彼が…獄寺くんが死んだ。
それは坦々とした事実として伝えられた。あまりにも無感情に。無味に。
いつ。なんで。どうして。…死んだのか。オレはリボーンに問い掛けた。
けれどリボーンは…何故か答えてはくれなかった。
不可解なことに沈黙を守るだけだった。
何故だろう。
オレはただ知りたいだけなのに。
上手く情報が入らない。まるで誰かに邪魔をされてるよう。
でも…誰に?
オレにはそれが分からない。
リボーンにいくら聴いても無駄らしいということを悟ったオレは、別方面から攻めてみることにした。
オレの持っている手掛かりは多くない。
思えば…学校で行方を絶った獄寺くん。
そして…次に来た知らせは、死。
…恐らくはマフィア関係だと推測。
学校で、マフィアで。…それで獄寺くんについて何か知っていそうな人物。
―――Dr.シャマル。
オレは保健室へ。
がらりと扉を開けると…いた。いつもの白衣を着て。いつものように項垂れて。
「…Dr…シャマル?」
声を掛けると少し反応。ゆっくりとこちらを振り向いた。
「…なんだ。お前さんか…」
明らかな落胆。一体誰だと思ったのだろうか。
「―――シャマル」
「…あんだよ」
「あの…ご、ごく…」
ダンッ!!!
最後まで、言葉は言えなかった。
シャマルが思いっきり、机を叩いたから。
その音に。衝撃に。思わず身が竦む。
「…なんだ?」
もう一度。問い掛けの声。
けれどその声色は、最初のものとは比べ物にならないほど。黒く暗く歪んでいる。
「…あの、シャマル…オレ、獄寺くんの…」
ダダンッ!!!
さっきよりも強い衝撃。そして沈黙。
「………あいつは」
「え?」
「隼人は…死んだ」
「…っ」
ええい、この程度でオレは何を怯んでいるんだ。
そのことは既にリボーンに告げられていた。分かっていることなのに。
けれど別の人間から知らされると。また別の衝撃が来るということも確か。
でも…今はそんなことに一々恐れている場合では。ない。
これからオレは、そのときのことをもっともっと詳しく知ろうとしているのだから。
なのに。
「お前さんに教えられるのは、ここまでだ」
「は…?」
なのに。ここでもまた立ち塞がる壁。
オレはそれを砕けない。
「ここまでって…なんで…どういう意味なんだよ、それ!」
「難しく考える必要はない。そのままの意味だからな。…お前は。知れない」
意味が分からない。どうして…オレは知ることが出来ないというのだろうか。
「精々。苦しめ」
恨みがましい声が聞こえる。シャマルの口から。
…どうやらシャマルも、オレに教える気はないようだ。この大人がその気になったら、オレが敵う相手でもない。
しかし、何故…?
リボーンもシャマルも間違いなく何かを知っている。
なのに何故かオレには教えてくれない。オレのとても大切な人の最後を。
まるで鍵のない金庫を渡されたような気分だ。
中には何か入ってて。だけど何が入っているかは分からない。
調べたいけど。その鍵を持っている人物は…鍵どころか中身のヒントすらくれやしない。
決して開かない金庫。中には一体何がある?
調べても何も分からず。それどころか拒絶の意志すら見えてその壁の高さに泣きたくなる。
ああ、オレはそんなことの為に泣きたくなんてないのに。
オレは彼を想って泣きたいのに。
なのにそれが出来ない。まだオレは彼の死を信じ切れていないから。
それはそれで幸せなことなのだろうか。まだ希望を持ててると。
けれど…幸せというにはこの状況は苦しい。苦しい。何も出来ず。もどかしく。
何て言うんだっけこんな状態。ああ、蛇の生殺し?
夜に彼を想って涙が出るとしても、それは彼の死を想ってではない。
この現状に対する、自分の不甲斐無さにだ。
ああ腹が立つ。苦しい。それでまた涙が出て。ああ苛々する!
そんな状態が朝になっても昼になっても治らず。そうしていたら頭をはたかれた。
…ビアンキに。
「ツナ。あんたうざいわよ」
「………ビアンキ…」
ビアンキはいつも通りだ。彼のことを知らないわけでもないだろうに。
「―――隼人のことなら、覚悟を決めておかなかったあんたが悪い」
「…え?」
「この世界で暮らしているあんた達には少し分かりづらいかもしれないけど。向こうの世界で暮らしている私達はいつ死んでもおかしくなんてないのよ」
淡々と、ビアンキは告げる。
「隼人は勿論。私も。あんたの兄弟子のディーノも。シャマルも。…リボーンだってそう。絶対も例外もないのよ」
だから愛するものにはいつだって最大の愛情を持って接するのだと。
…いつ死に別れても良いようにと、ビアンキはオレに教える。
でも…それはオレにはもう。不要な知識だ。
だって。それは既に悟らされた。
「そう…だね。確かにオレは…甘く見ていたと思う」
世界の残酷さを。楽観していたとは思う。
けれど。
「でもさ。…その仕打ちが、"これ"なわけ!?」
唯一つの事実だけを告げられて。でもそれ以上の情報は決して与えない。
それは…甘い世界を夢見ていたオレへの、罰なのだろうか?
そんなはずはない。
「………」
ビアンキはオレに背を向ける。
「暫く。出るからリボーンによろしく言っておいて」
「え…?」
「このままここにいると、心にもないことをあんたやリボーンに言っちゃいそうだから。頭を冷やしてくる」
制止の言葉をかける暇もなく、退室するビアンキ。
「…邪魔よ」
「うぉ!?」
そして突き倒される音。
今の…声は…
「…よ、ツナ…」
「ディーノさん…」
現れたのは、遥か遠いイタリアの地にて活躍しているはずの。オレの兄弟子。
…獄寺くんのことを聞いて、飛んで来てくれたのだろうか。
「その…なんだ、この度は…」
「はい…ありがとうございます…」
もしかしたらオレよりも辛そうな表情のディーノさん。
ビアンキと同じく、その世界の人だから情報の死だけでもその重みは充分に伝わるのだろう。
…オレとは、違って。
「…ディーノさん…」
気付けば、オレは口を開いていた。
「なんだ?」
この思いをどうすれば良いのか分からなくて。受け止めてくれそうな人にぶつけたかったのかも知れない。
「―――みんな、教えてくれないんです」
「―――」
どこかがざわりと変わる気配。
けれど愚鈍なオレは気付かない。気付けない。そんなことは分からない。
「獄寺くんのこと…。獄寺くんがいつ、なんで…どこで。…亡くなったのか…どうしても答えてくれないんです」
「………」
オレは決して、ディーノさんに答えを求めてはいなかった。
だって。このときのオレはディーノさんは獄寺くんが死んだと聞いて、日本に来たんだと信じていたんだから。
…獄寺くんの容態を聞いて、日本に来たのだなんて。知らなかったのだから。
だから。
「………ツナ」
「…? はい…?」
オレはこのとき、本当に驚いて―――
「あいつは…スモーキンはだな…」
「ぇ―――?」
「ディーノ」
突如として声だけが現れた。続いてその小さく黒い姿。
「何しに来たんだ?」
大きな声ではないけれど、確かな強いものが含まれている声。
それにディーノさんがびくりと震える。
「あ…いや、ツナの様子を見にだな…」
「………」
どうみてもディーノさんを信用してないリボーン。
けれど今のオレはそんなことよりも何よりも。先程の言葉の方が気になっていた。
「あの、ディーノさん…? 獄寺くんのこと…何か知ってるんですか!?」
「いや、それは…」
歯切れ悪く返答するディーノさん。けれどその態度はオレの中で確信へと変化する。
「教えて下さい、獄寺くんのこと…!」
オレは必死に頼み込む。
けれど。
「………わりぃ」
現れたのは、謝罪と。沈黙。
「…なんで…」
問いかける言葉が嘘みたいに思えるほど。誰も何も言ってはくれない。
まるで沈黙こそが、唯一の返答のように。
それは明確な拒絶の意思。どうしても見えないその真意。
でも…ディーノさんの反応で何かがあったということだけは分かった。
だったら…もう他人には頼まない。
自分で調べてやる。
例え何年かかったとしてもだ。
「知らないほうが。幸せだぞ」
リボーンが何かを言っているけど。もうオレの心には届かない。
オレの決意はここから始まった。
今のオレはまだ知らない。
獄寺くんが病気にかかり倒れたことも。
それに絶望して。自殺を図ったことも。
ずっとオレの傍にいるリボーンが獄寺くんを撃ち殺したことも。
そして…オレに情報が行かないよう仕向けたのが、実の彼だということも。
今はまだ、何も知らない。
けれど…これは遥か未来に必ずオレが知る。探し当てる。
既に決定している。未来。
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何も知らないことは、ある意味においては希望でもあった。
全てを知るということは、この場合は絶望でしかなかった。
全てを知る遥か未来。オレは誰を怨めば良い?
NEXT?