寒くて、寒くて。あまりにも寒くて。


―――凍えて、死んでしまうかと思った。



寒き日の夜



眼が、覚める。


ゆっくりと身を起こす。…布団の中の温度がどんどん逃げては消えていった。


―――寒い。いつもより、何倍も。


…ああそうか、連日のように起動していたエアコンが壊れて。仕方ないから布団に潜り込んだんだった。


辺りはまだまだ暗い。何時かは分からない。ここに時計はないから。


それでもいつもならまだ寝ている時間帯という事だけは分かって。けれどまた寝付く気にはなれなくて。


…夢を、見ていた。


ずっと昔の夢。まだ日本に来る前の、まだボンゴレに入る前の、…まだスラム街で一人生きていた時の、夢を。


この寒さで思い出したのだろう。…とても、とても寒い日の夢だった。


あの日の事は、よく覚えてる。



―――初めて人の死を見た日だったから、とてもよく覚えてる。



その日は、雪も降ってないくせに馬鹿みたいに寒い日で。


…だからだろう、あんな悪夢があったのは。


たまたま通り掛った路地裏で見えたのは赤い液体と。―――ガキ共の狂ったような叫び声。


その叫び声が、笑い声だと気付いた時には。それはもう人間じゃなくなっていた。


気が付くと腹が破れていた。文字通り。そこから溢れ出ている赤いモノから。湯気が出ていて。この世界の寒さを知る。


飢えたガキ共は、さっきまでホームレスだったそれに喰らいついていた。ガキ共は飢えすぎていた。


オレはそのさまを、まるで遠い世界からのように見つめていて。


―――気付く。それの、今まさにガキ共の腹の中に入っていってるそれの。眼と。呼ばれていたモノが。


オレを。まるで恨むように、光のない丸いそれが。まるで怨むように、オレを―――――



バタンッ



音を立ててドアを開けて。外に出た。


途端に寒いを通り越して、刺すように痛い冷たい風がオレを襲って。…でも、そのおかげでオレは眼が覚めた。


あの時の方が、もっと寒かった。冷たかった。…痛かった、から。


特に用などはなかったが、部屋に戻る気にもなれず一人外を歩く。月も出てない暗い夜。寒い寒い、暗い夜。


何も考えず飛び出てしまったから上着は着ていない。着ているのはそれほど厚くない制服。…疲れ帰って、そのまま倒れこむように寝てしまったから。


早くも指先の感覚は消え失せていた。けれど止まらない。オレの足は止まらない。まるで何かから逃げるように、止まれない。


―――気が付くと、オレはいつもの公園に来ていた。


当たり前だけど、誰もいない。


走ってきたのだろうか、肩で息をしていた。自分の事なのに、ついさっきの事なのに。もう覚えていない。分からない。


息も落ち着いてきた頃、吐く息に色が消えた頃。ようやく我に返った。


…なにやってんだ、オレは。


まるで行動が支離滅裂。訳が分からない。


空を見上げる。曇っていて、月どころか星一つ見えない。


明かりが一つもない真っ暗な夜。身も凍えるような寒い風。家に戻る気にもなれず、一人立ち尽くす。


…このまま立ち尽くしていたら、凍えて死んでしまうのだろうかなんて。そんな馬鹿馬鹿しい事を考える。


…死にはしないだろう。あの日は今日よりも寒くて、冷たかったのに。それでもオレは今生きてここにいるのだから。


けれど。


もしも、今ここで。…オレが、死んだとして。


誰かの生に。何か、影響を及ぼすのだろうか。


…及ぼさないだろうな。


この地に来てもう随分経つけど。相も変わらず未だオレは一人でここにいるのだから。


…当たり前だ。オレは馴れ合いをしにこの地に来たわけではない。ボンゴレの命に従い、10代目をサポートするためにこの地に来たのだ。


―――でも、オレがやっていることといえば空回りばかり。それに、果たして意味はあるのだろうか。


…ない、だろう。……でも、なら。


はぁ、と息を吐いて。どうしようか迷う。


…このまま、朝までここにいるのもいいかもしれない。もしも死んだらそれまでだ―――…


―――などと、思っていたら。



「―――獄寺くん?」



聞き覚えのある声に、空気が――…震えた。





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その声は、オレの主の―――