思い通りにいかないと苛立つなんて、オレはなんて子供なんだろう。


自分がこんなにも自分勝手だったなんて、知らなかった。


ああ、もう。どうしようオレ。


今のオレ、どうしようもないぐらい獄寺くんに振り回されてる。



枷せられた道



ここ数日の10代目は、様子が変だった。


何かに怒っているようだった。…オレが問いかけたら、怒鳴り返されてしまったからまず間違いないだろう。


―――でも…何に?


さり気なく少しずつ話を聞いていくうちに、どうやらシャマルが関係しているようなことが分かって。


…あいつ……何かしたのだろうか? はて。


考えても分からない。だからといって10代目に聞くわけにもいかない。どうしようかと思っているうちにまた、日が通り過ぎていった…



ある日。いつものように10代目を待っていると…


じゃりっと。何かを踏みしめる音がした。


そいつがそこまで来るまでオレは気付けなかった。…誰かと思ってその音の方を見ると、そこには…


「よぅっ」


「シャマル!?」


そこには、そこにいたのは。あのシャマルだった。何も変わっていないシャマルだった。


「…うわ。本当に話せてるよ笑ってるよ…」


「………シャマル? ホントに…? 何でここに?」


「んー…オレもここまで来るつもりはなかったんだがなぁ…ボンゴレ坊主が毎日すんげぇ楽しそうだったら少しは興味も持つだろうさ」


「10代目が?」


そっか…オレ、一応ちゃんと、10代目のご期待に応えられているんだ…


シャマルは暫くオレの顔を見たかと思うと、会話を切り出してきた。


「…なぁ、隼人」


「うん?」



「―――どうして。まだお前は笑っていられてるんだ?」



さぁっと、風の流れる音がして。オレたちの間に沈黙が流れて。


「………何でって。言われてもな…困る」


「お前…分かってるのか? 自分の事が。自分の立場が」


「―――分かってなかったら、この待遇に反発することも出来たのにな…」


獄寺家の子供に生まれただけで、実験体としての将来が決定してしまった人生。


運よく数回耐えられたけど…今度降りかかる実験は今まで以上におぞましく、耐え切れないほどのもの。


それを、何故受け入れられているのかというと…それは、自分の事を、立場を。分かっているから…ということではないだろうか。


「…てか、シャマルみたいな奴がいるから。自分の事とかあやふやに感じちまうんじゃないのか?」


「手厳しいねぇ」


シャマルは苦笑いを浮かべて。そしてまたも訪れる沈黙。


穏やかな空気が流れて。それはあのときに似ていて。


……あのとき? まただ。何か違和感。


「―――なぁ、シャマル」


「ん?」


「…オレの他にも、獄寺の子供は……いたんだろ?」


「―――――…それが?」


「オレ…良く、覚えてねぇんだ…あそこにいた頃のこと…シャマルの事は少し覚えてるんだけど、でも――」



「思い出したいのか?」



シャマルはオレの言葉を遮って。さっきまでよりも強い口調でそう言ってきて。


「………え?」


「お前は――…それを。思い出したいのか?」


思い出したい? あの頃の事を? そんな訳がない。あるはずがない。


…でも。


オレは何かを、とても大事で大切な何かを、忘れてる―――



ぽろぽろ。



「―――…あれ?」


ぽろぽろ。止まらない液体。


まただ…なんでだろ。なんで、こんなものが…


「―――わりぃ、隼人」


「え?」


「お前は…お前には―――」





今日は少し、獄寺くんの元へと行くのが遅れた。


…シャマルの事で、オレが勝手に腹を立てて。それで獄寺くんに少し当たっちゃって…


それで行くのが気不味いなって思ってたら。あっという間に時間が経ってて。


やっぱり獄寺くんに逢いたくなって。走ってきた、その結果。


うわー…、オレ。すごい空回りしてる…


今日は、そうだ。…獄寺くんに逢ったら、まず謝ろう。


昨日は、怒鳴ってしまったから。だから謝ろう。


そうして、仲直りして。シャマルの事とかもそこから少しずつ聞いていこう。うん。


―――とか思ってたのに。


やって来たいつもの場所には、獄寺くんのほかに…オレの指定席に、別の人間がいた。


ていうか、事の発端のシャマルだった。


獄寺くんの顔は…む、嬉しそう…オレが見たこともないような顔だった。


…やっぱり、オレと獄寺くんは友達ごっこ遊びをしているだけの、それだけの関係なのかな…


走るスピードが落ちる。このままどこかへ行ってしまおうか。とも思う。


「…そうしようかな…――って!?」


一度視線を落としたあと。また視線を上げれば。そこで見えた獄寺くんは―――泣いていた。


なんで? どうして? シャマルは一体なにをしたの? シャマルは獄寺くんを―――泣かせたの?


ふつふつと怒りともいえる感情が湧いてくる。シャマル。あの野郎。


「――シャマル! なに獄寺くんを泣かせてるの!!」


気が付いたときには、叫んでた。


オレのその叫びに、シャマルも獄寺くんも驚いたようで。そしてこっちを見た。


「ボンゴレ坊主か…全く、良いタイミングで来たもんだ」


シャマルはやれやれと大げさに溜め息吐いてそう言って、その場を後にして。


「…あ、10代目。今日は遅かったですね」


そして獄寺くんはまるで自分が泣いてる事なんて取るに足らない事のように。いつものようにオレに応えてくる。


「獄寺くん、シャマルに何言われたの」


「え?」


「何で泣いてるのってことだよ! シャマルに何かひどい事言われたからなんでしょ!」


「え、いえ…シャマルは何も、悪くはないのですけど…」


獄寺くんは困ったように笑いながら、シャマルを庇う。


どうして。シャマルは獄寺くんがどんな目に遭うか分かって、その上で獄寺くんを取り上げたのに。獄寺くんに降りかかること全てを、シャマルは黙認したというのに!!


なのになんで!!


「どうしてそれほどまでに、獄寺くんはシャマルを慕うのさ!!」


「じゅ、10代目? いきなりどうしたのですか? 落ち着いて下さい」


落ち着けと。獄寺くんは無茶を言う。落ち着ける訳がない。そんなこと、出来る訳がない。


これ以上ここにいると何を言ってしまうか分からなかったオレは、思わずそこから駆け出してしまった。





10代目がまたオレを怒鳴って…またも数日。


10代目は、あれからオレの所へは来なかった。


…ああ、そうか。


オレと10代目の友達"ごっこ"は…終わったのか。


ならばもう10代目はここには来ないだろう。それは少し…残念だった。


………駄目だ。


残念だなんて。思ってはいけない。


オレは"10代目の気紛れの命令"で、仕方なく友達ごっこをしていたのだ。


…そうではくては、いけないのだ。


オレみたいな実験体が…そんな感情抱いては、いけないのだから。



10代目が来るのを心待ちにしていただなんて、嘘。


10代目に語りかけられるのが嬉しかったなんて、嘘。


10代目と、もっとずっと。一緒にいたいって思ってたなんて…嘘。



そうでなくては、いけないのだから。


そうやって自分をずっと騙そうとしていると、…なんとも珍しい。オレがここに入れられた以来ではないだろうか。……人が、来た。


ここまで入って来たということは、…オレの実験の用意が出来たのだろう。


なんというタイミング。ある意味、ピッタリといえばピッタリなのだが。


奴らはオレを廊下へ行くようにと誘導する。廊下へ行けば一階へ。一階へ行けば、地下へ。


その間のオレは、あいつらは。何も言わない。何も言葉を発しない。


その必要が、意味がないことを。互いに知っているから。


あいつらはオレを決して触らない。ある一定の距離以上近付いてこない。


別に構わない。オレは、あいつらにとってはヒトではないのだから。


オレはこれから死に行くもの。オレは誰の目にも映らない幽霊。


これからオレが受ける実験は。どんなものかは詳しくは知らないけど。でも、きっと。生き耐えることは出来ない程のもの。


でもそれはこの世界の住人に役立つものだと教わった。オレの死で。オレの受ける実験で。助かる命があるのだと。


…オレは、それで失われる命もあるのだと。知っていたけど。


ああ、でも。



こんばんは。



あの、少し頼りないように思える小さなボスの。…時期ボンゴレ10代目の。



今日はとてもいい月夜だね。



…あの人の為に、オレの命が失われるのなら……それも、また。…良いかも知れない。



オレと、友達になって?



貴方の命でしたら喜んで。貴方の為でしたらいくらでも。オレは命を懸けましょう。



―――獄寺くん。



…10代目。



オレは、貴方に逢えて…良かったです。



そう胸の内で呟いて。オレは実験の準備が調っているであろう地下へ地下へと進んで行った。


――自分の、足で。





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名残惜しくなんてない。