昔の話をするキミはなんだかんだで生き生きしてて。オレは彼らに少し嫉妬して。


ねぇ獄寺くん…話を誰かに聞いてもらえるだけで―――"幸せ"でしょ?



愛に泣いた朝



「で、その馬鹿は毎日来たんだよ。まったく暇人だよな」


「うん」


「毎回毎回沢山の飯持ってきて。時には寝袋持参でやって来る時すらあった。まったく馬鹿だよな」


「うん」


「あいつの話題が尽きることはなかった。いつまで経っても、次から次へと新しい話をしてくれた」


「うん」


「あいつ、オレが何かの拍子に怪我をするとすっげぇ怒ったんだぜ? 怪我したのはオレの方なのに」


「それだけ、獄寺くんのことが大事だったんだよ」


「オレみたいな奴、放っておいても良かったのに…」


「だからそういうこと言わない!」


「はいはい……」





「その馬鹿ほど偉そうな奴はいなかった。あいつオレになんて言ったと思う? "手当てされて上げても良いよ"、だぜ?」


「それは…さすがにすごいね」


「だろ? そいつは毎日オレに嫌味を言ってきて…でも―――」


「うん?」


「そんなことすら、オレにとっては新鮮で」


「うん……」


「そうそう、そいつは、オレに花言葉を教えていったんだ。まったく人は見かけによらないというか――」


「――ああ、あの時教えてくれた花言葉はその人からの受け売りなんだね」





「で、その馬鹿はいきなり牢をぶち壊そうとしたんだ」


「今はなんの面影もないけど、そんなに頑丈な牢だったの?」


「さぁ。オレは出ようと思ったことなかったから」


「………」


「ああ泣くな泣くな。……で、そいつは呪いの魔物を、つまりオレを退治しに来たみたいだった」


「……!」


「だから泣くなって。そいつはオレのことをどう思ったのか知らないが、さっきも言った通り牢を壊そうとしたんだ。…オレを外の世界に連れ出そうとした」


「……すごい良い人だね。それ」


「ただの馬鹿だよ。あいつは……オレはもうヒトに会いたくなかったから、そいつの持ってきた策に便乗することにした。……この洞窟を、爆破したんだ」


「………え?」


「この洞窟は地下に沈んだ。暗い闇だけの世界になった。でも、その上には、あいつがいたんだ……ずっと…ずっと」


「………」





「暗いだけの空間で。オレは独り、生き続けた。何もせず、ただそこにあり続けた」


「………」


「最初こそは、あいつらの夢も見たりした。けれどそのときは目覚めが虚しくて。そのうち夢すら見なくなった」


「獄寺くん、もう…」


「―――何言ってんだよツナ。あと一人いるんだよ。……とっておきの、奴が」


「――え?」


「どれほどの年月をそこで過ごしてきたのかは分からない。でも、ある日夢を見たんだ。最初の、あいつの夢……」


「………」


「そして、目が覚めたら。そこには光があった。久しぶりだった。そして紅葉が流れてきた。懐かしかった。そして、次に……」


「……うん」


「人間が、やってきた。そいつは地震か何かでまた地上に出たこの洞窟を珍しがって見に来たようだった」


「――その人間は、獄寺くんを見てどうしたの?」


「いきなり自己紹介してきた。オレが無視すると、泣きそうになったな。根性のない奴だと思った」


「む……少し、酷くない? その子にとっては、精一杯だったかもしれないのに」


「そうかもな…そいつはオレが戻れって言っても聞かなくて。それどころかオレに近付いたりして。呪われるなんて脅しても怯まなくて」


「……でも、その子は、もしかしたらすごく怖かったかもだよ? ある一つの可能性に掛けて、その魔物に近付いたのかも」


「ある可能性って?」


「―――悪い魔物じゃないって」


「はっ目出度いな。悪い魔物だったらどうするつもりだったんだ?」


「……それを言われると、辛いけど。…でも、その魔物は良い魔物だったんだ」


「………」


「……で、その子供とは、どんな生活を過ごしたの?」


「ん……そいつは変わった奴だった。オレなんかにかまけて。毎回土産とか持ってきて」


「……それだけ、獄寺くんにくびったけだったんだよ」


「―――言ってろ。……それで、そいつは、ある日ハーモニカを持ってきた。練習だといって、吹き始めた」


「……下手だったんだよね」


「そうだな。確かに、技術力はからっきしだったけど」


「うぅ……」


「でも。オレは好きだった」


「―――え?」


「あんなに一生懸命に楽器を演奏してて。それがまるでオレだけに向けられてされているようで。聞いてて、心地良かった」


「ほ、本当!?」


「嘘言ってどうする……で、そいつはオレにハーモニカを突き付けて。今度はオレに演奏して見せろと、そう言った」


「うぐ…っ」


「あれは見物だったなぁ。ぽかんとしてて。まさに間抜け面とはああいうのを指す」


「言いすぎ……」


「はいはい。……でも、そうだな…楽器を演奏するなんて、本当に久しぶりだった。おかげで上手く出来なかった」


「あれでっ!?」


「だから嘘言ってどうする…それで、そいつはオレを祭りに誘った。……祭りなんて、初めてだった」


「―――え」


「まだここにいる前にも、祭りを見たことはあった。けど、それはいつも遠くから見ているだけだった」


「なんで…」


「罪が、楽しい場所に行けるとは思わなかったから」


「―――っ」


「泣くなよ。ツナ。……だからな、オレは初めて祭りに行けて―――」



とてもとても、楽しかったんだ―――



―――ぱきり。



「……なぁツナ」


「――ん?」


「どうして……オレは………いま」


「……うん」


「どうして、オレは罪なのに、それなのに……」


「――うん」


「オレはどうして―――…幸せ、なんて思ってるんだろうな」



―――ぱきり、ぱきり。



「……獄寺くんは、今までさ、こうやって、誰かに思い出話をすることすら、したことなかったんでしょ?」


「………そりゃあ」


「幸せっていうのは、きっととてもとても些細なことでも感じられるもの。でも、獄寺くんはそれを感じようとはしなかった。感じるのを許さなかった」


「………」


「だから。それに気付いたら、それはきっと、その量に多すぎて戸惑うほどの、幸せを感じられるんだよ」


「……………」


「一生分には程遠いかもしれないけれど。でも、獄寺くんは幸せになれたよね。オレも手伝うから。だから獄寺くん。幸せになろう? 呪いを解こう?」


「……………ツナ」


「え……わっ」


獄寺くんは、オレの頭をくりゃりと撫でて。


「……ありがとな」


そう、穏やかな声で、言ってきた。


「でも、お前に手伝って貰わなくても、良いみたいだ」


「―――え?」


獄寺くんは、両手を、左足首の鎖に持ってきて。


鎖を、手と手に取って。そのまま引っ張った。



鎖が、砕け散った。



「え……え?」


オレはわけが分からなかった。


だって、獄寺くんは二人分の幸せを、幸福を体験しないと、呪いは解けないのに。


「――馬鹿は、オレだったんだ」


砕けた鎖は、さっきまでの真っ赤な色を脱ぎ捨てて、真っ白な光になって。獄寺くんを包み始めていて。


「――幸せなんて、もうこの手に持っていたんだ。ただオレが認めないだけで。あいつらに、お前に、もう貰っていたんだ」


消える。獄寺くんが消えていく。少しずつ、少しずつ。


「――オレは、もうきっと。もうお前とも逢えないだろうけど…」


ああ、分かってたんだ。彼も。呪いが解けても最早人に成れないことを。


……オレと逢えないから、呪いが解けなくても良いなんて言ってくれたのかな、なんて。考えすぎかな。


「……ああ、でも、だからこそ、最後にやって見るかな? 柄にもないことを」


「――え?」


彼は。獄寺くんは。こっちを見て、そして―――ぎゅっと、オレに抱きついた。


「な―――!?」


「なんだツナ。オレには抱きついておいて、自分は抱きつかれるのは慣れていないのか」


「だ、だって獄寺くんがそんなことしてくるとは思わなかったもん!!」


「―――――………」


「獄寺くん?」


「……ん? ああ、人に抱きつくなんて、初めてだから……なんか、落ち着くな」


「……獄寺くん」


「―――ツナ」


見れば。獄寺くんはもうほとんどその姿を消していて。


「ありがとな―――」


なんて。そんなことを照れた笑いと一緒に言って。そして……





―――パァンッ





弾けて、消えた。


今まで獄寺くんがいた所には、彼の元であったであろう人骨があって。


見上げれば、彼の髪と同じ銀の光が、紅葉の葉と一緒に空へと上がっていた―――


………こうして、独りの魔物の長い永い呪いは――


とうとう、解けた。





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空を見上げれば、そこには綺麗な月が陽炎に揺らめいていて。

揺らめいているのは実はオレの涙が原因で。

あれだけ泣いたって言うのに、まだまだ涙は出てきて。

そしてオレは、そこで、愛しい彼と別れたその場所で―――


朝まで、泣き続けた。