あんまりこういうのに頼りたくはないんだがな。
お前が呼ばれることになったとき、何か嫌な予感がしたんだ。
だからオレは、適当な理由をつけてお前を遅れて呼ばせるようにした。
でも、結局お前は呼ばれて、やられた。
それだけならまだしも。
そのとき丁度、あの薬が出来てしまった。
使ってしまうことなど、お前の性格を考えればすぐ分かることだ。
だからオレは急いでイタリアに飛んだ。
しかし結果は案の定だ。
ならオレが、お前に出来ることは……
失われし
赤かった。
燃えていた。
それはまるで、あの日の夕日のようだった。
朝日が顔を出す少し前、ツナたち四人はキオルバファミリーのアジトにたどり着いた。
町外れの森の近くにある、そのアジトは燃えていた。
アジトが大きすぎて、まるで空まで燃えているようだった。
彼は、獄寺は無事であろうか。まさかあの中にいるのではあるまいか。
心配に思ったそのとき、森の中から銃声が聞こえた。数は少なくとも十を超えている。
「―――隼人っ」
真っ先にビアンキは走り出した。愛しい弟の元へと。
一足遅れて、ツナたちも追いかけた。
獄寺は戦っていた。
森の中で。
―――一人で。
あんなに得意だったダイナマイトの使い方なんて、もう覚えていない。煙草の味だって忘れてしまった。
――そういう意味では、スモーキン・ボムは死んだと同義だった。
そう……あの日、姉を庇ったあの時に。
"向こう側"の知り合いが日本から消えていったとき、でかい仕事が来たんだと思った。
二人の時、リボーンさんに聞いてみたら"時が満ちたら連絡が来る"、とだけ言われた。
……"それまでツナの隣で日常でいろ"・とも……
だからオレは、その時が来るまで10代目の隣で"日常"でいた。
いつものように山本とケンカして。
いつものようにアホ女をからかって。
芝生頭と殴り合って。風紀ヤローに殴られて。
授業サボって。教員睨んで。煙草ふかして。公園の鳩に話しかけたりなんかして。
いつもと同じ"日常"を演じた。演じ続けた。
そしてあの日――とうとうオレのところにも、連絡が来た。
教員に呼び出された10代目を待っているときに、緊急用の携帯に暗号化されたメールが来て。
オレは覚悟を決めた。
何も言わずに行くつもりだったが、10代目に一つだけ、オレの勝手な願いを言って、そのままイタリアまで飛んだ。
マンションの荷物は"向こう側"の仲間が何とかした。
向こうに着くと、オレはそのまま戦場へ出た。
事情はメールと、ヘリの中で聞いていたから大体分かった。
武器は持ってたダイナマイト。それが尽きると、戦場や死体についてるものを使った。
使うのは主にナイフ。銃器は残弾と暴発が気になるから、専門じゃない限り極力避けろと教わった。
ナイフを使う際にも、もしもの毒にも気を付けて手に布を巻くのも忘れない。
そこで一週間ほど仲間と戦った。戦い続けた。
殺しても殺しても敵は絶えず出てきて、いつしか感性も麻痺して。
でも狂えずにいられたのはきっと、ボンゴレのためだと…
未来の10代目のためだと、自分に言い続けたからだと、信じたい。
敵を倒し、味方とも離れ離れになっとき、姉貴と会った。
お互いにぼろぼろだった。感性が麻痺していたからか、腹痛は起こらなかった。
簡単な情報交換して別れようとしたとき、建物の中から敵が見えた。それを確認したときには、ソレはもう投げられていて。
身体が勝手に動いて。姉貴を突き飛ばして。左腕が熱くなって。意識が、飛んで……
痛みで目が覚めた。
気が付くとオレは、ボンゴレの医療施設の中にいた。
状況を整理しようとすると、また痛みが襲ってきて。
身体が痛くて。
シャマルの声が聞こえてきて。
痛くて。
声も出ないほど痛くて。
シャマルの声を聞くことに集中することで痛みを紛れさせようとして。
――そしてオレは絶望した。
この痛みが、一生消えることはないと知って。
もう、戦うことが出来ないと知って。
もう、マフィアとして生きられないと知って。
もう―――10代目をお守りすることも出来ないと知って。
それは嫌だった。それは耐えられなかった。オレはマフィアだ。オレの死に場所は戦場だ。安全なベッドの上じゃない。
オレは様子を見に来た奴の服を掴んだ。そいつはオレが日本に来る前からの知り合いで。
そいつは驚いた顔をしたが、オレは構わず、どうすればまた戦えるのか・と痛みを堪えながら聞いた。
そいつはかなり迷って、悩んで…そして、一つの薬を持ってくれた。
それは、シェンピオと言う白い粉だった。
そいつはシェンピオの効果を事細かく教えてくれた。
使うと五感や身体能力を失うということも。
…使った奴の、最後も。
しかし後遺症を持つ今のオレには、痛覚の消えるそれはありがたいものだった。
オレは打った。また戦うために。
痛みはすぐに消えた。感覚もかなり消えたが。
オレはそいつに礼を言い、そいつを追い出して、シャマルを呼び出した。
オレは事の事情を説明した。あいつの名を伏せて。
オレの話を聞いたシャマルは激怒した。オレが驚くほど。
だがオレが戦場に出たいと言うと、シャマルは渋々ながらも納得してくれた。
感情論を抜かして考えると、それは当然の結果だった。
そうと決まると、行動は迅速に行われた。
ボンゴレのメンバーを戦線から離脱させ、オレは敵地へ赴いた。
…もしもの時のために、かなり後方に狙撃班を置いて。
しかしそれは杞憂だった。オレは殺気を感じると、頭の中でかちりと小さな音を聞いた。
―――それが合図だった。オレは次々と敵を…殺気あるものを殺していった。
戦いのときは、あまり意識はなかった。
身体が勝手に動くのを、ただ見ているだけ…そんな感じだった。
気が付くと、辺りには誰もいなかった。
ただ、血の海が広がっていた。
感覚が乏しくなったせいか、自分でやったくせになんの実感もわかなかった。
……これが、シェンピオの力か。
殺戮兵器とはよく言ったものだと、オレは笑おうとして声が出ないことに気付いて――また意識が途切れた。
気が付くと、またベッドの上にいた。
前と違うのは、痛みがないことと感覚が乏しいこと。
日が高くなっていることとそして…声が出なくなっていることだった。
医療班に面会希望者がいることを聞いた。リボーンさんだった。面会時間は五分。
オレは、もっと面会時間はあってもいいと言った。
そしたら医療班は、オレの身体は薬で痛覚が消えているが、実際は後遺症で痛めつけられているので本当は面会拒絶状態なのだと教えられた。
しばらくして、声を掛けられた。
うとうとしていたのか、全然気付かなかった。
やはり身体は疲れているのかもしれない。
振り向いて驚いた。そこには日本で安全に暮らしているはずの10代目と山本がいたのだ。
二人はいつものように接してくれたが、次第にオレの異常性に気付いた。
どう説明しようかと悩んでいたら、リボーンさんと二人きりになった。
リボーンさんはオレがシェンピオを使った理由を聞いてきた。
――恐らくはすべてを分かった上で、だ。
どんな言葉も言い訳にしかならないと思ったオレは、ただ謝ることしか出来なかった。
それからしばらくして、今度は姉貴が来た。
姉貴はいきなり謝った。泣きながら。
自分のせいで、こんなことになってしまったと。
自分がいたから、こうなってしまったと。
数分話して、姉貴は部屋を後にした。
最後にも、やっぱり謝った。
でもオレは、姉貴を恨んでなんかいない。
むしろオレは姉貴があの後遺症を味わうことがなくて安心していた。
――あれは痛すぎる。
そして姉貴がオレと同じようにシェンピオを使うことがなくて安心していた。
そんな自分を、オレはずるいと思った。
つまりそれは、今姉貴が、みんなが思っているその気持ちを自分が体験しなくてよかったと言っていることだから。
そんなことを考えていると、山本が来た。
一人だった。
オレが怪訝顔で見ていると、今大丈夫か? などと聞いてきた。
何が大丈夫なのかは分からなかったが、とりあえず頷いてみた。
そしたら山本は嬉しそうな顔をしながら近付いてきて…オレを抱き上げた。
オレは驚いて暴れたが、山本の腕はビクともせず、オレは部屋を後にした。
山本の向かった先は食堂だった。
そこにはディーノと…10代目がいた。
10代目は元気がなかった。その原因はオレのようで、オレはいたたまれなくなった。
山本が10代目を元気付ける。
10代目は立ち直ったが、それは偽りにすぎない。
オレは死ぬ。そのことに変わりはないのだから。
そうこうしているうちに、仕事が来た。
正直、助かったと思った。
これ以上、二人を騙すような真似をしたくなかったから。
山本から抜け出し、泣きながら止める10代目を押しのけ、オレは仕事に出た。
朝と比べて敵の数が少なかったからか、それともシェンピオが効いているのか、思ったよりも早く終わった。
相変わらず、オレはただ敵が死ぬのを見ているだけ・という感じだったが。
あんなに殺しに抵抗があったはずなのに、薬一つでこうも違うものなのか。
薬に頼る連中の気持ちが少し分かった。
そしてすべてが終わったとき、違和感があった。
音が聞こえなかった。
むせ返るような血の匂いもほとんどしなかった。
それなのに目だけは、やけにハッキリと見えた。
……まるで自分の殺した奴を覚えさせるように。
そしてオレは倒れこんだ。
また気を失うことはなかったが、指一本動かすことは出来なかった。
駆けつける医療班を目の端に捕らえると、オレの意識はまた沈んだ。
気が付くと、またベッドの上にいた。
腕に点滴が刺されていた。
起き上がり、それを見ていると肩に何かが触れた。
しばらく忘れていた感覚にオレは驚いて振り向くと、10代目が心配そうにオレを見ていた。
――泣いていた。
オレはしまったと思った。
まだまだ未熟者のオレも、一応マフィアだ。
あらゆる事態に備えて他の国の言葉も勉強したし、唇を読む訓練だってした。
まさかこんなところで唇を読むことが役に立つなんて、思いもよらなかったが。
だから唇を読めば聴覚がいかれたことを二人にはばれないと思ったのに…それはあっさりと崩れてしまった。
でも10代目が泣いていたのは、それだけではないようだった。
…どうやら後遺症のことも知ってしまったようだった。
オレは何とか10代目を泣きやめさせようと、感覚の消えた指先で10代目の肩を撫でた。
そうしていたら山本が抱きついてきた。心配そうな顔をして。
大丈夫だと言おうとしたらむせた。
二人はさらに心配した。
オレは申し訳ない気分になった。
10代目がオレを抱きしめた。
少しだけその力が強まって、なんだか暖かい気持ちになったので、オレは10代目の頭を撫でて応えた。
少しして、10代目はオレを寝かせた。
途端に睡魔が襲ってきた。
オレはリボーンさんと、山本と、10代目の顔を、見れるうちに目に焼き付けて…眠った。
目が覚めると、夕方だった。
起きてもまだみんないたので驚いた。
オレは医療班に渡された夕食をとった。
思えばその日は何も食べていなかった。
別に食欲はなかったが。
それには味がなかった。
それはもとからなのか、それともオレの味覚が消えたからなのかは、よく分からなかった。
医療班と共に、みんなも部屋を後にした。
一言ずつ、何かを口にして。
残念ながら、よく分からなかったが。
眠っていると、むせて起きた。
吐き出されたのは消化されてない夕食と、血の塊。
辺りは暗くて、とうとう視覚もいかれたのかと思ったらただ単に夜なだけだった。
どうしようかと困っていると、シャマルが来た。
シャマルはオレの嘔吐物に気付くと、嫌な顔一つせずオレの顔を拭って、シーツを取り替え始めた。
その様子を見ていると、今度はリボーンさんが来た。
そして言った。死に場所はどこがいいかと。
聞こえないのに、何故か分かった。
それを聞いてオレは、自分の身体が限界なのだと、これ以上ここにいると、誰を殺してしまうか分からないことを知った。
だからオレは答えた。
ボンゴレを潰そうと企てたファミリーの名を。
リボーンさんは頷くと、シーツを取り替え終えたシャマルにも頷いた。
シャマルはオレを抱きかかえて、部屋を後にした。
オレは自分で歩けると抗議したが、もう出来ないと言われてしまった。
それほどまでにオレの身体は弱まっているのかと、オレは絶句した。
外に出る途中、ディーノに会った。
辛そうな顔をしていた。
ディーノはただ黙ってオレの頭をくしゃりと撫でた。
ディーノは何か言った。オレは唇を読んだ。
"すまねぇ なにも出来なくて、ほんとすまねぇ"
まったく、こんなのがキャバッローネのボスかと、オレはその手を払い、笑顔を向けてやった。
この程度で謝るんじゃねぇと。ボスなんだから、もっとどっしりしていろと、そんな気持ちを込めて。
そしたら今度は、ディーノはオレに抱きついてきた。……その目は濡れていた。
……まったく、まだ不完全な薬を使ったオレに、こんなにも構う奴がいるなんて…
一応殺気を感じない限り、誰にも攻撃を仕掛けないはずだが……それも保証の限りではない。
だからみんな、オレに近付かないと思ってたのに……
みんなオレを、怖がっていると思ってたのに……
しばらくして、ディーノと別れた。
外に出て、車に乗り込む。
シャマルはオレを車に乗せながら手筈を説明する。
オレはがんばって唇を読む。
と言っても、それは簡単なものだった。
敵のアジトは森の近くにある。
それを利用して、まずオレは森の中で待機しておく。
仲間が敵アジトに火を点けて、森に誘導する。
それをオレが倒す。…それだけだ。
誰がアジトに火を点けるのかと聞いたら、それは自分だとシャマルは答えた。
自分で志願したのだと、シャマルは言った。
オレは止めたが、シャマルにやめる気はなかった。
オレ一人に辛い目を遭わせたくないと、そう言った。
車を止めると、シャマルはオレを森の中に置いた。
そして敵アジトへ向かった。車ごと。
オレはシャマルを止めようと、立とうとしたが足に感覚はなく、動くことは出来なかった。
そして車は敵アジトへと突っ込んでいき…爆発した。
敵が燃え上がるアジトから出てくる。
遠くにいる狙撃班が敵を狙い撃ちにし、オレのいる森の中へと誘い込む。
そして、オレの頭の中で、かちりと小さな音が響いた……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これがオレのラストステージ。
言葉通り、死ぬまで踊り続けましょう。
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