キミがいて、オレがいて。二人、楽しそうに笑ってる。


それだけで幸せ。他には何もいらないって言えるぐらい―――幸せ。



願う少年、叶えるマフィア



キミが目の前にいて笑ってる。オレに笑い掛けてくれている。


だからオレも、キミに笑い返す。そしたらキミは、くすぐったそうな顔をするんだ。


なんだろう。なんだかふわふわする。


オレはキミの手をとって、歩き出す。


行き先は様々。賑やかな繁華街を歩いたり、公園で一緒にアイスを食べたり。


なんだかデートみたいだねって、オレがそう言うとキミはすっごく赤くなって。


そうですねって、軽く返せばいいのに。そんな可愛い反応示すから、オレはつい悪ふざけで、キミに軽くキスなんかしたりして。


そしたらキミは固まっちゃって。もうそれが可笑しくって。


なんでかな? なんだかふわふわする。


「―――ね。何かオレにお願いとか、ない?」


オレがそう言うと、キミは赤い顔のままきょとんとして。


暫く頭を捻って。考えて考えて考えて………でも結局首を横に振って。何もありませんって。


「そっか」


「どうしたんですか? いきなり」


「ん…別に?」


……本当、どうしたんだろ、いきなり。


…変なの。なんだかふわふわする。


「―――獄寺くん」


「はい?」


「行こ!!」


「え…わ!?」


オレは獄寺くんの手を取って走り出す。桜の花びらに包まれた公園を後にする。


………桜の、花びら?


はっとして振り向く。でも、そこには公園なんてなくて。


「どうしたんですか? 10代目?」


「なんでも…ないよ」


そうは言うけど、なんでもない訳なくて。


だって、公園を出たはずなのに、その公園はどこにもなくて。


それ以前に、


今は、もう10月なのに。桜なんて、咲いてるはず、ないのに。


………って、10月?


あれ? 10月っていえば、そう。今は昼過ぎで。オレたちは学校に行ってなくちゃ、いけなくて…?


あれ…? あれ?


ふわふわ。ふわふわ。


頭の中にもふわふわが入ってきて、上手く思考が纏まらない。


そういえばと、オレは獄寺くんを見上げる。


いつも怖いと思っていたはずなのに、今のオレにそんな気持ちは全然なくて。


時が経ったから慣れただけで済ますにも、キスするような関係にいつからなったんだっけ?


いつから―――


「―――10代目」


………え?


「帰ります?」


そう言う獄寺くんの顔は、何故だかぐんにゃりまがってて。


それは、オレが泣いているからだって、たったそれだけのことに気付くのに、凄い時間が掛かって…


だから、獄寺くんの言うことも、理解するのに、凄い時間が、掛かって……


「ん。大丈夫。平気……だか、ら…」


そうは言うけど、オレは全然平気じゃなくて。


「―――10代目」


だから。オレが一番って言う獄寺くんのことだから。


「帰りましょう?」


そう言うことも。予想出来て。


………でも。


「や…だ」


「…10代目……」


大丈夫じゃないのに。それが正しいってことも分かってるのに。


獄寺くんに迷惑を掛けることになるって分かっていても、それでもオレは、帰りたくなくて。


…何故だか……帰るのが、怖くて。


「大丈夫ですよ。10代目」


なのに獄寺くんは。


「どこにも、怖いものなんてありませんから」


全てを分かっているみたいに、オレを安心させるように笑うから。


「帰りましょう?」


「―――うん」


だから、その差し出された手を取って。


ふっと、風が吹いて。気が付くともうそこはオレのうちで。


「さ、10代目…」


「………」


きゅっと、獄寺くんの手を握る。獄寺くんと一緒なら、どんなものも怖くないと思ったから。


………なのに。


「―――10代目」


獄寺くんはオレの手をぱっと離して。オレと距離を作って。


「オレは、ここまでです」


「―――え?」


獄寺くんは、少し寂しそうに笑って


「オレは、これ以上行けませんから」


なんて。そんな訳の分からないことを言い出して。


「何で…」


オレがそう聞くと、獄寺くんは困ったように笑って。


「分かってるんじゃないんですか?」


「―――え」


なに、を?


「オレが行けない理由」


わか…らない。分かるはずがない。


「―――10代目、おとぎばなしをしましょう」


「え?」


「……むかしむかし、あるところに一人のマフィアがいました」


「………」





マフィアには主人がいました。マフィアは主人が大好きでした。


マフィアはいつも主人を守ろうと奮闘していました。主人にとっては、少し迷惑に感じるんじゃないかと思わせるぐらい。


ある日、マフィアはいつものように主人を守っていました。


その日はいつもと違って。主人は本当に命を狙われていたのです。


でも、マフィアは主人を守り通しました。


マフィアは主人の無事を確認すると、倒れてしまいました。





「……続きは?」


「その扉の向こうに」


………。


オレはオレの家を見上げる。そしてそのまま話し掛ける。獄寺くんに。


「ね。獄寺くん」


「はい?」


「オレ、知ってるよ」


「え?」


「その話の続き――知ってるよ」


「………」





マフィアが倒れたあと、主人は激しく困惑しました。


だって、主人には命を狙われている自覚がまったくなかったからです。


いつも、マフィアがダイナマイトを投げるのをはらはらしながら見てたりするだけで。


だからその日も。いつものようにマフィアが何か勘違いをしたのだとばかり思っていたのです。





獄寺くん?


10、代目…お怪我は、ありませんか……?


ない、けど。でも、ごく…でらくんが……


よかっ……


獄寺くん? 獄寺くんっ!? 獄寺くん!!





事情を知った主人は、マフィアを医者の所に連れて行きました。


医者は手の限りを尽くしてくれましたが、マフィアは重症で。


医者は言いました。「朝まで持たない」と。


主人は泣きました。マフィアを想って泣きました。


主人は傷だらけのマフィアの手を取りながら眠りました。朝が来ることを呪いながら眠りました。





「…その話の続きは、どうなっているんですか?」


「多分、この扉の向こうに」


「それは残念です。結末が知りたかったのに」


………。


「ねぇ。獄寺くん」


「はい?」


「ここは……オレの夢の中なの?」


「……だと思います。理屈は、よく分かんないですけど」


「…じゃあ、この扉を開けたら、オレはどうなるの?」


「……きっと、夢から覚めます。それだけです」


「……起きたくないなぁ…」


「駄目ですよ10代目。みんな、きっと心配してます」


「分かってる。……冗談、だよ。でも」


「………でも?」


「オレが本気で、起きたくないって、言ったらどうする?」


オレがそう言うと獄寺くんは、少し考えて、笑って、言った。


「お願い、します」


「……お願い?」


「はい。お願いです」


――それは。夢に来たばかりのとき、オレが彼に聞いたこと。



―――ね。何かオレにお願いとか、ない?



「……反則」


「すいません」


「………分かったよ」


観念して、オレは扉に手を掛ける。


―――でも。


「……獄寺くん」


「はい?」


黙って帰るのは癪だから……


「夢ってさ…なんでも、自分の思い通りになるんだよね?」


「らしいですね」


オレは扉を開け放つ。


「じゃあさ、一つだけ、獄寺くんにお願い」


「………?」


オレは、振り返って、願いを―――





眼を開けると、そこは白い空間。


まるで病院のベッドみたいなところに、オレは眠っていて。


……おかしいな。確かにオレは、獄寺くんの手を握りながら眠ったはずなのに。


リボーンあたりが勝手にオレを移動させたのだろうか。


……まったく、余計なことを。


窓の外を見る。憎らしいほどの晴天。


………人が、彼が死んだ日だってのに、なんの感傷も持たない自分がいる。


自分は薄情な人間なんだろうか。それともまだ自覚が出来ていないだけだろうか。


夢の中、最後に見た彼を思い出す。


眼を見開いて、唖然としていて……


もしも夢の中にまだ彼がいるのなら、きっと困っていることだろう。


あんな迷惑な願い、叶えようがない。


―――叶えられる、はずがない。


ここまで来てようやく、涙がぽろり、またぽろりと出てくる。


特に止める理由もないから、そのままにしていると……


―――バァンッ!!


扉が大きな音を立てながら開かれ。


「ボンゴレ坊主! お前一体何しやがったっ!?」


シャマルが、出てきて。


「隼人が―――」


「……え?」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやだって。

ありえない。そんな、ありえないよ?

だって、オレが、オレがしたのは―――願った、だけだもの。