鎖は解けない。鎖は断ち切れない。鎖は砕けない。


だから呪いも―――解けやしない。



永遠と言う名の真実



「っていうかツナ。なんだそれは」


「ん? 知らない? これはね。ハーモニカ」


「それぐらいは知ってる。ただなんでんな物持ってきたんだ? 演奏でもしてくれるのか?」


「む…出来ればそうしてあげたいけど、オレ下手くそだから。だから練習」


「ふーん…ま、頑張れ」


ツナはオレに見守られながら、ハーモニカを吹く。


たった一人の観客に、それでもツナは一生懸命演奏する。


その音色に、目を閉じて、耳を済ませて。そうして聞いてるうちに、それはやがて終わって。



「………ふぅっ、ね、どうだった?」


「下手だな」


「あう…っ」


ツナはへこたれた。


「……そう落ち込むなよ。良いじゃないか下手だって。そこまで心を篭めて演奏されたら楽器も満足だろうさ」


「下手って言われた後にそんなこと言われても悲しいだけだよ! じゃあ獄寺くんはどうなのさ!!」


「ん? オレ?」


「そう! 獄寺くん! オレの貸すから、ちょっと吹いてみてよ!!」


半ば無理矢理に、ツナはオレにハーモニカを突きつけた。


「………ま。いいけど。聞いて後悔するなよ?」


オレは目を瞑り、ハーモニカを吹き始めた。



「―――と。ご清聴有難う御座いました」



「ご、獄寺くん……」


「ん?」


「滅茶苦茶上手いじゃん! 後悔するなって言うから下手くそだと思ったのに!!」


「誰も初めてなんて言ってないし。ここに来る前には、あちこちを旅してて。母方が楽器好きで、良くオレに聞かせてくれたんだよ」


「へー…じゃあ、他にも出来るの?」


「まあな。大体の楽器は手に取ったことがあるし――その中でも、そうだな。ピアノが一番得意だった……」


「…すごいなぁ。ところで、今の曲はなんていうの?」


「……ん? さあ。曲名は知らないけど、ただ覚えてるだけの曲。………ああ、確か別れの曲、だったかな?」


「へぇー……あ、そうだ」


「ん?」


「ねぇ獄寺くん。ここから、出ることも出来るんだよね?」


「あ? ……まぁ一応。あの地震で牢の役割を果たしていた入り口は崩れたしな。まぁ足の鎖が続く限りは」


「その鎖って、どれくらいの長さなの?」


「さあなぁ。この前お前が滅茶苦茶引っ張ってたが、終わりが見えなかったし。あれはかなりあったな」


「うん。あれだけあったら村を一回りしてもまだ余裕があった」


「だなぁ。……それが?」


「うん。……獄寺くん、あのね。今日、村でお祭りがあるんだ」


「………祭り?」


「そう! 年に一度の村祭り!! 獄寺くんと一緒に回りたいな!!」


「―――はぁ?」


「ここから出ることも出来るし、鎖だって余裕あるし!!」


「いや。こんなボロ服ななりじゃあ…」


「あ! 大丈夫! オレのお古持ってきたから! ていうか獄寺くんのその格好は前から気になっていたんだよね。この服あげるよ」


「………用意周到なことで」


「ね、ね。―――一緒に行こ?」


「……………」


「―――そうだな」





「―――ほら! 獄寺くん、わたあめにイカ焼きにカキ氷にタコ焼き!!」


「何で甘い、辛い、冷たい、熱いの順で持ってくるんだ…」


「ほら! 獄寺くん、輪投げに射的に金魚すくい!!」


「ものの見事に全部外してやがる…ある意味、才能だな」


「むー! じゃあ、獄寺くんがしてみてよ!!」


「オレ? ……後悔するなよ?」


「な、何でそんな上手いかなー…がっくり」


「……なんで賞品当てたのにうなだれてんだ…」


「――ま、いいや! 楽しいもんね、ね! 獄寺くん!!」


「ん? ああ――……そうだな」


「あれ? …楽しくない?」


「そういうわけじゃねぇけど……でも」


「うん?」


「オレは―――」


じゃらじゃらと、歩く度に鎖が軋む。


じゃらじゃらと、歩く度に罪を知る。


「オレなんかが、楽しんでいいのか、って……」


オレは、罪人なのに――…


「――獄寺くんは、罪人なんかじゃない」


「……ツナ?」


「獄寺くんは、獄寺くんは……っ」


「……ありがとな」


オレはツナの頭をくしゃ、っと撫でようとして……



「―――む? お前……魔物か?」



声が、響いた。


さほど大きい声じゃないくせに、それは周りに多大な影響を与えたようだった。


周りの人間が、ざわりと騒いで、こちらを見る。


「ま、魔物――!?」


村人の誰かであろうか、男が叫んだ。


その声に多少の鬱陶しさを感じつつ、オレはオレの正体を暴いた男を見る。


……親父と同じ、気配がした。


―――陰陽師、か……


ならば嘘誤魔化しは通用しないだろうと、オレは正直に言うことにする。


「確かに、オレは魔物だ」


「汚らわしい魔物が、何故こんな所に!?」


陰陽師ではなく、叫んだ男が応えた。


オレはその男の方を向いて、言ってやる。


「悪いな。少しばかり人間の祭りってものを見てみたかったんだ」


「ならば目的は果たされただろう! とっとと立ち去れ!!」


「――言われなくとも。もう、祭りを楽しむって雰囲気でもないしな」


オレは言われた通りに去ろうとする。そこで、ツナと目が合った。


「ご――」


――の馬鹿っ


オレは慌ててツナの口を塞ぐ。周りから悲鳴が上がった。


「貴様! その少年に何をする気だ!!」


「……うるせぇな。別に取って食おうってわけじゃねぇよ…村を出るまでの、保険だ。村人が変な気を起こさないようにな」


…咄嗟の言い訳にしては、まあまあだと思う。


このままでは本当に村人に袋にされかれないので、オレは早々にそこを出ることにした。



「―――ここまで来れば、大丈夫か…?」



ご丁寧にも付いてきた男を遠目に見ながら、オレはふぅとため息一つ吐いて、ツナを開放する。


「―――ぷは…って、いきなり何するのさ獄寺くん!!」


「それはこっちの台詞だ! オレの名前呼ぼうとしやがって…あそこでオレとの関係がばれたらお前、村中から変な目で見られるんだぞ!」


小声での応酬。しかし納得はしてない様子のツナ。


「良いよ別に…オレには親しい友達もいないし、それよりも獄寺くんがあんな目で見られたことの方が、よっぽど……」


「…何にしても。ツナ、お前暫く、オレの所に来るな」


「―――え」


「今回の件で、オレはこの村から迫害視されるだろう。そんなオレの所に来たら、どうなるかぐらい…お前にだって分かるだろう?」


「それ、は……」



「おい魔物! いつまで少年を束縛しているつもりだ!! 早く開放しろ!!」



「わーってるよ! うっせぇなぁ!! ……そう言うことだ。ツナ。………じゃあな」


「や、だ…獄寺くん!」


「いいから…行け!!」


オレはツナの背中を思いっきり叩いて、村の方へと移動させる。ツナは渋々といった感じで、歩いていった。



―――じゃあな、ツナ…



もう会うことも、ないだろう……


ツナはきっと、もうオレの所には来れないだろう。


オレは汚らわしい魔物として、村人に認識されてしまった。


そうなれば、潔癖症な村人はきっと、オレの住む村外れを禁忌の場所と指定するだろう。


そんな所に、ツナみたいな子供が来れるはずもない。


それ以前に、親や保護者がオレの所に来させるのを許さないだろう。


つまり、これがオレとツナの……最後の別れということだ。



オレはツナが見えなくなるまで見届けて、独り、ぽつりと呟いた。


「じゃあな…ツナ。久しぶりに、本当に久しぶりに――楽しかったよ……」


オレは踵を返して、あの場所へと戻っていく。


戻る途中、気まぐれに、本当に気まぐれに、鎖を手と手に取って、引っ張り合ってみる。



―――断ち切れない。



空を見上げれば、そこには綺麗な月が輝いていて。


……月はいつまで経っても、相変わらずそこにいて。


――オレの鎖もいつまで経っても、立ち切れやしなくて。


それはもう、きっと永遠といって良いほどの永い年月で続いていて―――


それはきっと……変わらない、それはきっと――真実とも言って良いだろう。


それはきっと、永遠という名の、真実―――………





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてオレは鎖を鳴らしながら帰路に着いた。