暗い、暗い、闇の中に、オレはいた。
どうしてこんな所にいるのか分からない。
いつまで経っても何も変わる様子がないから、オレは歩き出した。
行き先なんて知らない。右も左も、それどころか上も、下すらも分からない状況なのだから。
暫くそうして歩いていると、光が見えた。
電球のように熱く眩しい光じゃなくて、もっと、こう……
ああそうだ。昔、まだ小学校にも上がる前。祖母の住んでる田舎まで行ったときに見た蛍。
丁度、あんな感じの光だ。
淡くて、儚くて。今にも消えてしまいそうで。
でも、それでも光ってて。
オレはそれを目指して歩き出す。今はただ、その光に触れてみたかった。
光の前には、彼がいた。彼はオレにも気付かないようで、ぼんやりと遠くを見ている。
だからオレの方から、声を掛けた。
「どうしたの? 獄寺くん」
オレの声に彼は、獄寺くんはようやくオレに気付いたようで、ゆっくりとこちらを向いた。
その綺麗な翠の眼にオレの姿を映しても、彼の表情は変わらなくて。
まるで獄寺くんが別人になってしまったみたいで、それが怖くて。確認するように、オレはもう一回口を開いた。
「……どうしたの?」
今の声でオレのことを認識することが出来たのか、獄寺くんは小さく応えた。
「――夢を、見ていました」
闇しかない世界。獄寺くんと、その後ろの光しかないような世界では、獄寺くんの小さな声ですらもよく響いた。
「どんな、夢?」
会話を途切れさせたくなくて、オレは獄寺くんに話し掛ける。
何故か知らないけど、そうしないと獄寺くんが消えてしまうような、そんな気持ちがオレを襲っていたから。
獄寺くんはそんなオレに気付かないようで、またオレに応えた。
「悲しい、夢です」
「…聞いていい?」
獄寺くんはオレの声に暫く黙って―――
「……朝、オレは起きるんです。身支度を整えて、朝飯食って、10代目をお迎えに行くんです」
それは、いつもと同じ、日常。
「10代目と一緒に登校していると、山本が出てくるんです。オレはいつものように山本に怒鳴って、10代目は慌てて止めて」
それは、いつもと同じ、風景。
「校門の前には風紀強化月間とかで風紀委員が沢山いるんです。オレたちは雲雀に嫌味を言われて。そこに内藤が乱入してきて」
それは、いつもの賑やかな、朝。
「授業は退屈だから保健室で居眠りして、昼は三人屋上で食って、帰り際には笹川が10代目をボクシングに勧誘して」
それは、いつもと同じ、学校。
「帰った後は10代目のお宅にお邪魔して、そこにはちびたちにハルに跳ね馬にと賑やかで」
それは、いつもと同じ、出来事。
「そして夜も更けた頃にオレは帰って、寝るんです」
それはきっと、代わり映えしない毎日。
「その、繰り返しです」
「………それって、悲しい夢?」
思わず聞いてしまう。
だって、その夢の内容はとても穏やかで、幸せそうなものだったから。
「悲しいですよ?」
けれど獄寺くんは断言する。悲しい夢だと。
「だって……」
「だって?」
「だって、夢ですから」
――幸せな夢だから、悲しい。
「現実には、もう、ありえないことですから」
――もう見れない夢だから、悲しい。
「もうみんなと、逢えませんから」
――日常にさよならを告げられてしまったから、悲しい。
「覚めないはずの夢だったのに」
――目覚めてしまったから。だから。
「悲しいです」
「……に、言ってんだよ」
オレは喉から声を絞り出す。頑張って、どうにか。
「ありえないとか、逢えないとか、そんな訳ないじゃないか。だって、夢、なんでしょ…?」
オレの声は掠れていて、震えていて。でも止めることなんて出来なくて。
「今日からも、夢と同じ事は起きるから。大丈夫だから。平気…だから」
それはまるで、自分自身に言い聞かせているように。
だってそうでもしないと。
認めてしまいそうだから。
本当に、今日からの日常に、獄寺くんが消えてしまうことを。
気が付けば、獄寺くんの後ろの光は淡さも儚さも脱ぎ捨てていて。
熱くて、眩しい光で獄寺くんを包み込もうとしていて。
オレはその光から獄寺くんを遠ざけようとするんだけど、身体は動いてくれなくて。声ももう出なくて。
獄寺くんは光を背に受けながら、オレを真っ直ぐに見て――笑った。
「10代目」
――それは今まで見てきたどんな笑顔よりも綺麗で。儚くて。
「さよなら」
オレは言うことを聞かない身体を叱咤して、何とか腕だけを獄寺くんの方へと動かして―――叫んだ。
「―――獄寺くん!!」
掴んだのは、虚空。
オレは見慣れた天井に向けて、腕を差し出していた。
「ゆ……め…?」
呟いて、悟る。
悪い夢を見ていたと。
ゆっくりと、時間を掛けて起き上がる。全身に汗を掻いていて気持ち悪かった。
暫くそうして放心していると。
「どうした、ツナ」
リボーンに声を掛けられた。いつものスタイルで、いつもの口調で。
だからオレも、いつもの口調で答える。
「うん…夢をね、見てた……」
「夢?」
「そう……夢」
そうだ、そうとも。夢だ。現実にある訳ない、馬鹿馬鹿しい―――夢。
「笑っちゃうよね。夢の中に獄寺くんが出てきて、悲しい夢を見ましたって言って」
「………」
「どんな夢って聞いたら、いつもの日常の夢で、それのどこが悲しいのって聞いたら、もうありえないことだから、悲しいって…」
「…ツナ」
「――でも、夢だもんね。現実にそんな、……ある訳ないよね」
「そう思ってんならツナ。何でお前――」
泣いてんだ?
「―――っ!!」
言われて頬に手をやれば、確かに熱い液体が流れ出ていた。
「…違う、そんな、ある訳ない。………そうだ。獄寺くんに電話」
「獄寺は昨日からイタリアだ。前に話してただろ。忘れたか」
……忘れてた…
それでもと思い、電話を掛けるも電波の届かないところにいるか、電源を切っているとのメッセージ。
「獄寺くん……」
連絡の手段を絶たれ、オレに出来ることといえばなんとも無力なことに祈ることだけ。
それでも何もしないよりはましだと目を閉じ手を組んで、彼の無事を祈る。
目蓋の裏に映し出されたのは、最後に見た、彼の美しくも儚い笑顔。
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どうかその姿を、現実に。目の前に。
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