私はあの子に嫌われてる。
そんなの、ずっと前から知っていた。
私はとっても好きなのに……ね。
私はあの子に好かれようと努力した。
でも…うまくいかなかった。
だから私は、あの子に嫌われているのだと――ずっとそうだと思ってた。
私は馬鹿だった。
あの子に嫌われているだなんて、私は一体何を見ていたのだろう。
今ほど、あの子に好かれたいと思ったことを、裏返したいと思ったことはない。
ねぇ…なんで? なんで私なんかを庇ったの? ……隼人。
失われし
出された夕食を、ツナたちは黙々と食べる。
豪勢な食事であったが、今のツナたちに味にまで気を掛ける余裕はなかった。
カチャカチャと、食器の擦れる音が聞こえる。食べるというより、ただ胃の中に押し込むというだけの行為。
今二人の頭の中には、獄寺のことしかなかった。
一週間。たったそれだけ会わなかっただけで、ああも変わってしまうものなのだろうか。
一週間。彼は戦い続けて、怪我をして。それだけでも大変なのに、命を縮める薬まで打って。
喋れなくなって。戦って。走ることも、体温調節も出来なくなるほど、ぼろぼろになって。
――それでも、戦って。
「う…ぐっ……ふぅ」
気が付くと、ツナは泣いていた。なんだか自分は泣いてばかりだ。こんなのが未来のボンゴレ10代目だなんて笑ってしまう。
「ツナ……そんなに泣くなよ」
山本はツナを慰める。その山本も辛そうだ。
「だって・だって、山本……オレは何も出来ない。獄寺くんは苦しんでいるのに、オレには何も出来ない…」
「ツナ…」
「やはりまだ早すぎたか…」
二人の背後に、いつの間にかリボーンがいた。
「リボーン…」
「ツナ。このくらいで取り乱してどうする。これくらい、ボスになったらよくあることだぞ」
「そんなこと、言ったって…」
やれやれ、とリボーンはため息をつく。
「二人とも…悪いことは言わないから、明日にでも帰れ」
「「っ!?」」
「このままここにいても、辛いだけだぞ」
二人にとっても、獄寺にとっても。それはただ、辛いだけ。
「………だから、帰れって…?」
「そうだ。ここにいても足手まといで、役立たずだしな」
畳み掛けるようにリボーンは言う。心の崩れかかったツナは
「……分かったよ」
「ツナっ!?」
あっさりと折れた。山本が驚く。
「ごめん山本。オレ、オレ……」
「……いや、ツナがそう言うなら、オレはいいよ」
「決まりだな。出発は明日の朝八時だ。日本には丁度、お前が覚悟を決めた時間帯に帰ってこれる」
覚悟…ツナは思い出す。あのときのことを。
地獄を見るかもしれない…そう言ったリボーンに対し、自分はなんて言っただろう。
…ああ、そうだ。確か、それでも会いたいと言ったんだった。たとえ地獄を見ることになろうとも、獄寺に会いたい・と。
だが実際はどうだ。そこまで会いたいと思った獄寺は熱に犯され、後遺症に悩み、薬を打って、そして…一人で戦っていた。
これが地獄か。なにがボンゴレ10代目だ。自分の部下一人も守れないなんて。これが地獄か。
ああ、だめだ。日本というぬるま湯に浸かりきった自分には、マフィアという現実は耐えられない。心が壊れてしまいそうだ。
「…ごめん……ごめん………ごめん…………ごめん……………ごめん」
ツナは謝り続けた。それは山本にか、リボーンにか、それとも自分自身にか。それとも……
それはツナ自身にも分からなかった。ツナは山本に本気で止められるまで、ずっと誰かに謝り続けていた。
「おい、ツナ起きろよ」
夜――正確に言うなら深夜。
ツナは山本に起こされた。
夕食が終わり、割り当てられた部屋に着いて寝る時間になってもツナは寝付けず、ようやく寝入ったのがおよそ二時。
「いま…なんじ?」
ツナはいつぞやと同じ問いをする。山本は笑いながら
「四時」
あっさり答えた。つまり、ツナはたったの二時間しか寝ていないという計算になる。
「ずっと小僧が部屋にいたんだけどよ、さっきようやく出てったんだよ」
その口ぶりからすると、どうやら山本はずっと起きていたらしい。山本は真面目な顔になって言った。
「獄寺に会いに行こう」
「――――っ」
「辛いのは分かってる。でも、最後の別れがちゃんとしてないのって、もっと辛いと思う」
最後――その言葉を言ったときの山本の顔は、とても辛そうだった。
彼を、山本をそんな顔にしたのは自分だ。自分が巻き込んだんだ。
そうだ――最初に言い出したのは自分だ。ならば自分が、けじめをつけないと。
「…分かった。獄寺くんに、会いに行こう」
月明かりしか光の差し込まない通路を、二つの人影がゆっくりと進んでいる。
「…獄寺くん、寝てるかな」
「そりゃあ寝てるだろ。四時だし」
それはツナと山本だった。二人が目指すは獄寺の病室。
「じゃあお別れの言葉も、一方的なものになっちゃうね」
「まあな。でもその方がいいかもな。あいつなんでも背負い込みすぎだし」
「だね」
そんな話をしながら、二人は病室に辿り着いた。
ツナは、なるべく音を立てないように、ゆっくりと扉を開けた。そこには――
「…ん? どうした二人とも。こんな時間に」
リボーンがいた。そして肝心の獄寺の姿が見えない。
「……リボーン。獄寺くんは?」
「………それを知ってどうするつもりだ?」
「答えてよっリボーン! 獄寺くんはっ!?」
リボーンはしばらく迷っていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「……最後の仕事に出かけた」
「「!?」」
「獄寺はもうここにはいない。もう戻ってこない」
「……ちょっと待ってよ、リボーン」
ツナは声を上げる。その声は震えていた。
「最後の仕事って、どういうこと…? だって、獄寺くんはあんな…状態で……もう、出歩けるような身体じゃ、ないのに」
「……本人の希望により、ボンゴレを潰そうと考えた頭のキオルバファミリーのアジトへ行った」
「そんなっ」
もう訳が分からない。どうして彼は、獄寺はそんな無謀なことをしているのだろうか。
「……シェンピオを投与した奴の最後を、そういえば言ってなかったな」
「…え? 最後って……死ぬんでしょ?」
シェンピオを投与した者の最後。それは死だと聞いた。なんとなく衰弱死かと思った。
「……シェンピオを投与した奴はな、だんだん誰が殺気を持っているのか、持っていないのか分からなくなり、ありとあらゆる生を殺して――そして、最後に自分も殺すんだ」
「嘘……」
「事実だ。だからこそ、獄寺はこの施設にいるのを拒み、あえて危険極まりない敵のアジトへ向かったんだ」
「そう…キオルバファミリー……隼人はそこにいるのね」
突然、闇の中から現われるシルエット。それはまさしく暗殺者。
「ビアンキ…何故ここに」
ビアンキはリボーンの問いには答えず、後ろを向いて歩いて行く。
「ビアンキ! どこ行くの!?」
ビアンキは足を止めて、首だけ振り向いて答えた。
「………隼人の所へ」
それだけ言うと、ビアンキは再び歩き始める。
ツナと山本は慌てて追いかける。
「待ってっビアンキ! オレも、オレたちも……」
「行っても死ぬだけよ」
ビアンキは、今度は振り向きもせずに答える。
「それはビアンキも同じでしょっ」
「そうよ。でも私は行かなければならない」
「どうしてっ!? 獄寺くんの姉だからっ!?」
ぴた、とビアンキは足を止める。
「……それもある。でもそれだけじゃない」
ビアンキは振り向く。ゆっくりと。
「あの子がああなったのは私のせいだから。私の罪だから」
私の罪。それはここに来たばかりのとき、ビアンキに会ったときにも聞いた台詞だ。
ツナの頭の中に、いつかのリボーンの台詞が頭を過ぎる。
――オレが聞いたのは、獄寺が仲間を庇って意識不明の重態になった・だけだ。
「まさか……」
「そう…あの子が庇ったのは私。私があの子をあんな目に遭わせた……馬鹿よね。私なんか、大嫌いのはずなのに」
振り向いたビアンキは、泣いていた。そこにいたのは一人の暗殺者ではなく、一人の、弟思いの、姉だった。
「―――あの子、私がいくら謝っても、気にすんな・って、そんな顔で笑うの。許して欲しくないのに、冷たく当たって欲しいのに…それなのに」
ビアンキは涙を拭う。暗殺者に戻る。
「…だから、行くの。私にはあの子が一人で死ぬのも、誰かに殺されるのも耐えられない。あの子を殺して、私も一緒に死ぬの…それぐらいしか、私にはしてあげられないから」
――殺して、一緒に死ぬのが、唯一出来ること。
そんなことって、あるのだろうか。そんな悲しいことが。
話は終わりとばかりに、ビアンキは三度歩き出す。だからと言って、ツナも引けない。
「待ってよビアンキ!」
「うるさいわ。殺されたいの?」
「オレたちも連れてけよっ」
「あのねぇ、私はフリーの殺し屋。あんたは未来のここのボス。出来るわけないでしょ? …リボーンも何か言ってやってよ」
「いや…いいだろう。連れてってやれ」
「ほら、リボーンもそう言って……え?」
あまりにも意外な言葉に、ビアンキはおろか、ツナですら絶句してしまった。
「……どうせダメだと言っても、思いもよらない方法で行こうとするに決まっている。それに、ここまで知られては中途半端に帰すよりも最後まで見届けさせたほうがいい」
「でも…命の心配が……」
「心配ない。オレもついて行ってやる……あとなビアンキ。オレはお前にも、死なれたくねーんだ」
そして、四人は施設を後にした。
目指すはキオルバファミリーのアジト。おそらくは、獄寺が息を引き取るであろう場所。
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地獄巡りの旅は、ついに終盤を迎えてしまい。
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