初めての友達。
初めての気軽なおしゃべり。
それは予想以上に楽しくて。
―――ずっと続くと、信じれた。
枷せられた道
その人のその言葉に、オレは驚きを隠せなかった。…この人といると驚く事ばかりだ。
命令。友達。…オレにはどうすればいいのかさっぱり分からない。
そもそも、オレにその役目を与えること事態間違っているのに。
オレは闇底の実験体。決して日の光に照らされる事のないような、そんな深い部分に携わる部品なのに。
そんなオレが、………友達? 誰と? ――ボンゴレ10代目と?
そんな事は許されるのだろうか。オレがそれに応えても、赦されるのだろうか。
分からなかった…けど。
でも。きっと直ぐに飽きるだろうと。そう思った。
だってオレには今まで友達なんて呼べるようなものいなかったから。どうすれば良いのか分からないし。
それにここから出ることも出来ない。ここから、窓越しに言葉を飛ばしあう事しか出来ない。
そんな事しか出来ないのだ。だから。この人はきっとオレに直ぐに飽きてしまうだろうと。そう思った。
だから…
「いいですよ。…オレで、よろしければ」
そう応えた。一時の、友達"ごっこ"に。
「うん。じゃあ、今からオレとキミは友達。…オレの事は――」
「10代目と呼ばせて頂きます」
いくらごっこ遊びでも、この方を苗字や名前呼び捨てする事は出来ない。
「む…"命令"でも?」
「はい。…あ、それから敬語も譲れませんから」
いきなり友達遊びは終わりの予感。早い幕切れだったな。
そう思ったオレの予想とは反して。
「…ふふっ」
…10代目は、笑っていた。
「意外と頑固な所があるんだね。うん、良いよそれでも」
あまりにも明るく笑いかけられて。そうされるのは、あの時以来で…
………あの時?
あの時って、いつの話だ…?
オレのその思考は次の10代目の言葉で途切れてしまった。
「ね、オレ、キミの事はなんて呼べば、良いかな…?」
10代目は問いてくる。オレを。オレの呼び名を。
オレの事。オレの名前。オレ…オレは――…
「…あはは」
出てきたのは、力のない笑い。何故だかまるで分からないであろう10代目は慌ててしまった。
「え、何!? ど、どうしたの!? オレ何か悪いこと言った!?」
「いえ…――オレの事は、好きに呼んで下さい…オレ……名前、覚えていないんです」
たしかに有ったはずの名も。その持ち主が覚えていなければ何の意味もないものに成り下がる。
10代目の目が大きく見開かれる。…自分の名を覚えてない存在なんて、考えられなかったのだろう。
「そっか…名前を……」
「はい。すみません、昨日の問い掛けに答えて差し上げられなくて」
「いいよ。…実はね、オレ今日は駆け巡って、キミの事ずっと調べていたんだ」
なるほど。だから今日は庭に来なかったのか。
…じゃなくて。この方は一体どれだけオレの事を調べてきたんだろう…それが少し、気になった。
「キミの名前は隼人…獄寺隼人っていうんだよ。…ね、名前呼び捨てにして呼んでも、良いかな? 隼人ってさ」
―――隼人。
そう、呼ばれたとき…どくんと、鼓動が鳴り響いた。
…隼人。そうだ。たしかにオレは、そう呼ばれていた。
―――でも。…誰に?
…誰かに、そう呼ばれていたはずなんだ。でも、誰に、…誰に――
「――え!? ちょ…大丈夫!?」
気がつくと、視界がぼやけていた。…どうやら、またオレは泣いているようだった。
「…あ、すみません。オレ……何ででしょう、あは…困りました…」
「い、いや良いよ! ごめん! 名前呼び捨てまずかった!? じ、じゃあ獄寺くんでどうかな!?」
「え――いや、別にどちらでも…」
「いやいや! 泣かせたら駄目でしょ!! うん、じゃあオレ、獄寺くんって呼ぶから!」
「あ……はい」
それから暫く取り留めのない会話をして。オレたちはまた別れた。
…明日。また逢う約束をして。
おかしな人だと、そう思った。オレに興味を持つばかりか、友達なんて。
…あんなのでマフィアのボスなんて務まるのだろうか。正直、少しだけ疑問を抱く。
―――でも。
そんなあの人を守るのが、オレたちなのだろう。
オレは、オレたちは。その為に生まれてきたのだろう。
己が守るべき相手を知らずにいってしまった彼らより、オレはきっと幸福な立場にあるのだろう。
………オレ、たち…? 彼ら……?
まただ。誰か分からないのに。オレは知っている。
誰だっただろう、誰だったのだろう。
結局寝静まる時まで考えていたけど、思い出せたことは一つもなかった。
――そんなこんなで、いきなり始まったオレと獄寺くんの友達ごっこ遊び。
…オレとしては、ごっこだなんて思ってはいないけど。でも獄寺くんはそうなのだろう。きっと。
友達といっても、獄寺くんはそこから出てこれないらしいから。窓越しに会話をするしかないんだけど。
それに全く不満がないわけじゃ、もちろんなかった。
出来ることなら、獄寺くんと外でも遊びたかった。…その手に、触れてみたかった。
…でも。
――あ、オレと獄寺くんって、同い年なんだね。
そのようですね。…誕生日から考えると、オレの方が一ヶ月ばかり年上みたいですけど。
年上かぁ…じゃあ獄寺くんは、一ヶ月だけオレのお兄さんなんだね。
………お兄さん…
ん? 獄寺くんどうしたの?
い、いいえっ なんでもないです。10代目。
オレは今の今まで独りだったから。だから相手のいる今、ものすごく楽しかった。
オレは毎日獄寺くんのいるあそこまで行って。
獄寺くんは毎日そこでオレを待っててくれていて。
…いや、いつも通りだろうと言われればその通りなんだけどさ。…気分的にね。
会話って言っても、毎回オレが何か言うのに、獄寺くんが受け応えるだけ。なものだったんだけど。
オレはそれでも、楽しかった。
……オレは、だけど。
獄寺くんは、どうなのだろうか。
獄寺くんはオレの、…"ボンゴレ10代目"の命令を受けて、オレとごっこ遊びをしているだけ…なのだから。もしかしたら楽しくないかもしれない。
…いや、たぶん、楽しくないだろう。
"ボンゴレ10代目"の命令だから、嫌な顔一つせずに付き合ってくれてるけど。その内心は………。
―――獄寺くんと話をしていくうち、オレは獄寺くんに興味を持っていった。
獄寺くんは、オレがここに来るよりも随分前からあそこにいたらしい。
獄寺家の話になってしまうから、オレはその話題に触れるのを避けていた。きっと獄寺くんは嫌がるから。
…でも……ある日。
――そういえば、どうして10代目はオレの名前を知り得たのですか?
一回だけ。獄寺くんの方から話しかけてきたことがあった。
オレの名前を知っている奴が、いたのですか?
そうか。獄寺くんは獄寺家からここまで連れてこられたんだ――…実験を、させられるために。
だから、獄寺くんのことを、名を知っている人がここにいるなんて思わなかったのだろう。
うん。…あのね。ここの医師の……シャマルって人に、聞いたの。
シャマル? シャマルってあのシャマルですか? いっつもよれた白衣を着ている…
え――…あ、うん…たぶん。
………。
―――そっか…あいつが……
幼稚だと。笑いたければ笑うが良い。
オレ自身でさえ、幼稚だと。そう思っているのだから。
……あの、獄寺くんの。今まで見たこともないような顔を…
あの獄寺くんの安心しきったような顔を、この場にいないあいつが、その名前を出されただけで呼んでしまうなんて。
そしてその事実に、その結果に、…シャマルに。思わず嫉妬してしまったなんて。
「――Dr.シャマル。…獄寺家の事について、教えて」
「んだよやぶからぼうに…お前この前せっせと復習してただろうが。あれ以上の知識は必要ねぇよ」
「…じゃあ、獄寺くんのことについて。教えて」
「あ…隼人?」
―――隼人。獄寺くんの、名前。
オレが呼んでみたら、いきなり泣き出してしまった――
「…そう。その隼人くんの事だよ。Dr.シャマル。獄寺くんとどんな関係なのさ、いつからの付き合いなのさ!」
「いつってお前…あいつが生まれて来た時からだが? あいつを取り上げたのはオレだからな」
生まれたときからの…思った以上に深い関係に頭を抱えたくなる。
―――って…生まれたときから?
「ちょっと待ってよ!」
「あん?」
「シャマルは、獄寺くんが…その、実験に使われるって知っていて、それでも取り上げたわけ!?」
「そーだよ。それが仕事だからな」
「な…!」
ああもう、訳が分からない! 何で獄寺くんはこんな奴にあんな顔を・・・!!
「…なぁ、ボンゴレ坊主」
「何!!」
「隼人は…元気に、してるのか……?」
…はぁ……?
「そんなの知らないよ! オレといる時は控えめに笑いながら話すだけだからね!!」
もうこんな所にいられないとばかりに、オレは思いっ切り扉を閉めて。医務室を後にした。
その背後でシャマルの声が聞こえたような気がしたけど。そんなものは一切無視した。
「…そーか。あいつ…まだ話せるばかりか、笑う事でさえ……」
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それを"良かった"と言っても良いのだろうか。
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