オレの願いを覚えてる?


最初はそう、オレのちっぽけな好奇心と我侭から始まったんだっけ。


あんなことがあっても。未だオレの気持ちは変わってないんだ。


…ねぇ、オレの願いを覚えてる?



枷せられた道



あんなことがあってから。三日。


―――バタンッ!!


オレは大きな大きな音を立てながら。その大きな大きな扉を開ける。


その部屋の中は、すっきりとしていた。タンスも机もない。あるのはカーテンの閉められた大きなベッドと。


大きなトランクを前に、大きなソファーに座っていて、相変わらずこちらを見向きもしない、三日振りの医者と。


「Dr…シャマル!」


「ボンゴレ坊主…お前、人一人の人間探すのに手間取りすぎだろ。探偵にはなれないな」


「うるさい! シャマル、よくも獄寺くんを・・・!!」


「…一つ。言っておいてやろうボンゴレ坊主。――獄寺くんなんて奴。もうこの世のどこにもいねぇから。もうその単語を吐くな。虫唾が走る」


「・・・!!」


そりゃ…! シャマルは恐らくは獄寺くんのことを破棄するなんて物騒なことを言っていたけど、まさかそんな・・・!


「なんで…そんなことを!」


「その方があいつの為だ。獄寺なんてつまらねぇ事から解放してやったんだから、むしろ褒められる事だと思うんだがなぁ」


「何勝手なこと言ってんだ! 獄寺くんに聞いたわけでもないくせに!!」


「坊主…言ったろ? 獄寺くんなんて奴、もうどこにもいねぇから言うなって。耳ちゃんとあるのか?」


「うるさいうるさいうるさい! どうしてそんなことが出来るんだよ! どうして!!」


オレの、最早子供の駄々と変わらなくなってきている叫びに、シャマルは溜め息を吐きながらもにやりと笑って…



「じゃあ、直接本人に聞いてみるか?」



――…え?


シャマルは悠々と、カーテンの仕切られているベッドまで向かって。


「なぁ隼人。お前あのまま、ボンゴレ坊主を再起不能になるまで攻撃したかったか?」


そんな物騒な台詞と同時に、シャマルはシャーッとカーテンを開いて。



「…んなわけないだろ? その点にだけは、シャマルに感謝してる……」



ベッドの中には、不機嫌そうにシャマルに応える、獄寺くんが…


「ご、獄寺くん!!」


その嬉しさで思わず抱きつこうとしたオレだけど、ひょいって捕まれて止められる。…シャマルに。


「…何するのさ」


「とりあえず三回目だ、ボンゴレ坊主。お前ホント人の話し聞いてないのな」


三回目って…獄寺くんのことを獄寺くんって呼んだこと?


「こいつは。もう獄寺とは何の関係もねぇ。…条令違反して、処理されて。オレの手で破棄されたからな」


………破棄とはまた。よく言ったものだ。温かいベッドの中に入れるのが破棄だなんて。


「―――麻酔銃なんてもの使わなくても。…実弾でも、良かったのに」


「オレが良くないよ!」


「落ち着けガキ共。…ま、隼人を実弾なんかで撃ったら、隼人の兄姉に呪い殺されそうだからな」


微妙にシャレにならないことをシャマルは言う。


「――それにしても、中々良いタイミングでやってきたじゃねぇか。今日を逃したら一生涯会えなかった所だぞ」


「え?」


「隼人を助けたことが分かったら、オレはここを首になる所じゃすまねぇ。隼人の治療もあるし、今日の夜ここから出るつもりだった」


「そう――なんだ…」


軽いショック。軽い眩暈。


「なに、そう気を落とすな。縁があったらまた会えるだろうさ」


「うん…そう、だよね」


「そうじゃなくても、お前さんには隼人を条令違反させるためにだしに使わせてもらったからな。何回かは会わせねーと後が怖ぇや」


「シャマル…あの時オレを止めなかったのはその為?」


「まぁ結果的にはそうなったな。別にお前さんがいなくとも、こうなっただろうが」


「この…って、今となったらそれはもう良いや。そんなことよりも離してよ」


そして獄寺くんに抱きつかせてよ。


「アホか。今は薬で衝動を抑えているから良いもののお前、隼人が殺戮衝動に負けたらどうするんだ」


…殺戮、衝動?


獄寺くんを見ると、獄寺くんは申し訳無さそうな顔をしながらオレを見ていて。


「――その、すみません10代目…オレのせいで、10代目に傷が…」


獄寺くんが付けた、オレの頬の一字傷。


三日も経って、ほとんど痕が消えていて。あと数日もすれば完全に消えるであろう傷に獄寺くんはこの世が終わりそうなほど後悔していた。


「いや、こんなの全然いいんだけどね。…ていうか、もうオレに敬語使う必要なんてないんじゃない? 獄寺の束縛から逃れられたんだからさ」


「おお、それはその通りだぞ隼人。こんなガキに一々気を使うことはねー。罵倒すらしてやれ」


…罵倒は、出来れば勘弁して頂きたい。


「え、…でも、オレ――」


おろおろとしている獄寺くんを見ながら、さっきの自分の台詞を思い返す。…獄寺の束縛から逃れられた…


「…ああ、そうか。獄寺くんのこと獄寺くんって言うなって。そういうこと」


「ようやく気付いたか。この馬鹿坊主」


「???」


理解していないのは獄寺くんただ一人で。


「じゃあオレは、獄寺くんのことなんて呼べば、良いのかなぁ?」


「そらお前。今の隼人は獄寺でもなんでもない隼人なんだから。隼人以外に呼び名があるか?」


ないね。


「そんなわけで隼人。オレ隼人のこと、これから隼人って呼ぶけど。異議はないよね?」


「…え、あ……はい」


獄寺くん…――隼人はきっと会話に着いて行けてないだろうに反射だけで返事をしてきた。…まぁ、結果は変わらなかったと思うけど。



「―――じゃあ、隼人」



「…はい?」



「オレの話を、聞いてほしいんだ」



「…? なんでしょう」



「…今の隼人は、ただの隼人なんだよね」



「らしいですね」



「――だったら何で、いまだにオレに敬語なの…」



「癖みたいなものです。気にしないで下さい」



「気にするって…まぁ良いか。確認したかったのは、今の隼人はただの隼人なんだってことなんだから」



「それがどうかしましたか?」



「うん、…あ、でも隼人聞いてくれるかなぁ? 隼人は頑固な所があるから…」



「な、何ですかその目は…大丈夫ですよ。……たぶん」



「隼人がこの頼みを聞いてくれたら、オレなんだって出来るんだけどな」



「なんでも…ですか?」



「そう。何でも出来るし…きっと何でも、頑張れる」



「………分かりました。どんな頼みごとも聞きますから。…オレに出来ることでしたら、ですけど…」



「出来ると思うよー? うん、出来る出来る。きっと余裕だよ」



「そうですか? …じゃあ、なんだというんです? その頼みごとって…」



「うん…ねぇ、獄寺くん?」



オレは出てくる笑いを堪えることも忘れて。未だかつてないとても幸せな気分になりながら。



「何ですか?」



あの日と。同じ台詞を吐いた。





「―――オレと、友達になって?」





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本当の。