知ってたか? 実はオレは医者なんだ。



医者ってのはすげぇんだぞ? なんてったって、人の命を救うんだ。



オレは今まで大勢の命を救ってきた。そして、きっとこれからも救うんだろうさ。



でも………な。



そんなの、全然たいしたことないんだ。



全然、全然たいしたことないんだ……
































知ってたか? 医者ってのは無力な奴なんだ。



だってな、どんなに頑張って治療法を見つけても。



どんなに大勢の他人の命を助けても。



……一番助けたい奴の命は、助けられねぇんだからな。






























失われし






























リボーンが部屋を出る。外では、ツナたちが不満顔で待っていた。


「聞いてないよ。面会時間が五分もあるなんて」


どうやら、外にいた医療班にでも聞いたようだ。


「嘘付いたからな」


「リボーン!」


「うるさいな。聞きたいことに答えてやるから、とりあえず動くぞ。ここじゃ道の邪魔だ」


そう言うと、リボーンはさっさと歩いて行ってしまう。


仕方なく、ツナたちも続いた。





リボーンが話し場所に選んだのは、誰も使っていない病室。


リボーンは手近な椅子に座ると、偉そうに言ってきた。


「さて…何から聞きたい?」


最初に質問したのは、山本。


「獄寺の怪我の具合はどうなんだ」


「軽いものを省くなら、頭部及び背中を強打。その際、意識混濁などの重態状態に陥り、一時は絶対安静と言われていたな」


「絶対安静のはずのあいつが、何で戦場にいるんだよ…っ」


「獄寺の意思だ。獄寺は科学班の作った新薬をその身に投与し、独自の判断で戦線に入った」


一番気になったところを質問したのは、ツナ。


「その新薬って、何なの」


「…新薬ってのは、『Scempio』っていう、身体に投与する型の白い粉だ」


「シェンピオ…?」


聞きなれない言葉に、ツナは小さく呟く。


「イタリア語で大虐殺、大量殺戮、崩壊、破壊…などの意味を持っている。…ボンゴレがピンチだと思った、馬鹿な科学班が作った代物だ」


ツナの囁きにも、リボーンは丁寧に答える。その答えに、ツナは不安になった。


「…で、シェンピオの効果は投与した奴の身体の感覚を打ち消し、肉体の限界までの力を引き出して、名前通り殺気あるものを殺していく殺戮兵器にするっていうもんだ」


「え…」


リボーンのあんまりな説明に絶句するツナ。リボーンの説明は続く。


「そして副作用もある。マウス実験での結果、徐々に声帯・五感などの身体能力が弱まっていき、最後には…死亡が確認された」


「―――!!」


思わずツナは立ち上がる。なんだって? 最後には…死ぬ……?


「そんな、そんなことって…」


ツナは頭を垂らす。その声は潤んでいて、誰も声を掛けることは出来なかった。





その後のことは、ツナはよく覚えていない。


ただ、気付いたときには食堂に来ていた。


山本あたりに連れ出されたのかもしれないし、今目の前にいるディーノに連れ出されたのかもしれない。


時間は昼過ぎで、食堂にいて、目の前には昼食を取っているディーノがいる。


それだけが、今のツナに出来た認識であった。


「ディーノさん…」


「ん…どうした? ツナ」


「ディーノさんは、知っていたんですか?」


ディーノのフォークを持つ手が止まる。


「ああ…まぁな。オレだけじゃない。この施設の中にいる奴のほとんどは、みんな知ってる」


「そうですか…」


「悪いな、騙してたみたいで…」


「いえ…」


気不味い沈黙が訪れる。


しばらくして、ツナが口を開いた。


「……獄寺くんは」


それはあまりにも小さくて、儚いものであったが、確かに声だった。


「ん?」


「獄寺くんは…助かるんでしょうか……」


「………」


それは一体誰に問いたものなのだろうか。目の前にいるディーノか、それとも…


なんにしても、ディーノはその問いに答えることは出来なかった。


それを口にするのは…それはとても残酷なことだから。


だとしても、ディーノは何かを言わなければと思った。


今目の前にいる子供を元気付けられるのは、自分しかいないのだから。


「ツ…」


「ツナーっ! いるかーっ!!」


ディーノの声を遮り、外から山本の声が聞こえる。何事かとツナは振り向く。


そして目に飛び込んできたのは…


「おー、ツナ! ここにいたかっ!! 見ろ、獄寺だぞーっ」


山本と、山本に姫抱っこされている獄寺の姿だった。


「――、…-・・、―…―っ!!」 山本、バカ、やめろ、降ろせーっ!!


獄寺は顔を真っ赤にしながら暴れているが、体をしっかりと持たれていて、逃げることは出来ないらしい。


「ご、獄寺くんっ!?」


「スモーキンっ!?」


ツナとディーノは同時に立ち上がり、獄寺の元へと駆け出す。


「どうしたの山本っ! 何したのっ!?」


「おいおい、お前まだ絶対安静だろ…なんでこんなとこにいるんだよ」


次々に質問を投げかける二人に対し、山本は笑いながら答える。


「様子見に行ったら獄寺起きててよ。大丈夫そうだったんで、そのまま連れ出した」


「いや、だからって…お前なぁ」


さすがのディーノも、山本の行動には言葉も失ってしまうらしい。


「だってツナ元気なかったろ? 獄寺の顔を見れば少しはマシになるかなって」


ツナは思わず呆れてしまった。


自分の元気のない理由は獄寺で、その彼は今寝てなくちゃいけなくて、なのに今目の前には彼がいる。


「でも…獄寺くんは……」


ツナは目を伏せる。彼は死んでしまうのだ。少なくとも、このままでは。奇跡でも起こらない限り。


しかし山本は、そんなことすら跳ね除けてしまった。


「それがどーしたよ」


「…え?」


どうってことない、そんな感じで言ってのける山本に、ツナは聞きかえす。


「このままじゃどうなるのかも分からない友達を放っといて、お前は逃げるのか?」


「あ……」


「たとえそれがどんなに見苦しくても、あがらい続けていれば何か見つかるかも知れねーぜ?」


…………そうだ。なんでそんな簡単なことにすら気付けなかったのだろう。


逃げてばかりでは、助かる方法など見つかりはしないのに。


「…獄寺くん」


ツナは名を呼ぶ。初めての友の名を。


「――…」 10代目…


「ごめんね、オレ、逃げてばかりでいた。一番辛いのは獄寺くんなのに…オレ……」


ツナの言葉に、獄寺は首を振る。 "気にしないで下さい" 声が聞こえれば、そんな感じだろうか。


その場に、暖かい雰囲気が漂う。



―――しかし、なぜだろうか。それは一瞬で崩れた。



「一段落着いたところで悪いが……獄寺、仕事だ。B-36号地にメッザーノファミリーの残党がいるらしい。数は500」


静かな声が響く。いつの間にか、リボーンが机に座っていた。


「リボーン…っ? 何言ってんだよ、獄寺くんは絶対安静で、寝てなくちゃいけないんだよ!? そんな…」


「今他の奴らが使えねーんだ。獄寺に行ってもらうしかない」


「だからってっ相手は500人でしょっ? 一人じゃ無理だよ!」


ツナ言葉に、リボーンはやれやれといった仕草をする。


「学習能力がないなツナ。そもそも、今の獄寺は殺気あるものを攻撃するようになっているんだぞ? 味方を連れて行っても、殺されるだけだ」


「だからって……」


「それに…朝獄寺が一人で殺した数は…1000。その半分くらい余裕だろ… ―――獄寺」


リボーンの声に反応し、獄寺は山本の腕からするりと降り立った。


しっかりと獄寺を握ってたはずの山本は驚いた。


獄寺はそんな山本を置いて、一人ドアの向こうへ行こうとする。


「ちょ…獄寺くんっ」


思わず、ツナは獄寺の腕を掴む。獄寺は振り向く。


「あ……」


獄寺は困ったような顔をして…笑っていた。


ぱくぱくと、獄寺は口を動かす。当然声は出ない。


「――、…――」 すみません10代目、行かせて下さい


「や…だよ、獄寺くん……何言ってるか、分かんないよ…」


ぱくぱく。


「―、――……―・・」 すみません、オレ、行かないといけないんです


「や…だ、獄寺くん……行かないで………」


消え去りそうなツナの声。悲痛な願い。


ツナは獄寺が何を言っているか、分かっていた。


彼はきっと、こう言っているのだ。"行かせて下さい"と。謝りながら。


だからこそ願っていた。行かないで・と。


だからこそ分かっていた。行ってしまう・と。


とうとうツナは手を離してしまった。獄寺は申し訳なさそうな顔をしながらも、


「――、…-・・――」 いってきます、10代目


口をぱくぱくと動かして、行ってしまった。


泣き崩れるツナ。


「…ツナ、泣いてる場合じゃないだろう? 泣いていても、獄寺は助けられない」


頭上から山本の声。


「………っ…」


ツナは腕で顔をぐしぐしと拭って…


「……うん」


涙声で、そう答えた。


「リボーン」


ツナは問う。獄寺を助けるために。


「シェンピオに一番詳しいのは?」


「…シャマルだ。研究資料を見て、今では製作者よりも詳しい」


「ありがとうっ」





とりあえずシャマルを探そうと、ツナたちは行ってしまった。


それを見送りながら、ディーノはリボーンに言う。


「リボーンも鬼だな…」


「かもな…」





「野郎は立ち入り禁止なんだけどな…」


ツナと山本は、一つの研究室に辿り着いた。


中に一人でいたシャマルは、眠そうにしながらも対応してくれた。


「シャマル、オレたち獄寺くんの事で…」


「…オメーらは、シェンピオを何とか削除する方法はないか、と聞きに来たのか?」


シャマルは前書きはいい、と言わんばかりにツナの言葉を遮り、本題に入った。


「うん…」


「あー…」


シャマルは考え込む。それほどまでに、状況は絶望的なのだろうか。


「…正直な、シェンピオそのものを何とかする方法なら、もう見つかったんだ」


煙草を取り出しながら、シャマルは言う。


「…えっ!?」


「シェンピオの研究もまだ続いてるし、さっき隼人の血液を取って、今までずっと調べていてな…何とか抗体も出来た」


ゆっくりとした動きで煙草に火を点けるシャマル。予想外の返答に驚きを隠せないツナたち。


「それなりに時間も費用も掛かるがな。シェンピオの毒素を抜かすのに最低半年掛かる計算だし、そこからさらにリハビリをしなくちゃいけねぇ…」


「でも…獄寺くんは、助かるんだよね…っ」


助かった、希望は見つかったとばかりにツナは喜ぶ。良かった、獄寺くんは助かるんだ。



でも、それは―――一瞬の希望でしかなかった。



「いや…隼人は助からない」


「………え…」


「…どういうことだ? なんとかっていう薬は抜けるんだろ?」


言葉を理解出来ないツナの変わりに、山本が質問する。


「…その通り、シェンピオについては特に問題はない。更に研究を続けていけば、もっと効率のいい治療法も見つかるだろう…シェンピオの副作用を、失くす方法もな」


「だったら…っ」


「……つまり、隼人が助からない理由は別にある…ってこった」


「え……? それって…」


「………」


ふーっと、シャマルは煙を吐く。はてさて、どうしたものか。


「シャマル!!」


「あーうるせぇ、うるせぇ。今説明してやるよ」


シャマルは煙草をくわえ直しながら、説明を始めた。


「隼人は昨日の抗争で重態状態に陥った…それは知ってるか?」


「ああ…頭と背中を強打して、意識混濁の重態って聞いた」


それを聞いて


「はぁっ?」


とシャマルは聞きかえす。その拍子に、くわえていた煙草が落ちる。


「…え? 違うの?」


「違っちゃいないが…それだけじゃない。隼人は左腕にも怪我をしている」


初めて聞く情報。ツナたちは顔を見合わせる。


「投げナイフを当てられてな…そいつには毒が塗ってあった。そもそも、意識混濁はそいつのせいだ」


「――そんなっ」


そんな、こと聞いていない…そんなこと、リボーンは一言も言わなかった。


「幸い、すぐに毒だって分かって肉を抉り取ったが…それでも毒は体内をめぐり、隼人は高熱を出して苦しんだ」


シャマルは新しく煙草を取り出し火を付ける。


「オレのモスキートで熱は何とか下がったが…毒の後遺症が残っちまった……痛みが、消えねーんだ」


…痛みが、消えない。


それはどれほどの痛みなのだろうか。それはどれほどの苦しみなのだろうか。


ツナたちには想像もつかない。ただ、彼はそれを体験した。


「オレのモスキートの中にも、それに対応する奴はいない。オレはそう診断したのを、みんなの前で、隼人の前で言っちまった。隼人はまだ意識がないと思っていたから」


くしゃ、とシャマルは煙草の箱を握り潰す。


「だが違ったんだ! 隼人は意識が戻っていた! 隼人には知られちゃいけなかったのに! 隼人は知っちまった!」


突然大声を出すシャマル。その形相に、ツナたちは驚いた。


「だから…だから、隼人は、シェンピオを打った…打てば感覚が、痛覚が消えるから。そうすればまた戦えるから」


シャマルはうなだれる。そこにはどれほどの後悔があるのだろうか。


「…あいつにシェンピオを抜かすことは出来ない。抜かすとしても、今度は一生後遺症と向き合うことになるからマフィア人生は死んだと同義だし、あいつ自身が認めないだろう」


命を縮めてまで、ボンゴレに…ファミリーに報いろうとした―――


それは実に、彼らしいと、ツナは思った。


忠義に生きる彼らしいと、そう思った。


―――反面


「……んで、だよ…」


「ツナ…」


「なんで、ど…して、獄寺くんが…獄寺くんだけが、そ…んな、めに……」


反面、ツナは嘆いていた。この世の理不尽さに。


あんなに忠義に厚く、あんなにファミリーに尽くしてくれる人はいないのに。


彼のどこがいけないのだろうか。彼がどんな罪を犯したのだろうか。


ツナは泣いていた。生きて欲しいのに、生きていて欲しいのに、なぜ彼は、彼は……


「………悪いが、これが現実だ。隼人は助からない」


シャマルは言う。まるで自分に言い聞かせるように。


「……だとしても」


山本は言う。


「だとしてもよ…オレは出来れば最後のときまで、あいつの傍にいてやりたいと思うぜ」


たとえそれがどんなに辛くとも、たとえそれがどんなに苦しむ道だとしても。


一人で苦しまぬように。苦しみが分けられぬのなら、せめてもたれかかって欲しい。


それが、山本の出した答えだった。


「……そーかよ」


シャマルは言う。羨ましそうに。


「…だったら、行ってやれよ。そろそろお姫様が帰ってくる時間だ」


「…ああ。ほら行こうぜ、ツナ」


山本に引っ張られて、ツナは研究室を後にした。



一人残されたシャマルは、先程自分で握り潰して、くしゃくしゃにした煙草を取り出す。


「…でも、皮肉なもんだよな。お前は誰よりも、あいつらにだけは知られたくなかったろうに」


火を点けて、煙を吸った。


それは、もはや味覚すら定かではないであろう、獄寺の持ってたものだった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わりぃけど、先に死なれる辛さなんて今初めて味わった。