「うわあああぁぁああ!!」


絶叫と共に、山本が目を覚ます。時間は早朝午前四時。


けれど、山本にはもう一度寝直すなんて選択肢は出てこなかった。



―――最悪の夢を見た。



獄寺が、山本の片想いである相手の獄寺が出てくる夢だった。


それだけならば、良い夢の部類に入るだろう。


内容はごくごく普通な、日常的なもの。いつものように、ツナの家に行く獄寺と道端で会って。


約束でもしていたのだろうか、獄寺は急いでいて。山本に気付いても よぉじゃあなって感じで、走って行った。


自分も後から行くつもりだったので、軽く挨拶を交わし。


ぼんやりと獄寺を見送る山本。獄寺が交差点で、信号が青になってからまた走り出す。


そこに、信号無視の、一台のトラックが―――


思い出しただけで鳥肌が立つ。あの後の出来事も、少し覚えている。あの赤い、血潮とか―――


頭をぶんぶんと振って。その幻影を打ち消す。考えるな。思い出すな。


夢。そう、夢だ。全ては。夢の中の出来事だ。


だから、平気。だから、大丈夫。現実に起こるわけがない。正夢になるわけがない。


山本はそう自分に言い聞かせて。何とか心を落ち着かせる。


大丈夫大丈夫大丈夫。夢夢夢。だから平気平気平気。


けれどどうしても、また寝付く気にだけはなれなかった。





それから数時間が経って。日も昇って。


山本はある所に来ていた。そこは夢の中で獄寺と擦れ違ったあの場所で。


(…何やってんだろうな)


思わず苦笑してしまう。来るはずがないのに。それでもここでこうしている自分に。


けど、どうしても夢の内容が頭から離れない。離れてくれない。


…ならば、それも良いだろう。自分の気の済むまでこうしていよう。どうせ獄寺はやってこない。





何時間、そう突っ立っていただろうか。壁に背を預け、やって来る通行人に目を向ける。


獄寺は、来ない。来るはずがない。でも、まだ自分の気は治まらない。


やがて昼が訪れて。山本も腹が空いてきたが、でもそこを離れるわけには行かなくて。


―――――と。


「………マジかよ」


遠くから。銀に揺れる髪が見えた。どこにいても目立つそれは、見間違えようもなく獄寺本人だった。


獄寺は走っていた。急いでいるようだった。ああ、どうしてこんなにも夢の通りなのか。


獄寺は山本に気付くと、よぉ、なんて片腕を上げて挨拶をして。じゃあなって言って、走り抜けようとする。


それを許せる山本ではない。このまま夢の通りになるなんて、放っておけるわけがない。


しかし、何と言って説明しよう。夢を見たなんて言っても、あの獄寺が納得するとは思えない。


山本は無い脳をフル回転させて。回転数の良くない頭で考えて。


そして出した結論はこれだった。



「―――――獄寺!!」



「…あ?」


山本は獄寺を遮るように立ち。


「ここを通りたくば、オレを倒してから行けー!!」


なんて。そんな今時漫画ですらお目にかかれないような台詞。


「よく分かんねぇが、こっちだって急いでんだよ! 野球馬鹿!!」


そう言って、ダイナマイトを両手一杯に取り出す獄寺。殺る気満々だった。


獄寺は一切の躊躇いもせず。山本に火の点いたダイナマイトをぶん投げる。


大きな爆発音。そして衝撃。けど、山本はここで引くわけにはいかないのだ。獄寺の為に。


「ま、まだだぜ獄寺…オレはまだ倒れちゃいねぇ…」


そう格好付ける、山本に。



むぎゅり。



獄寺の飛び蹴りが見事に決まった。


「…よく分からねぇが、オレは急いでんだ。あばよ、山本……」


獄寺の声が遠い。ここまでなのか、オレは。未来は、変えられないのか。


そこに、あの光景が、夢の内容がフラッシュバックする。突っ込んでくるトラック、驚愕の表情を浮かべる獄寺、………飛び散った、赤い液体―――


―――まだだ! 山本は起き上がる。全てはあの悪夢を繰り返さないために。


「獄寺ー!!」


山本は叫ぶ。獄寺は無視を決め込んだのか、見向きもしない。信号が青に変わるのを今か今かと待っている。やばい。


けれど山本には、今から獄寺の動きを止められる術が分からなかった。何をすれば獄寺は信号を渡らないのか。


しかし迷う時間すらない。信号はもうすぐ変わってしまう。青になってしまう。トラックが来てしまう!!


「ご、獄寺!!」


一瞬迷ったが、山本はまた叫んだ。獄寺はうざったそうに、ちらりと山本を見た。そしてその表情が今度は驚愕に変わった。



「好きだ―――――!!!」



いきなりの、熱烈な愛の告白に。


何事かと、周りの通行人の目も止まる。山本は気にしない。気にする余裕がない。


「獄寺! お前が好きだ! お前の全てが好きだ! 頭良い所も、どこか抜けてる所も、その銀の髪も、その辺の動物に話しかける所も!!」


山本の告白は止まらない。銀の髪、で通行人の目が獄寺にも移った。焦る獄寺。


「な…に言ってんだ野球馬鹿!」


赤い顔をして、獄寺が山本に向かって走ってくる。けれど山本は気付かない。まだ告白を続けている。


「お前の花火を投げる姿が好きだ! お前の煙草を吸う仕草が好きだ! ツナに無邪気に笑いかけるのが好きだ! オレはそんなお前に夢中なんだ!!」


「あーもう! 黙れ野球野郎!!」


獄寺がさっきの倍の数のダイナマイトを構える。しかし山本は止める気配がない。獄寺は迷わず火を点け、投げた。


先ほどより大きな爆発音が響くが、獄寺はまだ攻撃を止める気はないようだった。山本を蹴りつける。


山本は山本で、周りが見えなくなったのかどんな攻撃を入れられても獄寺へ送る愛の告白を止めようとはせず。


それが更に獄寺を赤面させて。止めさせようと攻撃を続けさせる要因になり。


そんな二人が争う後ろでは、信号無視をしたトラックの運転手が警察に怒られていたのだが―――


今の二人が、それを知る由はなかった。





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この出来事はニュースになりました。










獄寺が町を行く当てもなくふらふらしていると、何やら破壊音が聞こえてきた。


「…なんだ?」


獄寺がその方向へと歩いていくと、既に人だかりが出来ていて。


「………?」


獄寺が近付くと、騒ぎの元凶であろう人物の声が聞こえてきた。


「極限ー!!」


「………」


獄寺の脳内に、一人の人物が瞬時にピックアップされた。


その人物とは自分とそれなりの関係ではあったが、騒ぎに巻き込まれるのはごめんと獄寺はその騒ぎから離脱する。


(一体何やってんだ、あいつ…)


獄寺は内心そう愚痴りつつ、マンションの壁に寄り掛かった。


……と、人だかりの中から事の元凶――笹川了平が現れて、近くにあった植木鉢を破壊する。


「何、やってんだあいつ――」


今度は獄寺は実際に口に出した。いつもの、獄寺の知っている彼はそんな事はしない…はず。


周りの人間は了平を遠回りに見るだけで、何もしなかった。そりゃ、警察でもないのに危ない目に遭いたくはないだろう。


けれど奇異の視線は嫌でもしてしまう。しかし彼はそれを気にせず、ただただ植木鉢破壊騒動を繰り返していた。


――不意に、了平と獄寺の視線が合った。何故か焦る了平。


そこに突然突風が吹き荒れた。思わず目を瞑る獄寺。


―――その獄寺の、丁度真上で。


窓際に飾り付けられていた小さな植木鉢が、強風に揺れて揺れて……落ちた。


何十階という高さから落下してくるそれに、獄寺は気付かない。周りの人間も強風で手一杯。


気付いたのはただ一人―――――笹川了平だった。



「タコヘッドー!!」



了平は叫んで、獄寺の元へと走った。何事かと薄っすらと目を開ける獄寺に飛び込んできたのは、物凄い形相で走ってくる了平。


咄嗟の事で、獄寺は思わず身が固まってしまった。了平は獄寺を覆い被さる形で抱きついた。



―――――ガシャンッ!!



植木鉢が、了平の頭に激突した。植木鉢は無残に散り、了平の頭は皮膚が切れて血が流れ出ていた。


「………芝生?」


そう言う獄寺の声が弱々しい。未だ状況に着いて行けていないようだ。


「…タコヘッド、無事か?」


血塗れの顔で、了平が聞いてくる。獄寺は無言でこくりと頷いた。


「なら、良い」


そう言って、了平は力尽きたように倒れた。今更のように通行人の悲鳴が獄寺の鼓膜を刺激する。


とにかく医者をと、獄寺は了平の血で濡れた携帯を取り出した―――





「………ったく、出血量の割りには対したことなかったな」


「心配したか? タコヘッド」


「誰がするか! ただ、庇われて死なれるのが嫌なだけだ!」


ぷいっと視線を背ける獄寺。その頬が赤みさしているのは、夕日のせいだけではないだろう。


「…それにしても、何であんな事してたんだ?」


あんな事というのは、もちろん植木鉢破壊騒動だ。いつもの彼と行動差がありすぎる。


「…それに、オレに植木鉢が降ってくるのも。何で分かったんだ?」


ちらりと、獄寺は視線を了平の頭に向ける。白い包帯が巻かれていた。獄寺を庇った結果だった。


了平は事も無げに答える。


「ああ、夢をな。見たんだ」


「はぁ?」


思わず呆気に取られる獄寺。間抜けな声を上げてしまう。


「タコヘッドの頭に植木鉢が当たって。そのままお前が死ぬ夢だ」


縁起でもなかった。それだけを聞いたのなら鼻で笑ったであろうが、獄寺の頭上にはつい数時間前に植木鉢が降ってきたのだ。


「朝からずっとその夢が離れなかった。だからオレは―――」


「町中の植木鉢をぶっ壊して行ったってわけかぁ? …よくやる」


本当に呆れたように獄寺は言う。けど、了平の表情はあくまで朗らかだ。


「しかし。実際にお前に植木鉢は降ってきた。もしかしたら死んでいたかもしれん」


獄寺に否定は出来なかった。あの時。了平が倒れた時。一瞬だが、獄寺は了平が死んだかと思ったのだから。


自分に当たって、それで彼と同じ怪我で済むという保障はどこにもない。


「…それじゃ、お前はオレの命の恩人てわけだ」


「む? オレはそんなつもりじゃ…」


「うるせー、オレの気がすまねぇんだよ。おら芝生、詫びに何か言う事聞いてやるよ一つだけ」


「……………そうか? それじゃあ」





後日。ツナの誘いを断ってまで休日に笹川了平と動物園、水族館、遊園地とデートコースを回る獄寺氏が目撃された。





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この出来事は新聞に載りました。










雨が、降っていた。ぽつぽつと。


朝からずっと曇ってはいたけれど、それが雨粒となって降るかどうかは天気予報でも分からなくて。


だから。出掛ける人間は傘を持っていくか少し判断に迷っていただろう。そして傘を持っていかなかった人間は今頃なんであの時…と後悔しているだろう。


そんな中。独り歩く人間が一人。


黒の蝙蝠傘を差して。学ランを羽織って歩く、人間がひとり。


彼は行く当てもなく彷徨っているのか、足取りはゆっくりと。


けれど目的はあるのか、その視線に迷いはなく。


やがて。雨で濡れている壁に身を預けている人影が視界に映った。


「…雲雀?」


人影が彼に気付き、名を呼ぶ。けれど雲雀と呼ばれたその人物は不機嫌そうな顔を返しただけだった。


雨がしとしとと降っていて。この季節に傘も差さずに壁にもたれかかっていれば、自然と体力も消耗していくだろうに。


けれどその事を全く気にしていないような彼に、雲雀は酷く気を損ねた。


パチン、と。雲雀は指を鳴らして。


するとどこからともかく、体格の良い数人の風紀委員が現れた。


突然の出来事に呆気に取られる彼―――獄寺を、雲雀は全く気にせず。


「彼をどこか安全な所へ。怪我してるから、荒っぽい真似しちゃ駄目だよ」


そう、命令して。


雲雀の命を遂行しようとする風紀委員。驚く獄寺。それは統一された彼らの動きではなく。


「な、んでてめぇがんなことを…って、離しやがれ!!」


運ばれていく獄寺を雲雀は見向きもせず。ただ一点を睨みつけていた。


「…降りてきたら? 僕が咬み殺してあげるからさ」


暫しの沈黙―――そして。


「何故、分かった?」


黒スーツの男が数人出てきて。一目で、彼らが一般人などでないと分かる。


「分からなかったよ。キミたちが本当にそこにいるなんて。思いもよならなかった。ただ、僕はキミたちがそこにいることを知ってた」


「………?」


訳が分からない、そんな風な男たちに、雲雀は面倒臭そうな視線を向けて。


「分からなくてもいいよ。僕だってこんなの信じたくないし。…でも」


突然の突風。雲雀の持っていた蝙蝠傘が飛ばされる。男たちの意識は一瞬それに持っていかれる。


その一瞬の隙を突いて。雲雀は隠し持ってたトンファーで先制攻撃を仕掛けた。


「でも、何故だか知らないけど。彼がキミたちに殺される夢見ちゃったからね」


その小さな呟きは。誰にも理解される事無く。


「彼を殺すのは、僕なのに」


その小さな囁きは。誰にも聞こえる事無く。


「だから。キミたちは邪魔。だから―――」


男たちは鉄の塊を高速で吐き出す殺人道具を取り出して。全く、この国の警備はどうなっているのか。


一般人ならその黒光りする、ドラマや映画でしか見れないような凶器に。思わず息を呑んでしまいそうなのに。


それでも彼は、雲雀は。まるで怯む事無く彼らに宣言した。




「―――死んでね?」




楽しそうに、笑いながら。





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この出来事は彼らの記憶の中のみに。










ある、麗らかな休日の午後。


獄寺は自室でうとうととしていた。


ここ数日の疲れが溜まっているのかもしれない。


ぽかぽかとした陽気が、獄寺を心地よい睡眠の世界に誘おうとした時―――…



ピン・ポーン



玄関に備え付けられている、チャイムが鳴った。


獄寺は一瞬どう出るか判断に迷ったが、眠かったのを言い訳に無視することにした。


チャイムは焦ったようにもう一度だけ鳴ったのだが、獄寺はそれも無視した。


暫しの沈黙………そして―――



ぶしょわぁあああぁあぁぁっ



獄寺の耳に、とてつもなく聞き覚えのある、かつ嫌な思い出を彷彿させるようなそんな音が響いてきた。


ばっと、獄寺は素早く身を翻し、窓を思いっきり開く。


ドアが開く音、とたたと廊下を駆ける音。そして聞こえてくる自分の名を呼ぶ姉の声―――


「ちぃいっ」


獄寺は迷わず窓から飛び降りた。ここは三階なのだが、獄寺は気にしなかった。


衝撃に足が痺れる。一瞬顔をしかめた獄寺だが、すぐにまた走り出した。一刻でも早く。一歩でも遠く。あの姉から離れなければ。


てっきり姉が急いで追いかけてくるものだと思っていた獄寺だが、一向に姿を現さないビアンキに疑問符を浮かべた。


「……? オレに用があったんじゃねぇのか?」


だからといって、それを確認するためにわざわざ戻る気も起こらない。獄寺はとりあえず一服と煙草を取り出そうとするが、残念ながら空箱だった。


ならば買おうかと思ったが、財布はあの部屋に置きっぱなし。ついでに家の鍵も。……それはもうあまり関係ないか。


仕方ない。と獄寺は諦めた。


適当に公園で時間を潰して、あの姉が帰った頃に戻るとしよう。





数時間が経過して。昼時を過ぎて。そろそろかと獄寺はベンチを立つ。獄寺はマンションに戻っていった。


獄寺の部屋のドア…というか、ドアノブは溶けていた。見るも無残だった。


獄寺は極力音を立てないようにしてドアを押して開く。靴を確認すれば、自分の物だけ。姉は…いないようだ。


ほっと溜め息一つ、獄寺は部屋に戻ってきた。台所に見える毒物の数々は――まぁあとで片付けることにしよう。


自室に戻る。窓はビアンキがだろうか、閉められていた。まぁまずはと煙草を取り出す獄寺。ニコチン摂取でストレス解消。


と、獄寺が一息ついたところで。



ガチャ。



玄関のドアが、開く音がした。


「…あら? 隼人。帰ってきてたの」


悪夢再び。


獄寺はまたも窓から逃亡を図った。しかし開かない!!


(これもポイズンクッキングか!!)


そうこうしているうちに、ビアンキが自室まで入り込んできた。


「もう、いきなり逃げ出すなんて酷いじゃない隼人」


「ぎゃ―――――!!」


獄寺はビアンキを見て気絶した。





「………っ」


獄寺が目を覚ますと。そこは自分のベッドの上で。


(姉貴か…?)


身を起こして。すぐ横をなんとなしに見るとそこにはビアンキが作ったであろう毒々しい料理の数々があって。


(…もしかしてオレ、殺される?)


獄寺が自分の余命を悟りかけた時、ビアンキが入ってきた。とっさに目を背ける獄寺。


「隼人…起きたの」


「あ、ああ…一体何の用だ? 姉貴。それにこの料理は――」


「今日…夢を見たの」


「―――夢?」


「そう…貴方が、食中毒で倒れる夢よ…それが正夢になったらどうしようと思って、私が料理を作りに来たの」


「………」


黙りこくる獄寺。けれどそれはビアンキの気遣いに感動するような愛に溢れるものではなく、今まさにそれが現実になりかけてる現状に絶望しているだけだった。


(どうしたもんか…)


困ったことに、姉には全く自覚がない。姉は本当に自分を心配してくれて、その結果の行動がこれなのである。


「さ…隼人」


何か料理を持って近付いてくるビアンキ。後ずさる獄寺。しかしすぐ後ろは壁。


「隼人、照れないで。大丈夫だから」


その発言全てを否定したい獄寺だったが、それどころではなかった。


料理を取っても。姉を取っても。どっちにしても死にそうであった。


「姉貴…マジ、やめ……」


究極の二択に狭まれ、獄寺の精神状態はぎりぎりだった。ついでに涙目だった。


そして。この日。


「っぎゃ―――――!!!」


本日二度目の、絶叫が上がった。





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この出来事はご近所の皆様だけが知っている。










ある日。獄寺がツナの家に遊びに来た。


それだけならば、いつも通りの日常だったのだけれど。何故かツナは良い顔をしなかった。


「………? 10代目? オレ何かしましたか?」


と、獄寺が聞いても。


「―――なんでもない」


と。答えるだけで。


ツナは獄寺の顔をじっと見る。いつもと違うツナに戸惑う獄寺。


「………獄寺くん。実は眠い?」


「え、何で分かったんですか? …えぇ、実はお恥ずかしながらここ数日ろくに寝てなくて…」


不眠症だという獄寺に、ツナはますます険しい顔をする。


「10だ…」


「獄寺くん」


「は、はい」


「今夜、寝るの禁止ね」


「はいっ!?」


思いがけない命令に、獄寺は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「――今の。肯定って取ったから」


「え、いや、今のは肯定ではなく…」


「10代目命令」


そこまで言われてしまったら獄寺は何も言えない。戸惑いながらも頷く。


「…分かりました。でも、理由ぐらい教えて下さい」


「………」


「10代目?」


促す獄寺に、ツナは


「――明日の朝まで、獄寺くんが起きてたら。教えてあげる」


そう答えるだけだった。





それから夜も更け。帰ろうとする獄寺をツナが引き止める。


「…寝たら、困るから家にいて。見張ってる…」


そう言うツナに、獄寺は了承する。まだ夜は始まったばかりだったが、既に獄寺の脳は半分寝入っていた。


うとうとと。獄寺は眠りかけて―――


「獄寺くん!!」


「は、はい!」


ツナに怒鳴り起こされる。


それで少しは目も覚めるのだが、それもやはり時間が経つと同時に睡魔が襲ってきて。


それでまた寝かけて。そこにまたツナの怒鳴り声に叩き起こされて。


暫くの時間をそうやって過ごした。


獄寺はそういえば拷問の一つにずっと寝させないというものがあったなと。そんな事を思い出していた。


(これは…確かに。辛い)


しかし他ならぬ10代目ことツナの頼みならば。獄寺は何でも叶えるつもりであった。


けれど流石に普段のツナが嫌がって使わない「10代目命令」を迷わず遂行するだけあって。任務は困難なものであった。


(ね…む……)


「――獄寺くん!!」


「は、はい! 起きてます、起きてます!!」


慌ててそう返事を返すも。次の瞬間にはもう目蓋が重くて。


とうとう、獄寺は倒れてしまった。


「ご、獄寺くんっ!?」


「10代目…どうやらオレは、ここまでのようです……」


「そんな! 寝ちゃ駄目だ、獄寺くん!!」


「10代目、オレは、貴方と逢えて。……よかっ」


「獄寺くん寝るな! 寝たら死ぬんだぞー!!」


「………」


「そんな、そんな…ご、っ獄寺くーん!!!」


「うるせぇぞ」



パンッ



「「うわわわわわわわっ!!」」


三流雪山ドラマが慎ましやかに行われたあと。二人はリボーンに銃弾の洗礼を浴びた。


「ったく。一応最初から聞いていたがツナ。お前そんなに獄寺を寝かしたくないのか?」


「え…うん」


リボーンの楽しそうな物言いに、ツナはなんとなく嫌な予感を察したが、頷いた。


リボーンはそうかと返事代わりにまた銃を構える。


「喜べ獄寺。お前の為に特別授業をしてやるぞ。今からオレはお前を撃つ。期限は朝まで」


「はぁ―――って、えっ!?」


驚く獄寺を尻目にリボーンの説明は続く。見事なまでの傍若無人っぷりだった。


「いつ、どこから撃つのかは教えない。オレは隠れているから、自分で勝手に見つけるんだな」


そう言うと、リボーンは急に姿を消した。今まで目の前にいたのに。もうどこにもいなかった。


「………っ」


さぁっと、獄寺の顔色が変わる。現在の状況を把握したようだ。


「リ、リボーンさん! オレもう目、覚めましたから! だから…」



―――パァンッ



獄寺の頬を、銃弾が掠る。もう始まっているのだ。特別授業は。


「―――――!!!」


口で言っても何の効果もないと察した獄寺は、素早く部屋から離脱した。


「ご、獄寺くん…っ」


心配そうにツナが獄寺を見る。獄寺は笑って…


「10代目…明日、何でオレが寝ちゃいけなかったのか。教えて下さいね…」


そう言っては、暗闇の向こうへと消えた。暫くして時折聞こえてくる銃声。


ツナは明日の朝獄寺に逢えるかどうかももちろん心配したが、それよりも明日の朝。彼に逢った時に真実を伝えられるかどうかの方が切実な問題だった。


「…まさか、獄寺くんがうちに遊びに来て。寝たらずっと起きない夢を見ただけなんて…」


言えないと、ツナはがっくりとうな垂れた。





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この出来事の続きは「あたたかな日溜りと」参照。