知っていた。
オレは最初から知っていた。
大人たちが、あの子の事を本当は知っていたことも。
…そして、その上であのこの子の事を無視していたことも。
枷せられた道
一体どこに行ってたの?
あの子のところだよ。
何故あんな所に行ってしまったの?
あの子と友達になりたかったからだよ。
もう行ってはいけません。
どうして?
あれは穢れだからです。
なんで?
それを知る必要は有りません。
あの子はなんであんな所にいるの?
それを知る必要は有りません。
あの子はいつからあそこにいるの?
それを知る必要は――…
いつまでも同じ事しか言わない教育係に、オレの頭は割れそうだった。
仕方ないから、オレは独自にあの子の事を調べることにした。庭で遊ぶ時間を割いて。
けれど不思議な事に、あの子の話をすると誰も「知らない」と答えてきた。
あの子が何なのか、誰なのかを知らない。じゃない。
「あの子という存在を知らない」と。そう言ってくるのだ。
そのあまりの統一性に、オレはいつも見ていたことも、あの夜の出来事も何かの夢みたいに思えてしまった。
けど。そんなはずはないと知っていた。何よりもあの教育係があの子の事を認めたのだ。…あのあとまた聞くと、やはり他の大人たちと同じように「知らない」と答えてきたけど。
オレは聞いて、聞いて聞いて、聞きまくって。けれど得られる結果は全て同じだった。「そんなもの知らない」という事。
オレは訳が分からなくなって。本当にあの子は幽霊なのかと思えてきて。
だから、次の人に聞いたら人聞き調査は終えて。別の手段に講じようと思った。
…その手間は、省けることになったけど。
オレが向かったのはある医者の元。あまり好印象な人ではないけれど、でも、もう。ほとんどの人間に聞いてしまったから。
彼はオレが部屋の中に入っても。手にしている本から視線を逸らさず。こちらを見向きもしてこない。…まぁ、いつもの事だけど。
「………Dr.シャマル?」
試しにそう問いかけてみる。けれどやっぱり医師…Dr.シャマルは何も言ってはこなかった。
…いい。それならそれで。こっちは駄目もとで聞いているのだから。
「…あの、オレ……シャマルに、聞きたいことが…」
「知らん知らん。オレはあいつの事なんぞこれっぽっちも知らん」
オレの言葉を遮って、シャマルが言ったのはやっぱり否定の言葉。
…でも。一つだけ違ったのは。シャマルは"あいつ"といった事。
他の人は"そんなの"とか、そんな。まるで物扱いの返答だったのに。
「…と、言われるように命令が下ってんだよ。お前もいい加減理解しろ」
「してるよ。そんなの。…最初からね」
「分かっていながら。どうしてそれほどまでにあいつに構うかね。…理解出来んわ」
「してくれなくて結構。…それで、シャマル。あの子の、名前は?」
オレがそう急かすと、シャマルはやれやれと大きな大きな溜め息を吐いて。
「分かった分かった。ったく、オレが教えたって言うなよ…? ――あいつの名前は隼人。…獄寺、隼人だ」
ようやく観念して。教えてくれた。
「獄寺…?」
そしてようやく聞き出せたその名に、どこか聞き覚えがあった。たしか、たしか……
「お前もこの前あのきーきーうるさいヒステリー教師に教わってただろ? …自分の子供を実験体に、薬を中心とした兵器を次々と開発している名家だよ」
シャマルの言葉に、オレの周りの空気が、凍った。
それがあまりにも苦しくて。息すらも出来なかった。
………実験、体?
あの、子が………?
「あいつはこれまでいくつもの実験を潜り抜けてきた。他の奴は多くとも三回目には捨てられていたのに。あいつはそれ以上の実験を受けてなお、まだ生き残っている」
実験。おぞましい程のその言葉。それを、あの子が受けている…?
「お前会ったんだろ? 隼人に。昨日の騒動はそれだろ? …悪い事は言わねぇ。忘れろ」
放心しているオレを、シャマルは更に突き放す。おかげでその言葉を理解するのに時間がかかった。
…わす、れる?
あの、子を?
―――なんで?
「――って、ちょっと待ってよ! たしか獄寺家の実験は数年前に終わったんじゃなかったの!?」
そのはずだ。この前教わったことだから少しだけ覚えてるけど、たしかそんな内容だったはず。
「…まぁな。確かにその通りだ。ただ、それでもあいつは実験体なんだよ。………最後のな」
「―――最後の…?」
「そうだ。そしてあいつは近い未来、ひでぇ実験を受ける。…それこそ、目も当てられないようなきつい奴をだ」
ふぅ、と。シャマルは煙草に火を点けて。吸う。煙が辺りを漂う。
「だから、忘れろ。あいつの事は」
ばたんとシャマルの言葉を遮るように、否定するように扉を思いっ切り閉めて。オレは走る。走る走る走る。あの子の元へ。
急いで急いで急いで。一刻も早くと。あの子の元へと―――
あの人はいなかった。どこにも。
いつも、この時間帯は木陰で昼寝をしていただろうか。…いつの間にか、覚えてしまっていた。
てっきりオレがここから移されるのかと思ったが、その様子は全然無い。ならばあの人が移されたのだろうか…?
奴らはそれほどまでに、オレに触れたくないのか。
…ま、良いけどな。別に。どうでも。
それならそれで、関係無い。オレは今まで通りの事をするだけだ。
窓越しに外の世界を見る。それだけ。
――たったそれだけが、オレに許された…そして残された、自由。
空を見る。雲が流れていた。
視界を少し落とす。木々が揺らめいていた。きっと風が強いのだろう。
オレは視界を更に落とす。
―――あの人が、走ってきていた。
…オレの、元へと。
――大人たちが廃墟だと言った、その場所は、オレにはまた、別の物に見えた。
…自分の子供を実験体に、薬を中心とした兵器を次々と開発している――
あそこは。あの子のいるあの場所は。廃墟なんかじゃない。
あそこは――牢獄だ。
あの子を閉じ込めておく為の、ただそれだけの為にあつらえられた…牢獄だ。
見張りの目を掻い潜りながら、その牢獄まで赴くと。
あの子はいつもの通りに、当たり前のように。そこにいた。
…昨日と同じく、やっぱり少し驚いた顔で。
そんなにオレが来ると、変なのかなぁ…
「や、やぁ…また来たよー…」
全力疾走で来たからか、オレの息は切れ切れ。…少し格好悪いかな。
「なんで……」
聞こえてきた小さな小さな呟きは。驚きを含んだもの。何でと言われても、そんなの一つしかない。
「また来るって。言ったじゃない」
それともまた夜に来るのかなって思っていたのかな。それはそれで結構ロマンがあるかもね。夜しか逢えないなんて。
「―――………です」
「―――え?」
伏せ目がちな顔で、辛そうな顔で。さっきよりも更に小さな声。オレは思わず聞き返す。
「…もう、ここに来ては…駄目、です」
それは、またも否定の言葉だった。
「オレ…みたいな、奴のとこに…来たら。駄目です」
周りの人間に否定されるのなら。いくらでも耐えられた。でも…
「オレの事は…忘れて下さい。オレなんて、最初からいなかったって。思って下さい」
他でもないこの子自身に否定されたら…オレは一体どうすれば良いのだろうか。
「なんで……」
思わず聞き返してしまう。皮肉にも、オレがここに来たとき、あの子が言ったのとまったく同じ台詞を放って。
「人が、オレなんかに…関わっては、いけませんから…」
獄寺家の最後の実験体だというこの子。この子だって人の子なのに。どうして、どうして…!
「でも…だからって・・・!」
「――分かって下さい。…貴方とオレは、住む世界が違うのですから。…ボンゴレ10代目」
「………時期候補、だよ」
ばれてたオレの正体に嘆く暇もない。オレは"ボンゴレ10代目"であるが故に、本当に欲しいものはたったの一つも手に入らないのだろうか。
「…じゃあ、さ」
「はい?」
今思えば、オレはきっと自棄になっていたのだろう。こんな命を下すなんて。
―――こんなのでオレの欲しいものは決して手にはいらないと。知っていたくせに。
「"10代目の命令"だよ。―――オレと、友達になって?」
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偽りの関係のはじまりはじまり。
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