何故ですか?



どうしてみんな、こんな所にいるんですか?



分かってるんですか? 危険なんですよオレは。



もう、誰を殺してしまうか分からないんですよ?



ここにいるのは、ただの殺戮兵器なんですから。



だから……もう、オレに構わないで下さい。
































……でも。



一つだけ、我侭言ってもいいですか?



負担になるかもしれないですけど、いいですか?



あの日、あの夕焼けの別れ道で言ったあの言葉を、もう一度言っても―――いいですか?






























失われし






























それから数十分、殺戮兵器となった獄寺の攻撃に、敵も最初はやられていただけだったが、次第に銃を取り出した。


別に銃撃戦が初めてというわけではないが、やはり地の利は向こうにある。


それに倒しても倒しても次々と現れる敵に、消えていく体力に、正直、獄寺は限界を感じていた。


(ジ・エンド・オブ・オレ…てか?)


その台詞を懐かしく思って獄寺は笑った…つもりだった。笑えなかったが。


敵が真横から現れる。


獄寺は――正確には獄寺の身体は勝手に動いて攻撃をかわし、ナイフで喉本を一刺しする。


今度は正面から銃を持った敵が三人。


獄寺の目が認知する前に、獄寺は右に飛びながらナイフを投げる。


地面に弾丸が撃たれるよりも前に、正面の敵は全滅した。


そして……今度は真後ろだ。


未だ地面に着地していない獄寺に避ける術はない。あいにくナイフも品切れだ。


(……最初から…こいつが本命か)


銃撃が鳴る。獄寺は覚悟を決める。


――痛みはなかった。もっとも、感覚そのものがもうないと等しいのだが。


衝撃もなかった。あるとすれば地面に落ちたときだけだ。でもそれは銃撃と比べれば軽いものだ。


「………?」


獄寺は何とか木にもたれ掛かる。そこで見たのは、もう会えないと思った人たち。


「隼人っ無事!?」


「―、・・―っ!?」 あ、姉貴っ!?


「よう獄寺。見事にぼろぼろだなぁ」


「―っ―…―!?」 山本っ何でここに!?


「獄寺。首尾はどうだ?」


「・・――!!」 なんでリボーンさんまでいるんですか!?


「獄寺くん…」


「――…っ」 10代目…っ


獄寺は混乱した。


これは夢か、それとも幻か。


よもや自分はもう死んでいて、これは自分の生み出した幻想ではなかろうか。


そう思ったとき、殺気を感じた。


獄寺の頭の中でまたかちりと小さな音が聞こえた。


瞬間、獄寺の身体が勝手に動く。


今まで獄寺のいたところにナイフが刺さる。


まったく、もう視力ぐらいしかまともに働かないのに、この身体はよく動く。


敵は二グループ。片方をビアンキが追いかけた。


姉を遠目に見ながら、獄寺は死体からナイフを抜き取り、投げる。


敵は避けたが、そこをリボーンが仕留めた。


そこで、獄寺は感じてしまった。


リボーンの、殺気を。


シェンピオは殺気あるものに反応して、攻撃する。


そこには敵も味方も…誰に向けられたものであろうとも、関係ない。


(馬鹿…やめろっリボーンさんは味方だぞ……っ)


獄寺は必死で対抗する。しかし、シェンピオが全身に回りつつある獄寺に、身体は無情だった。


「―…――・・っ!!」 や…逃げてくださいっリボーンさん!!


獄寺は必死に口を動かしてリボーンに告げようとする。読心術の使える彼なら、分かってくれるはずだ。


しかし、リボーンは動かない。


(リボーンさんっ!?)


「…来いよ、獄寺」


「っ!?」


「……オレが殺してやる」


カチャッと、リボーンは銃を構え直す。


それを見て、獄寺はなんとなく意味が分かった。


――彼は自分を殺してくれる、と。


ああ、彼なら大丈夫だろう。


なんていったって、彼は最強のヒットマンなのだから。


……きっと自分を殺してくれる。


そう思ったら、少し気が緩んだ。


それを身体は見逃さず、一気にリボーンを殺そうと駆け巡る。


獄寺の身体は手刀でリボーンの首を狙う。リボーンは銃口で獄寺の眉間を狙う。そしてそれはリボーンの方が速い。


リボーンが獄寺を撃とうとする。獄寺は避けようともせず、ただ特攻してくる。そして――


「獄寺くんっ」


「!?」


ツナが二人の間に割って入り、獄寺を抱きしめる。勢いあまって倒れそうになるのを、山本が支えた。


「悪いなー獄寺。二人だけの時間を邪魔しちゃってよ」


「―…――…―――…」 10代目…山本……なんで…


「獄寺くん……」


自分を抱きしめるツナの手が震えている。それはそうだろう。ここには死体しかない。一般人であるツナには苦しいところだろう。


それに自分は人殺しだ。さっきも、目の前で殺してしまった。……リボーンだって、殺そうとしたのだ。


「やだ…やだよう、獄寺くん…死なないで」


獄寺は自分の目を疑う。何とかツナの唇を呼んだのだが、それは信じられないことだった。


「獄寺くん…死なないで、死なないで…死んじゃ、いやだよう……」


だが、どうしても同じように読めてしまう。


ツナは、自分に死んで欲しくないと、そう言っているようだった。


それはシェンピオを抜けと。


そして後遺症と戦えと。


……つまりマフィアを辞めろと、そういうことに他ならなかった。


ツナは山本のように割り切れない。


獄寺には生きていて欲しい。


なにがあっても。どんなことになろうとも。


それでも…それでも、生きていて欲しい…それがツナの出した答えであった。


獄寺は泣いているツナの涙を拭い、そして首を横に振った。


「―…、――・・」 10代目…本心が聞けたのはありがたいのですが、それは聞けません


「なんで…だよっ獄寺くんは、死ぬのはっ怖くないの!?」


獄寺はツナの唇を読む。目がかすれてくる。おいおい、もう少しくらい耐えてくれよ。


「・・――、――…―・・」 死ぬのは怖いことは怖いですが、それよりもオレには、生き延びることで貴方の枷になるのが耐えられないのですよ


目の前がぼやけてくる。ツナの顔が見えなくなる。きっと目の前が真っ暗になったら、自分は本当の殺戮兵器になって、みんなを殺してしまうのだろう。


「っ…――」 もぅ…限界です


獄寺はリボーンのいた方向に向かって口を動かす。もう確認出来ないが。


「―・・っ――…!」 リボーンさん……お願いしますっオレを……オレを殺して下さい!


獄寺は叫んだ。声の出ない喉で叫んだ。そして呟いた。声の出ない喉で呟いた。



――10代目…お元気で――



ツナの耳に、聞こえないはずの声が、あの日の獄寺の声が、聞こえたような気がした。


次の瞬間。



パンッ



―――銃声。


「ごく…でら、くん……?」


その声に応えるモノは、もう在ない。


「獄寺……?」


その名を持っていたモノは、もう答えない。


「――隼人?」


敵を倒したビアンキが戻ってくる。彼女が見たのは


「―――隼人っ? 隼人! 隼人っ!!」


ツナと山本に支えられ、横から心臓を撃ち貫かれた、最愛の弟の――


「隼人…い、いやぁああああぁああぁぁあぁっ!!」


ビアンキは駆け出して、獄寺を抱きしめる。流れた血液を涙で埋めれるよう願って。冷たい身体を温めれば生き返ると信じて。


それはまるで、死を理解出来ない子供の駄々のようだとビアンキは分かっていながら、それでも止めることは出来なかった。


「ビアンキちゃん…もうやめな」


いつの間にか、そこにはシャマルがいた。服も身体もぼろぼろだが、しっかりと地面に立っている。


「…なんで生きながらえちゃったのかね……これもお前の導きか? 隼人…」


シャマルは獄寺を見下ろす。獄寺の体はすでに冷たい。顔色は今まで以上に悪い。―――それなのに



獄寺の顔は、とても満足そうに、微笑んでいた。



「なんでよ…隼人を殺すのは私なのに……誰が殺したのよ」


「オレだ」



パンッ パンッ



リボーンは答える。その間にも、残党を次々と撃ち殺していく。


「なんでよ。なんで殺したのよ…隼人を殺すのは・私だってっ」


「獄寺がツナを殺そうとしていたからな。それに……」


「それに……なによ?」



―――パンッ



「それに…獄寺がそう望んだ。だから殺した」


リボーンが最後の敵を撃った。急に辺りが静かになる。


「オレが憎いか? ビアンキ」


「………ええ、憎いわ」


「だったら、オレを殺しに来い。獄寺はオレが背負った。獄寺を背負って死にたかったら、オレを殺して見せろ」


ビアンキはしばし考えて、言った。


「………分かったわ。リボーン。私が死ぬのは、あなたを殺したあと」


ビアンキは獄寺の髪を撫でる。獄寺の頬にビアンキの涙が落ちた。





それからツナたちは、キオルバファミリーアジトを後にした。車の中には五人の人間と、一つの死体。


それは大嫌いと言っていた姉を守り、命を掛けて愛するファミリーを守った、一人の若いマフィアの死体だった。


戻る途中、誰一人として、何も言わなかった。


分かっていたとはいえ、実際に見た現実はあまりにも酷すぎた。


車の中で、ツナはずっと考えていた。


――どうすれば、もうこんなことは起きないのか。


――どうすれば、もうこんな悲しいことは起きないのか。


思った以上に冷静な自分に、ツナは驚いていた。もっと取り乱すのかと思っていたのに。


たぶんそれは、ビアンキが自分以上に取り乱したからだろう。それを見て、きっと自分は冷静になれたのだ。


ツナは獄寺の犠牲を無駄にしたくなかった。


獄寺が命を掛けて終わらせたこの抗争も、時が来ればまた同じことが起こるのかもしれない。


そうなったとき、また獄寺のような人物が現れないとも限らない。


そんな時、その人物はまたシェンピオのような劇薬を使うのだろうか。


それだけは、ツナは許せなかった。


今の自分たちと同じ気持ちを、誰一人として、もう二度と味わうことは許せなかった。


だから、ツナは決意した。



「…リボーン」


「ん?」


「…オレ、マフィアになるよ」


「……そうか」


ツナは横たわる獄寺の髪を撫でる。慈しむように。


「…マフィアになって、ボンゴレを束ねて。もう、絶対に獄寺くんみたいなこと、させない」


「……難しいぞ?」


「なんのために、リボーンはいるの?」


「……ああ、そうだな――オレの教えは、厳しいぞ?」


「知ってる…リボーンは、鬼だもん」


ツナは獄寺の頭から手を離した。



「…シャマル」


「んだよ」


「…とりあえず、シェンピオ廃止ね。あれは悲しすぎる」


「…言われるまでもねー。ついでに、あの後遺症の特効薬だって作ってやるよ」


「うん。お願い…」



ツナは運転しているビアンキを見る。


「…だからね。ビアンキ」


「……なに?」


「安全運転してね?」


ビアンキの口からため息がこぼれる。


「……なんでばれたの? わざと滑らせてみんなで死のうと思ったのに」


わかるよーと、ツナは笑いながら答えた。



「…山本」


「ん?」


「そんなわけでオレ、将来マフィアのボスになることにしたから」


「ああ」


「山本は何になるの? 野球選手? 家を継いで寿司屋? それとも他に何かやりたいことが?」


「……そうだな…ツナ、聞いてくれるか?」


「なに?」


山本は外の風景を見ながら話す。


「…オレの知り合いにな、よくマフィアごっこをする奴らがいたんだ。オレは遊びだとばっかし思っていた」


「…うん」


「オレと仲の良かった奴と、よくボスの右腕を取り合ったんだぜ? 子供の遊びなのに、そいつは大真面目で勝負してたんだ」


「……うん」


「でも、それは遊びじゃなかったんだ。そいつは本気でマフィアをしていて、そしてファミリーを愛して、いっちまった」


山本は獄寺を見る。その目は少し潤んでいた。


「…だからオレは、そいつが大切にしていた物の、人たちの手助けをしてやりたいと思う…そいつが、迷惑じゃなければな」


「山本……いいの?」


「いいも何も、そいつがよければ・だ」


言って山本は獄寺の髪を撫でる。なんだか撫でたくなるのだ。獄寺の頭は。


「……ありがとう」


ツナは山本がそうしたように、窓の外の風景を見た。けれど考えるのは、最初の部下であり、最初の友達であった彼のこと。


「…獄寺くん。オレ、マフィアに…ボンゴレの10代目になるから。すごく立派な、マフィアになってみせるから」


頑張るから。泣き虫なところも治すから。勉強だって、なんだって頑張るから。



―――もう、キミみたいな悲しい人を出さないから…



「……だから、さ。獄寺くん…オレを見守っていてね」


出来ればずっと……って言いたいけど、オレが10代目だってみんなに認められるまででいいや。きっとすぐだよ?


ツナが獄寺を見ると、彼の顔はやはり満足そうに微笑んでいた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もういないキミへ。

オレは今から、キミのいた世界に踏み込みます。


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