知っています。



これはオレの我侭だって。



だって、貴方はずっと平和で安全な国で暮らしてて。



マフィアなんて、映画や書物でしか知らなくて。



普通に考えたら当たり前。マフィアになんてなりたくないですよね。



貴方がどんな生き方をしようとも、オレなんかに口出しする権利なんて、ない。
































―――でも。



オレが貴方に救われたのは、確かなことだから……



せめて、これだけ。



これだけを、祈らせて下さい。






























失われし






























―――――それは、いつもと同じ"日常"だった。


他人から見れば、それは"異常"なのかもしれない。


だってそうだろう?


バカみたいに強い赤ん坊が、「家庭教師」としてやってきたのだから。


そいつがある少年を「マフィアのボスにする」と言い出して。


もちろん少年に、マフィアになる気なんか全然なくて。


でも、家庭教師は少年の言葉に耳を貸さず、少しずつ少年を鍛えていった。


あっという間に、今までの"日常"は壊れてしまって。


それに嘆く暇もなく、次第に周りは賑やかになっていった。マフィアという名の"異常"どもがやってきて。


最初に来たのは帰国子女。彼は少年に勝負を挑んで負けて、少年に絶対服従を誓った。


次に来たのは家庭教師を殺しに来た刺客。そいつはまだ幼児で、泣き虫で。とてもマフィアに見えなくて。



―――――でも、マフィアで。



私情で少年を殺しに、暗殺者が来た。


女以外の命をどうとも思わない医者だって来た。


次々と訪れる"異常"。


でも、そんな"異常"に、少年は次第に慣れていった。


少年にとって"異常"なはずのそれは、知らないうちに"日常"となった。



―――――だけど、それはいつかの"日常"のように、突然崩れ去ってしまった。





「最近、ディーノさん見ないね」


つい三日ほど前だろうか? 自分を弟分といって可愛がってくれたマフィアのボスを見かけなくなったのは。


まぁ、彼も一応社会人だ。どこかで"仕事"でもしているのかもしれない。


そのうち帰ってくるだろう。


そのときにでも、話を聞かせてもらおう。





ディーノが消えてから、五日ほど経っただろうか。


未だに彼は帰ってこない。


そればかりでなく。


「あの面白いねーちゃんとオッサン、見かけなくなったな」


消えた人が増えた。


とはいえ、彼らもまた一応社会人だ。


何か"仕事"が入ったのだろう。大人は大変だ。


それに正直、あの二人にはあまりいい思い出がない。


ビアンキにはよく殺されかけたし、シャマルにはよく見捨てられた。


よく自分は生きてるものだ、とツナは苦笑した。


でも、それは笑い事ではなかったことを、その時のツナはまだ知らなかった。





それから…今度は数週間が経っただろうか? もう日にちを覚えていない。


「ランボ君とイーピンちゃんにお菓子を作ってきたんだけど…いないの?」


今度は子供たちだ。


さすがのツナも、おかしいと思った。


でも、思っただけだった。


相手は子供。きっと保護者か何かが連れて帰ったんだ。


次々とマフィアの知り合いが消えていっても、ツナがなんとも思わないのは理由があった。


それはリボーンと、獄寺の存在だった。


まだマフィアではない自分を置いて、リボーンが消えるはずもなく


自分を慕っている獄寺もまた、自分に何も言わず、どこかへ行くはずもなかった。



―――――行くはずが、なかったのに。



それはある日の帰り道。


いつものように、ツナは獄寺と帰っていた。


マフィアの知り合いはすでにリボーンと獄寺だけになっていたが、ツナに危機感はなかった。


隣には彼――獄寺がいる。家にはリボーンもいるのだから。


分かれ道。……いつもと同じ、別れ道。


ツナが帰ろうと背を向ける。


そこで、いつもと違うことが起こった。



「―――10代目!」



――声。


彼のよく通る声が、響いた。


ツナは振り向く。そこには――


そこには夕日を背に、凛々しい顔をした獄寺がいた。


ツナはそのはじめて見た表情に、少しドキッとしてしまう。


獄寺はツナに、自分の主人に敬礼をして――



「お元気で」



そう言って、深く礼をして…走って行ってしまった。





それから一週間。


獄寺は学校に来なかった。


彼がいなくなるのは、別に初めてというわけではない。


ただ、自分に何も言わず、一週間もいなくなるのは…初めてであった。


さすがに不審に思った山本と、彼のマンションに行ってみた。


もぬけの殻だった。


まるで、最初から誰もいなかったかのように。


ツナは、ここにきて初めて、危機感を覚えた。


一旦山本と別れて家に帰る。リボーンの姿を探す。


「ちゃおっス」


いた。自分の部屋に。我が物顔で。


「あ…」


ツナは言葉に詰まる。聞かなくちゃ。聞かなければ。


「そろそろ来る頃だと思ってたぞ」


リボーンはツナの言葉を待たず、喋りだす。


「みんなの行方だな?」


質問しているくせに、確信的な問い。ツナは無言でうなずく。


「みんなは今、イタリアで抗争中だ。ボンゴレを潰そうと考える馬鹿な連中が集中攻撃を仕掛けてきてな」


衝撃的な答え。


「それにともなって、他のマフィア業界も少しざわついてな。ガキ共はそれで一度国に帰った」


ツナは少し放心状態になりながらも、納得していた。


(抗争中…)


つまりはお仕事中。ツナの予想は当たっていたわけだ。


「オレももう少ししたら行かなくてはなら…ん?」


リボーンの下に一匹の虫。リボーンの表情がピクリと変わる。


しかしリボーンが虫嫌いなわけではないことを、ツナはよく知っていた。


「予定が変わった」


リボーンの無感情な声。


「今から向かうことにする」


リボーンのあまりの変わりように、ツナは驚いた。


「リボーン…? ちょっと、どうしたんだよっ」


リボーンは振り向かずに言う。


「獄寺がやられた」


「…っ!?」


「…敵は思った以上に手強いようだ」


最後の台詞はまるで独り言のように呟いて、リボーンはまた歩き出す。


「ちょっと待てよ!!」


ツナは叫ぶ。リボーンの足は止まらない。


「オレも連れてけよっ!!」


「いつもマフィアにならないと言っている奴が、何を言っている」


リボーンはツナの要求をあっさりと蹴る。子供は遊んでいろと言わんばかりの口調だった。


「ガキの遊びじゃねーんだ。大人しくしてろ」


「遊びじゃないってくらい、分かって…」



パンッ



「…っ!?」


頬を流れる何か。手にやると軽い痛み。見ると赤い液体。


それを認識して、ようやくツナは自分が撃たれたということを知った。


「遊びじゃないと分かってる…そう言ったな」


リボーンが銃口をツナに向ける。…今度は眉間に。


「じゃあ命の取り合いってことも、分かっているのか?」


沈黙…――そして



「――もちろん…分かってるさ」



「!?」


声がした。しかしそれはツナの口からではなく…リボーンの後ろから聞こえた。


声を辿ると、いつからいたのか、玄関に山本が立っていた。


「山本…」


どうしてここに? と聞く前に、山本が口を開いた。


「獄寺のところに行くんだろ?」


「え?」


「前までいつもいた奴らも見かけなくなっちまったし…何かあったんだろ?」


「……山本」


…自分だけではなかったんだ。


山本もまた、自分と同じように思っていたんだ…


リボーンは山本の方を見ながら言う。


「…ガキの遊びじゃねーんだ、命の保障はねーんだぞ」


「分かってる。覚悟するよ」


山本は答えた。いつも何かの遊びと言っていた彼が。


リボーンはツナの方を見て言った。


「…地獄を見ることになるかもしれねーぞ」


「それでも…オレは獄寺くんに会いたい」


ツナは答えた。真っ直ぐにリボーンを見て。


リボーンは小さく舌打ちをして


「時間が押している……さっさと行くぞ」


自分が折れたことを、伝えた。





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けれどもそれは、地獄巡りの片道切符。