なんでだよ。
なんでお前、そんなぼろぼろになってんだよ。
遊びじゃなかったのかよ。
冗談じゃなかったのかよ。
なぁ、なんでお前。
オレを見て、そんな"見られたくなかった"みたいな顔してんの?
……あのな。
確かにオレは、お前らが本物だって知って驚いたけど。
でもお前は、オレのダチには変わりねぇから。
だから…そんな無理した笑顔をしないでくれねぇ?
失われし
「道を開けて! 道を開けて下さーい!!」
走って行く途中、担架を運ぶ医療班とすれ違った。
それに乗せられているのは……
「獄寺くん!?」
乗せられているのは、一週間前に姿を消した獄寺本人。
その顔は意識がないのか、特に苦悶の表情は見受けられないが、顔色はかなり悪い。
被せられたシーツが赤く染まっている。どこか怪我でもしたのだろうか。
「獄寺!」
山本が獄寺の元へと走り出すが、医療班により遮られた。
「衰弱が酷いんです! 一刻を争うので後にして下さい!!」
そう言われては引き下がるしかなく、二人は獄寺を見送った。
獄寺が去って、数分が経過した所だろうか。
「…地獄を見た気分はどうだ?」
いつの間にか、リボーンがすぐ近くにいた。
「んでだよ…」
「ん?」
「なんでっど…して…獄寺くんがあんな…あんな……」
ツナの悲痛な叫び。それに対しリボーンは
「だから言っただろう」
「…?」
「地獄を見ることになるかもしれねーぞ、てな」
事もなげに答えた。
「だから…って、そんな…」
ツナはとうとう俯いてしまった。
「…そう嘆くな」
本当の地獄は、これからなのだから…とは、さすがのリボーンも言えなかった。
ツナは一人、テラスで景色を見ていた。
本当は一人で外に出ることは危険極まりないことなのだが、リボーンが許可した。
ツナは獄寺のことを考えていた。
最初に会ったときの印象は、お互いに最悪だった。
でも、彼はすぐに"ダメツナ"と呼ばれる自分を慕ってくれて…
多少強引なところもあって、困ってばかりだったけど、でもすごく嬉しかったことを、よく覚えている。
……あの、赤い夕日の日…
彼はどこまで覚悟してたのだろうか。
"お元気で"―――そう言ったとき、彼は、自分があんなにぼろぼろになることを覚悟していたのだろうか。
ツナの脳裏に担架に運ばれていく獄寺が思い浮かぶ。
顔色が悪くて、今にも死んでしまいそうな――
「――っ」
ツナは頭を振って今の思考を消し去る。
(……獄寺くん)
「ツナ」
いつからいたのか、リボーンがツナに声を掛ける。
「……なに?」
振り向きもせず答えるツナ。そんなツナを気にした様子もなく、リボーンは言い放った。
「獄寺が意識を取り戻した」
「!!」
ばっと、ツナはリボーンの方へと振り向く。
「…一応聞いとこう。会いたいか?」
「…会えるの?」
「本来ならば、面会拒絶なんだが…無理を言って三分だけ許可を貰って来た」
リボーンは軽く言うが、それがどれだけ大変なことなのか、ツナにも少しは分かる。
「もう一度聞こう…会いたいか?」
ツナは一度目を瞑り…そして開いて、言った。
「逢いたい」
そして二人とリボーンは、再びあの部屋へ戻ってきた。
来たら来たで、入ろうとするとつい尻込んでしまう。
「どうした? 入んねーのか?」
リボーンが挑発する。
「分かってるよ」
ツナは覚悟を決め、小さくノックをして、静かに扉を開けた。
扉を開けると、大きなベッド。
大きなベッドの上には、ずっと会いたかった人が横になっていた。
「獄寺くん…っ」
ツナが名前を呼ぶ。
獄寺は声に気付くと、ゆっくりと首を動かして、みんなを見た。
すごく驚いた顔をした。
当たり前だ。一週間前に別れを告げた人たちが、目の前にいるのだから。
「――…」 どうして、ここに…?
「獄寺! 無事だったか!!」
山本がいち早く、獄寺の元へと走っていく。
「ちょっと…待ってよ、山本っ」
ツナは山本を追いかけた。
「………」
リボーンは、無言で二人の後を、歩いて付いて行った。
「よう獄寺〜、久しぶりだなぁ」
「―、―・・-」 うゎ、山本やめろ
わしわしと、山本は獄寺の頭をなでる。
獄寺は迷惑そうにしているが、何も言わないので山本はやめない。
見かねたツナが止めに入る。
「山本…獄寺くん、嫌がってるみたいだけど」
「何言ってんだよツナ。これはオレらなりの愛情表現なんだよ。その証拠に、獄寺なにも言わないだろ?」
確かに獄寺は何も言ってこない。それが何故かツナを不安にさせた。
「ご、獄寺くん…大丈夫?」
ツナが問いかける。いつもの彼なら、例え嘘でも「大丈夫」だと。そう言ってくれるだろうから。
「―・・・-・・――」 大丈夫ですよ10代目。安心して下さい
しかし獄寺は何も言わない。ただ、口をぱくぱくと動かすだけだ。
「ごく…でらくん……?」
おかしい。どうしたのだろう。
さすがの山本も、獄寺の様子がおかしいと気付いて頭から手を離す。
「…それが薬の副作用か」
「薬…?」
リボーンのその言葉に不安を隠せないツナ。薬。不吉な言葉だ。
「どういうことだよ、リボーン」
「…時間だ」
「リボーン!」
「話なら後で存分にしてやる。早くここから出ろ」
有無を言わせないリボーンに、二人は無理矢理部屋を追い出された。
「…さて」
くるりと、リボーンは獄寺の方へと身体を向き直す。
「――、―…―」 オレが聞いた面会時間とは、まだ余裕があるはずですが…
ぱくぱくと獄寺は口を動かす。声は聞こえない。
聞こえない、はずなのだが…
「あいつらには、取った時間よりも少なめに言ったんだ」
読唇術の使えるリボーンは、まるで獄寺の声が聞こえているかのように受け応えをする。
「―・・・、-・・――」 まったく、悪い人ですね。リボーンさんは
「そう言うなよ、二人だけで聞きたいこともあったんだ」
「―、・・・-」 聞きたい、こと…?
静かな室内に、いつもの口調のリボーンの声だけが響く。
「何故、使った?」
その声が、空気が、一転した。
重い声。それは容赦なく獄寺に圧し掛かる。
「――」 ―――すみません
「そういうことを聞いているんじゃないっ!」
リボーンが声を上げる。いつも冷静な、彼が。
「――、―…―・・」 すみません、リボーンさん
獄寺は申し訳なさそうな顔をする。ただ、ひたすらに
「………」
「――…」 すみません…
「…チッ」
扉が開く。数人の医療班が入ってくる。
「申し訳ありませんが…時間です」
「……分かってる」
リボーンは短くそう言って、振り向きもせず部屋を後にした。
医療班たちも、獄寺を少し検査したあと速やかに退出する。まだ彼は休んでいなければならない状態なのだから。
誰もいなくなった部屋で、獄寺は口だけを開いた。
「…―、――…―・・-、……」 …オレだけが犠牲になって、それでみんなが助かるのなら…それに越したことはないでしょう…? リボーンさん…
それは声にならず響くこともなかったのだから、当然誰にも聞こえることはなかった。
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その決意を、誰が愚かだと笑えよう?
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