キミに会いたい。逢いに行きたい。


けれど優しすぎるキミは、それを望まないようで―――



聖域への道



―――そろそろ、お前が何か行動をしているときだろうか。


…オレなんかに構わないでほしい。オレなんかに、負担なんか負わないでほしい。


だから。オレは精一杯の強がりと、願いを篭めて。


お前に、別れの歌を、送ろう。





「………それは、本当か?」


オレは、母に呼ばれた陰陽師と二人っきりで部屋にいた。


オレは掛けられてもいない呪いを解こうとする陰陽師に、半ば諦め半分に、彼のことを話した。


すると。意外にも、陰陽師はオレの話を信じてくれた。少なくとも、オレにはそう見えた。


「――本当です。オレは彼に呪いなんて掛けられてません。オレが無理を言って、彼を祭りに連れ出したんです」


「ふむ…それは悪いことをしたな。最近、隣村の魔物が悪さをしたので少々魔物に敏感になっていたようだ」


「……隣村の、魔物?」


「ああ。こいつがまた厄介な奴でな。こいつが回りに呪いを掛けまくっていた」


「……陰陽師さんは…陰陽師さんなんですよね?」


「そりゃあ。―――それが?」


オレは、意を決して、彼に頭を下げた。


「お願いします……オレに、呪いを解く方法を、教えて下さい」





――そんな日なんて、来るのだろうか。


呪いが解ける日なんて……来るのだろうか。


それは。もう何度も自問したこと。


そして。それは考えても仕方のないこと。


……鎖は、確かに短くなってきている。今はこの左足首に巻かれているものだけだ。


昔は、違った。真っ赤で重い鎖が幾重にもオレを包み込んでいて。


重くて。痛くて。苦しくて。罪を知って。


――それが少しずつ、短くなってきたのは、一体いつからだっただろうか…


何が原因で、罪が軽くなっていったのだろうか。


分からない、解らない――


身じろぎする度に、鎖が軋んで。オレの罪が終わっていないことを知って。


――もう、ほとんど痛みはない。苦しみも。重みだって。


……長かった。永かった。ここに来るまで、沢山の人間と関わった。


それは、普通に過ごしてきたら取るに足らない程度の人数だろうけど。


でも。あの時からここにずっといるオレにとっては、それはまるで奇跡のような出逢い。


だって。こんな洞窟に一体誰が来よう?


来たとして。こんな魔物に、一体誰が好きこのんで関わるというのか。


―――でも。あいつらは…


………。


オレは、その時を想い出し、そいつらを想い出し―――





「―――それ、本当ですか」


「ああ。…まず、間違いないだろう」


「そんな……」


じゃあ、じゃあ……彼が今まで閉じ込められていた意味は……


「まったく、意地悪な魔物もいたものだ。確かにそいつは嘘など付いてはいなかった。本当のことを言っていた」


「………すみません。お世話になりました…」


オレはがたっと音を立てて、その場を立つ。居ても立ってもいられなかった。


「……何所へ行く?」


「決まってます。彼の……獄寺くんの所です。獄寺くんがあんな所にいる必要なんて、どこにも…一つも、ない!!」


「確かにな…しかし、良いのか?」


「―――え?」


「聞いた話、そいつはもうかなりの年月を過ごしてきたのだろう……もしかしたら桁が三つでは足りないかも知れぬ」


「…だから、何だってんですか」


「……呪いを解いた後、そいつは恐らく人間には成れまい」


「―――え」


「時が経ちすぎている。最早その魔物の呪いで形を生成されていると言っても良いかも知れぬ」


「………そんな」


思わずオレはうなだれてしまう。何が最良の策なのか分からない。


喋る声がなくなって。急に辺りが静かになって。


―――ふと、開いた窓の方から何かが聞こえてきて。


「………ぬ?」


「―――これは…」





「―――と。ご清聴有難う御座いました」


「ご、獄寺くん……」


「ん?」


「滅茶苦茶上手いじゃん! 後悔するなって言うから下手くそだと思ったのに!!」


「誰も初めてなんて言ってないし。ここに来る前には、あちこちを旅してて。母方が楽器好きで、良くオレに聞かせてくれたんだよ」


「へー…じゃあ、他にも出来るの?」


「まあな。大体の楽器は手に取ったことがあるし――その中でも、そうだな。ピアノが一番得意だった……」


「…すごいなぁ。ところで、今の曲はなんていうの?」


「……ん? さあ。曲名は知らないけど、ただ覚えてるだけの曲。………ああ、確か」





「別れの曲、だったかな?」





「―――――っ!!」


「うぉ! どうした! いきなり泣き出したりして!!」


――ずるいずるい、ずるすぎる! 何も分かっちゃいないくせに! 今が一体どんな状況かまるで解っちゃいないくせに! なのにどうして!!


なのになんで、どうして、こんな、こんなときに彼は、獄寺くんは…!



全てを分かっていて、その上で……



―――…もういい、みたいなことを言うのさ……!


オレは自分の弱さに嫌気が差し、独り―――涙を流した。





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一人は人間の子供をただただ想い、故にその子供を突き放す。

一人は魔物の子供をただただ想い、故に己の弱さに打ち拉がれる。

―――故に二人は、独りであった。