隼人の両親に話を付けて戻ってくると、隼人は既に起きていた。
「もう起きて大丈夫なのか?」
隼人はオレを見上げる。その目に生気は相変わらずない。
「…起きて大丈夫なら包帯を替えるぞ。…ほら、平気か?」
腕を出させる。白い肌に巻かれた白い包帯。
…その包帯の下には、痛々しい傷跡がある。
自身で傷口を抉っていた隼人。
どんな理由があったのかは分からないが…精神的に参っているのは見て取れた。
親の重圧。兄姉達の重み。末っ子の隼人には辛い日々だろう。…それが日常で、当たり前になってしまっていたとしても。
壊れかけの命を一々見遣っていても。キリがないことぐらい重々承知なのだが…
けれど見つけてしまったから。
こいつを…自分がどれほど追い詰められているのかも、助けを求めることすらも知らないこいつを。
知ってしまったら、放っては置けなかった。
視線を感じて見てみると、隼人はオレを不思議そうに見上げていた。
「どうした?」
困惑に揺れる瞳。なんと言えば良いのか分からない…そんな感じだろうか。
「…どうして…そんなに僕に構うの…?」
「どうしてって…」
「僕は不要な物なのに…なのにどうして…」
………。
オレは言おうと思っていた言葉を飲み込み、代わりに握り拳を作って。
「あいた!?」
ぽかっと。隼人の頭を叩いた。
「ったく、良いか隼人。お前は思い違いをしている。まずはそこの認識を改めろ」
「???」
叩かれた頭をさすりながら隼人はオレを見て。オレは隼人に一区切り一区切りに分けて。言って。聞かせる。
「お前は、不要でも、物でもない」
隼人はぽかんとしている。考えが根本から覆されてしまったからか。
「…全くお前は口を開けば捨てられるだの要らないだの…お前の頭にはそれしかないのか?」
「………」
「お前には何か望みはないのか? 捨てられない以外でだ」
隼人は暫し考え…というよりも。その言葉を言うか言うまいかを悩んでいたようだった。
隼人は悩んで。考えて…恐る恐ると言う風に口を開く。
「えとね…僕。―――ほめられたい」
「ん…? 前に何かあったのか?」
「あの、ね…前にピアノを…弾いたの。そのときにほめられて…それが、嬉しかったの」
そのときを思い出したのか、隼人はようやく柔らかい笑みを浮かべる。オレは一安心した。
良かった。こいつはまだ完全には壊れていない。充分に治せる。戻ってこれる。
「そうか…それは良かったな。じゃあまた褒められるように練習しないとな」
「…良いの?」
「ああ、もちろんだ。お前さえ良ければ…だがな」
隼人の顔を覗き込んでみると…隼人は顔を輝かせていて。
「やりたい!」
まるで年相応な笑顔に、オレも釣られて笑みを浮かべた。
それから隼人は毎日ピアノの練習に明け暮れていたのだが…
何故かピアノの演奏会の当日。食中毒でオレの所まで運ばれてきたのだった。
…とことん報われない奴だ…
けれどそれが切欠で、オレと隼人は再度の接触を果たし。
それからも隼人のピアノの演奏会がある度にオレの元へと運びこまれるものだから、いつの間にやらオレは隼人の世話係のようなものになっていった。
隼人は気付けばオレの後をちまちま着いてくるようになっていて。
その姿はまるで親鳥を見つけたひよこを髣髴させて…なんとも微笑ましい。
「シャマル、Dr.シャマル、」
「ん?」
隼人はオレに構ってもらえることがそんなにも嬉しいのか、ことあることにオレの名を呼んで。着いて来て。
その度にオレは仕事の合間にだが簡単な遊びを教えたりして。隼人はそれすらにも興味深そうに覚えていって。
…その姿を見ていると、何故だか無性に切なくなる。
遊びと言うものを知らない。誰も教えてくれない。そしてそれを当たり前のこととして認識してしまっている。
それを言うなら他の獄寺の子供だってそうだろうが、あいつらはあいつらで何とか自身で折り合いをつけていた。
けれどこいつにはそれが出来ていなかった。身体と心が壊れていく一方で、そしてそれを誰もが助けなかった。
何故ならこいつは誰にも何にも期待されていないから。
親に見離された子供。誰にも求められない存在。独りで余計な波を荒立てればそれこそ文字通りに捨てられる。
何よりも悲しいのは、こいつがそれを理解して。そして受け入れてしまったということ。
…そう、しないと本当に捨てられてしまうとはいえ。
「…シャマル…?」
無意識に手が伸びて。オレは隼人の頭を撫でていた。
隼人は暫く不思議そうにオレを見ていたが、やがて気持ち良さそうに目を細めて。気が付いた時には眠っていた。
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こいつを助けられるのはオレだけだと思ってた。
そうだと信じてた。
そうだと思い…込んでいた。
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